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井上ひさし著 「四千万歩の男」(1)~(5) 講談社文庫
50歳で隠居。その後江戸に出て測量・天文を学び、56歳で測量の旅に出た伊能忠敬。現代でもその年代で新たにものを学び、徒歩で全国を歩くのは大変なことだと思う。今よりずっと平均寿命の低く、道だってよくない江戸時代に成し遂げた偉業。凄いことだ。
その伊能忠敬を主人公に据え、虚実皮膜の間(いや、相当にフィクションなのだが)の大冒険を描いたのがこの本である。
主人公のポジションが実に井上ひさしに合っていると思う。幕府の権威をかさにきた権力者などではなく、商人出身でありながら公儀方という中間のポジションであるため、伊能忠敬を通して、庶民と武士、両方の世界にコミットできるのだ。
天文観測や測量という本来は自然科学の旅なのに、行く先々で人事に巻き込まれる。それがときに水戸黄門漫遊記風であったり、ときに冒険活劇だったり。
十返舎一九、鶴屋南北、二宮金次郎など実在の人物も絡んで、厚手の本5冊の中は物語にあふれている。
表現の妙やくどいほどの並列など、井上ひさし特有のレトリックも面白い。
たとえば
「世間からは、馬鹿といわれ、愚者と軽く見られ、阿呆とうとんじられ、でくの坊と鼻先でせせら笑われ、唐変木と指をさされ、狂人よばわりされ、奇人とそしられ、変人と名札を貼られながらも、ひとつひとつ小さな苦労を積みあげつつひっそりと生きている人間のひとりがここにいる日誌きちがいの三河低馬だ」
こんな風に。
惜しむらくは、まだ構想の七分の一だというところでの中断。続きはたぶんもうないだろう。それが残念である。
あと、全然関係のない話なのだが、オシム監督の快復を心よりお祈りします。