
この年は、一方で自伝小説を執筆し、好評を得るなど、最晩年において、それなりに新分野を開拓した年でもあった。
NHK出版から刊行された『これでいいのだ』は、戦中、戦後の混乱期を懸命に生きた父母との心温まる繋がりを、朴訥とした筆致で描いた名著であり、天国にいる両親へ感謝の念を綴った赤塚の独白手記と言えるだろう。
通常、赤塚のエッセイは、赤塚が語り明かした内容を長谷邦夫や担当編集者が構成し、文章化したものが殆どだったが、『これでいいのだ』に関しては、近所にある〝竜の湯〟というスーパー銭湯の大広間に二ヶ月間通い、赤塚自身が書き上げたという、赤塚にとっても、ファンにとっても、実に意義深い一冊だ。
作家として、父母への愛情と讃歌を一度は自らの手で綴っておかなければという想いが、還暦を目前にした赤塚の中で芽生えたであろうことは、想像に難くない。
赤塚の鷹揚にして、土性骨の据わった生き方のルーツを、本書を紐解くことによって、発見することが出来る。
激動の時代を生き抜いた壮絶な家族のドラマを綴った本書は、多くの感涙を呼び、その後も、2002年に日本図書センター「人間の記録」シリーズで、また、08年には、文春文庫にて復刊された。
特に、赤塚の逝去に合わせて刊行された文春文庫版は、ベストセラーとなり、その後もロングセラーとして、広く閲読の対象となるが、12年、赤塚も大ファンであり、日本を代表する名俳優であった大滝秀治が、亡くなる直前、病床で本書を愛読していたことが、ニュースによって報じられ、版元に問い合わせが殺到。これにより、大量の重版が出来し、Amazonの書籍ランキングで総合2位を獲得するという快挙を成し得たのも記憶に新しい。
因みに、この作品は、翌94年、NHKの「ドラマ新銀河」で、堤大二郎主演により連続ドラマ化される(8月22日〜9月15日、全16話)。
父・藤七役には中村嘉津雄、母・りよ役には佐久間良子といった名優、名女優が各々配役されるなど、キャスティング面では申し分なかったものの、脚本が原作の世界観から遠く背いたパラレルワールドとなり、ドラマ全体の出来は決して満足のゆくものではなかった。
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