不思議活性

月刊近文と私 4

 

1987年度 詩誌『月刊近文』より紹介です。

 『車』 梅崎義晴

列車が脱線転覆した夜
多くの人々が灯をともし
動きまわっていた
車輪が余韻を残して回っている
遠く離れて
暗い顔の男の人が
情景を見ていた
その男の人に
少年が大きな声で話かけた
「こんばんは!」と
そのたった一言で
男の人の顔は急に明るくなっていった
急にそこから始まったように
脱線した列車が起き上がり
いまにも走り出そうとしていた
その時にはすでに
少年はそこからいなくなっていた
何か欠けたような
残像を残したまま
少年のことを想い出そうとしている
いま走る列車のなかに
あの少年の姿を見ることが出来るだろうか


 『航空写真』 永井ますみ

セスナで空を飛ぶ
俯瞰する地上
水紋を拡げながらくすくす
わらっている湖
風にいっせいに頷く
整然と区切られた稲田のその中を
一直線に しかし悠然と駆ける
四両連結の赤い列車
陽光に背中をみせて
間近でピースしてみせる鳥
今 切り取る時間
凝固し定着する
二千五百分の一の空間
道を行く幾十幾百の車の騒音も
静止の形で その手に掬いとられる
神のような仕事だ
永遠の眼だ
見落としもある
建物の陰の
にんげんたちのかすかな動揺(ゆれ)


 『季節』 岩城万里子

野に立つと
誰かが呼んだような気がして
ふり返る
そこには 小さな野の花たち

あの青紫のつりがねが ソバナ
白いのは ゲンノショウコ ノコンギク
そしてワレモコウにタデ
アキノキリンソウ リンドウ
花の名は
空の蒼さを映してすき透る

野は
草花たちのさざめきに満ち
地はいっそう想いを深くして
十月がひっそりと
華やぎはじめる


 『似顔絵』 岸 まや子

少し汚れた花嫁のように
少年を正視出来なかった
少年が前に座るだけで
わたしの顎や頬のあたりが発熱した
少年の目の威力に敏感になって
少年の顔の輪郭がつかめない
見るまい 見るまい すいこまれそうな瞳
こちらが見透かされそうな動揺
目をそらしつつ わたしは
スケッチブックに描いた

中等部の少年の美しい双眸に
こんなわたしが映っているんだと思うと
腹立たしく 恥ずかしく
描きながら泣けそうになった
瞳の清らかさに裁かれているようで
破った 描きかけの似顔絵
美術室の窓から放り投げた
淡紅色の十七歳の秋 少年の手には与えずに
見すかされたくないものを隠すようにして

たった一度きり向かいあったあの双眸
陽ざかりに出たことのない赤子のような
青みがかった白眼
紺色の輪でふちどられた青黒いひとみに
金色の明るい斑が透けていた と思う
空の果てが落ちている瞳孔 底なしの淵
すかした切り岸に立って
気が遠くなるまで覗きこんでみたいと思ったのは
それから十五年たって後である

似顔絵などではない
ああ あの時 わたしは
少年の瞳そのものの風景を描きたかったのではないだろうか


 『賛歌』 小野田重子

山の頂よりはるか高く
降り注ぐ光の帯
何本もに分散して
木樹の梢を抜け
透明な大気の中
朝顔の花を咲かし
紫苑のつぼみをふくらませる

何よりもうれしいのは
ラジオ体操している子等を輝かし
限りない彼等の未来を 夢を
その中にやわらかく包み
伸びやかな腕に 脚に
飛び はずみ 
降りやまない
あふれんばかりの光の存在

・続きは次回に・・・・。

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