伊澤屋

歴史・政治経済系同人誌サークル「伊澤屋」の広報ブログ。

ジオン第八連隊記  報告書3 『屍臭』

2011年10月23日 19時30分00秒 | Weblog
機動戦士ガンダム0079  ジオン第八連隊記 復興(あす)への咆哮


報告書3 『屍臭』



「…あれ? もう天国に着いたんかな。先に戦死した兵隊さんがセンパイでいらぁ」
「こぼん、お生憎様。ってゆーかもういい。しゃべるな」

「?この御恩は絶対忘れません!大人になったら必ずジオン軍を志願…ごほっ、ごほっ、ぐえっ」
「それまで、国があればな」


 別に総帥府、ペーネミュンデ機関がキャメラを回して「役者」の献身的なジオン軍兵士とそれに
感謝し涙する民間人を演出、プロパガンダとかしている訳じゃない。勿論主力は消防、自治会とか
なんだがよく大災害で言われる「72時間の壁」即ち3日間を意識し我がジオン地上軍もオオサ・カ
駐留の八連隊、キョ・ウトの九連隊他関係各部隊がいち早く態勢を立ち上げ交代で常に一定数の
兵員を被災者救援の作業に投入していた。助けを待つヤープト人の民間人は我々と血の上では
いわば近縁な訳だ。特に宇宙に上がる前ここに実際に住んでいたスペースノイド一世の将兵たち
は言葉もジオン訛りよりもナ・ンバ訛りが強く同じクニの訛りで共に生を喜び、死を悼んだ。

地震は最初「ト・クシマ沖大地震」、翌日位に「ケイ・ハン大震災」、1週間以上経って最終的に
「太平洋大震災」と正式に命名された。段々大きくなって、三段活用で出世魚かよ。

時として、無敵の撃墜王や撃沈王の活躍譚よりもこういった地味な仕事振りが民心を掴む。

通常に比べあまりにも過酷な作業なのでこのテの仕事は1日勤務、1日非番でやるのが原則だ。
地震と津波の発生から5日後。11月20日の連隊朝礼で連隊長ガラハ・レイ大佐はその日の勤務
員達を前にこう訓示した。


「この●●共!!今次災害派遣は愛すべきヤープトの民間人達を守る救援活動であると同時に
我々ジオン軍人の高潔な精神を全地球圏に示す為の広報作戦でもある!修羅場でさぼる奴ァ女
にモテねーぞぉ! 以上。かかれ!」


ビルマでの幾度に渡る苦戦を下ネタとハッタリで部下達の尻を叩き乗り切ってきた連隊長の訓示
はどんな状況にあっても力に満ちていた。

最初、連隊長は地震発生当日いつも通りト・ビタシ・ンチのP屋に入浸りで無様にも現地で被災
してしまい身動きが取れなくなり翌々日になってPの運転する車でやっと連隊に戻ったと言われて
いたが(こういった情報が流布される背景には連邦の世論戦もあるんだろうが)実際には泥で埋
まった道を徒歩で歩きつめて不眠不休で他部隊や都庁、区役所、消防等各所との折衝に当たっ
ていたというのがどうやら真相だった。 そもそもP屋自体連邦を追い出してからウチらが根絶
した訳だし。


「…おとといやっと4時間寝れた。 あ~~~すっきりしたさね」


…多分、連隊長は周囲にそんな事を話していたんじゃあないだろうか。
でも実は俺はおととい、一睡もできなかった。「72時間の壁」を前にして3人そこいら生存者を発見
し意気揚々としていたが作業終了直前最後に小学生くらいか子供の、しかもかなり損傷の激しい
遺体を見てしまい、開戦以来散々屍体慣れ、屍臭慣れしている筈なのにその夜と翌朝飯も食え
ず、当然眠れなかった。


「各員配布のプリントに従ってこのシールをプラヘルの左右に貼ってその上に防水テープを貼れ」


シールには地球連邦に併合される以前用いられていた中世ヤープト語で

「負けるな西日本!」

と印刷してあった。 俺はスペースノイドなので漢字は経文以外全く読めない。意味は解らないが

「くたばれ連邦!」

とでも多分書いてあったのではないだろうか。

今日の作業では、幸運にも生存者を発見した場合は以後は原則消防庁に任せ我々ジオン軍は
主に遺体の回収に当れという命令だ。  悲しいね。


「シモムラは、ヒノモトの組長だ。あっちの車に遺体袋が載せてある」


オニコ・ヒノモト。本日俺の掌握下に入る組員で階級は俺と同じ上等兵。 
通り名は「平安美人」。
独立戦争が始まってから徴兵された新兵で「戦時進級組」だ。 だが俺は彼女と組んで仕事をす
るのはいつも嫌だった。その美しさのせいで、ルウムで全身ケロイド状の大火傷を負って現役
傷痍軍人(文法上ヘンだが)になった俺のみじめさが一層際立つからだ。


「おぉヒノモトよォ、面倒掛けんなよ。働きが悪かったら上に報告上げるからなァ」


しかし彼女は俺なんかより遥かに優秀な兵士だった。ビルマ戦線では初陣で追撃してくる連邦兵
6人を一度に血祭りに上げたれっきとした「撃墜王」なのだ。
その時は自ら目の当たりにした「収穫」を前に泣き叫びゲ□ゲ□吐き三日三晩食事が喉を通らず


「もう絶対嫌!!すぐに除隊する!」


なんて言っていたがそれら苦しみに耐えて今もこうやって仕事をしている。


「…ヒノモト。お前ナンバー小隊で免有りだからって身障で免無しで進級不適者の俺を内心見下し
てるんだろ。ナンバーワンの作業があるぜ。目標方位210、距離約1km。都立第731産婦人科病
院跡だ。 ゴー!!」
「ええぇーーっっっ!!」


現場に着くと、もうその凄惨な光景は説明の必要が無い。


「うおおええぇぇっ、ぐおおえっ、 …おぉぉええぇえぇぇ~~~っ」
「ヒノモトォ、つわるなぁ!!各階を回って仏さんを探せぇ。遺体袋全部いっぱいになるまで帰れ
ないんだぞコラァ!」


白衣を着た蛆虫の湧いた遺体は生前は医者か。こっちには津波の海水を被って膨らんで死んで
いる新生児。 モノは同じ遺体でもスペースノイドやヤープト人を虐げていた連邦兵や反ジオンの
ゲリラのバラバラに爆砕したそれとかに比べるとかなり気分が重くなるな。

これで最後か。大きな腹を横たえ、両足があさっての方向に向いた臨月の母親の仏さんを発見。


「両足骨折。その上で溺死もしくは圧死か。 本地法心、法界塔婆、我等礼敬…成仏して下さい。
よし、お前頭の方持ち上げて袋に入れろ。これで終了だ」
「了」


臨月の妊婦を遺体袋に納めチャックを閉め終える寸前だったか、その時ほんの僅かだが人が話
すようなのが聞こえた。


「おい、お前今何か独り言でも言ったか?」
「いえ何も。 …というより何も言えません」

「兵隊…さん、ここは…うちの子は…」
「どうするんだ。仏さんが喋ったぞ」



                                         報告書3 『屍臭』 完


次回予告

何の理由があって生き返った? 人にしろ、国にしろだ。そのまま歴史の流れの中で静かに終わり
を迎えてくれていれば平穏に何も起きずに済んだかも知れないが、息の根を止められたかと思わ
れていたのがある時突然生き返ったのが他人からは一番厄介なんだ。
尊厳を踏みにじられ自らの意志を奪われた労奴が主君に叛乱を起こしたぞ。こいつぁ見ものだ!
ただ、な。戦い方も知らないトーシローが「粋がった」って最初はビギナーズラックで巧く行っても
所詮はトーシローはトーシローだからな。最悪潰されるぜ。それも覚悟なら俺は止めないが。


次回 報告書4 『家畜人ヤープ』

尊厳、誇りのコストは時として思いの外高く付く。



注)組長
  チームリーダー。「組」(チーム)とは編成上分隊もしくは班(10名程度)よりも小さい部隊単位で組長以下1名以上の組員をもって編成される。
  
  P屋
  「ピーや」と読む。 娼館の俗称。Pは娼婦。 


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