きみの靴の中の砂

そろそろ閉めようと思っていた

 

 

 バーは、もう他に客のいない時間になっていた。
 午前二時をまわってこの店に来たのは今夜が初めてかも知れない。

「何時閉店だっけ?」
 そろそろ閉めようと思っていたと馴染みの店主テリー・Kが答えた。
「エヴァン・ウィリアムスの12年をショットで...。それとチェイサーにグラスでビール」

 ぼくは、ポケットから糸綴じの小さなノオトを取り出し、書きかけの頁を開く。

 テリー・Kがぼくの手元を見て言う。
「それ、めずらしい色のインクですね」
 彼はコースターに載せたショット・グラスをカウンター越しにこちらへ押してよこした。
「ターコイズ・ブルー。うん、確かに少しめずらしいかも。よくブルーのインクを水で薄めたのかって聞かれることがある。正式な文書には使えないけど、プライベートでパープルやセピアなんて色のインクを使う仲間もいるよ」
「パープル? セピア?」
「そう、すみれ色とか茶色とか...。こだわるんですよ、そんなところに...。でなけりゃ、今時、万年筆なんて使わないもの」
 そう言って、12年をグラス半分ほどを口に放り込むと、ぼくは、上着のポケットから万年筆が一本だけ入るペンケースを出して、ノオトの書きかけの頁に向かう。

 今日の午後、試写会で観た映画のメモの続き...。
 
『夏の雲 猫も見ている ダリの窓』
 これは今木草子が書いた散文詩の一節である。それは彼女の人生が、まだ『午前中の時間割り』だった頃のことだ。

 書く手を止めて顔を上げると、カウンターの端でテリー・Kが居眠りしかけている。

 



【Craig Ruhnke - It's Been Such A Long Time】

 


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