daddy-kのいきあたりばったりⅡ

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ラリー・ヤングと幻のティアック・レコード

2022-10-07 | 音楽つれづれ

60年代終りから70年代初め、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」などがヒットした時代ですが、若者が欲しがった物の一つにオーディオ装置があります。

メーカーのセット物より、単品毎にメーカー得意なものを組合せの方が音が良い、でもA社のスピーカーとB社のアンプの組合せは相性が悪い、などと音楽誌は賑やかでしたし、サン・トリ・パイ(サンスイ・トリオ・パイオニア)と呼ばれたオーディオ総合御三家が人気となった一方で、家電メーカーも挙って単品コンポの市場に参入して来ました。白物家電のブランド名を抑え、オーレックスやオットーやLo-D等のブランドを前面に出して。

そんな時代に持っていると一目置かれたのが、総合メーカーより専門メーカーの品で、アンプならラックスとか、テープ・デッキならティアックやアカイなど。私もあの頃大枚をはたきオープン・リールの3ヘッド3モーターのデッキを買いましたが、そんな時、信頼に応えてくれたのはティアックの製品でした。

実は、それまで使っていた某社の2ヘッド機はよく動いてくれ、それでその会社の3ヘッド機に買い替えたのですが、これが大失敗でテープはダメにする、修理に出しても直らない、8ヶ月程所有し内6カ月は修理に入っていたという欠陥品で、それでティアックに買い替えたのですが、とても痛い出費と勉強代でした。とは余談ですが。

 

そんなティアックが、レコード業界に進出を発表したのが1973年の事でした。

発売告知が済み、前日までに主要レコード店に荷も届き、それが店頭に並ぶ発売当日の朝になって突然発売中止が決まり、届いていたレコードは回収され、ティアック・レコードは幻のレコード会社となったのですが。

聞いた話ですが、当時ティアックの創業者で社長の谷勝馬氏が、当時の日本楽器=現ヤマハの社長だった川上源一氏から忠告され決断したそうで、谷社長は川上社長を経営者として尊敬し、また親しかったと聞きます。

ティアックは以前から、オーディオのフォノモーター(レコードを回す部分=上左)も作り評価が高かったのですが、ヤマハはそのターンテーブルや、グッドマンのスピーカーを組込んだステレオ・セットを作り、直営店で販売していた時期がありますが、そんな縁もあったのかな?とも思います。

 

ティアック・レコードのスタートは、LPばかり5タイトルだった?と記憶していますが、縁があり、この「ラリー・ヤング」の「ローレンス・オブ・ニューアーク」と、ソウルの「ブラック・アイボリー」が手元に来たのですが、その他にもラテンのペレス・プラードなどもあったようです。※出典:レコード・ミュージックHPより、ティアック(TEAC)レコード・ーベルの誕生!を参照しました。

私はオルガンのファンですが、好きなのはもっぱらソウル・ジャズ系のファンク・オルガンでして、あのレスリーをかませ、ソウル・シンガーのメリスマの様に響くゴリゴリ系の音が好きなのですが、ここで聞こえてくるのはシンセなの?と思わせる様なシンプルな響きで(アタックが立ちクリアな音ではありますが)、元からゴリゴリの音は出さない人でしたが、ちょっと好みから外れて。

何よりジェイムズ・ブラッド・ウルマー、ファラオ・サンダースが参加したフリー・ジャズ系の音楽は、私にはいささか重たく…故にオルガンのコルトレーンと支持されるのでしょうけど。

ところで、このアラビアのロレンスを模したであろうジャケット、良き時代のプロレスが好きだった私には、アブドーラ・ザ・ブッチャーに見えてしまうのですが…とは、どちらにも失礼な話なのですけれど。

 

こちらはフリーのインプロビゼーション重視以前の、62年プレステッジでの初リーダーアルバム(左)と、その後ブルーノートで吹込んだ2枚。(後者2枚は図書館で借りましたが)

いずれも割とシンプルなレジストレーションではありますが、オルガン・ファンとしては、こちらの方が安心して聞けるかな?ただ、プレステッジ盤の方はいささかマイクが遠くて、そのあたりが、あまりクリアに聞こえないのがキズではありますが。

 

37歳と若くして亡くなってしまったのですが、今日10月7日はラリー・ヤングの誕生日、という事で書いてみましたが、半分がオーディオの話になり、失礼しました。

■ 以上、聞きたい365日 第324話でした。