創価学会における絶対権力の空白は早8年に及ぼうとしている。半世紀以上にわたり巨大教団を率いてきた池田大作名誉会長は1月に卒寿を迎えたが、年に数回、『聖教新聞』に近影が掲載されるだけで、公の前に姿を見せなくなって久しい。2010年5月の本部幹部会の後、脳梗塞で倒れたというのが定説だ。大小様々な本部施設が蝟集する東京・信濃町の真ん中にひっそりと佇む第二別館にほぼ籠もりきりとされる。
■一枚岩だったはずの組織に……
この間、原田稔会長以下の集団指導体制により教団の運営は滞りなく行われてきたかに見える。が、カリスマ指導者の重石がなくなれば必然のこと、一皮剥けば、信濃町の内部では次期会長の座を巡る暗闘が繰り広げられ、一枚岩だったはずの組織に動揺を来しているのが実際だ。
「谷川佳樹主任副会長のラインが巻き返しに出たのかもしれない」
1月下旬、ある本部人事が各方面を駆け巡り、憶測を呼んだ。副会長の岡部高弘氏が広報室長を突如外され、聖教新聞広告局の閑職に追いやられたのだ。遠因として囁かれているのは昨年9月の『週刊文春』記事である。報じられたのは復興副大臣も務める長沢広明・公明党参院議員の女性スキャンダルだった。組織政党にとって所属議員は単なる駒にすぎない。本人は雑誌発売前に早々と議員辞職した。
■会長の権限はそれほど強くない
創価学会・公明党にとって重大な意味を持っていたのは、長沢氏が佐藤浩副会長の一の子分で知られていたことである。佐藤氏は菅義偉官房長官と太いパイプを持つことで有名。信濃町の勢力図においては、事務総長として本部機構を取り仕切り次期会長候補の最右翼とされる谷川氏や、その後見人で隠然たる力を持つ弁護士グループのトップにある八尋頼雄副会長、前会長で最高指導会議議長を務める秋谷栄之助氏らとともに主流派と目されてきた。政治的には自公連立路線の旗振り役だ。
現在の学会においては「会長の権限はそれほど強くない」(元本部職員)とされ、それがため主流派こそが組織を動かしてきたと言われる。記事は内部告発がなければ知り得ない内容だったが、その追及は長沢氏よりむしろ政治担当として絶大な影響力を握り続ける佐藤氏に向いていた観があった。
そこで佐藤氏ら主流派が岡部氏の更迭に動いたというのが一つの見立てである。怒りの矛先が岡部氏に向かった理由は今ひとつ分からないが、もともと両者の折り合いは悪かったとも言われる。後任の広報室長となった長野祐樹氏は長く神奈川担当の副会長を務めこれまで広報とは無縁だが、佐藤氏と極めて近いことで知られる。そのことも更迭人事が主流派の強い意向によって行われたと見られる理由となっている。
そして、さらにその背後にあるのが次期会長の座を巡る谷川氏と萩本直樹主任副会長との神経戦とも言える綱引きだ。創価学会には200人以上の副会長がいるとされるが、15年に新設された主任副会長ポストは8人に限られる。谷川、萩本両氏はその中でも一歩抜け出た。萩本氏の後見役は原田会長とされる。
スキャンダル記事は主流派を牽制するものだっただけに、萩本氏を利するところがあった。おまけに年が明けた1月7日付の人事は両者の形勢逆転をも思わせるもの。谷川氏が壮年部長に回ったのに対し、萩本氏がそれより遥かに格上の総東京長となったからだ。そうしたこともあり、岡部氏の更迭人事は谷川氏ら主流派による主導権奪還の意味合いも見え隠れしていたのである。
■学会の「影の会長」
次期会長レースに対し中立派と見られていた原田氏がにわかに萩本氏を後押ししだしたのは15年秋、ある暗闘劇が幕引きとなった前後からと見られている。それまで学会内で繰り広げられたのは谷川氏ら主流派と「創価大学卒のプリンス」と謳われた理事長の正木正明氏を担ぐグループとの対立だった。それが頂点に達したのは信濃町に新たなシンボル施設「広宣流布大誓堂」が完成した13年のことだ。
「全部、見られているぞ! 恥知らず! バカ者!」
谷川氏や佐藤氏らを中傷するそんな怪文書が撒かれたかと思えば、ある主流派の副会長に対するこんな告発文書がマスコミに持ち込まれた。
「学会の『影の会長』であり……権力を好き放題に使っている人間であることに気づいてください」
文書が告発するのは蓄財疑惑だった。不正とまでは認められないものの、そこで指摘された不動産に関する情報はじつに正確で、よほどの関係者しか知り得ないものだった。
■Xデー後の学会分裂などあり得ない
しかし、もともと非力な正木グループは13年暮れから一人また一人と信濃町の要職から外されていく。その後も主流派の教学方針に反発する2通りの内部告発文書が流出したりしたが、結局、肝心要の正木氏は15年11月、体調不良を理由に理事長から参議会副議長という名ばかり職に更迭、完全に失脚することとなった。かわりに原田氏が権力への執着を見せ始め、萩本氏への禅譲に傾いていったという流れである。
現在の会長任期は来年11月に切れる。池田氏のXデーを横目に見ながら次期会長の座を巡る組織内の不協和音や動揺はなお続くことだろう。ただ、誰が次期会長になろうとも間違いなく言えることがある。それは池田氏にかわり独力で巨大教団を統率できるような人物はもはや見当たらないということである。
高等教育をろくに受けていない一方で32歳の若さにして会長となった池田氏の人間的迫力を谷川氏や萩本氏に求めることは到底無理な話だ。2人とも東京大学卒で、谷川氏は三菱商事を経て、萩本氏は新卒で本部職員となった。リクルーター役を務めていたのがやはり東大卒の原田氏だった。学歴エリートの宗教官僚にカリスマ性などあるはずもない。皮肉な逆説だが、巷間囁かれるXデー後の学会分裂などあり得ない。それほどの人物はいないのだ。
■都合の悪いものは闇に
では、今後の集団指導体制は何を拠り所に組織をまとめ上げていくことができるのか。創価学会はもともと日蓮正宗の在家信徒団体だったが、1990年代に宗門と決別したため、その信仰を学会員の求心力とすることはもはやない。それにかわるものを学会が何に求めようとしているのか知ることができる格好の内部資料がある。08年6月に外資系コンサルティング会社のアクセンチュアが学会の内部組織「ビジョン会議」に宛てた提案資料がそれだ。