きみの靴の中の砂

霧の谷で出会った人達 (1)





 この男にまつわることを書こうと思うのだが…。

 撮影されたのは1953年、場所はネパールの山中。朝の洗面を済ませ、英国人らしく、お茶の用意をしているところである。足下には撮影用にディスプレイされた、ネッスル社製のパウダーミルクとメーカー不詳のコンデンスミルクの缶があり、上に同じくネッスル社製のビターとミルクチョコレートがのせてある。当人はパイプをくわえ、ホウロウのマグカップにコンデンスミルクを注いでいるところである。このあと間もなく、熱いお茶が、隊員もしくはシェルパからサービスされるのだろう。
 テントこそ当時の新しいものだが、靴(すでにビブラムソールだ)も服装も陸軍からの払い下げ。着ているのは、海軍仕様のオイルド・プルオーバー。時計も、恐らく海軍仕様だろう。スパッツはないわけではないのだろうが、圧迫感を嫌ってか、朝は裾を紐で縛り、その代用と為している。アイス・アックスはストック部分が100センチを越える、戦前から主流のもの。

 この男、昔の人間だから多少老けて見えるが、まだ四十代であろう。彼、ショウウェル・スタイルズ、当時、現役の大英帝国海軍の少佐である。休暇を使い、私費で隊員三名とシェルパを伴い、ヒマラヤに来た。

 さて、この登山隊、装備の不備で早々と敗退。だが、資金も休暇もまだ残っていることから、隊をふたつに分け、次に来るときのための偵察登山に切り替えた。

 事件に遭遇するのは、ビルとジャックという、隊員二名で編成された方の小隊である。

 ある日の夕暮れ、ふたりは痩せた岩尾根を注意深く下り、濃い霧の立ちこめる谷底に降り立つ ------ 人など絶対にいるはずのない場所だ ------ ところが突然、霧の中から大テント群が出現する。

 ふたりは通りがかりのシェルパ族の男に尋ねる。
「失礼。これはなにか?」
「これは、マナスル山を目指す日本国の登山隊キャンプである」
「責任者に会えるだろうか?」

                            ***

 この続きは、またいつか…。


 

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