香港国際映画祭は、アジア映画のラインアップが充実しているので毎年万難を排して(というほどでもないか...)行っています。ただ今年は参加期間が短かったためと、映画祭側の都合でDVDブースの使用開始が2日目の午後3時からになったため、東南アジア映画や韓国映画はまったく見られず、そのかわりインド映画3本を制覇してみました。1本はボリウッド映画ファンならすでに注目済みの『Haider(ハイダル)』、あとの2本は、マラヤーラム語映画の『CR No:89』と『Kanyaka Talkies/Virgin Talkies(カンニャカ映画館)』です。
『Haider(ハイダル)』
ヴィシャール・バールドワージ監督作で、シェークスピアの「ハムレット」を翻案したものです。ヴィシャール・バールドワージ監督は以前にもシェークスピア作品「マクベス」を翻案した『Maqbool(受け入れる)』(2003)、そして「オセロー」を翻案した『Omkara(オームカーラー)』(2006)を作っており、この『ハイダル』と合わせて”シェークスピア三部作”と言うことができます。いわば、インド版黒澤明監督(こちらは「マクベス」と「リア王」ですが)ですね。
『ハイダル』は、1995年のカシミール地方が舞台になっています。イスラーム教徒ゲリラとインド政府軍が戦闘を繰り広げていた中で、ミール医師(ナレーンドル・ジャ-)はゲリラの指導者を自宅で手術したことで政府軍に捕らわれ、指導者が潜んでいた医師の自宅は攻撃を受けて破壊されてしまいます。行方不明となったミール医師を妻(タッブー)とミール医師の弟のミール弁護士(K.K.メーナン)が探しますが、見つかりません。ミール医師の息子ハイダル(シャーヒド・カプール)はアリーガルの大学で学んでいましたが、事件を聞いてカシミールに戻り、ガールフレンドのアルシヤー(シュラッダー・カプール)の助けを借りて父を探し始めます。
しかしそのうちにハイダルは、母と叔父がただならぬ関係にある気配を感じ、事件の背景をあやしみ始めます。そんな時、父ミール医師からの伝言を預かっている、という男ルーフダール(イルファーン・カーン)が現れ、やがて父が死亡していたことが判明します。その墓にぬかづいたハイダルは、父の死の真相をあばくために、狂気のふりをすることにしました....。
以前の作品もそうですが、『ハイダル』も巧みに翻案がなされており、昨年度の様々な映画賞を総なめしたことが納得できるような、出来のいい作品になっていました。出演者が全員高い演技力を見せていて、見応えがあります。ことにハイダル役のシャーヒド・カプールは、いつものチャーミングな笑顔を封印してシリアスなハイダル像を作り上げ、さらに途中からは丸坊主姿になるなど、気合いの入った演技を見せてくれました。本作は「ハムレット」の翻案という側面よりは、カシミール問題を描いた作品として評価でき、『ロージャー』(1992)や『アルターフ 復讐の名のもとに』(2000)の系譜に繋がる作品として見ることができます。予告編は以下のとおり。
Haider Trailer (Official) | Shahid Kapoor & Shraddha Kapoor | In Theaters October 2nd
ヴィシャール・バールドワージ監督のシェークスピア劇翻案作品はこれで終わりかと思われますが、インドでは3本の脚本も出版されて、話題を呼んでいました。
『CR No:89』
「CR」とは「Crime(犯罪)」のこと、と解説されているのですが、タイトルの意味がよくわかりませんでした。マラヤーラム語作品で、スデーヴァン監督のデビュー作ながら、ケーララ州では様々な賞を受賞しています。2013年の作品です。
まず、ジープが夜町を出発するシーンから始まり、山の中の村の日常が描かれます。結婚式の招待状を配って歩く青年や、小さな食堂での風景など、ちょっと退屈な描写が続きます。続いて、村の自動車修理工場によそ者の中年男がバイクでやってきて、山中の道でジープが故障したから修理に来てくれ、と頼みます。修理工は10代の息子にあとを任せ、バイクの後ろに乗って行ってみると、もう1人、少し若い男がジープのそばにいました。
修理工がチェックしてみると、持ってきた部品では直らないことが判明。中年男に町の店まで部品を買いに行ってもらうことに。若い男と待っている間に、修理工は何だか様子がおかしいことに気づきます。まず、ナンバープレートが偽物なのです。さらにそっと荷台を見てみると、トマトが積んであるものの、その下に武器が見え隠れしています。修理工は携帯で警察に通報しようとしたところを見つかってしまい、携帯を壊されてしまいますが、これでいよいよ彼らが犯罪者だということがハッキリしました。中年男が部品を手に入れて戻ってきますが、彼の乗っていたバイクは結婚式の案内状を配っていた青年のものであったことがわかり、修理を拒否した修理工もその青年と同じように拘束されてしまいます...。
出だしは少々退屈でしたが、修理工が登場するあたりからよくできたサスペンス映画になっていきます。脚本が練り上げられていて引き込まれました。予告編を付けておきます。
CR NO : 89-Movie -Official Trailer
『Kanyaka Talkies/Virgin Talkies(カンニャカ映画館)』
これも2013年のマラヤーラム語映画で、監督はやはりこれがデビュー作のK.R.マノージュ。ケーララ州の片田舎にある映画館カンニャカ・トーキーズを巡る、人々の人間模様を描いていきます。主人公と言える人は何人かいて、まず在宅看護師として働く女性アンシー。彼女は女優になりたいという夢を持っていますが、それを逆用されてポルノまがいの作品に出ることになってしまいます...。
そして、性的な誘惑にノイローゼ気味の神父。ケーララ州はキリスト教徒が多い州としても知られていますが、神父の葛藤が描かれていきます。
さらに、最初にも登場するのですが、カンニャカ・トーキーズのオーナーであるヤクーブ(ヤコブ)の悲劇的な物語も描かれていきます。こうして、映画を軸として見た人々の生き方が様々に登場し、ケーララの風土をあぶり出して行きます。予告編はこちらです。
Virgin Talkies Trailer - Directed by K.R Manoj
香港国際映画祭、今年のインド映画はアート系好みでした。確かにボリウッド映画の娯楽作品では、これは、という作品がなかったですからねー。街中での上映作品の中にもインド映画はなく、ちょっと寂しい今年でした。
※作品のスチールは全て第39回香港国際映画祭の提供です。Photo(C)39th Hong Kong Internatinal Film Festival