それは、かつてヨーロッパの国々を旅していた頃のことだ。
列車が揺れ、ふと午睡の夢から覚めれば、今、自分がどこの国を旅しているのか分からないことも少なからずあった。
耳に残る会話が伊太利語や独逸語であるのに、記憶の背景が胡桃材で仕切られた列車のコンパートメントだったりすると、おや、あれは英国でのことだったかななどとチグハグな思い出になかばあきれることもあった。とにかく、そのコンパートメントにたまたま乗り合わせたフィレンツェから来たという大学生のグループの話しに耳を傾けたのは、午睡の後の暇を持て余していたことばかりがその理由ではなかった。
紅一点のソバカスの多い女子学生を中心に、若くて未熟な恋愛話が続けられていて『女は男性に比べて一途なものだ』というその娘の主張を聞けば、国や民族は異なっても、所詮男と女とはそんなものかと思ったりもしたものだ。
車窓の外には、金色に見まがう夕陽に染められ、収穫も間近な小麦畑がのんびりと広がっている。
遠く、レンガ色に輝く丘の斜面もまた、蒼穹のもと、乾いた黄昏の空気に今にも融けそうな旅路の夕暮れであった。