北海道出身の"日本のフォーク"歌手といえば、中島みゆきに松山千春が有名ですが、その大先輩が雨竜町 (ヒマワリで有名) 出身の高石友也さん。彼の「受験生ブルース」の大ヒットが1968年ですから、日本のフォークの先駆けの一人でした。
彼のスタイルは東京のカレッジ系と異なり、アングラ系とか関西系とか呼ばれ、前者は主にモダン・フォークを、後者は初期のディランとかカーター・ファミリーなど、アメリカのルーツ・ミュージックを日本語に置き換え、歌って来たあたりが違ったような気が。
両方が混ざり今の"日本のフォーク"になったと思うのですが、どちらかと言うとカレッジ系の方が主流に近いのかなぁ? 日本のフォークに疎い私が言うのもなんですが。
受験生ブルースはリアルタイムで聞いていました。当時はコミカル・ソングと思って聞いていたのですが、いま聞き直すときちんとトーキング・ブルーズの形態になっていて、実はディランの歌が下敷きとも言われるので当然でしょうけれど。
しかしモダン・フォーク系もしっかり押さえていて、P.F.スローンが作った「明日なき世界」をカバーをしていたのは最近になって知りましたが、忌野清志郎さんの20年も前にやっていて、この歌が現実にならないとも限らない紛争がいまだ続いているとは…
70年代になり彼は、ナターシャ・セブンというグループを結成し活動を始めしたが、特に興味は無かったのでスルーしてきたのですが、たまたま中古レコードの100円コーナーに彼らの「107ソング・ブック」というBOXセットを発見。
外箱はボロボロでしたが、盤面はかなり綺麗だったのでこの値段ならとついで買い。
内容はカーター・ファミリーやマザー・グースに日本語の詩をつけたり、70年代としては熱のこもったセットとは思いますが、今となってはちょっと…これは手放そう思ってい所、最後の方でフランス民謡(?)の、「娘からの便り(娘から母へのバカンス便り)」という曲が。
聞くとキラキラ星のメロディに乗せた歌詞、おお!一度だけ同僚が飲み会で披露してくれた歌です。 ♪ ママ~私はこの頃 楽しい遊びを覚えたの 隣りの家のケンちゃんと 森の奥に行ったの … ここでは隣りのケンちゃんではなく、従弟の次郎ちゃんになっていたり、細部は違いますが、間違いなくあの時聞いた"春(の)歌"で、この一曲で残す事に決定。
解説によると、フランスのコレット・ルナールの歌を訳したそうで、原題は「ねずみの歌」というそうです。私の体に入って来るねずみとは、彼氏の一部…なのかな? 私は鈍い方なので何の事やら…ですが。
しかし"春(の)歌"は世界中にたくさんあるのでしょうね。「平和の誓い」と言うプロテスト・ソングで有名な英国のエド・マッカーディは、英国の春歌を集めたアルバムも三枚出しているそうで、国内盤でもそのベスト盤「英吉利春歌抄」として発売されました。さすがに当時は買うに至りませんでしたが、今思うと惜しい事を… は余談として。
音楽以外にもマラソンやトライアスロンなどでも活躍し、人生の達人と思っていた高石友也さんですが、先日の新聞で高石友也さんが亡くなられたとの報。病気で療養されていたそうですがまだ82歳は残念でした。
どうぞ、ご冥福をお祈りいたします。
以上【聞きたい365日】第382話でした。※後半部分は旧ブログ「春の歌」を流用しました。