本日は、コンペ部門作品2本を見せていただきました。どちらも、すでにフィルメックスでお馴染みの監督作品で、ミディ・ジー監督とペマツェテン監督の作品です。
『ニーナ・ウー』
2019/台湾、マレーシア、ミャンマー/中国語/102分/英語題:Nina Wu/原題: 灼人秘密
監督:ミディ・ジー(趙徳胤)
主演:ウー・カーシー(呉可熙)、ヴィヴィアン・ソン(宋芸樺)、シャ・ユーチャオ(夏于喬)、シー・ミンシュエイ(施名師)
台湾中部の町から台北にやってきて、女優を目指しているニーナ・ウー(ウー・カーシー)。すでに8年、台北でがんばっているのですが、何本かの短編映画やCFに出演した以外には、オーディションに落ちてばかり。仕方なくネット配信で自分の動画を見せたりしていました。そんな時、マネージャーが大きな役のオーディション情報を取ってきてくれます。ヌードシーンもあるとのことでちょっと大変そうでしたが、ニーナはオーディションで見事役を勝ち取ります。ですが撮影に入ってみると、監督からはイジメか、と思うような演出をされ、ニーナの心はささくれ立っていきます。正月休みで故郷に帰ってみると、実家も父の事業の失敗とか問題ばかり。母も心労の余り心臓発作を起こしてしまいます。故郷には、かつて一緒に小さな劇団で切磋琢磨した友人のキキ(ヴィヴィアン・ソン)がいました。実は、二人は女性同士で愛し合っていたのです。ニーナは今や有名女優になろうとしているのですが、その陰には監督らによるオーディションとは別の、陰のオーディションがあったのでした...。
主演女優のウー・カーシー(上写真)が書いた脚本をもとに作られた作品とのことですが、夢落ちが多用されていて、「またか」という感じでした。熾烈な映画界の内幕を描いているようにも見えますが、どこか血の通っていない描写が続き、ミディ・ジー監督のこれまでの作品とは全然違うテイストです。在ミャンマーの台湾系住人を演じて、アジアを結ぶ糸のようなものをリアルに見せてくれたこれまでの作品とのギャップがあまりにありすぎて、作品の中に入って行けませんでした。『マンダレーへの道』のウー・カーシーも、お化粧のせいか、あの素朴な若い女性とはまるで別人でした。ミディ・ジー監督の来日は、今回ありませんでした。
『気球』
2019/中国/中国語、チベット語/102分/英語題:Balloon/原題:気球
監督:ペマツェテン
主演:ソナム・ワンモ、ジンパ、ヤンシクツォ、ワンチョク、ダンドゥル
こちらもフィルメックス常連のペマツェティン監督作。これまで『オールド・ドッグ』(2010)、『タルロ』(2015)、『轢き殺された羊』(2018)といずれもコンペ部門に選ばれています。今回の主役たちは、チベット高原で遊牧を行っている一家です。たくさんの羊を育てているダルゲ(ジンパ)と妻のドロルカル(ソナム・ワンモ)には、3人の男の子がいました。学校に通う長男は宿舎住まいで、下の男の子2人が両親と暮らしています。この子たちがいたずらっ子で、両親が避妊に使っているコンドームを見つけるや、風船のように膨らませる始末。ダルゲは怒ってタバコの火でその「風船」を割りますが、子供たちに「風船じゃないの、これ」と聞かれても、それが何かはとても説明できるものではありません。近くで一人暮らしているダルゲの父にも、「それは何だね?」と言われてしまいます。ダルゲは子供たちに、「今度、町へ行ったら風船を買ってきてやる」と約束します。ドロルカルの妹で、今は尼になっているシャンチェ(ヤンシクツォ)はある時、頼まれて学校に長男を迎えに行って、昔の恋人だった青年教師と再会します。彼はシャンチェに自分が書いた小説「気球」を渡しますが、それを読むうちにシャンチェには、彼と別れて尼僧になったのは早計だったのでは、という思いが沸き起こります。そんな妹をふがいなく思ったドロルカルは、その本を火に投げ入れます。そんな時、ダルゲの父が急死、同じ頃ドロルカルの妊娠がわかります。4人目を産むには罰金を払わなければならないので、選択肢は中絶しかありません。でも、その子は亡くなった父の生まれ変わりかも、と思うダルゲと長男は、ドロルカルの中絶をやめさせようとしますが...。
今回の作品は、とてもわかりやすい内容でした。コンドームを子供たちが風船と思って膨らませる、という描写は別の作品でも何度か見かけましたが、今回はそれが「一人っ子政策」にも引っかけて出てくるのがミソ。さらに、亡くなった祖父の生まれ変わり、という発想もチベットならではで、「生まれ変わりには早すぎる」とかいう議論も興味深かったです。最後には赤い風船が登場するのですが、中国語では風船は「気球」と言うので、原題のままの邦題になったのだとか。今回はペマツェテン監督ではなく、主演男優のジンパさんが来日し、Q&Aがありました。珍しくチベット語の通訳の方がついて、チベット語-日本語のやり取りになったのですが、途中で中国人女性の方が「中国語で質問してもいいですか?」と日本語で訊ねてから質問し、ジンパさんも中国語で答えたものの、通訳の方は中国語の通訳まではできない、とのことで質問者に日本語に訳してもらうなど、微笑ましいやり取りのパートがありました。
市山:主演のジンパさんをお招きしてあります。(盛大な拍手の中、ジンパさん登場)皆さん、覚えていらっしゃいますか? 去年、やはりペマツェテン監督の『轢き殺された羊』という作品を上映しました。主人公がジンパと言って、これが主演の方のお名前だったんですが、今回も引き続き主演されて、今回初めて日本に来られました。去年の作品も、多分見てらっしゃる方があると思いますが、『轢き殺された羊』を見た方、どれぐらいいらっしゃいますか? (会場の半分以上が挙手)あ、ほとんどの方が去年見てらっしゃるんですね、ありがとうございます。2年連続で素晴らしい演技を見せていただきまして、今回は来て下さってすごく嬉しいです。では、最初にジンパさんから皆さんにご挨拶を。
ジンパ:日本の観客の皆様、今日は私が主演をつとめました『気球』という映画を見て下さってありがとうございます。
市山:それだけで大丈夫ですか?(笑) はい、では、最初に僕の方から質問して、それから場内の方からのご質問を受けたいと思います。2本連続でペマツェテン監督の映画に出てらっしゃるんですが、どのような経緯で監督と知り合って、映画に出るようになったのか、お聞きしたいのですが。
ジンパ:私とペマツェテン監督が初めて出会ったのは、2014年のことになります。そして、2015年に初めて『轢き殺された羊』という作品を一緒に作りました。それから、2018年にはこの『気球』を撮ったわけです。監督は私にとっては先生でもあります。いろんなことを教えてくれる先生なのですが、同時に友人でもあります。一番最初に会った時ですが、私は監督に会うため北京に行きました。そこで知り合うことができました。
市山:それ以前にも映画に出たことがあったのですか? それとも、ほかの仕事をしてらしたのでしょうか。
ジンパ:初めて映画に出演したのは2011年で、短編映画でした。その後、2014年から本格的に映画の仕事を始めるようになりました。映画に関わる前は創作活動、詩や文学の制作活動を行ったり、教員もしたことがあります。また、政府の仕事などにも関わったことがあるのですが、現在は映画の仕事のみで、他の仕事はしていません。
Q1(男性):この映画では多くの動物を扱うシーンがありますが、今のお話を聞くとそういった経験はなかったのでは、と思います。動物の取り扱いはトレーニングを受けられたのですか、それとも自然にできたのでしょうか。
ジンパ:私は牧畜を行っている地域で生まれ育ったので、子供の頃から羊を飼った経験があります。
Q2(女性/中国語で質問し、その後市山さんの要請により自身で簡単に日本語に翻訳):映画の中に宗教の価値観、科学の発展と世の中の価値観などが盛り込まれていると思います。それについて、ジンパさんはどういうお考えをお持ちでしょうか。また、監督はこの映画を通じてどういうメッセージを伝えたいのか、それをお聞きしたいです。
ジンパ:(中国語でお答え)
市山(通訳さんに):今の北京語、訳せますか?
通訳:私、中国語わかりません。(笑)
市山:質問した方、今のを...(笑)
質問者:えーっと、私たちの見方と同じなんですが、私は一人の役者としてこの映画に関わっていて、監督の見方は勝手に解釈できないです。千人の観客がいれば、それぞれ別の見方を持っていると思うので...。すみません、日本語下手で。(会場から大きな拍手)
Q3(女性):子供たちとの演技が自然で、本当の家族のように見えたんですが、子供たちとの演技は難しかったですか? それとも、教員をやってらしたということで簡単だったでしょうか?
ジンパ:子役たちを演技させるためには、撮影が始まる前に何日も一緒に過ごし、お小遣いをあげてみたり、好きなことを言わせてみたりとか、コミュニケーションする時間が必要でした。俳優は実際に存在している人のように演技をしないといけないわけですが、今回私たちの演技がよかったとすれば、それはコミュニケーションがうまくいったからだと思います。(この後訳が聞き取れず)
Q4(アミール・ナデリ監督/英語で、ショーレ・ゴルパリアンさんが通訳):2つ質問があるのですが、まず、こんなすべてにおいてピュアな映画は久しぶりに見ました。家族として演技ができていくまでには、どのくらい時間がかかったのでしょうか。2つめの質問は、脚本は最初から完全に最後まで書かれていたのでしょうか? それとも、毎日の撮影で手を入れながら加えていかれたのでしょうか?
ジンパ:まず初めの質問ですが、子供たちや夫婦の関係を構築するためには1ヶ月ほどの時間を要しました。その中で人間関係、家族としてのコミュニケーションを取るための準備をしていきました。2番目の質問ですが、もともと脚本はできていたのですが、撮影の中で少しずつ修正は加えていきました。撮影は、最初から順番に撮ったわけではありません。撮影を始めて1ヶ月たち、2ヶ月たちしてだんだん演技がうまくなっていったので、それに応じていろんな場面を演じていった、という形になります。
市山:ジンパさんの出演している作品『巡礼の約束』、ソンタルジャ監督の作品ですが、2月8日(土)から岩波ホールで上映されます。こちらも素晴らしい作品ですので、ぜひご覧下さい。
オマケで、昨年の『轢き殺された羊』のジンパさんの画像も付けておきます。