アジア映画巡礼

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インド映画は夏が旬!:『KESARI/ケサリ 21人の勇者たち』(上)

2019-08-12 | インド映画

8月2日(金)公開の『あなたの名前を呼べたなら』に続き、9日(金)に『シークレット・スーパースター』が公開されましたが、もうご覧になりましたか? 8月は珍しく、「3週連続インド映画封切り」という「ここはインド???」状態になっていて、今週、16日(金)にもまた『KESARI/ケサリ 21人の勇者たち』が公開となります。3週連続公開も嬉しいのですが、3作品ともそれぞれに違うテイストの作品というのも、これまた嬉しい限り。インド映画ショーケース月間、という感じです。今回は、その『KESARI/ケサリ 21人の勇者たち』をご紹介しましょう。

『KESARI/ケサリ 21人の勇者たち』 公式サイト
 2019年/インド/ヒンディー語/154分/原題:Kesari
 監督:アヌラーグ・シン
 出演:アクシャイ・クマール、パリニーティ・チョープラー
 配給:ツイン
8月16日(金)より新宿ピカデリーほか全国順次公開


ちょっと前置きが長くなりますが、映画に描かれた当時のインドの状況を説明しておくと、本作の時代は約130年前の1890年代。イギリスがムガル帝国を滅ぼし、インドを植民地化したのが1858年で、1877年にはイギリスのヴィクトリア女王がイギリス国王とインド皇帝を兼任する形を取り、広大なインド帝国が成立します。このイギリス統治は周辺の国々にも様々な影響を与えたのですが、激しく抵抗したのは現在のアフガニスタンに当たる地域に成立した、様々な部族が集まるアフガニスタン首長国でした。1834年に成立したアフガニスタン首長国は、1838~42年イギリスとの間で第一次アフガン戦争を戦い、勝利します。しかしながら、1878~80年の第二次アフガン戦争ではイギリスに敗れ、イギリスの保護国となりました。以後、インド帝国西北部の国境線では常に緊張状態が続き、最終的には1919年に第三次アフガン戦争が起きて、アフガニスタン首長国が勝利することになります。それまでの間、イギリスは多くの砦を築いて、対アフガニスタン首長国の守りを固めたのでした。


一方、本作の主人公であるシク教徒たちも、イギリスのインド支配に抵抗した過去を持っています。イギリスが東部のベンガル地方を拠点にインド支配の手を広げていた1801年、シク教徒たちは現在はパキスタンとなっているラホールを首都としてシク教国を建国します。今の印パ両国のパンジャーブ州だけでなく、その北のカシミール地方をも含む広い国土を有したのですが、1845~46年の第一次シク戦争でイギリスに敗れ、続く1848~49年の第二次シク戦争でも破れて、結局シク教国は消滅してイギリス領となります。その後シク教徒はイギリスとの協調路線を取り、勇猛果敢な軍人としてインド在住イギリス軍の核となっていくのです。本作で描かれるサラガリ砦の攻防戦が起きたのは1897年9月12日。ペシャーワルの西南に位置するサラガリ砦は、グリスターン砦とロックハート砦との中間にある小さな砦で、当初は鏡を使った通信の中継地点として作られた砦だったのですが、そこが壮絶な戦いの舞台となったのです。

映画は、イギリス軍の将校に率いられたシク教徒軍隊が巡邏を行っている時、夫の元から逃げてきたパシュトゥーン人女性を軍曹のイシャル・シン(アクシャイ・クマール)が救ったエピソードから始まります。それが元で、部族長シャイドゥッラー(ラケシュ・チャトゥルヴェディ・オーム)らパシュトゥーン人の反発を買い、一方イギリス軍将校も自分の命令を聞かないイシャル・シンの存在を苦々しく思って、彼をサラガリ砦へと左遷します。サラガリ砦にはシク教徒の兵士が20名と、コックであるイスラーム教徒のフダー・ダードがおり、兵士たちは当初イシャル・シンに反発したものの、やがて信念を持って指揮に当たる彼に尊敬の念を抱くようになります。イシャル・シンは元は農民で、村には結婚して間もない妻(パリニーティ・チョープラー)を残してきており、荒涼たるこの土地で妻のことを思うのと、何とか作物を育てようとするのが彼の慰めでした。兵士たちもそれぞれに家族を思う気持ちは強く、やがて皆は彼ら自身が家族のように絆を深めていきます。そんな時、部族長シャイドゥッラーが他の部族長にも呼びかけ、連合軍を作って砦を襲ってきます。イシャル・シンらは21名、対するパシュトゥーン軍は総勢1万人。しかもイギリス軍からは、「援軍を出すのは不可能。砦を放棄せよ」という命令が。しかし、それを潔しとしない21名は最後まで戦うことを選び、イシャル・シンは自身と彼らを鼓舞するために、カーキ色だったターバンをケサリ(ケーサリー=サフラン色)の色に換えて皆の前に姿を現します...。


シク教徒の誇りを高らかに歌い上げる本作は、シク教徒にとってターバンがいかに大切なものであるか、ということを物語の冒頭でわからせます。パシュトゥーン人の女性を逃がしたイシャル・シンは不覚を取ってパシュトゥーン人の男たちに捕らわれるのですが、イシャル・シンを殺そうとする男たちに対して族長は、「まずターバンを取ってしまえ。ターバンはシク教徒の誇りだ。ターバンをはずして頭をあらわにした姿で殺せ」と命令します。それを聞いたイシャル・シンの仲間が頭に血をのぼらせ、それまで手出しを控えていたことなど忘れたようにイシャル・シン奪還に向かう姿は、シク教徒とターバンの関係を観客にあらためてわからせてくれます。シク教徒の戒律の中に、体に生えてくる毛にカミソリを当ててはいけない、というものがあり、男女とも髪の毛は長いまま、また男性の髭も伸び放題にする、という結果になるのですが、成人男性の場合は髪の毛を頭の上でまとめ、その上からターバンを被るのが一般的です。スポーツ選手などはターバンをはずして競技に臨みますが、一般の人は基本的には寝る時以外は必ずターバンを着用します。バイクなどでのヘルメット着用は、ターバンを被っているシク教徒に限り免除されていますし、軍隊でも軍帽に代わるものとしてターバンが認められています。


こんなシク教徒なので、ターバンと髭ではヒーロー役は無理、と、割と最近になるまで映画では常に脇役でした。シク教徒が多く住むパンジャーブ地方のパンジャービー語映画を除いて、シク教徒がヒーロー役になる作品はほとんどなかったのですが、2008年の『Singh Is Kinng(シンは王様)』の大ヒット以降、ボリウッド映画でもシク教徒が主人公だったり、重要な脇役として登場する作品が増えました。『Singh Is Kinng』に主演したのもアクシャイ・クマールで、彼自身はシク教徒ではないようですが、生まれがシク教総本山ゴールデン・テンプルのあるアムリトサルであるせいか、以後もシク教徒の役を何度かやっています。彼のほか、日本公開作で実在のアスリートを主人公にした『ミルカ』(2013)ではファルハーン・アクタルがシク教徒を演じていましたし、また、『SANJU/サンジュ』(2018)の主役を演じたランビール・カプールも、『Rocket Singh: Salesman of the Year』(2009)では見事なシク教徒ぶりを見せてくれました。


本作では、登場するインド人は、サラガリ砦のコック(上写真真ん中)を除いて全員がシク教徒なので、ターバンと髭のオンパレード。このコックはなかなか感動的な行動をすることになるとてもいい役なのですが、体格も小さめであることから、シク教徒たちの間にいると少々存在が小さい感じがします。この件に関しては、後日アップする(下)でまた少し。歴史的事実なので書いてしまいますが、最後はこの部隊は全滅するわけで、そこに至る過程は、単なる戦争アクションとしては見られない、結構エモーショナルなストーリー展開になっています。それゆえにインドでも大ヒットしたのだと思いますが、見るのが少々つらい作品でもあります。また、これではあまりにも彩りがないという配慮からか、イシャル・シンの妄想として故郷にいる妻の姿が時々登場するものの、焼け石に水ならぬ広大な砂漠に水。パリニーティ・チョープラーはプリヤンカ・チョープラーの従妹で、美しい上に演技も上手な女優なので、もっと別の作品で日本デビューさせてあげたかったです。


荒涼たる土地と雪山の対比や、舞い上がる土埃とその中に沈んでしまいそうな軍服姿の兵士など、印象的な画面に歴史的な戦いを刻み込んだのは、これまで主としてパンジャービー語映画を撮ってきたアヌラーグ・シン監督。特にアヌラーグ・シン監督は、今パンジャービー語映画界で一番人気の男優ディルジート・ドーサーンジの主演作『Jatt & Juliet』(2012)をヒットさせ、シリーズ化したりした監督なので、その手腕が高く評価されて、今回の抜擢となったのではと思います。次作は『Singh & Kaur(シンとカウル=男性シク教徒と女性シク教徒)』だそうで、シク教徒映画まっしぐら、という感じですね。自身もなかなかカッコいいアヌラーグ・シン監督(下写真右)ですが、彼の手堅い演出も、見ものとなっている本作です。


最後に予告編を付けておきます。インドの歴史を知りたい方には必見の作品ですので、ぜひ大きなスクリーンでご覧になって下さい。

映画『KESARI/ケサリ 21人の勇者たち』予告編



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