先日簡単にご紹介した香港映画『十年』が、いよいよ明後日、7月22日(土)から公開となります。今日はもう少し詳しく、このオムニバス映画を見ていこうと思います。まず、タイトルの意味ですが、本作が撮られた2015年から数えて10年先の香港は、このようになっているのでは、という近未来を描いた作品なのです。そして、このタイトル「十年」の右側が、半ば消えかかっていることにもご注目下さい。2025年の香港はきっとこんな風になっているはず、と5人の監督が描いたSF的世界が、5つの短編になって提示されます。
『十年』 公式サイト
2015年/香港/広東語/オムニバス映画/108分/原題:十年/英語題:TEN YEARS
<各パートの監督>
第1話『エキストラ』
監督:クォック・ジョン(郭臻)
第2話『冬のセミ』
監督:ウォン・フェイパン(黄飛鵬)
第3話『方言』
監督:ジェヴォンズ・アウ(歐文傑)
第4話『焼身自殺者』
監督:キウィ・チョウ(周冠威)
第5話『地元産の卵』
監督:ン・ガーリョン(伍嘉良)
配給:スノーブレイク
※7月22日(土)より新宿K's cinemaほか全国順次公開
◎画像©Photographed by Andy Wong, provided by Ten Studio Limited
順番に各作品を見ていくことにしましょう。まず、クォック・ジョン(郭臻)監督作品『エキストラ』(原題:浮瓜)は、モノクロで作られています。舞台となるのは、ある学校の体育館で開かれようとしているメーデー集会の場です。入り口には主催者の張(チャン)坤祥議員(王宏偉/ワン・ホンウェイ)が提供する「愛心同樂米」の米袋(来場した地域の人に配られる)が積んであったり、子供向けのアトラクションがしつらえられていたりして、なごやかな雰囲気が漂っています。次々とやってくる地域の人たち。そしてゲストである真愛連の林(ラム)党首と金民党の楊(ヨン)党首も到着、金網の外では反対派も騒いでいますが、2人は笑みを浮かべ会場へと入っていきます。
ところがその頃、上階の教室では、中年男の長毛(チョンモウ)と南アジア系の顔立ちをしたピーターが拳銃を持って奇妙なリハーサルをしていました。ヤクザの親分から、会場で騒ぎを起こすようにと命じられて、ここに待機しているのです。ヤクザの親分はさらに上階の教室の前でスタンバイしていますが、その教室には張議員を始め、広東語と北京語をしゃべる有力者たち6名が顔を揃え、何かが話し合われています。一体彼らは何者なのでしょうか。そして、金で雇われただけの長毛とピーターの運命は...。
ピーター(「Peter仔(チャイ)」と呼ばれています)は故郷がインドだと親分のセリフに出てくるのですが、顔立ちからネパール人ではないかと思われます。広東語を流ちょうにしゃべっていますが、外国籍だから、ということで犯人役に選ばれたようです。プレス資料によると、香港にはインド・パキスタン系の住民が約4万人いるとのことで、ネパール系の住民も入れるともっと多いのでは、と思います。香港における政治勢力の縮図と共に、中国本土の人間は香港人を利用し、香港人は外国籍の人間を利用する、という構図も描かれた作品となっています。
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第2話『冬のセミ』(原題:冬蟬)は、ウォン・フェイパン(黄飛鵬)監督の作品で、すべてのものを標本にしようとする男女が主人公です。街に溢れる物を標本にし、生き物を標本にし、やがて男は自分自身を標本にしてほしいと言い出します...。一番近未来SFらしい作品ではありますが、ホラー映画のような趣も。
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第3話『方言』(原題:方言)は、ジェヴォンズ・アウ(歐文傑)監督による作品で、一番わかりやすい作品と言えます。普通話(標準中国語)の浸透政策により、タクシー運転手にも普通話を話すことが義務化され、主人公の中年の運転手は苦境に陥ります。これまでは広東語で何の問題もなかったのに、普通話の発音を覚えないと、カーナビの音声入力もできません。スクリーンには、彼が発音できない固有名詞などが、その都度普通話のピンイン付きで出現します。小学生の息子は学校教育によって普通話を流ちょうに話し、妻もすぐに広東語←→普通話とスイッチできるのに、彼だけはどうにも苦戦が続きます。ほかにも、シンガポールのようにタクシー乗り場以外の所から客を乗せると警察につかまるし、まったくついていません...。
このパートは、本当に人ごとでなく見てしまいました。というのも、実はここのところ私も普通話を習っていて、どうしても広東語の発音が出てしまい、先生に注意されてばかりいるからです。基礎の四声ができていないのに途中からあるクラスに入ったため、もともと無理があるのですが、広東語とまったく別物と思わないと進歩はない、ということがよくわかりました。私の苦闘(?)は7月一杯で終わるのですが、香港の人はこの先普通話を習得しないと暮らしていけないわけで、さらには簡体字も導入されるはず、と思うと、広東語文化の終焉が迫っているという思いが突き上げてきて、胸が痛みます。
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第4話『焼身自殺者』(原題:自焚者)は、キウィ・チョウ(周冠威)監督の作品です。 ニュースが流れ、イギリス領事館前で焼身自殺があったことを告げます。身元は判明しないが、香港独立運動に関係しているらしい、という報道を聞いたある男子大学生は、以前ガールフレンドのカレンが抗議の焼身自殺をほのめかしていたことを思い出し、あわてて大学中を探し回ります。カレンは香港生まれのインド系で、香港独立運動のリーダー欧陽健鋒を中心とした活動に深く関わっていたのでした。「香港独立」というパンフを配っても、「あんたは外国人じゃないか」と言われるカレン。香港で生まれて、広東語も普通の人と変わらず話せるのに...。
やがて、独立運動への弾圧は激しくなり、一般人も巻き込んで警察は暴力的に押さえつけようとします。大学教授や議員、劇作家や社会活動家など、識者たちはいろいろ発言しますが、秘密警察も暗躍、いよいよ香港は黒い霧の中に埋没していこうとしています...。一部、2014年の雨傘革命の記録映像を使ったりして、学生を中心とする市民運動の10年後を描いていきます。ドキュメンタリー映画の手法を借りながら、焼身自殺者が誰だったかという最後の謎解きまで、見る人を引っ張っていく作品です。
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最後の第5話『地元産の卵』(本地蛋)はン・ガーリョン(伍嘉良)監督の作品で、よく知られた俳優廖啓智(リウ・カイチー)が出ていることから、本作の顔のような役割を果たした短編です。リウ・カイチーが演じるのは、古い住宅ビルの1階にある小さな商店街の、食料品店の店主。そこにある朝、いつも卵を卸してくれている養鶏場の主人から電話が入りました。「養鶏場を閉めることにしたんだ」養鶏場の息子の話だと、彼らは今後台湾に行って農場で働くといいます。今度から、卵はどこで仕入れればいいのか、香港の地場産の卵は手に入らなくなるのか...。
ところが、最後の地場卵を売ろうと『本地蛋(ブンデイタン)』という札を付けたその卵にいちゃもんをつけてきたのは、小学生4人組からなる少年軍(少年団)。「本地」という言葉がリーダーから渡された「規則に反する言葉」に入っている、と言うのです。1960年代の文化大革命時の少年紅衛兵と同じような格好をした少年団は、やがて店主の小学生の息子明仔(ミンチャイ)も取り込んでいきます。「上の人間に命令されたから、といって闇雲にそれに従うんじゃない。自分の頭で考えるんだ」と諭した店主でしたが...。
「本地」は昔からある言葉ですが、雨傘運動以降に「香港独立」をスローガンに掲げた「本土派」と呼ばれる勢力が台頭し、その「本土」を連想させる言葉として本作の中で象徴的に用いられたのでしょう。細部にいろんな意味が隠れていそうな、香港人の詳細な解説付きで見たい一編でした。
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7月1日の香港返還20周年の時には、新聞等にも様々な分析が出た香港の現状と未来。『十年』を見て、もう一度じっくりと考えてみるのもいい機会では、と思います。最後に予告編を付けておきます。
「十年」予告編