きみの靴の中の砂

照れ臭くって描けるもんか





 夏休み。

 水泳部でプール当番中の水口イチ子がフェンス際を歩いていたぼくを見つけて、夏休み中はどこへも行かないのかと声をかけてきた。

 美術部であるぼくらの合宿は、毎年、静岡の御前崎にある、顧問の美大時代の同級生が営む民宿へ行くのが常だった。ところが、民宿が老朽化したと言って去年の冬から建て替えを始めたものの、田舎の工務店のこと、野菜農家も兼業していて、この春が終わる頃までに建て直る予定が遅れ、夏のこの時期に至っても未だ未完成、今シーズンの民宿は休業となり、合宿もまた中止となった。
 人ごとながら民宿の営業収入を心配すると、大工の野菜農家兼業同様、民宿は漁師兼業、むしろ漁師の方が本業なので収入の心配は無用だった。

 さて、そんなわけで美術部の夏合宿はなくなり、その代わり、登校して美術室での作画になったと答えた。
 なにを描いているのかとイチ子が聞くので、まだ決まってないと答えるとあたしを描いても構わないと言う。
「子供の頃から知ってるきみなんか照れ臭くって描けるもんか」と答えると、
「あなたの腕前じゃあ、あたしを描いたなんて誰も判らないって」
 確かに一理あった。

                    

 携帯カメラでその日撮った写真をもとに油絵の制作を始めた。

 照れ臭ささから正面は止めて横を向いてもらった。結果、モデルを特定されることはなくなり、いくらか安心はしたものの、この絵を秋の文化祭に出展することにでもなれば、モデルの件の一切を口外しない代わりに、イチ子に栄町『かまど屋』の鍋焼きうどんをしばらくの間せびられるのではなかろうかと、ぼくは、今からいささか心配してはいるのだったが...。




【Bridge / Pool Side Music】


 

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