インド映画には必ずと言っていいほどソング&ダンスシーンがあるのは皆さんご承知でしょうが、その映画音楽を記録して観客の手元に届ける媒体、つまり当初はレコードから始まり、その後カセットテープからCDへと進化した変遷の歴史をご存じですか? インド映画がトーキーになったのは1931年からで、その頃すでに円盤式のレコードは広く普及していました。当時のレコードはシェラック(樹脂。カーボン、酸化アルミニウム、硫酸バリウムの粉末をこれで固めたものが素材となる)製でずしりと重く、直径は10インチ=約25㎝で回転数は78回転だったので、演奏時間がとても短かったのです。今でも見かける12インチ=約30㎝のLP(Long Play)盤が登場したのは1948年だそうで、アメリカのコロンビア社が発売し、レコードの素材もポリ塩化ビニールになったことで軽くなり、レコードは大きな進化を遂げました。LP盤の回転数は33回転で、片面に約30分録音できるようになったのです。こうして、SP盤は1963年に生産が終了となり、以後は塩ビのレコードがLP盤(約30㎝)、EP盤(約17㎝)、シングル盤(同じく約17㎝で、真ん中の穴が大きく片面1曲だけ入るサイズになっている)、それから時には10インチ(約25㎝)のLP盤などが発売されてきたのでした。
私がインドに行き始めた1975年はレコード全盛期で、音楽を自分の手元で聞こうとすればレコードを買うしかありませんでした。1990年ぐらいにカセットテープに移行するまで、結構せっせとインドに行ってはレコードを買っていたので、うちにはかなりの枚数があります。最初はEP盤を買っていたのですが、やがてLP盤を買うようになり、そのレコードジャケットが自宅でのインド映画上映会の時の写真素材源となったりしたものでした。上の写真は、アミターブ・バッチャン主演作『Trishul(シヴァ神の三叉矛)』(1978)のEPレコードとジャケットです。ジャケットに値段が手書きしてありますが、16ルピー50パイサと、今では街角のチャ屋屋で立ち飲みのお茶も飲めない(カッティング=半カップなら何とか飲める)値段ですが、当時はレートが違っていたので、そこそこ高かったと思いますし、LP盤は40~50ルピーしました。下は、ソノシート(って知ってますか? やはり塩化ビニール製なのですが、ボール紙という感じで、片面だけ録音できる媒体です。これだけで売り物にするというより、ソングブックの音源となったり、雑誌の付録などによく使われました)なんですが、『Trishul』のセリフが入ったもので、何かの付録か映画会社のプレゼント用に作られたものらしく、「Not For Sale」の文字が消されてレコード店に並んでいました。『Trishul』は1978年のヒンディー語映画興収第2位の作品で、当時全盛期のアミターブ・バッチャン主演作、監督はヤシュ・チョープラー、脚本はサリーム=ジャーヴェードという黄金コンビの作品でした。ですのでいいセリフが詰まっていて、このソノシートを聞きながらうっとりしたものです。ここに顔が出ているスターの名前を全部言えたら、あなたはボリウッド検定超1級がもらえます。
で、本題なんですが、実はボリウッドとはまだ言われていなかった頃の映画音楽のレコードが、ディスクユニオンお茶の水駅前店でひっそりと眠っているんだそうです。古い時代の映画主題歌レコードで、1940~1960年代のものらしく、ジャケットはなくてレコード盤のみです。少し前に、うちにあるカセットテープをどなたか引き取って下さらないか、という記事をアップしましたが、「引き取りましょう」という親切な方が現れて、Iさんという方が約2,000本を車で取りに来て下さったのでした。その方がディスクユニオンお茶の水駅前店勤務の方で、ご夫婦で来て下さっていろいろお話しているともうあれこれ面白くて、時間が経つのを忘れました。もちろんカセットテープは売り物になどならないため、同じくアジアンポップスがお好きなご友人たちの間で分けて下さるらしいのですが、その時、お店に古いインド映画音楽のレコードがいっぱいある、というお話を聞いたのでした。で、後日送ってきて下さったレコードの一部の写真が下のものです。左側の方にタイトル名が読めるものがあるのと、実は茶色のラベルにも書いてあるのですが、字が小さすぎて読めない...。これで映画題名リストを作ろうと思ったものの、メニエル病の発作が出そうになってあきらめました。
左側にタイトルが挙がっている映画を書いておきますと、『Sasural(婚家)』(1961)、『Sagai(婚約)』(1951)、『Achhut(不可触民)』(1940)となります。その後、いろいろやり取りしているうちに判明したのは、私の友人でインド古典音楽のレコード収集家である人が処分したいと思って持って行ったレコードだったことで、というのも、こんなレコードならKさんが集めたがるのでは、と連絡したらKさんからは、「持ち込んだの自分です。ラタ-とかヒンディー映画音楽を処分しました。映画音楽LPと古典音楽のだぶってるLPも処分しました」という返事が返ってきた次第です。Iさんも言っていましたが、「世間は狭い」ですね。ちょっとここらで、貴重なレコード『Achhut』に入っているのでは、と思われる主演女優ゴーハル・マーマージーワーラーの歌を聴いてみましょう。プレイバック・シンガー制度が定着するのはもっとあとで、1940年はまだ、俳優自身が歌っていた時代です。「ミス・ゴーハル」として有名だった歌手兼女優ですが、パールシー教徒だったんですね。
Achhut / Untouchable 1940: Re panchhi samay ko pahchaan lena tu (Miss Gohar Mamajiwala)
こんなレコードがディスクユニオンお茶の水駅前店のバックにいっぱい置いてあるようで、売れ残ってしまうと最終的に処分せざるを得ず...とIさんはつらそうでした。もし、ご興味のある方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度店舗にいらしてみて下さるか、電話して問い合わせてみて下さい。店舗のインフォメーションと共に、Iさんからの伝言も書いておきます。
ディスクユニオン お茶の水駅前店
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