きみの靴の中の砂

夏のスタジアム





 遅刻した。
「あれほど今日は府中球場だって言ったのに、一本杉へ行こうとしてたでしょ? 知ってるんだから...」
 確かにイチ子さんは怒っていた。
「府中は次の試合だと思い込んでた。ひとつ前の予定と勘違いしてた」
 謝る他はない。
 スコア・ボールドを見ると、我がチームは毎回加点していて、とりあえずひと安心。

「こないだ言ってた、いいピッチャーって、今投げてるあの子?」とイチ子さんがマウンドを指差す。
「そうそう。一年坊のピッチャー。リトルで国際大会へ行ったことがあるらしいよ」
「へぇー、それがなんでウチみたいな、いい選手を集めてるわけでもない高校に入ってきたのよ?」
「その辺の事情は良く知らないけど、中学や高校野球だとピッチャーが決め手だから、いいピッチャーが一人いれば、結構強いチームになるよ」

 インターバルのたびにグランドに水が撒かれる。

 風が吹くと、土の臭いがする。

「ところで話は違うけど、塾の夏季講習行くの?」とぼく。
「うん。一応。数学と英語だけだけど、申し込んどいた。アナタは?」とイチ子さん。
「うん。行くつもりではいるけど...。家でゴロゴロしてるわけにもいかないし...」
「塾をまだ決めてないんだったら、アタシと同じところにしなさいよ。サボらないようにしっかり監視してあげるから」と言ってイチ子さんはニヤッと笑った ----- おお、そりゃあ有難い。

 いよいよ明後日から夏休み。でもこのチームが勝ち続ける限り、高校最後の夏休みは塾の椅子ではなく、球場の観客席に彼女と並んで座わらされる日が続きそうだ。

 南中も過ぎて、歓声も一際高い。

 一年生ピッチャーのスライダーは、イン・ハイの打ち頃のストライクからアウト・コースへ沈みながら逃げていくようで、相手チームのバッターは、空振りやセカンド・ゴロの量産を続けていた。
 この調子だと、今年もベスト・エイトまでは行くなと、ぼくはイチ子さんの日に焼けた腕を見ながら思った。




Cliff Richard / Constantly


 

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