文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

見開きの衝撃を効果的に演出した傑作 「実物大のバカボンなのだ」

2021-12-21 18:49:26 | 第5章

このように、従来の漫画表現における約束事さえぶち破る、手抜きと実験的手法のアンチノミーを備えたエピソードによって、笑いとも興奮ともつかない不可思議なカタルシスを読者に喚起してきた『天才バカボン』だったが、その中でも、今尚、漫画ファンの間で、広く金字塔の如く語られる挿話が、「実物大のバカボンなのだ」(73年24号)、点とサイと逆さに描かれたカバと盆の絵を繋げて「天才バカボン」と読ませる「□□□」(絵の為表記不可)(73年47号)、「説明つき左手漫画なのだ」(73年48号)の三タイトルではないだろうか。

「実物大のバカボンなのだ」は、ページ一杯にパパとバカボンの顔が迫るド迫力漫画であり、この時、ブレーンストーミングに同席していた長谷邦夫は、自著で赤塚が本作を執筆するに至った経緯を、次のように記している。 

「二日で二本のアイデアと下絵を仕上げなければスキーに行けない。せっぱつまった赤塚は、担当の五十嵐記者に、

「実物大で描いちゃおうか」 

と提案した。

「実物大って?」

ぼくは「マガジン」をひろげて、自分の顔を当てがってみた。顔がちょうどかくれる。

「こういう感じかね……」

「うん、デッカイ画面に顔を描けば、仕事がすぐ終わるんじゃないの」

ぼくらは笑った。実物大で描けば見開きに人物の顔ひとつ。これはスゴイ。

「いいでしょう。やってくださいよ、先生。全部実物大でも構いませんよ」

担当記者(名和註・五十嵐記者)は太っ腹だった。

「でもアイデアが面白くないと、編集長と読者が怒ります」

「いや、実物大ってことが面白いんだよ。変なアイデアをくっつける必要はないの」

と赤塚は言う。その通りである。」

(『天才バカ本なのだ‼』)

このエピソードが実物大で描かれたのは、パパとバカボンが「バカボン」「なあに?パパ」と会話を交わす、見開き2ページずつの計4ページのみで、5ページ目と6ページ目の見開きでは、顔を3分の2にカットされたパパとバカボンが片ページずつ登場。「わしは金曜日の三時に死ぬと予言されたのだ」「えっ? それほんと?」と、衝撃的なプロローグをもって、本編へと雪崩れ込んでゆく。

既に、三コマで6ページを使った案配だ。

しかし、この直後、「だめだ‼だめだ‼日本初の「実物大漫画」に挑戦しようと思ってかいてみたが、これじゃ 話がぜんぜんすすまないうちにページがなくなってしまう‼失敗だった‼」と、赤塚のコメントが掲載され、7ページ以降は、通常のコマ割りで、ドラマが展開する。

折角、金を払って占ってもらったのだから、外れたら悔しいと思ったパパが、明日の金曜日に死ぬのなら、それまで何をしても死ぬことはないだろうと考え、わざと車に轢かれようとするが、突然車がエンジンストールを起こし、死を逃れる。

調子に乗ったパパは、今度は石を身体にくくり、池に飛び込む。

だが、この時パパは死んでしまう。

パパの死亡時刻は午後三時。

実は、占い師が、木曜日と金曜日を勘違いしていて、明日ではなく、今日が金曜日だったのだ。

つまり、パパは死に、占いは見事に的中したという、非常に皮肉めいた落ちが付いたエピソードだ。

尚、エピローグは、コマが足りなくなり、コマをどんどん小さくすることで、通常の『バカボン』と同じコマ数を確保するという、荒業を披露している。

このナイスなフォローは、長谷邦夫の提案によって付け加えられたそうだ。

ただ、惜しむらくは、この実物大という斬新なアイデアも、単行本収録されると、絵が縮小されてしまうため、出会い頭のインパクトが損なわれてしまうことだ。

この実物大漫画の面白さを体感するには、掲載誌を読んで頂くほかない。

この見開きの衝撃を効果的に扱ったエピソードの一つに、「恋の季節の写真なのだ」(73年25号)がある。

目ん玉つながりが、カメラ小僧が撮って来た犬の顔のドアップ写真を、グラマラスな女性の裸体と勘違いし、性的な興奮を抑えきれなくなるといった、そこはかとない痛々しさを湛えたエピソードで、他の写真をパズルのように組合わせると、犬の全体像を写したフォトグラフになるという、読む者を驚倒させる、極めてショッキングなトリックが最後に落ちとして用意されている。

この奇想に満ちたアイデアは、本作が発表された時代から遡ること凡そ十八年前、「漫画読本」(56年2月号)に転載された作者不詳のアメリカのナンセンスコミックから拝借したものだ。

1ページ目に、「心やましき者は」というコピーとともに、ページ中央が窓を型どって切り抜かれており、その窓を通すと、3ページ目の絵の一部が女体に見えるという仕掛けが施されている。

そして、ページを捲ると、「この犬を見よ!」と題されたコピーと一緒に、女体に見えた筈のその絵は何と、犬であることが分かるという、騙しのテクニックが見事に決まった傑作だ。

赤塚は、かつてこの作品を見て受けたインパクトを、何とか現代風にアレンジ出来ないものかと、相当頭を捻ったそうな。


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1 コメント

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Unknown (MT)
2021-12-23 00:19:30
随分出てないと思ってたら、しばらくぶりに発表しましたね。お久し振りです。

「実物大のバカボン」、リアルタイムで拝見しましたが、いきなり2ページでどばーっとバカボン親子が出たのは驚きました。でも3コマ・6ページしたところで「だめだ だめだ」と言いつつ元に戻るとは。

「恋の季節の写真」、女の裸と思いきや、実は犬だったというのが傑作でしたが、確か小学館の「コロタン文庫」で似たようなのがありました。同じネタだったのかも
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