「ジョン・エイブラハム」はちょっと言いにくいんです。これまではいつも、「ジョン・アブラハム」、秘かに「アブちゃん」と呼んできたからなんですが、インドでは両方の読み方が混在しています。ヒンディー語表記は「जॉन अब्राहम (ジョン・アブラーハム)」と「アブラハム」が多いので、旧約聖書でお馴染みの名前と言うこともあって、「アブラハム」が私の中では定着していたのでした。でも、英語読みをすると発音は「A」=「エイ」になるため(「Ajay」は「アジャイ」ではなく「エィジェイ」と発音するそうです)、「Abraham」は今回配給さんの判断で「エイブラハム」表記になりました。今後は「エイブちゃん」にしますかね、アブちゃん。面倒なので、ジョンで行きましょう。
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今回、シャー・ルク・カーン扮するパターンと死闘を繰り広げるジムを演じているのがジョン・エイブラハムなんですが、まさにハマり役です。頭脳明晰で身体能力抜群、リーダーシップを執れるカリスマ性があり、超イケメンで、「主役よりチャーミングじゃないの、この人」とフラッと心が揺れてしまう悪役を演じられる人って、ボリウッドにもそう何人もいません。『PATHAAN/パターン』ではシャー・ルクもものすごい六つ割れ筋(いや、八つぐらいに割れてたぞ)を見せてくれるのですが、ジムを演じるジョンもプールシーンで鍛え上げた肉体を惜しみなく披露してくれます。あの左腕のタトゥーはまさか本物じゃないですよね?
SRK vs. John
ジョンは1972年12月17日生まれの50歳。お父さんがケーララ州出身のシリアン・クリスチャンだそうで、つまりはカトリックもプロテスタントも関係ない、キリストの十二使徒の一人聖トマがインドに渡って布教した頃からのクリスチャン、ということらしいです。一方お母さんはイランのゾロアスター教徒と書いてあるので、これまた中世にインドに渡ってきてパールシーと呼ばれるようになったゾロアスター教徒とは一線を画する拝火教徒のようです。本当に世俗主義の国インドは、いろんな宗教の人がいて興味深いですね。ジョンが生まれた当時は一家はすでにムンバイ在住で、ジョンはムンバイ大学で学び、のちにMBAも取っています。その頃からモデルの仕事も始めており、MV/PVの出演も経験したのち、2003年に『Jism(肉体)』で俳優としてデビューします。肉体派の美人女優ビパーシャー・バスの相手役で、これでフィルムフェア誌賞の新人男優賞にノミネートされ、一躍注目されます。
そして翌年、ヤシュ・ラージ・フィルムズがのちに人気シリーズに育てる『Dhoom(騒ぎ)』(2004)で、ジョンの人気は沸騰します。この『ドゥーム』は泥警もので、当初からシリーズ化の意図があったのでは、と思われますが、ちょっと頼りないけど実は敏腕の警部補(アビシェーク・バッチャン)とそのおっちょこちょいの助手(ウダイ・チョープラー)が、難しい事件に遭遇し、犯人を見つけて追い詰める、というのが毎回決まったパターンでした。この時はただの『Dhoom』だったのですが、後にリティク・ローシャンとアイシュワリヤー・ラーイが泥棒コンビに扮した『Dhoom 2』(2006)、そして日本では『チェイス!』(2013)というタイトルで公開されたアーミル・カーン主演作『Dhoom 3』が作られて、人気シリーズとなりました。これがスパイ関係の話なら、「YRFスパイ・ユニバース」に入れられたのに、残念ですね、アーディティヤ・チョープラー社長。それはさておき、ジョンは『Dhoom』ではフィルムフェア誌賞の最優秀悪役賞にノミネートされ、トップスターの仲間入りを果たします。
続いて韓国映画『オールド・ボーイ』(2003)のヒンディー語版リメイク(もち、韓国の映画会社にも、日本の原作マンガ出版社にも無断です)『Zinda(生きている)』(2006)でも謎の監禁男を演じ、韓国版ではチェ・ミンシクが演じた監禁される方の役サンジャイ・ダットを喰ってしまう演技を見せ、再びフィルムフェア誌賞の最優秀悪役賞にノミネートされました。こんな風に、主役に敵対する悪役で人気を獲得したジョンでしたが、だんだんと主役作品も増えてきます。中でも注目されたのが、『Kabul Express(カーブル急行)』(2006)、『Dostana(友情)』(2008)、『New York(ニューヨーク)』(2009)などの海外を舞台にした作品でした。インド人離れしたジョンの雰囲気が、海外を舞台にすると生きてくるのです。『Dostana』はLGBTにもちょっと引っかけたコメディでしたが、こういった軽いコメディ作品も器用にこなすことがわかり、その後コメディにもいろいろ出演します。
2012年の『ドナーはヴィッキー』からはプロデューサーとしての活動も加わり、ますます多忙になってきたジョンですが、ちょっと気になるのは、『Satyamewa Jayate(真実のみが勝利する)』(2018)シリーズのような、右傾化する人々を喜ばせるような作品にも出ていることです。反対に、政府批判も内包した警察官物語『Batla House(バトラー・ハウス)』(2019)のような作品で素晴らしい演技を見せてくれることもあり、必ずしも今の政府べったりということではないようです。
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今回の『PATHAAN/パターン』では、久々に悪役に徹していましたが、ちょっとトーンが弱かったような...。できれば『PATHAAN 2』で再び悪役として甦り、上手な演技を思う存分楽しませてくれないかな、と期待しています。ジョンはまさにボリウッドの「わさび」的存在で、彼がピリッと効いていないと物語は面白くなりません。シャー・ルクよりは若いので、華麗なアクションももっと見せてほしかった等々、本作でのジョンにはちょっと文句を言いたい私です。本作ではジョンのダンスシーンも見られませんでしたが、大ヒットした『Dostana』の挿入歌「Desi Girl(デーシー・ガール=インド人の女の子)」のシーンを付けておきますので、カッコいいジョンをたっぷりとご覧下さいね。ジョンと共演すると、アビシェーク・バッチャンも光る...ホントにわさびみたいな名優ですね、ジョン・エイブラハム。
Desi Girl Full Video - Dostana|John,Abhishek,Priyanka|Sunidhi Chauhan, Vishal Dadlani