機動戦士ガンダム0079 ジオン第八連隊記 復興(あす)への咆哮
報告書5 『セコく汚く浅ましく』
「10クールって何ですか?募金なんだから最低一口5ハイト以上は下さい」
「…ヤープトハイトでなく連邦ハイトで払って下さい」
そんな、恐ろしく強引で迷惑な 「募金」 の事例を憲兵隊の防犯教育で聞いた。
嫌な時代だ。
余りにも多くの苦情が殺到したせいかその迷惑集団は程無くして一網打尽にされたがその後更におぞましい事実の数々が白日の下に晒された。
その自称「ボランティア団体」は実際には反ヤープト・反スペースノイドの狂信的なアースノイド至上主義集団で、まんまと金を騙し取られた被害者達共通の証言によれば各地の街頭で…こう言って問題は無いのだろうか。健常者と軽度の障害者の境界線上くらいの微妙~~~~な若者達を洗脳、脅して労奴同然に募金詐欺に酷使して暴利を貪っていた事が判った。
その上騙し取った金の殆どは当然被災地の救援などには使われず皆党派上層部の小悪党の懐に納まり、残りの金も暫定州や都府県ではなく何とよりによって連邦政府に送金されていた。 旧世紀にもしょっちゅう似たような詐欺があったという。
「詐欺だ」
そう憤っても仕方が無い。 今日の任務は航空軍の建制に加わっての避難所での給食業務、炊き出しだ。
実は震災発生後暫くしてから航空軍は救援活動や遺体捜索など最前線での任務からは外れ主に後方支援任務に当たる事となっていた。
地上兵に比べ血生臭い任務に慣れていない航空兵では食欲減退他健康被害で「救援するこちらの側が被災者になりかねない」と上層部から判断されたからだ。
後方支援任務は大体給食、入浴、医療等々。季節的にかインテリな若手下士官兵たちによる 「軍隊塾」 は父母たちから好評だったという。
今回の指揮官アリマ大尉はガウ輸送機の機長。定期便の無い日はこうやって糧食班長だ。ロゴと部隊マーク入りの白いエプロンが恐ろしく似合う。
「俺等、あんまり信用されてないのかな。これだけ呼びかけていい匂いさせても全然人来ないぞ。おい、シモムラ。何かいい案は無いのか」
「…被災された民間人の皆様ァ、連邦の自販機のハンバーガーがございます。先着で20名様になります!どうかお早目にィ!」
「いいのかよ。そんなに持ってこなかったぞ?」
「在庫は10ヶですけどね。お子様優先で半分に切って配ります。きっと喜んでもらえますよ」
見る見るうちに人が集まって用意した卓、椅子が足りなくなる位の盛況となった。嬉しいね。
俺はそもそも僧侶だから接客とか人心掌握なんては十八番なんだ。気持ちの良い仕事だ。
本当に気持ちの良い仕事の …最中、想定内だったが何とも香ばしい伏兵が姿を現した。
これは後世の為に記録しておかねばならないな、と感じさせてくれる程香ばしい♪
その鼻息は荒く目の瞳孔は完全に開いてしまっており視線の焦点は終始合っていないが声だけは異常に張りのある過激派の女闘士を思わせる神がかった老女が炊き出しの現場に降臨した。
「憲法違反のジオン軍からは食糧や衣類を絶対に受け取らないで下さい!!」
舞台女優然とした通る声にその場の軍民皆が嫌でも注目させられた。演説でアジるだけでなく如何にジオニズムや各サイドの独立獲得が有害か、ヤープト人も同じアースノイド、同胞に他ならず全人類の地球連邦による統治と世界市民主義が如何に素晴らしいかを主張するちらしも配布し始めてもう「主演女優賞」ものだ。
悲しいね。ババアの気迫を前に文学青年、文学少女揃いの航空兵達は目が点で為す術が無い。
「この飯に毒なんざ入ってねえぞ!作ってくれた兵隊さん達に失礼じゃねえか!」
「オマエどこの精神病院から逃げてきた!?ふん捕まえて緑の救急車に放り込んだれ!」
「引っ込め連邦ババア!!顔洗って出直しやがれ!」
「俺達ヤープト人が連邦からどんな仕打ちされてきたか知ってんのか!」
「死ね!!」
場は騒然とし、楽しいお食事タイムに緊張が走った。そんな中アリマ大尉は柔和な笑顔を浮かべ到底会話が通じそうもない老女に歩み寄りこう話した。
「おっしゃる通り地元の者でもない私達が出過ぎた行動を取りました。すぐに中止し引き上げます」
連邦・アースノイド至上主義者の老女は肩透かしを喰らったのかきょとん……とした表情を浮かべるだけだった。
「よしおめーら、用具を納めろ。引き上げるぞ」
「…了」
「班長、本当に良かったのですか?民間人達も不満プンプンでしたしああいったババアとかを野放しにするのは地上軍としても…」
「アホか。あれは敵じゃない。連邦の評判を墜とす為に味方にすら正体を明かさずに暗躍するのが任務のペーネミュンデ機関員のお姉さんだ」
「! なるほど…ね」
結論から言うとこの時のアリマ大尉の情報は間違いだった。 ババアは「ガチで」反ヤープト、反ジオンに凝り固まったアースノイド至上主義の活動家で「迫真の名演技」ではなく本当に狂っていたというのが真相だった。
人ってこうもセコく卑しく汚く浅ましくジコチューになれるもんなのかなあ。災害だの非常事態だのっていうのは人の持つ高潔さと卑しさが同時に交錯して火花を散らす。それを嫌でも学習させられる。
何か明るい材料は無いのかよ!?
帰り道、全損した冷凍倉庫に目をやるとその脇で配線図やら納品書やらとにらめっこしている白髪で碧眼のジジイの姿がある。
「あれっ、キョージュじゃねえか。交換船で引揚げたんじゃなかったのか」
「おぉ、シモムラ和尚。御坊も元気そうで何よりさね。学生ども置いて逃げられんわな」
キョージュ。 別に本名とか知らないが地元の水産高専の教授だ。ヤープト系ではなくアングロ系でどちらかというと連邦の人間と言った方が良さそうなのだが、震災発生後にサイド6の用意した交換船で連邦側に引揚げる筈が直前になって乗船せず勝手に戻ってきたのだと。
「今年はもう遠洋航海は無理かな…何とかして3年生と5年生を連れてってやりたかったんだが」
「連邦海軍から捕獲した上陸用舟艇使って、近くで日帰りとかならできるんじゃね?」
瓦礫と残骸を前にしても、キョージュは少年のように目を輝かせながら話す。
「キョージュって、もう本ッ当にどうしようもねーくれぇヤープだよな。 ったくよ!」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
報告書5 『セコく卑しく逞しく』 完
次回予告
棺。死者の魂と生前の思い出を早いところ押し込んで二度と出てこないように厳重に閉じる入れ物。考えたら一生に一度しか使わないんだよなあ。繰り返し何度も使うのは映画の中のドラキュラくらいか。 …ん?俺はもしかして一度も使わずに終わるかも知れない、なんてな。 嫌になる。
次回 報告書6 『棺』
空の棺でなく中身が有るというのは見方によっては幸せだ。仏さんにとっても家族にとってもな。
注)ハイト、クール
宇宙世紀の通貨単位。初出はOVA『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』。ハイトの下に補助単位としてクールがあり1ハイト=100クールである。1ハイトが現在の日本の物価に換算して100円程度と想定される。
(C)伊澤屋/伊澤 忍 2671
報告書5 『セコく汚く浅ましく』
「10クールって何ですか?募金なんだから最低一口5ハイト以上は下さい」
「…ヤープトハイトでなく連邦ハイトで払って下さい」
そんな、恐ろしく強引で迷惑な 「募金」 の事例を憲兵隊の防犯教育で聞いた。
嫌な時代だ。
余りにも多くの苦情が殺到したせいかその迷惑集団は程無くして一網打尽にされたがその後更におぞましい事実の数々が白日の下に晒された。
その自称「ボランティア団体」は実際には反ヤープト・反スペースノイドの狂信的なアースノイド至上主義集団で、まんまと金を騙し取られた被害者達共通の証言によれば各地の街頭で…こう言って問題は無いのだろうか。健常者と軽度の障害者の境界線上くらいの微妙~~~~な若者達を洗脳、脅して労奴同然に募金詐欺に酷使して暴利を貪っていた事が判った。
その上騙し取った金の殆どは当然被災地の救援などには使われず皆党派上層部の小悪党の懐に納まり、残りの金も暫定州や都府県ではなく何とよりによって連邦政府に送金されていた。 旧世紀にもしょっちゅう似たような詐欺があったという。
「詐欺だ」
そう憤っても仕方が無い。 今日の任務は航空軍の建制に加わっての避難所での給食業務、炊き出しだ。
実は震災発生後暫くしてから航空軍は救援活動や遺体捜索など最前線での任務からは外れ主に後方支援任務に当たる事となっていた。
地上兵に比べ血生臭い任務に慣れていない航空兵では食欲減退他健康被害で「救援するこちらの側が被災者になりかねない」と上層部から判断されたからだ。
後方支援任務は大体給食、入浴、医療等々。季節的にかインテリな若手下士官兵たちによる 「軍隊塾」 は父母たちから好評だったという。
今回の指揮官アリマ大尉はガウ輸送機の機長。定期便の無い日はこうやって糧食班長だ。ロゴと部隊マーク入りの白いエプロンが恐ろしく似合う。
「俺等、あんまり信用されてないのかな。これだけ呼びかけていい匂いさせても全然人来ないぞ。おい、シモムラ。何かいい案は無いのか」
「…被災された民間人の皆様ァ、連邦の自販機のハンバーガーがございます。先着で20名様になります!どうかお早目にィ!」
「いいのかよ。そんなに持ってこなかったぞ?」
「在庫は10ヶですけどね。お子様優先で半分に切って配ります。きっと喜んでもらえますよ」
見る見るうちに人が集まって用意した卓、椅子が足りなくなる位の盛況となった。嬉しいね。
俺はそもそも僧侶だから接客とか人心掌握なんては十八番なんだ。気持ちの良い仕事だ。
本当に気持ちの良い仕事の …最中、想定内だったが何とも香ばしい伏兵が姿を現した。
これは後世の為に記録しておかねばならないな、と感じさせてくれる程香ばしい♪
その鼻息は荒く目の瞳孔は完全に開いてしまっており視線の焦点は終始合っていないが声だけは異常に張りのある過激派の女闘士を思わせる神がかった老女が炊き出しの現場に降臨した。
「憲法違反のジオン軍からは食糧や衣類を絶対に受け取らないで下さい!!」
舞台女優然とした通る声にその場の軍民皆が嫌でも注目させられた。演説でアジるだけでなく如何にジオニズムや各サイドの独立獲得が有害か、ヤープト人も同じアースノイド、同胞に他ならず全人類の地球連邦による統治と世界市民主義が如何に素晴らしいかを主張するちらしも配布し始めてもう「主演女優賞」ものだ。
悲しいね。ババアの気迫を前に文学青年、文学少女揃いの航空兵達は目が点で為す術が無い。
「この飯に毒なんざ入ってねえぞ!作ってくれた兵隊さん達に失礼じゃねえか!」
「オマエどこの精神病院から逃げてきた!?ふん捕まえて緑の救急車に放り込んだれ!」
「引っ込め連邦ババア!!顔洗って出直しやがれ!」
「俺達ヤープト人が連邦からどんな仕打ちされてきたか知ってんのか!」
「死ね!!」
場は騒然とし、楽しいお食事タイムに緊張が走った。そんな中アリマ大尉は柔和な笑顔を浮かべ到底会話が通じそうもない老女に歩み寄りこう話した。
「おっしゃる通り地元の者でもない私達が出過ぎた行動を取りました。すぐに中止し引き上げます」
連邦・アースノイド至上主義者の老女は肩透かしを喰らったのかきょとん……とした表情を浮かべるだけだった。
「よしおめーら、用具を納めろ。引き上げるぞ」
「…了」
「班長、本当に良かったのですか?民間人達も不満プンプンでしたしああいったババアとかを野放しにするのは地上軍としても…」
「アホか。あれは敵じゃない。連邦の評判を墜とす為に味方にすら正体を明かさずに暗躍するのが任務のペーネミュンデ機関員のお姉さんだ」
「! なるほど…ね」
結論から言うとこの時のアリマ大尉の情報は間違いだった。 ババアは「ガチで」反ヤープト、反ジオンに凝り固まったアースノイド至上主義の活動家で「迫真の名演技」ではなく本当に狂っていたというのが真相だった。
人ってこうもセコく卑しく汚く浅ましくジコチューになれるもんなのかなあ。災害だの非常事態だのっていうのは人の持つ高潔さと卑しさが同時に交錯して火花を散らす。それを嫌でも学習させられる。
何か明るい材料は無いのかよ!?
帰り道、全損した冷凍倉庫に目をやるとその脇で配線図やら納品書やらとにらめっこしている白髪で碧眼のジジイの姿がある。
「あれっ、キョージュじゃねえか。交換船で引揚げたんじゃなかったのか」
「おぉ、シモムラ和尚。御坊も元気そうで何よりさね。学生ども置いて逃げられんわな」
キョージュ。 別に本名とか知らないが地元の水産高専の教授だ。ヤープト系ではなくアングロ系でどちらかというと連邦の人間と言った方が良さそうなのだが、震災発生後にサイド6の用意した交換船で連邦側に引揚げる筈が直前になって乗船せず勝手に戻ってきたのだと。
「今年はもう遠洋航海は無理かな…何とかして3年生と5年生を連れてってやりたかったんだが」
「連邦海軍から捕獲した上陸用舟艇使って、近くで日帰りとかならできるんじゃね?」
瓦礫と残骸を前にしても、キョージュは少年のように目を輝かせながら話す。
「キョージュって、もう本ッ当にどうしようもねーくれぇヤープだよな。 ったくよ!」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
報告書5 『セコく卑しく逞しく』 完
次回予告
棺。死者の魂と生前の思い出を早いところ押し込んで二度と出てこないように厳重に閉じる入れ物。考えたら一生に一度しか使わないんだよなあ。繰り返し何度も使うのは映画の中のドラキュラくらいか。 …ん?俺はもしかして一度も使わずに終わるかも知れない、なんてな。 嫌になる。
次回 報告書6 『棺』
空の棺でなく中身が有るというのは見方によっては幸せだ。仏さんにとっても家族にとってもな。
注)ハイト、クール
宇宙世紀の通貨単位。初出はOVA『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』。ハイトの下に補助単位としてクールがあり1ハイト=100クールである。1ハイトが現在の日本の物価に換算して100円程度と想定される。
(C)伊澤屋/伊澤 忍 2671