2007年の夏のことだ。
とある日曜日に所用があって、久し振りに都心に出た。思いのほか用事は早く済み、時間は午後2時を回ったばかり。乾杯にはまだ大分早い時間だったが、渋谷にある知り合いの割烹に電話をしてみた。知人である店主は、もうすぐランチ・タイムが終わって手が空くからちょうどいい、構わないから来てくれと言うのだった。
渋谷駅を過ぎてタクシーを井の頭通りの交差点で降りると、割烹のあるビルは目前で、公園通りへ続く舗道は休日の雑踏のまっただ中だった。
割烹『F』の主人F氏とは、高校時代からの知り合いで、不思議と馬が合った。
昼の暖簾を仕舞う寸前に店に入ると、F氏はぼくを待ちを兼ねていた。
外はまだ明るいが、旨いヒラマサが入ってるから、良ければ早々といっぱいやったらどうだと勧めてくれる。
という訳でヒラマサの刺身と灘の生一本。
飲みながら店内を見回すと、カウンターの奥にまだ最後のグループ客のがいる。アジア系の外国人の家族連れのようで、しばらくするとカウンターのF氏に英語で挨拶をして帰って行った。
「このビルの地下に『P』っていうライブハウスがあるんだけど、今のお客さん、今夜そこでライブをやるタイの歌手の家族のようだね」とF氏は言って、カウンターの後ろの棚から彼女のサイン入り宣伝写真を取り出した。
「タイじゃ有名なアイドルだそうだ。さっきライブハウスのマネージャーが来て言ってた」とF氏。
「へぇ。ニコール・セリオーっていうのかァ。きれいな人じゃないの」ぼくはきっと、瞬きもせずに写真に見入っていたに違いない。
「うん、きれいな人だ。タイ人なら誰でも知ってるらしいよ。テレビ・コマーシャルにもよく出てるとかで...」
*
それから何年か過ぎて、再びの夏。割烹『F』から暑中見舞いの葉書が届いた。
F氏の添え書きに『いつだったかの夏、うちの店で会ったタイの国民的アイドル歌手を憶えていますか。最近、YouTube にビデオ・クリップがアップされました。いまだ興味があればご覧下さい。Nicole Theriault で検索するとヒットします』とあった。
Nicole Theriault / Mr. Postman
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