伊澤屋

歴史・政治経済系同人誌サークル「伊澤屋」の広報ブログ。

序  『ダモイ(帰郷)』

2011年09月11日 19時30分00秒 | Weblog

 序  『ダモイ(帰郷)』



 敗戦から十年経って、俺はシベリアでの抑留生活を終えて故郷にダモイ(帰郷)した。
凱旋の兵ではなく敗残の兵として踏む土でも心地良かった。


「ふるさとの 訛りなつかし 停車場の」


誰だ。そんな笑っちまう台詞を口から出したラリった奴は。
かつて親しんだクニの言葉など耳にはできず盛んに聞こえてくるのは勝った国の言葉ばかり。
吸収の良い子供はそれらをすぐ覚えて使いこなす。

駅や公園。かつて祖国と愛する者たちを守る為に戦い手足や視力を失い、家たる廃兵院も軍人
恩給も奪われた傷痍軍人たちがその姿を晒し糧を乞う様子が嫌というほどよく見られる。
かつてはこれで颯爽と街を歩くのが誇りだった将校のマントも脳や神経を損傷して身体の自由を
失えばもう、よだれかけ程度の役にしか立たない。
それでも肩を寄せ合って支え合い生き抜いているのはこの国の美徳だな。

その美徳を嘲笑うかのように勝者の兵と腕を組み戯れる女たち。
元の軍服から階級章や兵科章を全て取り払った復員服で俺は家路についた。

親父は敗戦後暫くして持病が悪化しとうに死に、目と耳が悪く片肺で酸素吸入器を使っている
お袋は便所のようなバラックの家で辛うじて生きていた。
住み慣れた家は戦勝国民と名乗る勝ち馬に乗った小悪党共に土地ごと取り上げられていた。
占有、登記済でその土地には店が建ち繁盛している。

国は無くなり久しく体の不自由な老親とシベリア帰りの中年の失業息子で天下無敵の親子浮浪者
へ一直線というこの状況下、 …絶対酒臭くないから国家レベルの国定敗北者の俺の負け惜しみ
の言い訳を以降聞け。


                                         序 『ダモイ(帰郷)』 完



次回予告

さほど面白くもない茶番を時間を費やして忍耐強く見た後に、いかに金と時間をかけた擬似イベ
ントよりも更に、最高に面白い材料が投下された…って俺にとって全然面白くなどない訳だが。


次回  報告書1 『発端』

貴様が「続投表明」なんて寝言垂れやがったせいで俺ん所はこのザマだ!!



注)ダモイ
  ロシア語 Домой から。帰還、帰郷。日本語で特に「ダモイ」と言う場合敗戦後のシベリア抑留日本兵の帰国を意味することが多い。

  傷痍軍人
  戦傷により障害、後遺症を負った軍人。敗戦前の日本の傷痍軍人政策は家族の負担軽減や療養所施設のバリアフリー化等の面で充実していた。


                              ©伊澤屋/伊澤 忍  2671

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