エンブ一家の旅日記

アウトドア大好き、エンブの日記です(笑)
大好きな奥ちゃまとワンニャン引き連れあちこち走り回っています。

日帰りの旅~茨城の古城巡り その1~

2012年06月10日 | Weblog
雨の土曜日を憂鬱に過ごし、早めの夕食から飲み、早めの就寝。
今朝の目覚めは早かった~(笑)
朝一から十兵衛を連れて何時もの長い散歩コース(約4km)をこなし、朝ご飯後出発です。

埼玉から、千葉の端っこを抜けて茨城へ進出。
まずは、野菜の買出し。
坂東市にある農家さんの直売所により大根とキャベツとブロッコリーを購入。
ワン子たちのご飯に混ぜてあげる食材です。
無事に買出しを済ませ、まずは下妻へ向かいます。
ここまでほぼ1時間強、十もミー助も表に出たがってくる時間。
寄ったのは、下妻にある【ほっとランドきぬ】です。
ここは、温水プール、フィットネス、入浴施設、多目的グラウンドなどがある施設です。
十とミーにはちょっと狭いけど、遊べる芝生広場があるもので時々寄っています。

暑い日差しが一杯で、すぐに息が上がっちゃう。
十兵衛はこんな日は放す事が出来ないのよね~多分リードを放した瞬間に池に向かってダッシュします(笑)

ミッシェルはと言うと、ボールさえあれば大丈夫。
しかも、進んで水の中に入る事もありませんし。
でもね、

やりすぎるとすぐこんなになっちゃいます(笑)

十は日陰でのんびりしてました。

ナビで行き先を探していると、下妻にお城があると言う事に気が着き、早速向かいました。
-----大宝城址-----
平安時代から南北朝時代にかけてあった城跡。
西、北、および東方の一部を旧大宝沼に囲まれた台地の自然の地形を利用して造築された城郭であり、
東方も古い時代は沼か湿地であったと思われるから三方断崖に面した要害の地であった。

ん~聞いたこと無いなぁ~と思うはず。
南北朝時代かぁ~意外と関東にはこのころの古城跡が多いんだよね。
って事で、行ってみた。

が、あったのは大宝八幡宮。

お城じゃ無いじゃん!
と思ったら、ここがお城の一部だったらしい。

ちゃんと、案内板も出てた。
そうだよね~戦国時代のお城すら、まともな形で残っていないこの国だもん。
埋もれた古城って事になっちゃいますよね。
で、八幡宮さんにお参りして行く事にしました。
鳥居をくぐるとすぐに左手に土俵があり、お相撲さんの姿がちらほら。

何かあるのかな~と思ったら

ありゃま、高砂部屋と錦度部屋の合同合宿だって。
丁度、朝の稽古が終わった所だったのね。
どうりで人が多いはずだわ(笑)

山門に向かう、お相撲さん。
なんだか親近感わくなぁ~(汗)
山門をくぐると、これまた珍しい光景が目の前に広がりました。


右に左に狛犬さんがずら~っと並んでいます。
先週の狸さんに引き続き、びっくりです(笑)
狛犬さんたちの間を抜けていくと、右手に手洗い所があります。


これまた、とっても可愛い手洗い所でした。
ここで十とミー助にはちょいと待ってもらい、お参りしてくる事に。

立派な本堂です。


お参りをした後、社務所によりご朱印を頂きます。
立派なご朱印と交通安全のステッカーをいただき、十とミー助の元に帰ってみたらあら大変!
なんとお相撲さんに囲まれていました(笑)
あちこちから手が伸びてきて、可愛いっすね、何て言う犬っすか、名前は、年は・・・・・etc
矢継ぎ早の質問攻め、結構犬好きなお相撲さんが多いらしくて、しばし談笑。
とってもいい時間を過ごさせていただきました。
しかも最後には、振舞っていたちゃんこまでご馳走になっちゃいました。

美味しいちゃんこを食べさせていただきました。

ここに来たのも偶然だし、お相撲さんが着てたのも偶然。
これが旅の楽しみだなぁ~と改めて思いました。
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関東日帰りドライブ~館林から大洗へ 最終回~

2012年06月07日 | Weblog
佐野厄除け大師を後に、大洗を目指します。
時間は、14時半を回っていて無謀かな~と思っていました。
ナビは直近の佐野ICから高速に導こうとしていましたが、ちょっと走ってみたい道もあり
下道で栃木ICを目指します。
佐野から栃木は意外と近くて、高速道路沿いに軽快に走れる一般道がありました。
栃木ICから東北道に入り、都賀JCTより北関東道に進路を移して進みます。

途中にある壬生PAにてトイレ休憩。
佐野では、十兵衛もミッシェルも車内待機だったので少しだけお散歩させました。
ここは、パーキングの直ぐ横に大きな公園があるようで、のんびりしたい気分もありましが
夕暮れが近いもので、先を急ぐことに。
北関東道の上三河から真岡の間は去年繋がったばかりで、走るのはこれがはじめて。
これで関東周辺の高速道路は殆ど走った事になりました(笑)

友部JCTを更に直進、水戸大洗で高速を降りて大洗の街中に入っていきます。
去年3.11の大震災以後、大洗に来るのはこれがはじめて。
大好きな大洗なんだけど、正直に被災した土地を見るのが怖かったんです。
帰ってくるのに、1年以上の時間を費やしてしまいました。
大洗の街中はすっかり綺麗になっているようでした。
真っ先に向ったのが、大洗磯前神社です。


大震災の年まで、お正月休みといえば大洗に来ていました。
初詣は大洗神社でって言う年が続いてました。
心を許せる友と、愛犬たちと楽しい年越し、初日の出を楽しんだ年もありました。
やっと、戻ってくる事が出来ました。

大洗神社の神様に、やっと戻ってくる事が出来ましたと改めてご挨拶。
これからも遊びに来ますね!
御朱印を頂いて、お買い物へと繰り出します。

お買い物は、お隣の那珂湊お魚センターです。
何時からここに来てるんだろ?もうずっと前から事有る毎にお魚を仕入れに来ているような。

ここ那珂湊も地震後の大津波で映っている建物の1F部分は壊滅的な被害を出したそうです。
未だに港湾施設やトイレ等は使用が出来ないようです。
毎度お魚を買いに来ている、森田水産さんにお邪魔して、白ハマグリにアマエビ、イナダを購入。
干物も欲しいと思ったのだけど、やってませんでした。
1年以上経ってやっと帰ってこられたけど、まだまだ那珂湊は痛々しい傷跡があちこちに残っていました。
また遊びに、買い物に期待と思いながら当地を離れました。

帰路に付く前に、ワン子たちを遊ばせないといかんと、何時もの公園に足を運びました。
大洗海浜公園の駐車場沿いにある芝生の広場です。

海からかなり離れているここも津波の被害にあい、トイレと鵜の施設は未だに使用不能となっていました。
芝生の広場は健在で、ワン子2匹が遊ぶには十分すぎるくらい。

ボールかフリスビーがあれば後は何も要らないミッシェル。
疲れ知らずでボールを足元に持ってきては、この体勢です(笑)

十兵衛はと言うと、やっぱりボールは好きなんですね~。
でも最近ちょっと足を痛めて激しいのは無理って事でミッシェルとは別メニュー(笑)
何回か遊ぶと、ボールを咥えたまま近くに寄ってこなくなります。
これで良いんだもん♪見たいな感じでボールをかじってます。

2引きの間はこんな感じで、適当に休みながら遊ぶ十兵衛に対し常にボールを追うミッシェル。
何処に遊びに行っても同じかな~。
十兵衛は陸のかけっこじゃミッシェルに敵いません。
でもね、ボールとなると別なんですよ。
ミッシェルは投げてくれたであろう方向に走って行きます。
これに対して、ちゃんと見て走るのが十兵衛です。
この差は歴然としてて、たまたま見当が当たるとミッシェルがボールを取りますが、後は十兵衛ばかり。
ちゃんと考えてますね~さすがラブラドールです(爆)

時間もそろそろ18時に近づき、肌寒さも一層きつくなった所でお開きに。
また来るぞ!と思いながら大洗を後にしました。

ここからは、北関東道→常磐道で一気に帰りです。
家に一番近いICまで車を飛ばして、わずか1時間半のドライブで帰ってきました。
やっぱりフルに高速使うと早いね~(笑)
家に帰り、早速イナダとアマエビは刺身で白ハマグリは網焼きで頂きました。
写真は無いけど、旨かった~(笑)

3回に分けましたが、日帰りの旅を楽しんできました。
また、大洗にはぜひとも遊びに行きたいと思っています!


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関東日帰りドライブ~館林から大洗へ その2~

2012年06月06日 | Weblog
茂林寺を出て館林市内へと向かうと、すぐに館林城址へと到着します。
駐車場は、隣接する市役所の駐車場を使わせて頂きました。

-----館林城-----
尾曳城とも言われています。
城沼に西から狐の尾のように突き出した半島に中心を置く平城で、現在の館林市の中心部に当たります。
築城は、弘治二年(1556)赤井照康によるという説が一般的だが、いずれも後年の史料に拠るもので
信憑性は疑わしく、不明です。
戦国時代には、上杉氏、武田氏、小田原北条氏による三つ巴の攻防に巻き込まれた事でも有名。
徳川家康関東入封に伴って、徳川四天王・榊原康政が十万石で城主となり、城下町を整備、
寛文元年(1661)徳川綱吉が城主となり全盛を極めた。
彼が五代将軍になってからは将軍を輩出した徳川宗家に関わる重要な地として、江戸幕府に位置付けられ、
最後の城主秋元氏まで江戸幕府の重鎮を務めた七家の居城として栄えた。
城の建物の大半は1840年に焼失。
本丸、三の丸、稲荷郭、城下町などの土塁の一部が残されており、三の丸には土橋門が復元されている。
しかし、二の丸は市役所に変わり、ほとんど城郭の面影を失っている現在です。
時々、近くまで来ていたし、目の前を通り過ぎていたことあったけど今回初めて尋ねてみました。
確かに、市役所が鎮座していて殆ど何も無いに等しい感じ。

復元された、土橋門。
いつも思うことなのですが、なんで日本人は歴史というものを大切にしないのでしょう?
城跡には市役所や大学が腰を下ろしていて自由に見学が出来るところが少ないんですよね。
国土面積が狭い日本では仕方ない事と言われてしまうかもしれませんが、非常に残念なことです。

土橋門を潜ると、土塁に囲まれた曲輪が残っていました。

土橋門からづく土塁後。

十兵衛とミッシェルと歩いてあっという間に一回りできてしまう大きさしかありませんでした。


一休み後、館林を後に佐野に向います。
目的地は、佐野厄除け大師です。
館林からはほぼ一本道で迷う事無く到着です。

-----佐野厄除け大師-----
創建は天慶7年(944)平将門の乱を平定した藤原秀郷が開基となり宥尊上人が
開山したのが始まりと伝えられています。
その後一時衰退しましたが永仁年間に俊海(藤原氏一族)が再興、伏見天皇の勅願所として、
転法輪院の号を賜り、領主である佐野氏(藤原秀郷の子孫とされる一族)の庇護もあり寺運が隆盛します。
佐野氏の居城唐沢山城 は慶長7年幕府から廃城を命じられ惣宗寺 のあった春日岡に佐野城 を
築城する事になり現在地に移されます。佐野氏は慶長19年に突然改易となり
松本へ配流されますが元和3年に家康の遺骸を駿河国久能山から日光東照宮 に移す際
宿所となった事で幕府から庇護されるようになります。
江戸時代を通して御朱印50石を拝領し、三代将軍徳川家光が参拝、
文政11年には幕府が東照宮を境内に造営しています。
又、惣宗寺 は比叡山延暦寺中興の祖とされる良源を祀る佐野厄除大師として
多くの参拝者を訪れてます。境内には田中正造の分骨された墓があります。

関東の3大厄除け大師【西新井大師、川崎大師、観福時大師堂】とは違うみたいです。
関東の3大師【川越大師、青柳大師、佐野厄除け大師】の一つに数えられているようです。
山門には三つ葉葵の家紋が刻まれていて、徳川家に庇護された証でしょうか。
本堂もとても立派なもので、この日も厄除けのご祈祷が行われていました。


境内には、黄金の釣鐘が鎮座していました。

お大師さんの目の前には、佐野ラーメンの文字も見受けられましたが
生憎の満腹状態(笑)
たぬきそばが・・・・・(爆)
お参りをした後、御朱印を頂き大洗へ向けて出発しました。

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関東日帰りドライブ~館林から大洗へ その1~

2012年06月05日 | Weblog
6月9日(土)に栃木県館林から佐野を回り大洗までドライブしてきました。
その時の日記なんぞを数回に分けて綴っていきます。

どこかに行きたい病が週の中番からどんどん高まり行き場所を探してました。
が、天気予報が生憎の雨。
本当は、日光を周って来ようかと思っていたのですが、急遽予定変更。
十兵衛とミッシェルとミッシェルの保護者の妹を車に積み込み(笑)
9時半と遅い出発。

まぁ、のんびり行くかぁ~とアトレーで出発。
なんか車内が臭くない?と思ったら、十の耳の匂いでした。
一般道を走り、春日部、杉戸、幸手を抜けて羽生へ。
ここまでの所要時間、約1時間。
何時もの羽生水族館の駐車場で小休止。
ここ、無料で遊べて(水族館は優良だけどね)駐車場も、勿論無料。
良い所なんですよ~
埼玉水族館

羽生水郷公園の一角にあるこの水族館は、川魚を中心に楽しめる水族館です。
入館料は、大人300円に子供100円と言う安さ。
私も1度入館した事があるのですが、魚好きには良い所かも(笑)

この公園には、大きな池と芝生の広場があり1日楽しめる所です。

芝生広場にて

ミッシェルは走りたかったみたい(笑)

ここから一気に最初の目的地である茂林時へと車を走らせます。
ナビは高速走れって言ってますけど、無視して一般道にて栃木県へと入ります。
R122号で明和町から館林市へと入ると目的地は直ぐそば。
さて、どうやって行くのと思ったら無情にも『目的地に近づきました、案内を終了します』って・・・・・
あんたね、ここまでは私でもこられるのよ。
ここから案内して欲しい所なのに(`(エ)´)ノ_彡
ってなんとか目的地の茂林寺到着。
無料の観光駐車場に車を停めて早速拝観へ。
ワン子たちは、とりあえず車で待機。
エンジン掛けっ放しで、エアコンかけて鍵締めて。
環境には悪いけど、こうする以外犬連れの旅は出来ないからね。
で、表参道をぬけ(と言ってもお土産やさんが数件あるだけのこじんまりしたもの)

茂林寺の門前へ

この門を潜ると両脇に現れるのが



たぬきさん達の像なんです。
ここでピンと来た方も要るでしょうが、実はこの茂林時はぶんぶく茶釜のお寺さんとして有名なんです。

こんな可愛い像もあったりします。

たぬきさん達の間を進み、山門を潜ります。
りっぱな山門を潜ると、
かやぶき屋根の本堂へと辿り着きます。
周りの木立が茂っていて、本堂の写真は撮りませんでしたが、立派な本堂です。
しっかりとおまいりをした後、御朱印を頂きに行くとお昼時はご遠慮くださいと張り紙が。
仕方なく一度駐車場に戻り日本一と言うたぬきそばを頂いてきました。

日本一と言われると、またまた~と言っちゃいますが、おいしいおそばでしたよ。
お腹も満たされ、ワン子たちと周辺を散策した後、御朱印を頂き次の目的地の館林城へ向います。






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