きみの靴の中の砂

それまで彼女が膝の上で書き続けていた暑中見舞い





 建ってから大分年を経た家ではあったが、イチ子とふたりでさほど議論することもなく買うことにしたのは、庭の濃い緑に囲まれたウッド・テラスを彼女がとても気に入ったからに他ならなかった。

 建主でもある以前の住人は、戦前は久里浜で海軍に野菜を納めるのを商売としていたらしく、それで財を成したのか、この家を夏の別荘を兼ねて贅沢に作ったというのが不動産屋の説明だった。
 平屋の外壁が白ペンキなのも当初からのものらしく、たびたび塗り直していたせいか、家の外回りで手を入れる必要がありそうなところは、とりわけ見あたらなかった。強いて言えば、キッチンの装備が時代遅れなだけで、これは入れ替えれば解決する問題で、この家を買う障害では元よりなかった。

                            ***

 雨でない限り、朝一番にテラスをモップで拭くのが、休日のぼくの分担だった。それは、おおむね朝から昼に変わろうという時間帯の作業で、それが済むと早速そこで時間的には遅い『朝のティータイム』となった。
 今、ふたりが凝っているのが元町のシャングリラという紅茶屋で買ったアップル・ティー。これに合うお茶請けは何だろうというのが今朝の話題だった ----- イチ子は、やはり上等なバターを塗ったスコーンだと主張する。
「でも、それは今ここにあるわけじゃないから、実際、なにかお腹の張るものが食べたい」とぼく。
 イチ子がトーストを作りにキッチンへ行っている間、それまで彼女が膝の上で書き続けていた暑中見舞いが目に留まった。端切れをコラージュして、それをデジタル・カメラで撮ってカラー・プリンターで印刷した葉書 ----- 離れて見ると、それは、本当に生地を貼り付けたように見える ----- に緑色のインクの細いフエルト・ペンで文字が書き込まれていた。テラスから見える情景が細かく描写されていて、『夏の日差し、生い茂る緑、蝉の声、開け放した窓、気持ちのいい風』などといった文字を読み取ることができた。
 そのとき、来年こそ、ぼくもイチ子のように、少しは気の利いた暑中見舞いを書こうと心に決めたのだった。




José Hoebee / I Will Follow Him


 

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