機動戦士ガンダム0079 ジオン第八連隊記
最終報告書 『復興(あす)への咆哮』
「コントロール。リクエストテイクオフフォーレモネード05」
「レモネード05。ジオン訛りが強くてよく聞き取れません」
「そう来なくっちゃ。目標、ジャブロー一点狙い。出る!」
「レモネード05。クリヤードフォーテイクオフ」
「あいよ!」
ジオン降伏の翌朝0080年1月2日早朝(ヤープト時間)。アリマ大尉の操縦するガウはジャブローに最後の特攻を仕掛けるべくカ・ンサイ空港を離陸した。機は途中で航法ミスの為タヒチ沖に墜落しアリマ大尉は連邦軍の捕虜にされた。その後の生死は不明だ。
こっち時間の2日にジオンが降伏して以来周囲の動きが慌ただしくなってきた。
当初は休戦、運良く「対等講和」だと考えていたらグラナダ条約とは実質ジオン共和国の無条件降伏であり
「ジオン共和国は、平和的な手続きを以って『地球連邦への復帰』を決定した」
など現実を直視する勇気も持てない敗北者の負け惜しみもいい所だった。
もうカンペキ残務処理モードに入っているな。
4日仕事始めでショップに出てみれば
「シモムラとヒノモトに年賀状来てるぜ。 夫婦でもねえのにな。例のお母さんからだ」
「ん。『…お蔭で、タカシもすくすくと育っています』だと。呑気なもんだ。だから敗けるんだよ。ってウチ等も敗けたけど」
「おいこらシモムラ。地球連邦とジオン共和国は『休戦条約を結んだ』んだぞ」
「申し訳ありませんでした小隊長。共和国政府の公式見解に従い物を言うよう気を付けます」
「なぁ~~に気取ってんだぁ。 って放送だ」
「…達す。 本日、各小隊長所定。繰り返す。各小隊長所定」
「小隊長所定だー。ブレイク、ブレイクゥー」
新年顔出して届いた年賀状確認しただけでもうブレイクって後何すればいいんだ。
連邦軍に再就職狙って内務班で参考書開いてお受験勉強するなんて奴絶対いないし。
「小隊長。自分、都議会傍聴行ってきます。緊急時連絡先は都庁議事堂です」
「ああ承知した。 もう帰ってこなくてもいいぞ」
小隊長随分な言い草だ。 俺は今日が初日の都議会第1回定例会を傍聴に都庁に向かった。
「教授。この時期にあってこれは願ってもない良い提案です。正に渡りに船です」
「ああ、レイ大佐。彼の才能を失うのは本当に惜しい。だから…だ。」
暫定州も、更に運が悪ければ都もオシマイだ。この日の第1回定例会で審議に出席していた議員は議席の1割にも満たなかった。
そんな中、祖国の独立は水泡に帰し内心の尊厳以外は全てを奪われる身となった老都知事は悲しみも苦しみも憤りも他一切の情念を交えず年頭挨拶の演説を閑散とした議場に向けて続ける。
俺も「文学青年」になったねぇ。泣くなんて事はゼッテー無えけど何と無く人の生きる世のはかなさ、人も国も問わず存在する無常観みたいなもんなんて見えてきたわな。
「本日の会議は、これにて散会とさせて頂きます」
震災前と全く変わらない議長の一声で今日の会議は終わった。
「さぁて、と。何か喰って帰るべぇ」
「あのう…本日傍聴されたテンコウ・シモムラさんでしょうか?知事が中庭でお待ちです」
「ふぇ?? 俺を捕虜にして連邦に手土産って算段かね? まあいいわ。会うって伝えてくんなよ」
都庁中庭
「来たぜ。知事は負け犬を笑うのかい?それとも俺を捕虜にして手土産にすれば命は助かるか」
「今頃になってこんな事を言えた身ではないが兵隊さん、これまで何度も都議会を傍聴に来てくれた事に礼を言いたい。 よく帰りにあの銅像を御覧になっていたと思うが」
「ん…まあな。『小便親父』の像か。俺の親父が丁度あんな顔だからさ」
「あの銅像は、御存知と思うが最後の府知事で最初の都知事が造らせたんだ」
「きっと、俺ン所の連隊長みたいにメッチャ下品な奴だったんだろうなと思うよ。その最後の府知事」
「彼は…後世の歴史家からは『下品ではあったが、かつてヤープト一の商都だったオオサ・カを復権させようとした』と評されている。比べて私は下品なだけで都民の為に何もできなかった」
「自分を責めるんじゃねぇよ。らしくねーぜ」
「兵隊さん。もしクニに帰ったら所帯を持つことです。子供を持つことです。 …それなら、どんな屈辱にも耐えて開ける未来がある。私は、政治家として筋の通った事の収め方をします」
「そいつぁこっちに来てから聞いた一番性質の悪い冗談だ。 ん、あばよ。達者でな」
律儀なジジイだね。当選したらもう民意なんぞ知るか馬鹿野郎!!って奴とばかり思っていたが。
あれ?これまであったジュースの自販機が無いぞ。って昔おばあちゃんに聞いた「旧世紀の火葬場の臭い」というか切った爪を薪ストーブで焼いたような臭いがする。 …って人が燃えてるぞ!
「消火器は!?どこにも無いぞ!!」
「蛇口が元栓から止められてやがる!」
「チクショー自販機のジュース買ってぶっ掛けて消せーー!! って自販機無いぞー!」
「防災用毛布持ってきてェ、叩いて消せーー!って毛布どこだー!?」
生きたまま微動だにせず燃える都知事の傍には石油缶。 「坊主のバーベキュー」 が見ている前で 「じじいのバーベキュー」 になって焼死しちまった。
「お前さんも、大した政治家だったぜ」
嫌なもん見ちまった。帰隊したら内務班で寝よ!物喰う気分にもなれねえや。
うおー辿り着いたぞ国は潰れたが俺の領土だ寝台だ。ん!寝る!
「シモムラ上等兵。連隊長室に出頭」
寝ようとしたら放送って何だ。十字勲章剥奪か不名誉除隊とか不利益処分っぽいな。
「シモムラ上等兵は、出頭しました」
「シモムラ。教授は知っているだろう。挨拶しろ」
「キョージュ、キョージュが連邦から戦犯指定されないように俺の証言が要るんならするけど。ってゆーかキョージュは特別ジオン軍の肩持ってたわけじゃないしBC級戦犯すらないっしょ」
「馬鹿者ッ!教授はもうご自身が戦犯の汚名を被せられてでも学生や部下の職員を守るご覚悟がお有りだ。戦犯や抑留にされないようにしてやるというのはお前のことだ」
「私が戦犯にも抑留にもされずに済む?連隊長。この時期に凄いお年玉ですね」
「そうだ…。教授、こいつに説明してやって下さい。 あ、私は最近難聴になりまして」
「和尚。和尚は以前ルウム戦役で撃沈された『イオージマ』に乗務していたというね」
「撃沈されてねえよ。大破しただけだ。俺がダメコンで最後まで粘ってボカ沈だけは防いだんだ。縁起でもねえな」
「そこでだ。その艦隊勤務の経験を生かしてだよ…戸籍も住民票も消して新しくして全くの別人になって外洋へ漁に出てそのまんま平穏な人生に転換しないか」
「?」
「だからァ!今のお前がいなくなって全くの別人になるのを教授がやって下さるって言うんだ!」
「シモムラ和尚。御坊さえ良いと言ってくれればすぐにでも出来る。手遅れになる前にやりたい」
「断る」
「シモムラ!ふざけろテメェ!!助かりたくねーのか!?」
「武人らしく潔く…なんて気は更々無いですが私はこれまでずっとジオン公国の名前を背負って仕事をしてきました。敗者として裁かれるのも同様にその名前を背負ってですべきでしょう」
「すみません。こいつは優秀なのですが強情な奴で…ハルバル予備役少将、ってもとい!」
「大佐。この段階になってもう暴露ても構わんよ」
「キョージュが水産高専で教える前は連邦海軍に居たっていうのは知ってたよ。軍の仮設風呂で右腕に連邦マークの刺青があったから『消しちまえよ』って俺言ったのに消さなかったのな」
「和尚。強情なのはお互い様みたいだな」
軍籍抹消存在証明完全隠滅で外洋にトンズラという話は流れた。あとは生死決定待ちだな。
共和国化の動きが予想以上に早くて、「凱旋」なんては勿論無いがそうでなくても最低限名誉ある形でのクニへの、ナ・ンバへの帰還という脚本も消失した。
月でのグラナダ条約調印から17日後の宇宙世紀0080年1月18日(ヤープト時間翌19日)。
ドン海(旧称ヤープト海)に浮かぶ地球連邦海軍の攻撃型空母「ドクト」の艦上でジオン公国地球方面軍司令官マ・クベ中将は地球連邦に対するジオン共和国としての降伏文書に署名しジオン独立戦争は我々の完全な敗戦で終わった。
降伏文書への署名後、司令官は軍服姿のまま手錠を掛けられ連邦軍に連行された。
「おっちゃーん。ヤープトハイトはまだ使えるかい?連邦ハイトも一応持ってきたけどさ」
「ああヤープトハイトもジオンハイトもまだ使えるよ。長く酒屋やってるが今日が一番大繁盛さ」
俺の軍人としての最後の仕事は連隊の解散パーティーで呑む酒の買出しだった。
「もう一々縫わなくたって、糊で貼っ付けるだけで構わねー」
戻れば部隊解散を前にして階級章のバーゲンセール。一階級進級してのグラナダ兵長で俺にとっての独立戦争は終わった。
「仮埋葬の遺体の改葬までできたのは不幸中の幸いでしたね」
「連邦軍だってやりたくねえんだろこんな仕事」
進駐してきた連邦軍への投降と降伏を前にして連隊は解散式を行った。
「現時点を以って、公国地上軍第八連隊の編成を解く!」
その連隊長の言葉に涙ぐみ、更には号泣する者も多かった。式は淡々と進み、終わった。
「ヒノモト兵長。俺から少々遅めのお年玉がある。有り難く受け取れ」
「?免許証…ラマイ・バク?これって?」
「こんな最悪の事態もあろうかとな、震災直後の遺体捜索でお前と同年代くらいの優等民族の女の遺体からかっぱらっておいたんだ。これ持って本人になれ。連邦の鬼に喰われずに済む」
「シモムラ兵長!」
「うわー。シモムラおんぼうだー」
「最低だな」
「坊主のくせに死者の尊厳を何だと思ってるんだ」
文脈上非難でなく絶対に賞賛の言葉の数々だな♪ その直後だった。普通の皮膚でなくなってしまい久しい俺の右頬に生温かい、湿ったような感触が来た。
「私からの、もらったお年玉へのお返しです」
「うっひょー!国は負けたがシモムラには生まれて初めてのボーナスだぜ!」
「儲けたな!」
「それでは、また会う日まで! ラマイ・パクは生存しているのでこれから戸籍を回復してきます」
「あいつ…よっぽど慌ててたのかな。ケロイドの方にしていきやがったよ」
「お前の顔でケロイドじゃない所ってどこにあるんだよ」
「ジオーニェッツ、ダワイ、ダワイ (ジオンの糞野郎共、急げ急げ)」
降伏した八連隊の残存将兵は全員がシベリアもしくはモンゴルの強制収容所に分散収容された。
連邦軍に対し降伏したジオン軍将兵と反連邦派のアースノイド約500万人がシベリア、モンゴル、アラスカ他の強制収容所に抑留されそのうち1割強の約60万人が故郷の土を踏む事無く収容所で息絶えた。
強制収容所、ラーゲリで一番処遇が厳しかった時期は…あれはもう何もかも訳が解らなくなっていた頃だがラーゲリがティターンズの管轄下に置かれた0085年から、後で聞いたグリプス戦役が終わる0088年まで辺りだ。 死んだ奴は大部分がその時期に死んだ。
衆生の為、人々の為に尽くした結果は以上の通りだった。
俺はその後更に2年間シベリアでの抑留生活を送り0090年に恩赦でダモイ(帰郷)した。
クニに、ソーラ・レイに改装されずに残ったナ・ンバに戻ってみたら
「スペースノイドの真の独立の為に!我々と共にエゥーゴと、連邦の横暴と闘おう!!」
と説教臭く勧めてくる奴がいてよく見たらそいつはラーゲリで看守だったティターンズ将校だった。
勿論その場でギタギタのボコボコに殴打してやって縛り上げてエゥーゴに突き出した。
クニに戻って、特別良い事というのは無かった。
以上で、俺のみっともない負け惜しみの言い訳は終了である。
聞いていて退屈じゃなかっただろ?
『ジオン第八連隊記 復興(あす)への咆哮』 完
(C) 伊澤屋/伊澤 忍 2671
最終報告書 『復興(あす)への咆哮』
「コントロール。リクエストテイクオフフォーレモネード05」
「レモネード05。ジオン訛りが強くてよく聞き取れません」
「そう来なくっちゃ。目標、ジャブロー一点狙い。出る!」
「レモネード05。クリヤードフォーテイクオフ」
「あいよ!」
ジオン降伏の翌朝0080年1月2日早朝(ヤープト時間)。アリマ大尉の操縦するガウはジャブローに最後の特攻を仕掛けるべくカ・ンサイ空港を離陸した。機は途中で航法ミスの為タヒチ沖に墜落しアリマ大尉は連邦軍の捕虜にされた。その後の生死は不明だ。
こっち時間の2日にジオンが降伏して以来周囲の動きが慌ただしくなってきた。
当初は休戦、運良く「対等講和」だと考えていたらグラナダ条約とは実質ジオン共和国の無条件降伏であり
「ジオン共和国は、平和的な手続きを以って『地球連邦への復帰』を決定した」
など現実を直視する勇気も持てない敗北者の負け惜しみもいい所だった。
もうカンペキ残務処理モードに入っているな。
4日仕事始めでショップに出てみれば
「シモムラとヒノモトに年賀状来てるぜ。 夫婦でもねえのにな。例のお母さんからだ」
「ん。『…お蔭で、タカシもすくすくと育っています』だと。呑気なもんだ。だから敗けるんだよ。ってウチ等も敗けたけど」
「おいこらシモムラ。地球連邦とジオン共和国は『休戦条約を結んだ』んだぞ」
「申し訳ありませんでした小隊長。共和国政府の公式見解に従い物を言うよう気を付けます」
「なぁ~~に気取ってんだぁ。 って放送だ」
「…達す。 本日、各小隊長所定。繰り返す。各小隊長所定」
「小隊長所定だー。ブレイク、ブレイクゥー」
新年顔出して届いた年賀状確認しただけでもうブレイクって後何すればいいんだ。
連邦軍に再就職狙って内務班で参考書開いてお受験勉強するなんて奴絶対いないし。
「小隊長。自分、都議会傍聴行ってきます。緊急時連絡先は都庁議事堂です」
「ああ承知した。 もう帰ってこなくてもいいぞ」
小隊長随分な言い草だ。 俺は今日が初日の都議会第1回定例会を傍聴に都庁に向かった。
「教授。この時期にあってこれは願ってもない良い提案です。正に渡りに船です」
「ああ、レイ大佐。彼の才能を失うのは本当に惜しい。だから…だ。」
暫定州も、更に運が悪ければ都もオシマイだ。この日の第1回定例会で審議に出席していた議員は議席の1割にも満たなかった。
そんな中、祖国の独立は水泡に帰し内心の尊厳以外は全てを奪われる身となった老都知事は悲しみも苦しみも憤りも他一切の情念を交えず年頭挨拶の演説を閑散とした議場に向けて続ける。
俺も「文学青年」になったねぇ。泣くなんて事はゼッテー無えけど何と無く人の生きる世のはかなさ、人も国も問わず存在する無常観みたいなもんなんて見えてきたわな。
「本日の会議は、これにて散会とさせて頂きます」
震災前と全く変わらない議長の一声で今日の会議は終わった。
「さぁて、と。何か喰って帰るべぇ」
「あのう…本日傍聴されたテンコウ・シモムラさんでしょうか?知事が中庭でお待ちです」
「ふぇ?? 俺を捕虜にして連邦に手土産って算段かね? まあいいわ。会うって伝えてくんなよ」
都庁中庭
「来たぜ。知事は負け犬を笑うのかい?それとも俺を捕虜にして手土産にすれば命は助かるか」
「今頃になってこんな事を言えた身ではないが兵隊さん、これまで何度も都議会を傍聴に来てくれた事に礼を言いたい。 よく帰りにあの銅像を御覧になっていたと思うが」
「ん…まあな。『小便親父』の像か。俺の親父が丁度あんな顔だからさ」
「あの銅像は、御存知と思うが最後の府知事で最初の都知事が造らせたんだ」
「きっと、俺ン所の連隊長みたいにメッチャ下品な奴だったんだろうなと思うよ。その最後の府知事」
「彼は…後世の歴史家からは『下品ではあったが、かつてヤープト一の商都だったオオサ・カを復権させようとした』と評されている。比べて私は下品なだけで都民の為に何もできなかった」
「自分を責めるんじゃねぇよ。らしくねーぜ」
「兵隊さん。もしクニに帰ったら所帯を持つことです。子供を持つことです。 …それなら、どんな屈辱にも耐えて開ける未来がある。私は、政治家として筋の通った事の収め方をします」
「そいつぁこっちに来てから聞いた一番性質の悪い冗談だ。 ん、あばよ。達者でな」
律儀なジジイだね。当選したらもう民意なんぞ知るか馬鹿野郎!!って奴とばかり思っていたが。
あれ?これまであったジュースの自販機が無いぞ。って昔おばあちゃんに聞いた「旧世紀の火葬場の臭い」というか切った爪を薪ストーブで焼いたような臭いがする。 …って人が燃えてるぞ!
「消火器は!?どこにも無いぞ!!」
「蛇口が元栓から止められてやがる!」
「チクショー自販機のジュース買ってぶっ掛けて消せーー!! って自販機無いぞー!」
「防災用毛布持ってきてェ、叩いて消せーー!って毛布どこだー!?」
生きたまま微動だにせず燃える都知事の傍には石油缶。 「坊主のバーベキュー」 が見ている前で 「じじいのバーベキュー」 になって焼死しちまった。
「お前さんも、大した政治家だったぜ」
嫌なもん見ちまった。帰隊したら内務班で寝よ!物喰う気分にもなれねえや。
うおー辿り着いたぞ国は潰れたが俺の領土だ寝台だ。ん!寝る!
「シモムラ上等兵。連隊長室に出頭」
寝ようとしたら放送って何だ。十字勲章剥奪か不名誉除隊とか不利益処分っぽいな。
「シモムラ上等兵は、出頭しました」
「シモムラ。教授は知っているだろう。挨拶しろ」
「キョージュ、キョージュが連邦から戦犯指定されないように俺の証言が要るんならするけど。ってゆーかキョージュは特別ジオン軍の肩持ってたわけじゃないしBC級戦犯すらないっしょ」
「馬鹿者ッ!教授はもうご自身が戦犯の汚名を被せられてでも学生や部下の職員を守るご覚悟がお有りだ。戦犯や抑留にされないようにしてやるというのはお前のことだ」
「私が戦犯にも抑留にもされずに済む?連隊長。この時期に凄いお年玉ですね」
「そうだ…。教授、こいつに説明してやって下さい。 あ、私は最近難聴になりまして」
「和尚。和尚は以前ルウム戦役で撃沈された『イオージマ』に乗務していたというね」
「撃沈されてねえよ。大破しただけだ。俺がダメコンで最後まで粘ってボカ沈だけは防いだんだ。縁起でもねえな」
「そこでだ。その艦隊勤務の経験を生かしてだよ…戸籍も住民票も消して新しくして全くの別人になって外洋へ漁に出てそのまんま平穏な人生に転換しないか」
「?」
「だからァ!今のお前がいなくなって全くの別人になるのを教授がやって下さるって言うんだ!」
「シモムラ和尚。御坊さえ良いと言ってくれればすぐにでも出来る。手遅れになる前にやりたい」
「断る」
「シモムラ!ふざけろテメェ!!助かりたくねーのか!?」
「武人らしく潔く…なんて気は更々無いですが私はこれまでずっとジオン公国の名前を背負って仕事をしてきました。敗者として裁かれるのも同様にその名前を背負ってですべきでしょう」
「すみません。こいつは優秀なのですが強情な奴で…ハルバル予備役少将、ってもとい!」
「大佐。この段階になってもう暴露ても構わんよ」
「キョージュが水産高専で教える前は連邦海軍に居たっていうのは知ってたよ。軍の仮設風呂で右腕に連邦マークの刺青があったから『消しちまえよ』って俺言ったのに消さなかったのな」
「和尚。強情なのはお互い様みたいだな」
軍籍抹消存在証明完全隠滅で外洋にトンズラという話は流れた。あとは生死決定待ちだな。
共和国化の動きが予想以上に早くて、「凱旋」なんては勿論無いがそうでなくても最低限名誉ある形でのクニへの、ナ・ンバへの帰還という脚本も消失した。
月でのグラナダ条約調印から17日後の宇宙世紀0080年1月18日(ヤープト時間翌19日)。
ドン海(旧称ヤープト海)に浮かぶ地球連邦海軍の攻撃型空母「ドクト」の艦上でジオン公国地球方面軍司令官マ・クベ中将は地球連邦に対するジオン共和国としての降伏文書に署名しジオン独立戦争は我々の完全な敗戦で終わった。
降伏文書への署名後、司令官は軍服姿のまま手錠を掛けられ連邦軍に連行された。
「おっちゃーん。ヤープトハイトはまだ使えるかい?連邦ハイトも一応持ってきたけどさ」
「ああヤープトハイトもジオンハイトもまだ使えるよ。長く酒屋やってるが今日が一番大繁盛さ」
俺の軍人としての最後の仕事は連隊の解散パーティーで呑む酒の買出しだった。
「もう一々縫わなくたって、糊で貼っ付けるだけで構わねー」
戻れば部隊解散を前にして階級章のバーゲンセール。一階級進級してのグラナダ兵長で俺にとっての独立戦争は終わった。
「仮埋葬の遺体の改葬までできたのは不幸中の幸いでしたね」
「連邦軍だってやりたくねえんだろこんな仕事」
進駐してきた連邦軍への投降と降伏を前にして連隊は解散式を行った。
「現時点を以って、公国地上軍第八連隊の編成を解く!」
その連隊長の言葉に涙ぐみ、更には号泣する者も多かった。式は淡々と進み、終わった。
「ヒノモト兵長。俺から少々遅めのお年玉がある。有り難く受け取れ」
「?免許証…ラマイ・バク?これって?」
「こんな最悪の事態もあろうかとな、震災直後の遺体捜索でお前と同年代くらいの優等民族の女の遺体からかっぱらっておいたんだ。これ持って本人になれ。連邦の鬼に喰われずに済む」
「シモムラ兵長!」
「うわー。シモムラおんぼうだー」
「最低だな」
「坊主のくせに死者の尊厳を何だと思ってるんだ」
文脈上非難でなく絶対に賞賛の言葉の数々だな♪ その直後だった。普通の皮膚でなくなってしまい久しい俺の右頬に生温かい、湿ったような感触が来た。
「私からの、もらったお年玉へのお返しです」
「うっひょー!国は負けたがシモムラには生まれて初めてのボーナスだぜ!」
「儲けたな!」
「それでは、また会う日まで! ラマイ・パクは生存しているのでこれから戸籍を回復してきます」
「あいつ…よっぽど慌ててたのかな。ケロイドの方にしていきやがったよ」
「お前の顔でケロイドじゃない所ってどこにあるんだよ」
「ジオーニェッツ、ダワイ、ダワイ (ジオンの糞野郎共、急げ急げ)」
降伏した八連隊の残存将兵は全員がシベリアもしくはモンゴルの強制収容所に分散収容された。
連邦軍に対し降伏したジオン軍将兵と反連邦派のアースノイド約500万人がシベリア、モンゴル、アラスカ他の強制収容所に抑留されそのうち1割強の約60万人が故郷の土を踏む事無く収容所で息絶えた。
強制収容所、ラーゲリで一番処遇が厳しかった時期は…あれはもう何もかも訳が解らなくなっていた頃だがラーゲリがティターンズの管轄下に置かれた0085年から、後で聞いたグリプス戦役が終わる0088年まで辺りだ。 死んだ奴は大部分がその時期に死んだ。
衆生の為、人々の為に尽くした結果は以上の通りだった。
俺はその後更に2年間シベリアでの抑留生活を送り0090年に恩赦でダモイ(帰郷)した。
クニに、ソーラ・レイに改装されずに残ったナ・ンバに戻ってみたら
「スペースノイドの真の独立の為に!我々と共にエゥーゴと、連邦の横暴と闘おう!!」
と説教臭く勧めてくる奴がいてよく見たらそいつはラーゲリで看守だったティターンズ将校だった。
勿論その場でギタギタのボコボコに殴打してやって縛り上げてエゥーゴに突き出した。
クニに戻って、特別良い事というのは無かった。
以上で、俺のみっともない負け惜しみの言い訳は終了である。
聞いていて退屈じゃなかっただろ?
『ジオン第八連隊記 復興(あす)への咆哮』 完
(C) 伊澤屋/伊澤 忍 2671