94年には、「週刊プレイボーイ」誌上にて、人生相談のコーナーを、一年半(94年№25~95年№50)に渡り担当する。
友情や恋愛、人間関係の軋轢、将来への漠然とした不安など、若者を中心に寄せられる難問、奇問の数々を、独自の価値観や人生哲学でバッサリ斬ってゆく語り口が痛快で、人生の酸いも甘いも知り尽くした赤塚だからこそ語れる最強の人生指南書としても話題となった。
これまで、同誌の人生相談コーナーは、作家の柴田錬三郎や今東光、芸術家の岡本太郎、俳優の石原裕次郎といった錚々たるビッグネームが受け持っていた由緒あるページであったが、その中でも、赤塚の回答こそが、最も深遠で、哲学的示唆に富み、説得力を備えていたと、個人的には敬意を抱いている。
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『ネコの大家(おおニャ)さん』に代わって登場したのが、その昔「週刊少年サンデー」で短期連載していた『母ちゃん№1』のリメイクだった。
『母ちゃん№1』は、赤塚にとって思い入れが強く、自身が最もリメイクを希望したタイトルだったというが、他のどのリバイバル作品よりも、時代とのズレがあからさまで、そのに人気は一向に高まらずにいた。
そのため、同誌休刊後も、本誌「ボンボン」に返り咲くことなく、一年程の掲載で終了を余儀なくされる。
その後、辰巳出版から新創刊された「まんがジャパンダ」なるギャグ漫画専門誌に、ニャロメ、ケムンパス、べし、ココロのボス、べラマッチャ、ウナギイヌ、ノラウマなど、往年の赤塚ワールドの人気動物キャラが一同に集結し、縦横無尽に暴れ廻る『赤塚不二夫のアニマルランド』(95年№1~№4)を大御所枠でカラー連載するが、掲載誌自体が四冊刊行した後に、廃刊となり、それと同時に本作も最終回を迎えた。
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95年3月20日、営団地下鉄車内で、カルト教団・オウム真理教による「猛毒サリン事件」が発生し、全世界を震撼させる。
その後、「坂本弁護士一家殺害事件」や「松本サリン事件」を始めとするオウム真理教が共謀した数々の凶行が明るみになり、同教団代表・麻原彰晃こと松本智津夫が、殺人、同未遂容疑で逮捕された。
80年代、赤塚は自身の漫画の衰退を、バーチャルな漫画の中での絵空事が現実に起こり得るようになってしまった悲劇が、重く積み重なったところにあると客観的に分析していた。
つまり、赤塚がどんなに奇想天外、型破りだと思った発想をペンで具現化したところで、現実世界で起こる衝撃の前では、その新奇性が損なわれてしまうのだ。
赤塚の見解に与するなら、まさに一連のオウム騒動は、史上最悪の犯罪組織による世界的にも類を見ないテロ事件であり、そうした創作上の悲劇をシンボリックに示した出来事だったに違いない。
しかし、赤塚はこのオウム事件を素材に長編読み切りを一本描くことになる。
「ビッグゴールド」96年1月号に、巻頭50ページで描かれた『シェー教の崩壊』がそれだ。
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95年9月13日、還暦を迎える前日、ホテル・センチュリーハイアットで「赤塚不二夫先生の画業四〇年と還暦を祝う会」が開催され、藤子不二雄コンビや石ノ森章太郎らトキワ荘時代からの盟友や、歴代のフジオ・プロスタッフ、漫画界、芸能界など各界の友人知人、出版関係者など、総勢四〇〇人余りが集結し、大盛り上がりの宴となった。
この時、かつてのアシスタント達が勢揃いしていたこともあり、本業の漫画の方でも、何か大々的なイベントが出来ないかという提案がなされたという。
当時「ビッグゴールド」では、『釣りバカ日誌』の原作者として名高いやまさき十三と赤塚の映画談義『下落合シネマ酔館』(94年5月号~95年4月号)が掲載されており、その関係から同誌に企画が持ち込まれることになったのだろう。
『シェー教の崩壊』は、イヤミが金持ちの令嬢・へんな子ちゃんを誘拐し、宗教法人〝シェー教〟を興すところから始まり、様々な非合法活動に従事してゆく中、サリンならぬ猛毒カリン糖を開発し、最後にそれを食べたイヤミが死に追いやられるという、悪辣をも越える、反社会的行為を因果応報オチで消化した、赤塚ナンセンスの原点回帰を辿った作品だ。
六つ子やチビ太、アッコちゃんら赤塚漫画のトップスターを続々と投入させ、ドラマの娯楽性を華やかに彩るべく、アンサンブル的効果を意図して引き出そうとしているが、作品全体を通し、かつて感じたグルーヴ感が殆ど伝わってこないところに、赤塚の作家的腕力の衰えを象徴しているかのように思えてならない。
また、往年のアシスタント達が下絵の段階から描いたキャラクターや、漫画家以外の友人による絵をそのまま画稿に盛り込んだため、総体的な完成度において、些かバランスを欠くものになってしまったのも、残念なところであった。
『シェー教の崩壊』は、11月初旬、下落合駅そばにあった〝山楽〟という古旅館にスタンドや画材が持ち込まれ、三日間の強行スケジュールの中、赤塚以下、古谷、高井、北見、とりい、あだち勉、土田よしこら、フジオ・プロOB総出で仕上げられる。
その間、所ジョージや稲川淳二を始めとする、交流の深いタレントが多数駆け付け、座を盛り上げた。
尚、この模様は、年末の12月30日、ゴールデンタイムの特番として『赤塚不二夫とトンデモナイ仲間達‼』(テレビ東京)というタイトルで放映され、ナレーションをタモリが担当したことも補記しておこう。
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