本篇は「賊将」に収められた
短篇となる。
賊将は6篇が連なる短篇集であるが
どれも時代設定は異なる。
いづれも
昭和30年代初期、著者が30代に
書かれたものばかりだ。
応仁の乱、賊将、将軍
そして「秘図」。
ことにこの作品が惹かれる。
主人公は江戸の影の警視総監ともいう
火付盗賊改方
徳山五兵衛秀栄
(とくのやまごへいひでいえ)とする。
実在の人物で、東京墨田区に
祀られている。
秀栄から遡り、4代前に織田家家来
となり
関ヶ原の役で徳川家康に領地を
与えられ旗本となった。
秀栄の父、重俊も影の警視総監であった。
幼少期から父の厳しい躾で
文武両道に励んだが
ある日を境に
放蕩、遊蕩の末、勘当となる。
遊色という享楽にのめった訳だが
どうもこれ以前に
育ての母、乳母の体温というのが
原体験にあったように思う。
冒頭は
大盗日本左衛門、召捕りで切り出すが
この時分の秀栄は
質実剛健、胆力大、機略充溢
いかにも豪壮、剛腕の火付盗賊改方だ。
そして、日本左衛門召捕りの記述は
心情描写はなく
淡々と事実を記すという表現である。
が、そこへ至るまでの過程が
人間味を感じるのだ。
秘図は家中の誰もが知りえない
「秘密」と自分なりに解釈する。
その「秘密」は
主人公が親元を出奔し
江戸から袋井を経て京に入り
ある人物と出会ったことで
今までの「体温」という感覚がなに
であったのか気づいたように思う。
それは黒白の判断ではなく
その中間に属するもの
それは体温を通さないとわからない。
作中、著者は主人公にこう言わせる
「喫飯、睡眠し、交わりをすることが
人間の暮らしだ」
「後のものは大同小異、畢竟はこの三慾を満たすための手段体裁に過ぎまい」
ここに題名「秘図」(秘密)を照らすと
鮮やかに、主人公の人物像が浮んで
くる。
6篇に共通するのは、人に対する
あたたかい眼差し。
生きる上で完全消化はなく
矛盾を抱えて生きていくのも
また、よしと心に残った。
よい作品集だった。
池波正太郎さんに感謝したい。
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