きみの靴の中の砂

水口イチ子のクリスマスローズ

 

 

 庭に古ぼけた温室があって、卓球台を置いて遊べる程度の広さがある。

 何年か前に形見分けで、イチ子が祖母の家から専門業者に頼んで移築してもらってきた。今時はめずらしい重量のある全鉄骨総硝子張りで、室温と陽射しの管理用に大きな換気窓と帆布製の可動シェードが設備されている —— 当初は、温室の形見分けってあるのかと不思議に思ったが、家を譲り受ける人もいるわけだから温室も「有り!」なんだろう。

 温室はイチ子にとっては、植物の越冬目的に使うと言うよりも、寒い冬の庭仕事を楽にするための作業場、言わば寒気除けのシェルターのようなものらしい。

 ここ何年か十二月になると不思議に思うことがあった。
 それは鉢植えの手入れの後本来の使用目的どおり、外から温室内にほとんどの鉢植えを取り込むのだが、イチ子はある一群の鉢植えだけを寒空に残した —— それらは厳寒の二月に独特な色彩の花を付けるという。

「前から聞こうと思ってたんだけど、その鉢植えって、なんで冬に外に出しっ放しなの?」とぼく。
「これね、冬は温室に入れちゃ駄目な花なのよ」とイチ子。続けて、
「この花の古里イングランドではクリスマス頃に咲く花で、イングランドのクリスマスは、ちょうど日本の二月くらいの気温なんだって」
「へぇー、イングランドってそんなに寒いの!?」
「そうね...、ロンドンって緯度は日本で言えば宗谷岬より上よ」
「へー、冬のオホーツクより北に咲く花なんてあるんだ!?」
「まぁ、そうは言っても、イングランドは近くを暖流が流れているから気温は日本の東北地方程度らしいけど...」

 その花の名は、クリスマスローズと言うんだとか。

 

 

【The Young Rascals - Good Lovin'】

 

  
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