アジア映画巡礼

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アジア”福”映画<1>韓国映画『チャンシルさんには福が多いね』

2020-12-06 | 韓国映画

2020年もそろそろ終わりに近づいてきました。新型コロナウィルスが蔓延したせいで、「悪夢のような2020年」として記憶されるのでは、と思いますが、それだけに来年がいい年になるよう、願う気持ちが強くなりますよね。そのせいかどうかわかりませんが、タイトルや主人公の名前に”福”が入った作品がどうしても目についてしまいます。その中のいくつかを、アジア”福”映画として、ご紹介したいと思います。まずはそのものズバリ、タイトルに“福”が入った韓国映画『チャンシルさんには福が多いね』からどうぞ。

『チャンシルさんには福が多いね』 公式サイト
 2019/韓国/韓国語/96分/原題:찬실이는 복도 많지
 監督・脚本:キム・チョヒ
 主演:カン・マルグム、ユン・ヨジョン、キム・ヨンミン、ユン・スンア、ペ・ユラム
 配給:リアリーライク・フィルムズ+キノ・シネマ
 配給協力:アルミード
※2021年1月8日(金)より福いっぱいの新春ロードショー! ヒューマントラストシネマ渋谷・ヒューマントラストシネマ有楽町他にて公開

© KIM Cho-hee All RIGHTS RESERVED/ ReallyLikeFilms

アラフォーの女性チャンシル(カン・マルグム)は映画のプロデューサー。これまでずっと、自分よりだいぶ年上の男性監督の現場で、彼の映画製作を支えてきたのですが、その初老の監督が何と! スタッフとの飲み会の場で急死してしまいます。それまではチャンシルを「あなたは韓国映画界の至宝よ」と持ち上げてきた製作会社の女性社長も、肝心の監督が亡くなったとなれば、そんなことは忘れたかのようにチャンシルに見向きもしません。失業したチャンシルは、家も家賃の安いところに引っ越し、一風変わった老婦人の大家さん(ユン・ヨジョン)と暮らすことに。チャンシルを慕ってくれる駆け出し女優ソフィ(ユン・スンア)の家に行って部屋を片付けたりしているうちに、彼女の家の家政婦となったチャンシルは、ソフィのフランス語家庭教師としてやってくる短編映画の監督ヨン(ペ・ユラム)に心ときめかせたりします。通いの家政婦であることを隠し、ヨンと何となく付き合っている感じになったチャンシルの周囲に、もう1人の男性の影が。その男(キム・ヨンミン)は、どうも大家さんが「入っちゃダメ!」と言っていた部屋に住んでいる様子で、香港映画『欲望の翼』のレスリー・チャン演じるヨディとおんなじ格好をしています。これはまぼろし? それとも...。チャンシルの周りには、プロデューサー時代とは違った”福”が漂うようになりました....。

© KIM Cho-hee All RIGHTS RESERVED/ ReallyLikeFilms

映画の幕開けには葬送行進曲が流れ、スタンダード画面で飲み会が進行し、あれ、今どきスタンダードとは珍しいな、と思っているうちに初老の監督が倒れてビスタ画面になり...と、初っぱなからユニークさが全開の作品です。本作の監督は、これが長編第1作となるキム・チョヒですが、実は本作は、彼女の実体験から多くのインスピレーションを得ているとのこと。キム・チョヒ監督は、かつてホン・サンス監督のプロデューサーを7年間務めていた、と聞くと、本作の持ち味がどこからきているのか何となくわかる気がします。キム・チョヒ監督がプロデューサーとして担当したのは、ホン・サンス監督作品のうち、『ハハハ』(2010)、『ソニはご機嫌ななめ』(2013)、そして『自由が丘で』(2014)などだそうですが、その後彼女は韓国映画界を離れ、カナダで自分を見つめ直すことに。そして、監督への第一歩を踏み出したわけですが、本作の冒頭、チャンシルが信頼して言わば「仕えて」きた監督を、これも言わば「頓死」させているのがすごく意味深に思えてきます。深読みしすぎででしょうか。

© KIM Cho-hee All RIGHTS RESERVED/ ReallyLikeFilms

このほか、キム・チョヒ監督自身をチャンシルに反映させたポイントはまだまだあります。チャンシルとフランス語家庭教師のヨンが飲みに行き、映画談義をするシーンでのシネフィルぶりもその一つです。チャンシルが小津安二郎監督に傾倒し、熱く語るのに対し、自分も短編映画監督であるヨンが同調するかと思いきや、「小津は退屈だ」と言い、出てきた監督の名前はクリストファー・ノーラン。最近では『テネット』(2020)が話題になっていますが、脚本も担当したキム・チョヒ監督が本作を書く時にイメージしたのは、『インセプション』(2010)とか『ダンケルク』(2017)とかでしょうか。頭にきたチャンシルが語気を強めて反論する姿は、それまでの少々地味で、のほほんとした彼女の姿を一変させるインパクトがあり、本作中白眉のシーンとなっています。そのほか映画の中で語られるタイトルは、ヴィム・ヴェンダース監督の『ベルリン 天使の詩』(1987)や、ユーゴスラビアの監督エミール・クストリッツアの『ジプシーのとき』、さらに王家衛(ウォン・カーウァイ)監督の『欲望の翼』(1990)など。そしてこの『欲望の翼』へのオマージュが、ストーリーの所でも述べたように、これまたユニークな形で本作の中に出現するのです。

© KIM Cho-hee All RIGHTS RESERVED/ ReallyLikeFilms

浦川留さんの12月3日付けブログによると、本作が今年3月の大阪アジアン映画祭で上映された時、「レスリーが、レスリーが、とSNSがにぎわっていた」そうで、似ていなくもない、という感じのキム・ヨンミン演じる『欲望の翼』のヨディが出てくるのです。しかしながら、レスリー・ファンだった私としてはいまいち不満がありまして。確かに、『欲望の翼』のあのシーンは、ヨディの自己愛がビンビン感じられて印象深く、レスリーもすごくセクシーだったものの、その姿でソウルの郊外に出てこられるのはいかがなものか、とブーたれてしまいました。レスリー・ファン、香港映画ファンの方は、ぜひご自分の目で確かめてみて下さいね。そうそう、それから浦川さんは、「ちなみに大阪アジアンでは『チャンシルは福も多いね』とのタイトルだったのが公開タイトルは表題のようになり、”も”と”が”のニュアンスの相違がなんか気になる」(引用で「」に入れたため、使用記号を少し変えてあります)とも書いていて、原題にあたってみました。原題は「찬실이는 복도 많지(チャンシリヌン・ポッド・マンチ)」で、「복(ポク)」は「福」、「도 (ド)」は「~も」なので、大阪アジアン映画祭の『チャンシルは福も多いね』の方が正確な訳ではと思いますが、韓国語がご専門の方、いかがでしょう? ま、公開邦題は原題から変わることも多く、英語題名が「Lucky Chan-sil」であり、お正月公開の映画でもあることから、「福が多いね」になったのかも知れません。

本作は印象的なシーンがいくつもあるのですが、その中で私の心に残ったのは、最初の方のお引っ越しシーン。それまで住んでいた便利のいい借家(おそらくアパート)を出て、チャンシルが丘をずっと上がった場所の、足的には不便な住宅地に間借りするため、引っ越していくシーンです。赤いプラスチックの大たらい(盥)に荷物を入れて頭に乗せたチャンシルを先頭に、映画スタッフの若い男性3人が他の荷物を持ってえっちらおっちら丘を登っていくのですが、その道がジグザグ道。アッバス・キアロスタミ監督の『友だちのうちはどこ?』(1987)に出てきたジグザグ道を思い出してしまいました。そんな風にこだわり始めれば、いろんな箇所で遊べる作品で、キム・チョヒ監督は、これまでやりたかったことを思いっきり初監督作の中で実現させている感じです。そんな至福感も伝わってくる『チャンシルさんには福が多いね』の福は、ユルい福ですが、じわじわと効いてくると思いますよ。最後に予告編を付けておきます。

『チャンシルさんには福が多いね』予告編

 


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