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かつて、日本の主要な街道筋には、食堂などを併設したドライブインが存在し、そうした施設の多くは、いわゆる“トラック野郎”たちに愛されてきた。しかし交通網の軸がそうした街道網から高速道路主体へと移り変わると、ドライブインの利用者は激減。ドライブインは、高速道路に設けられたサービスエリアにとって代わられることとなる。
無論、そうしたドライブインの経営者の中には、施設を人件費のかからない自販機主体のオートコーナーという業態へと変化させることで、生き残りを模索する者も現れたが、21世紀を迎えて久しい今では、そのような施設ですら希少な“過去の遺物”と化している感は否めない。
【画像はこちら→http://tocana.jp/2016/03/post_9033.html】
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■いつでも変わらず出迎えてくれるオートコーナー
茨城県稲敷市にあるこの『あらいやオートコーナー』は、その名が示すように、オートコーナーの形態を今なお残す、極めて希少な昭和遺産とも言うべきスポットだ。コンクリートのたたきと木目調の壁に囲まれたその空間には、所狭しとレトロ系自販機が顔を揃え、訪れる者をいつでも暖かい光で出迎えてくれる。片隅にある「イートイン」用のものとおぼしき長机と、潰れたスナックから持ってきたような古ぼけた合皮張りの椅子が、なんとも独特な昭和感を醸し出しているようだ。
最近ではすっかり珍しくなったカップヌードルの自販機を観察してみると、そこには油性マジックで書いたとおぼしき「トビらおしめないとお湯は出ません」の文字が。「を」ではなく「お」と表記してあるのは、古ぼけた定食屋などでしばしば見かける「シ」と「ツ」の混同による「カシ丼」など表記と同様、ある種の「ご愛嬌」といったところだろう。PCを使って製作したPOPが中心となった今では、もはやこうした手書きの貼紙ですら、なんとも言えない愛しさを感じてしまう。
次に、一部の愛好家たちによって人気となっている、物珍しい「弁当自販機」の前へ。カップヌードルの自販機と同様、筐体には何やら手書きの文字が並ぶが、その文字の指示に従う形で慎重に硬貨を入れてボタンを押すと、小さな転落音と共に弁当の容器が。今回は「やきにく弁当」と「とりからあげ弁当」を1つずつ購入してみたが、そのいずれもが、純国産の米と肉を使用しているとあって、とても300円とは思えぬほどの美味。事前にそのクオリティの高さについては耳にしていたものの、実際に食べてみると、大手チェーンと比べても、なんら遜色ないどころか、それを上回るものとなっていることに気づかされる。まさに「オートコーナーおそるべし」だ。
そんなオリジナルの手作り弁当に舌鼓を打ちつつ、一人で感嘆の声をあげていると、この自販機に弁当を補充するために来たという熟年女性が、今川焼きをプレゼントしてくれた。自販機主体の施設でありながらも、こうした人のぬくもりを感じさせる交流もまた、オートコーナーの魅力と言えるのかもしれない。
■昭和のまま時間が止まった空間
弁当を食べ終えた後で、漫然と店内を散策してみると、昭和期に一斉を風靡したゲーム卓が、今なお「現役」の状態で稼動しているところに出くわした。温かみのあるその独特な光は、当時を知る者ならばついついひかれてしまう独特のフェロモンを放っているようだ。また、なんとも気だるい雰囲気で周囲を徘徊する名物猫も、今が平成28年であることすら忘れさせるには充分すぎる存在と言える。
その全盛期とは違い、街道筋に立つ自販機主体のオートコーナーは、今や多くの人々にとっては、「古ぼけた謎の施設」でしかないかもしれない。また、弁当を補充しに来た女性のごとく、それが人力に頼らざるをえないものである以上、こうしたたたずまいを満喫できる時間は、そう遠からず終焉を迎えることであろう。とはいえ、少なくともその日が訪れるまで、暗闇の中にぽつりと現れるその灯りは、ドライバーたちを含む近隣の人々に、つかの間の安らぎを与え続けることになりそうだ。