きみの靴の中の砂

夏の香り





 夏の陽が西に傾き、家の影が庭の芝生に長く伸びる頃のことだ。

 縁側に立ち、庭先を見下ろしながら、
「今日も暑かったわねぇ。でも、もうひと月もしないうちに秋祭りね」とイチ子さん。
 そう言われれば、確かに近くの神社の社務所から、このところ週末になるとお囃子の稽古が聞こえる。

 ぼくは、部屋の中からイチ子さんの後ろ姿を見ながら言う。
「ここの氏神様のお祭礼は九月最初の週末って決まってるんだけど、それが過ぎないと、とにかく日中は涼しくならないよ。お祭礼初日の土曜の昼過ぎに、いつも社務所に奉納金を届けに行かされてたから、よく覚えてるんだ」
 ぼくは続けて、
「昔は子供太鼓って言って、お祭りの昼間、小学生の男の子達が引き車に太鼓を載せて、鳴らしながら村中を引っぱって歩いたもんなんだけど、今の子供達はそんなことしないから、六十年以上前に小学生だったおじいさん達がそれをやってる」
「暑いのにおじいちゃん達も大変ね。でも、お祭りが済むと急に寂しくなっちゃうわね、夏が終わって...」
 そう言いながらその場にしゃがむと、彼女は新しい蚊取り線香を箱から取り出し、用心深く火を点ける。

 立ちのぼる細い煙を目で追ううち、部屋には、古風な夏の香りが静かに満ちていくのだった。




Bob Dylan / The Times They Are a Changin'


 

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