小千谷から(Ojiya kara)

新潟県中越大震災の、とある被災者からのメッセージ
(リンクはご自由にどうぞ。ただし転載はご遠慮ください。)

雪おろし

2005年11月18日 14時01分12秒 | 小千谷(新潟)
バキンッバリバリバリッ!!
あんまり大きい音だったので地震かと思ってビクッとしてしまいました。
この時期の雷は「雪おろし」とよばれます。
これからいよいよ雪が降るよ~のお知らせです。
おとといは「あられ」が降りました。
そろそろスノータイヤに換えなければですね。

私はまだひとりでタイヤを交換したことがありません。
いつまでも「できなーい」と甘えてないで、今年からは自分でチャレンジしてみようかのー。

・・・・・・・・・ん??

窓がパラパラいってるので外を見たら

ゆっ!ゆきだー!!!
どないしょどないしょ。
降ってきたよー。
スノータイヤ今ここにないよー。(夫の実家にある)
積もらないですぐ止んでくれー。

夫もまだタイヤ換えてないんだよね。
大丈夫だとは思うけど気をつけてかえってきてくれ。

個人情報を保護するということ

2005年11月18日 00時07分32秒 | 新潟県中越大震災・地震
今日は取材を2件お受けしました。
「中越復興市民会議」さんと「某新聞社」さん。
そこで改めて強く感じたことですが(前々から感じていましたがw)
「中越復興市民会議」さんは私を紹介するときにHN(おぢやのおやぢママ)でも全然OK!
でも「新聞社」というものは一般に実名報道が原則。
「フルネームとはいかなくても名前くらいは出させてもらっても問題ないですかねぇ?」とのこと。

ん~。
新聞社もこれからはもうちょっと社の体質改善を行って融通きかせるようにしないと、とくにブログの主宰者に取材依頼するときは「実名報道」を提案すると拒否されたりすることが多くなるんじゃないのかなぁ。と思いますですよ。

「名や顔を売りたい人」
「身を隠したい人」
ブログの主宰者はここらへんはっきり分かれます。
「生協の白石さん」「電車男」もそうであるように、フツーに穏やかに今の暮らしを守りたい方が大半なのではないでしょうか。

有名税って意外に高いということ。
普通に暮らすということのしあわせ。
家族を外敵から守らなければならないということのプレッシャー。
ねたみや噂の的になることへの不安。

私はこの「小千谷から」をはじめてから、いつもそういうことにおびえながら生活しています。
自分のせいで家族がいやな思いをするのは耐えられません。
自意識過剰かな?と思うこともあるけど、でもそれくらいでちょうどいいのかもしれません。

つい最近の話ですが、小千谷市内の小学校3年生の児童をターゲットに個人情報を聞き出そうと各家庭に電話をかけまくってる不審者がいました。
リアルの世界にもネットの世界にも悪いやつって残念だけど実在するのです。
そういったやつらから子供を守るために私たちが気をもんでいるということもご理解いただけたら幸いです。

妙見には過敏

2005年11月17日 23時26分34秒 | 新潟県中越大震災・地震
昨日東京からお客様がおみえになりました。
須坂屋でおそばをいただいてのんびりお話したあと、町を案内しようと車を走らせていたところ、三仏生で観光バスが停まっているのを発見。
「なんでこんなところに観光バス?」
と思ってチラチラわき見していたら、傘をさした団体が信濃川方面を向いている。
「ハッハ~~ン。さては妙見(皆川優太ちゃん救出現場)見物にきたな~???」
と思ったらカッカッカッカッしはじめて、お客様が同乗されてるのにもかかわらず
「なにー??」「あったまくる!!」を連発w

どこのツアーだよ!!
と バスのフロントガラスの「○○○○ご一行様」をのぞきこんだら、なんと県の地域振興局関係者の団体様でございました。
ごめんなさい。すみません。
みなさんヘルメットかぶってました。

観光バス=冷やかし震災ツアーだと思ったのです。
妙見バックにブイサインで撮影するバカどもだと思い込んでしまいましたw
ほんとすみません。

というわけで妙見には非常に過敏な小千谷市民。
先走りをお許しください。

ふた冬目が来る

2005年11月15日 09時58分14秒 | 新潟県中越大震災・地震
夫からメール。
越後川口のインター付近のレストラン鷲巣付近のがけにひびが入っているらしいです。
被災地では雪が降るまえにいまいちど危険区域を確認し、警告する必要がありそうです。

通学路の道路工事のすすみ具合や注意しなければならない点などを事前に父兄が認識し、町内PTAのミーティングなどで確認しあって子供たちにしっかりと伝えなければなりません。
道路工事の状況をきくのって建設課に電話するより業者に直接連絡とったほうが早いのかなぁ。
また時間あるときにでも、子供の通学路を実際に大人が歩いてパトロールしなければですね。

やっぱり地震雲だったのかなぁ

2005年11月15日 07時50分26秒 | 新潟県中越大震災・地震
「地震雲?」のエントリーを書いた11月2日。(「うそやろ」「雲の形が・・」も参照)
私は帰宅した夫に
「この雲どう思う?」と撮った写真を見せた。
「方向は?」
「宮城か福島方面かなぁ」

さきほど11月15日6時39分ごろ三陸沖で広範囲にわたって震度3クラスの地震があった。
これらの雲と地震になんらかの関連性がもしあるとすれば先ほどの地震がいちばんにおう気がする。
素人のくせに、といわないでね。
記録として残しておくことは大切です。

「地震雲」を研究されてる方がここにヒットしたらちょっと気にとめていただけたらと思います。
まっすぐのびた雲が出た方向で2週間~4週間後に地震が発生する可能性があるということを「みのもんた」の地震特集番組で見て今とても気になってるので。



芒種庵を作る会 絆Tシャツ販売開始

2005年11月14日 10時44分58秒 | 新潟県中越大震災・地震
芒種(ぼうしゅ)とは・・・
  「芒種」・・芒(のぎ)のある種をまく時期
  「芒」・・イネ科の植物の花の外殻の針状の突起
『繊維質でまっすぐ伸びる“イネ科”の植物の、大事な種子を守る棘のような部分』というのは、正に塩谷気質を象徴する。


五十一世帯が暮らす小千谷市塩谷を突然の地震が襲い、倒壊した家が三人の小学生の命を奪った。避難生活を余儀なくされた冬、豪雪は残った家も次々と押しつぶした。

1年が過ぎた。まだ避難勧告は解除されない。集落は半分になる。
それでも、決して折れることの無い塩谷の魂は、復興に向けて立ち上がった。

復興の種を蒔く。
その象徴となる古民家を残す。「芒種庵」

                    ~芒種庵プロジェクトより




マスメディアの告知等ですでにご存知の方もいらっしゃるでしょうが、
小千谷市塩谷の古民家再生プロジェクト「芒種庵を作る会」の「絆Tシャツ」がいよいよ17日から発売となります。
震災によって塩谷を離れることになった住民や塩谷を応援している方たちの拠り所を作ろうというのが「芒種庵を作る会」の目的です。
Tシャツ代金の2000円のうち500円が「芒種庵」の修復、保存、運用にあてられます。
詳細
サイズもカラーも色々あります。
トレーナーの販売も企画中です。
どうぞよろしくお願いいたします。


昨日は鎮守様の冬囲いのあとにも住民と企画者らが集い「絆Tシャツ」販売の打ち合わせが芒種庵前で行われました。





トレーナーの色、素材、デザインについてパンフレットを見ながら意見が飛び交っていました。






その後、「おやじ」さんのガイドで中越地震最大級の地すべり現場へ連れていっていただきました。





左の写真と右の写真はつながっているのですが、山がそっくりなくなっていました。
遠くに見えるのは山古志の景色なのですが、地震前は目前に山があったのでこんなふうに開けた景色ではなかったとのことでした。
(緑のラインまで山があった)



「おやじ」さん 大変お世話になりありがとうございました。




「おやぢ」の塩谷日記(^_^;)

2005年11月13日 20時27分31秒 | 小千谷(新潟)
「おやじ」の塩谷日記の星野剛さんに案内していただき、子連れで塩谷へ動画の撮影に行ってきました。
紅葉はおとといあたりが見ごろだったみたいですが、晴天に恵まれ素晴らしい景色につつまれました。
これは塩谷入りするための記帳場所からの景色です。

昨日から「塩谷」に入らせていただくことをすごく楽しみにしていました。
しかしそれと同じくらいに「(未だ避難勧告が続いてる)塩谷ってどうなってるんだろう?」となんだか緊張してしまってなかなか眠れませんでした。

その心配とは裏腹に子供たちは塩谷を楽しんできました。
山の恵みでリースを作ったり、温かい住民の方と触れ合ってきたようです。
撮影のあいだずっと子守りをしてくれた「まきこ」さん。どうもありがとう♪

今日は鎮守様の冬囲い。
神様を豪雪からお守りするために仮設住宅から軽トラや自家用車が続々と塩谷に戻ってきました。
短時間のうちにどんどんと作業をすすめる塩谷の人びと。
その団結力と手際のよさを見せ付けられ、「あぁ、これが自助・共助なんだ」
「こうしてここの人たちは助け合い励ましあい、なにもかも乗り越えてきたんだ」と思いました。

あれれー?ここだけなげーや。
いいやいいや切っちゃえよ!
塀の向こうで金槌が見えかくれ。
あっという間に寸法を合わせきっちりはめこんで冬囲い終了~。




やれやれ、終わった終わった~♪という感じ?
お疲れさまでした~。






いい顔してます!






この笑顔!
癒されます!






桑原さんたちが到着。
芒種庵「絆」Tシャツ販売の打ち合わせのため芒種庵に移動です。




船岡山より

2005年11月10日 15時22分28秒 | 小千谷(新潟)
信濃川(山本山大橋方面)をのぞむ。
災害復旧の重機のオレンジが紅葉に同化しています。






これは越後三山?
初冠雪はいつだったんでしょうね。





山本山です。






船岡公園はあずまやの屋根が地面についたままでまだまだ地震の爪あとがいたるところにみられます。
入り口のところでも災害復旧工事が続けられていました。
でも、木々はこんなに鮮やか。





同じ枝でもいろんな色が。







ほかにも写真を撮ってる方がいらっしゃいました。
写真が趣味の方でしょうか。







5時になると鳴る鐘はコレw
子供が帰る時間を知らせてくれて助かってます。





滑り台も冬囲いですね。
来年は元気な船岡山に戻るといいなぁ。













とどけようありがとうの気持ち 広げようやさしい心

2005年11月08日 22時14分37秒 | 新潟県中越大震災・地震
きょう11月8日は小千谷小学校が地震後に再開した日から一周年。
全校朝会が開かれ、校長先生が去年の今日校内放送でお話しされたことをそのままの文章で読み上げられました。
また避難所になっていた講堂がはじめてつかえるようになった12月8日の日の朝礼でのお話も同じように読まれました。

学校が再開してみんなに会えてうれしかった気持ち。
全国の方々にたくさんの優しさをわけていただいたこと。
それを忘れてはいけないよねと
なにか僕たちでできることはないだろうかと、こどもたちはずっと「親切活動」という活動をそれぞれの学年でとりくんでおり各学年の代表が今日発表しました。

地震に負けないで明るくがんばった君達の笑顔におとなは支えられてきました。
いつも明るく元気でいてくれてどうもありがとう。
発表も立派でしたよ。

人の優しさにたくさん触れた君達。
今度はそれを小千谷の大人だけではなく全世界のみんなへ分けてあげてください。
地震で学んだことをみんなに教えてあげてください。
君達ならきっとできますよ。
愛を知っている子供たちは愛をふりまいて生きていけますから。

一年前はあんなにテレビ局や新聞記者が来ていたのに今日はゼロでした。
こういう「ありがとう」の気持ちこそ全世界のみんなに伝えてもらいたいと思うことなんですけどね。

アスベスト問題 近隣住民への報告義務

2005年11月08日 10時49分45秒 | 新潟県中越大震災・地震
昨日の看板が今朝この看板に変わりました。






昨日までとりつけられていたこのお知らせは今ははずされています。



「石綿にも色々あるから調べてあげるよ」と知人が市に連絡してくださいました。
市の回答はやはり「アスベストは見つかった」とのこと。
工場の寮と併設するお風呂場の天井に吹き付け材として使われていたそうです。
倒壊家屋ではないので飛散はしてないとのことですが、シートで覆って作業してるといっても天井はスカスカ空いてるよ?ほんとにだいじょうぶなの??
濃度今すぐ測ってよ!
安心ですからって伝えてよ。言わないとわかんないよ。

監督するのは県だけど、個人情報保護法があるので市が住民に周知するわけにはいかず業者に周知するように指導しているっていうのですが。
こんな小さな看板誰も気づかないよ?
回覧板もまわってこなければ、お知らせのチラシも入ってきません。
「ご心配おかけします」とも「ご迷惑おかけします」ともだーれもなーんもいってきません。

万が一被害が起きたときには住民は泣き寝入りでしょうか。
みんなが責任逃れをするの?
ここがアスベスト使用してたなんて気づいてる人は現在のところほんとに少数です。
どこもそんな感じでひっそり工事してるのでしょうか?
こわいよ。

住民にだって「知る権利」があります。
いま県ではアスベスト処理の条例が検討されていますが、近隣住民への報告義務、説明義務も必要です。

17日まで県は意見を募集してるらしいからここんとこちゃんといっとこ。