空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

森に風鈴は鳴る

2022-03-06 10:18:28 | 文化

「青春の挑戦」はさらに直し、以前に書いた「危機と大慈悲心」を延長した小説という形にして、推敲して、タイトルは「森に風鈴は鳴る」という小説に衣替えしました。
パブ―に電子書籍に無料で出しています。




その後、一か月が経過し、いくつかの不備が見つかり、
小説「森に風鈴は鳴る」はいくつも直しました。下記に重要な所のみ掲載します。これからも、直し、完璧を目指したいと思います。


細かい所を直したのは「大山道長」という人物の描写です。この人は強烈な個性の持ち主で、小説「危機と大慈悲心」で活躍させた人物ですが、「森に風鈴は鳴る」の完成版にまとめる時に「危機と大慈悲心」を半分に削って、完成版の最初の少年版にしたものですから、問題が起こりました。
新しい小説「森に風鈴は鳴る」では、大山道長の個性が弱くなり、登場機会も少なくなり、小説を盛り上げるのに、迫力を欠いてしまい、残念なことをしてしまったということを今、思っています。少々直しましたが、まだ満足ということではありません。

例】 亡くなった祖母は大山という男を知っていたろうか。彼は現代日本はニヒリズムに汚染されているからと言って、弱者救済のNPOに取り組んでいる。

ニヒリズムという言葉が一般化するのには、それまでの西欧のキリスト教的価値観を否定したニーチェやそれに影響されているカミュ(この方は最近のコロナの影響で、彼の書いた「ペスト」が読まれるようになったと報道されています)に発信源があるように思われているのでしょうが、今の日本に少なからず価値観の上で、薄いヴェールをかけているように思われます。
ですから、私の言うマナー倫理の崩壊の予兆を感じるようなことが起きていて、汚職、パワハラ・セクハラ・虐待・ネット中傷などに発展していると思っているわけです。金銭至上主義から来る経済格差もそうです。そういうことで、ニヒリズムは現代社会を見る上で重要ですけど、それを克服しようという動きも起きていますね。
今までにもNPOとかボランティアによる活動という善意の動きがありましたが、最近はSDGsとかドイツの哲学者マルクス・ガブリエルの「会社に倫理部をつくれ」という発言が心強いですね。
考える人は「今の人類に危機感を覚え」、どうしたら、克服できるか考えているわけです。
大山道長の尾野絵ユートピアNPO[ニヒリズム同盟]も私の小説の重要なポイントです。「平和産業」は私の小説の中心的なテーマになります。今までのようなやり方では平和は勝ちとれないのではないうかという疑問があるわけです。
ニヒリズムに対抗して、人類愛・福祉の充実・戦争の克服・地球を守るなどがテーマになるわけです。それが十分に書けているか、今後推敲する機会があるとすればそのあたりでしょう。


後編では、直したところを具体的に書きました。

【 悪夢】
「産軍共同体もあるぞ」
「彼らも人類が滅亡になれば、滅びるのだ。今やそういう人類の危機に陥っていることを悟るべきなのではないか。」

重要な所なので、下記のように直しました

「産軍共同体もあるぞ。国によっては。この力は大統領に圧力をかける存在でもあるという」
「彼らも人類が滅亡になれば、滅びるのだ。今やそういう人類の危機に陥っていることを悟るべきなのではないか。
産軍共同体が平和な商品をつくるように、あるいはつくりやすいような社会的環境を作ることが政府の政策だ。そういう政策をするように、働きかけるのが我らの平和産業だ。つまり、そういう世論ずくりのために、声を大にして叫ぶのだ。





後編の詩を直しました。【ここは「青春の挑戦」の17番に書いてあり、詩としては長すぎますので直しました】

(新しいpoem)
なにゆえに こころは 乱れ迷い 君を思う
銀河 霧深き天空の波さわぐ所
名も知れぬ巨木の幹の黒の黒き肌に
いくつもの緑の葉が糸のように天に伸びている

しなやかな枝の伸びゆく空間のあたりにすみれ色の音がして
銀河の天空もオオカミ族の亡霊に満ち、狂えり
折しも かなたの星々の野原の上は
珈琲のにおう不思議なオオカミ族の跡

名も知れぬ巨木の年輪の刻まれた太い幹に
りこうそうなリス一匹悲しき笛を持って立つ
珈琲から立ち上る白き蒸気はゆらゆらと幻となりて
そこに昔の雄々しき君ありし

春のさわやかな風が吹いているというのに、何故悪があるのか
我々は不死のいのちの海にいるのだ
山も森も川も不死のいのちの現われと聖人が言われたではないか
なのに、何故、悪があるのだろうか

花の色を見、小鳥のさえずりを聞きながら、森羅万象が真理であることを忘れ、宴会で騒ぎ立て、恐怖の武器を発達させていたオオカミ族よ、仏性そのものを見るのは自我を無にする修行が必要なのだ

虹が真実であり、幻のような夢も真実であるように、現実世界も幻のようなものでありながら、真実であり、みな不死の愛のいのちの現われだ。そのことを忘れたオオカミ族は悲しい

座禅をする。只管打座だ。あるいは瞑想。
身体と光と空気と風景は一体になる。法身の世界だ。
それすらせず、科学の繁栄した豊かさにおごり、その天の罰なのか、それは厳しかった
身体の内部はこくこくと変化しているけれども、
その見事で精緻な細胞は見事なからみあいの中で新陳代謝をおこない、生きている。
それ故にこそ、座禅の中で呼吸がいのちのシンボルとなる

そのことを忘れたオオカミ族は悲しい
銀河の天空もオオカミ族の亡霊に満ち
折しも、かなたの星々の野原の上は
珈琲の匂う不思議なオオカミ族の墓
ああ、栄光の日は過ぎ去り
幻影の亡霊となりて
あでやかに浮かび立つ悪の舞台
何ゆえにわが心かくも乱れ君を悲しむ
    

     


直す前の(古いpoem)

なにゆえに こころは 乱れ迷い 君を思う
銀河 霧深き天空の波さわぐ所
名も知れぬ巨木の幹の黒の黒き肌に
いくつもの緑の葉が糸のように天に伸びている

しなやかな枝の伸びゆく空間のあたりにすみれ色の音がして
銀河の天空もオオカミ族の亡霊に満ち、狂えり
折しも かなたの星々の野原の上は
珈琲のにおう不思議なオオカミ族の跡

名も知れぬ巨木の年輪の刻まれた太い幹に
りこうそうなリス一匹悲しき笛を持って立つ
珈琲から立ち上る白き蒸気はゆらゆらと幻となりて
そこに昔の雄々しき君ありし

春のさわやかな風が吹いているというのに、何故悪があるのか
我々は不死のいのちの海にいるのだ
山も森も川も不死のいのちの現われと聖人が言われたではないか
なのに、何故、悪だの亡霊だのがあるのだろうか

庭には、様々な形と色をした花が咲いている。
色々な形の昆虫がいる。蜜を集めに来ているようだ。
不死の愛のいのちは真理そのものだ
花も昆虫も大地も不死の愛のいのちの現われだ
オオカミ族が滅びたのは不死のいのちという霊性を見ようとしなかったからではないか

空には白い雲が流れ、鳥の鳴き声が聞こえる。
いのちの朝日と永遠の夕日の美しいこと。
あの赤と燃えるような色の混ざった神秘な色

そうだ、この世は色と形と音で埋まっている。
科学では、物に反射した光が目に入り、電気信号になり、
脳神経細胞の神経が波長の長さで色々な色を感覚とうけとめる。
そうしたクオリアは色だけでなく、形も音も同じ。

そんなありふれた説明は証明されたのだろうか

感覚器に送られた電気の波長を色と感ずるとしても、不思議なことではない
電磁波とハートをくっける魔法のノリは不死のいのちそのものだからだ。

確かに脳の電磁波がハートになるというのは大きな飛躍のように見える
オオカミ族はこの飛躍に混乱した

海も山も川もすべてのものが不死のいのちである。そのことを忘れたオオカミ族の末路は哀れだった
不死のいのちとは仏性であり、真理である。
全ての現象に、真理が現われているというのが昔の偉人が悟ったことだ。
不死のいのちがあってこそ、山や海や川などの森羅万象は現われる。
主客未分の世界、そこは一個の明珠で仏性という真理が現われている

だからこそ、ヴァイオリンの音楽はかくも燃えるのだ
音楽にあのような神秘な深みが生じるのだ。
だからこそ、花はあんなに美しいのだ。昆虫の蜜を集めるためのおびき寄せというのは理屈だ。
あの美しさは不死の愛のいのちの働きがあるからだ

花の色を見、小鳥のさえずりを聞きながら、森羅万象が真理であることを忘れ、宴会で騒ぎ立て,、恐怖の武器を発達させていた
オオカミ族よ、仏性そのものを見るのは自我を無にする修行が必要なのだ

虹が真実であり、幻のような夢も真実であるように、現実世界も幻のようなものでありながら、真実であり、みな不死の愛のいのちの現われだ。そのことを忘れたオオカミ族は悲しい

座禅をする。只管打座だ。あるいは瞑想。
身体と光と空気と風景は一体になる。法身の世界だ。
それすらせず、科学の繁栄した豊かさにおごり、武器を異常に発達させたその天の罰なのか、それは厳しかった
身体の内部はこくこくと変化しているけれども、
その見事で精緻な細胞は見事なからみあいの中で新陳代謝をおこない、生きている。
それ故にこそ、座禅の中で呼吸がいのちのシンボルとなる

そのことを忘れたオオカミ族は悲しい
銀河の天空もオオカミ族の亡霊に満ち
折しも、かなたの星々の野原の上は
珈琲の匂う不思議なオオカミ族の墓
ああ、栄光の日は過ぎ去り
幻影の亡霊となりて
あでやかに浮かび立つ悪の舞台
何ゆえにわが心かくも乱れ君を悲しむ
    
   

小説のラストの所を直しました。
「一切は神秘な虚空から創造され、そして又 虚空に戻る。この神にも匹敵する創造の働きは東洋では仏性と言われ、今も自分に働き、永遠に自分を創造していくだろう。彼はそう思った。もはや死は恐れる敵ではなかった。完」


上のラストの部分を下記のように変えました。

「一切は神秘な虚空から創造され、そして又 虚空に戻る。この神にも匹敵する創造の働きは東洋では仏性と言われ、今も自分に働き、永遠に自分を創造していくだろう。優紀は全てのものは不死のいのちが現われたものであるとお釈迦様の言われらたことに納得した。それ故、彼自身にも生と死があるが、優紀の本当の自己は不生不滅であると思った。確かに、彼はそう思ったのだが、はたして松尾優紀自身は本当にそのことを知ったのだろうか。


【完】

青春の挑戦 22 (小説)

2022-02-06 13:55:23 | 文化



22
雨もやみ、宇宙人も去った。松尾優紀は車に乗り込んだあと、しばらく銀色の目をしたヒトは本物の宇宙人なのか、という不安にさいなまされたあと、ふと、今晩の通夜にAIロボット律子を連れて行こうと思った。彼は車で、会社に寄り、彼女を連れ出した。松尾は黒の喪服を着ていたけれど、彼女はベージュのスプリングコートだ。      それでも、良いと彼は思った。人の死を学習させるのに良い機会ではないかと思った。彼女は小さな箱を持っていた。
「その箱は何だい」
「インコのロボットよ」
「何だ。そんな玩具を持って」
彼はアリサ夫人の家にいたインコを思い出した。あれは素晴らしい生き物だったという思いが浮かんだ。
「先ほど、船岡常務が来て、『これを松尾さんに渡してくれ』と言われたの。」
「船岡常務が。何でそんな玩具みたいなものを。本物のインコのほうがいいじゃないか。」
「電気が入ると、本物と間違えるほどの、可愛らしさなんですって。それに、かなりの言葉を喋るだけでなく、平和の歌を歌うの、その歌の音質が素晴らしく良く、街角でやれば、人が必ず振り向いて耳を傾けるというの。」
松尾は森のそばで、車を止めると、彼女は箱を開けて中を見せた。
緑のインコがいる。彼女が後ろの電源を押すと、軽い動きをする。
それは生きているという感じだ。
しばらく見ていると、インコは生き生きとして、「今日は」と言う。
凄いと松尾は思った。人間では人間に近いアンドロイドが出来ているが、インコはロボットの需要がないのだ。本物の方がいいに決まっているという先入観があるのかもしれない。
松尾もそう思っていたから、インコは高級な玩具程度のものしか、ないと思っていた。

「インコのロボットで、何をしろということだろう」
「あとで、電話すると言っていたわ」
「どちらにしても、今晩はこれから大事なことがある。お通夜だ。しまいたまえ」
松尾は言うと、AIロボット律子は手さげを出して、箱をしまい、車は発車した。
通夜や葬式を見せ、人の死というものを教えたい気持ちがあったので、ためしにということもあって、律子を連れてきたのだけれど、その途中で、インコを見せられるとは。
葬式が終わってから、見せてくれればよいのにと、思ったが、彼女も人間ではないのだ。
そう思った途端に、松尾の頭にインコを商品にしろという意味なのかもしれないということが頭にひらめいた。どちらにしても、人間でないものを使わないと、平和を訴えられない世間の状況にちょっとしたいらだちを感じた。同時に、生きているようなインコの存在に何か深い意味があるのではと思った。
しばらくの間、沈黙したまま、松尾は運転した。
「うん。この原発の事故、恐ろしいと思うよ。まず、事故の規模が大きい」
「でも、チェルノブイリほどではないでしょ」
「確かにね。でも日本はソ連と違って、国土が狭く人口が多い。
まず、この事故は日本人の健康破壊を促進させる。この不安は社会不安をひきおこす」
「でも、それは一時的なことでしょ」
「それは違うよ。君は放射能の恐ろしさを過小評価しているよ。放射能は人間のDNAを傷つけ、ガンを引き起こすのだ。日本にある原発をとめて、自然エネルギーに切り替えなければならないだろうな。」
「あら、そんなことしたら、日本の電力は大丈夫かしら。あたしはそこまでしなくてもと思っているわ、もっと楽観的に事態をうけとめたいわ。人生は楽観的に生きた方がいいと誰かが言っていたと思うけど」
原発に関して、何でこんなに意見が違うのだろうか。やはり、AIロボットだ、平和産業の教育がどこか間違っているのだろう。もっと早く、冷静に議論し、正しい知識を持たせるように努力すべきだったのかもしれないと彼は思った。
沈黙が支配した。
雨の音が聞こえる。
「又、降り出したね。やんだり、降ったり  変な天気だ」

車になぐりつけるような雨足。夜の中に車のライトが光る。それらの印象はちょっと幻想的にも見えるが、外は意外と厳しい。なにしろ放射能の本降りだからな。松尾優紀はそんな風に思った。
 しばらくして堀川邸についた。雨に身体をふれないようにすることは意外と努力が必要だった。
 通夜は始まっていた。しかし、恐ろしい雨のためか名士である堀川のものとしては出足が悪かった。
松尾優紀とAIロボット律子はお焼香をして、控えに行った。そこに大山と彼の経営するNPOのメンバーがいた。皆 互いにうなずきあった。アリサ夫人も挨拶に来た。
アリサ夫人はこんな雨の中をまことに申し訳ないと一人一人に近づき、丁寧に挨拶をしていた。
「お父さん、もう奈尾市は天国でなくなったね」
誰かの子供がそう言っている。
確かにその通りだと松尾優紀は困惑した表情をしながら思った。つい、この間まで奈尾市は日本で最も公害のない住みやすい町だった。それが今は下からも上からも汚染が進む。下からは地下水を通って、IC工場のトリクロロエチレンの汚染が 上からは空に放射能が雨や風にのってやってくる。
以前の奈尾市はいたる所に地下水が噴き出ていて、それが飲める町だった。
奈尾市だけでなく、尾野絵市もこのあたり一帯はそうだった。それがZスカル‐ラのIC工場からのトリクロロエチレンがいつの間に こちらの地下の川まで流れ、今は上から放射能が来るというわけだ。天国が地獄に変化するようものではないか、人の心が仏界から地獄界まであるというのは聞いた話だが、地獄が顔を出すとは。
 

 翌日、昨日の雨は嘘のように美しい晴天になった。これまでのことは全て夢だったのだ。新しい希望に満ちた、素晴らしい未来が又 始まるのだというふうに人を思わす、すがすがしい朝であった。
 しかし、この日は堀川の葬式になっていた。昨日と比べてはるかに人が集まった。このあたりで活躍していた弁護士の葬式だけはあるという感じだった。
庭の桜の木が三分咲きになっていた。
 最後の別れ。堀川は一人、死出の旅路に急ぐ。人は誰でも死なねばならぬという当り前の事実を松尾は考えていた。
 人の一生とは何であろうか。丁度、舟にのって川を下るようなものではないか。舟というのは人間の肉体のようなものと考える。人生というのはこの肉体という舟に乗って、しばらくの旅をするようなものではないか。一切はこの舟のからくりの中でおきる。人も同じ。肉体が死によって消滅すればこのからくりも終わる。心というのは舟の中で見た景色のようなもの。舟に乗っている『我』というのは本来、無我であって、舟にのって初めて、自分というものを意識する。
 人は死ぬ。そして又、次の舟に乗らなければならぬ。
 アリサ夫人は静かに泣いていた。そして沈痛な顔をしたアリサの父。兄の堀川春介が葬式の挨拶をしていた。弟の堀川善介よりも背が高く、そして赤ら顔で陽性の顔付きをした兄も厳粛な顔をしていた。
松尾は葬式の間、死の意味について考えると同時に、船岡常務から言われたイタリア行きについても考えていた。伊方浜の原発の責任者ということで、Zスカル―ラ工業から何人か来ていた。
 この放射能汚染が奈尾市や尾野絵だけでなく、広島地方一帯に深刻な影響を与えることは目に見えている。しかし、全てが後の祭りだ。もはや、放射能はばらまかれたのだ。
「今日は良い天気になったね」
大山は松尾に近づいて来て、そう言った。その時、棺が家から運び出されて来た。沈黙がちだった見送りの群衆が一瞬、ざわめいた。
 AIロボット紀美子が号泣した。やはり服装は通夜の時と同じだ。喪服は平和産業に用意していなかったのだ。
その場でいた人で、ロボットと気づいた人はいないようだと、松尾は思った。彼女は感情をもったのだろうかと錯覚するほどだ。人の死に直面したようなこういう場面で泣くのがいいということを彼女は知っていることは確かなことだ。
それにしても、あまりにも真にせまる泣き方に驚いた。
「可愛そうに!」誰かがそうつぶやいた。
「本当に」
中野静子が相槌を打った。松尾は静子を見た。喪服姿の静子は清楚な雰囲気を漂わせていた。
 霊柩車の背後の庭には、大輪の薔薇がいくつも咲いていた。



平和産業の平和ビジネスが海外に出たのは、そういう意味の意見が親会社のルミカーム工業の船岡取締役から出されたからだ。
小さな支店がヴェニスに作られ、田島と改良されたロボット菩薩が先に行っていた。温暖化そして核兵器をなくすというスローガンに相応しい場所としてそこが選ばれたのだろう。これで、松尾のヴェネチア物語と映像詩が完成され、世界に発信され、観光客の中で再びロボット菩薩と田島と自分の三人で「核兵器をなくそう」と叫んでみれば、ニュース性もあり、株式会社ルミカーム工業のロボット技術をヨーロっパに宣伝できるという判断で、船岡取締役の後押しがあったと思われる。
ロボット「インコ」の商品の使い方も船岡は松尾に電話で教えた。インコは既にヴェニスの支社に商品として「五百羽」送ったから、ロボット菩薩とセールスする時、その鳥も売ってほしいと。聞いているだろうが、本物そっくりで平和の歌を歌う、細かい指示はみな田島君に言ってあるから、聞いてくれという話だった。
       
ブルーのジャケットというラフな服装をした松尾優紀は飛行機に乗って自分の席につくと様々な思いが起こった。その中で長く心を占領したものに法華経にある火宅のたとえをめぐる思索があった。大きな屋敷の中で戯れている子供、これこそ衆生としての人間である。そして周りに火事が起こる。この火事から子供達を救うために仏はなんとかしてこの屋敷の外に連れ出そうとする。確か、そんな物語だった。

現代日本では、安全神話を信じ、経済の繁栄に夢中になっていて、周囲の自然破壊、原発の増加、気象異変に気づかずにいたということがあったのではないか。
玩具に夢中になっている法華経の中の子供達のようなものではなかったか。 そして原発の事故が追いうちをかけ、放射能が風や雨と一緒に奈尾市や尾野絵市まで運ばれてくる。 あのような恐ろしい破局が来る前に打つべき手がなかったのであろうか。彼はそう自問自答した。『地下水の汚染』や『原発』を防ぐような場合には多くの人の力の応援が必要なこともある。ともかくも もう少し早く気づき尾野絵市の外で展開されていた大火を消す方法があったのではないか。
 彼はそんな風にとりとめのない考えに耽っていた。法華経は火炎に包まれた屋敷の外に出ることを勧める。


この火炎が煩悩の火を意味するならばこの屋敷の外とは煩悩の外、つまり解脱と悟りを意味する。『地下水の汚染』や『原発事故』』を引き起こしているものが人間の進歩への幻想から起きているとするならば、この単純な便利さと進歩への信頼 スピード、生産能率こうしたものを信じるということこそ、人間の煩悩の総和、火炎の象徴ではないか。我々の多くがこの火炎の外に出て、もっと平和な悟りの中に入るようになっていれば地下水の汚染も原発の事故もおきなかったのではないか。
火炎の外に出れば、つまり煩悩の外に出れば、核兵器の軍縮もできるのではないか。火炎の外に出れば、そこは浄土である。全世界はというべきか、全宇宙は一個の明珠だと言ったのは道元だが、無と無限の両方を含む虚空のような珠という宇宙の中で幻のように森羅万象が現われてくる。その大自然の中で、人は戦争や原発事故など愚かなことを幾度すれば、この一個の透明な水晶のような世界はにごりのない美しい平和な花園になるのであろうか。
 松尾優紀はアリサ夫人の言葉を思い出し、ジェット機の中で、堀川善介の日記のコピーを広げた。その間に中野静子とアリサ夫人の手紙が入っていた。彼は微笑して封を切った。彼は最初に、中野静子の手紙を見た。
「今日は。松尾優紀さんはヴェニスで、核兵器反対と温暖化阻止ののろしをあげるのですね。そういう平和産業のお仕事で行くのですから、のんびりとゴンドラに乗ってあるいはサンマルコ広場で観光ということではないことはよく承知しています。人類の危機ということは、私には分かっております。
それに取り組む平和産業で、あたしもその一員になれたのですから、影ながら応援していますね。お仕事が軌道に乗るまでは、お帰りにならないでしょう。
今ですから言いますけど、もしかしたらあたし 貴方が好きだったのかもしれないと空想しますのよ。あなたにとって、大切な方の葬式から数ケ月しか立っていないのにこんなことを手紙に書くなんて。

でもこの思いは貴方にお会いした始めの頃から抱いていた感情でした。でも、あなたの心はどこか別の方を向いているように思われたのです。

今はもしかしたら今の「あなたは」あなたの持っていらっしゃるインコの中に、
秘密があるかもしれませんね。何しろ、インコの外見は本物と変わらないというのですから、それに、平和の歌までプロ並みに、歌うとか、人に訴えるミニ演説までするのでしょう。それは魅力的なインコなんでしょうね。

あなたはいずれ日本にお帰りになるのですから、どこか別の方向に向いているあなたの心をあたしの方に向けさせるのに、やはり私の方から愛の告白をしなければならないと思ったのです。
しばらくのお別れですね。お仕事、うまくいくことを祈っています」
松尾は静子の手紙を丁寧にたたむと、頭にヴァイオリンを弾く静子の凛々しい姿が浮かんだ。それから、堀川(島村)アリサの手紙を広げた。
『松尾優紀さん。これをお読みになっているのはおそらく飛行機の中ではないかと想像しています。雲海を見て、しばらく下界のことを忘れるのも楽しいかもしれませんね。あまりにも嫌なことが昨近、続きましたからね。でも、イタリアに行くなんて うらやましいですわ。あなたの物語にあるように、美しい踊り子に夢中にならないように。
 なんともいえない、貴方の羨ましい境遇にあたしが嫉妬しているのかもしれません。地上のこと、奈尾市のことを貴方に思い出させようとしているのですから。
 
 お別れですね。さようなら。貴方は尾野絵に帰っていらっしゃるのかしら。私にはなぜか貴方がもう永久に帰ってこないような錯覚に苦しめられて困っております。何故だか分からないのですが、あまりにも今の日本の現状はひどすぎますからね。人々は飲水の不安を抱かねばならないし、雨に濡れないように気をつかわねばなりませんもの。
 あたしの子供の頃の奈尾市はそれはそれは天国といっても良いような 懐かしい思い出で埋まっているのですよ。自然に溢れたこの奈尾の町。なつかしい奈尾市。それも今はありません。どうしてこんなことになってしまったのかしら。悲しいわ。
 あら、ごめんなさい。愚痴ばかり言って。
このあと、ぜひ堀川の日記を見てやって下さい。あの人の無念の気持ちを友達として察していただければと願わざるを得ません。
 それではさようなら。お元気で。万感の思いをこのペンに託して。
神仏のお守りが人類の上にありますように』


 松尾優紀の目に涙がたまった。その涙の向こうに、水の都ベネチアが見えた。そこでエル・グレコの描いたマリアとアリサ夫人の顔が重なった。スペインの画家は彼の頭の中でベネチアの町と重なった。グレコはアリサ夫人を描いたのではなかったか。永遠のアリサ夫人を描いたのかもしれないと彼は思った。その永遠なるものに自分はずうっと心を引かれていた。ベネチアに憧れている自分の心の中の深い感情はアリサ夫人に魅了されているものと同一なのではないか。ともかくも自分はベネチアという永遠のアリサ夫人にあと数時間後に会えるのだと思った。そう思うと熱い感動が心を揺さぶった。そして彼は堀川の日記のコピーに目を通した。堀川の男っぽい、しかも達筆で少し、崩した字が白い用紙に並べられていた。松尾は静かにその字面を追っていった。平凡な記録の中におやと思わす文章にぶつかり、彼はそこを何度も読んだ。
 『 三月十日   今日の調査は収穫があった。やはりZスカル―ラはうそをついている。うそでなければ無意識にそういう言動をしいられているとでもいおうか。内部告発した職員の自殺、そしてZスカル―ラの原発の事故これらはみな底の所でつながっている。さて、視点は違うが人類は生き残れるか。原発は原爆と底でつながり、その核兵器は今も発射寸前の実戦配備についている。その数は何千発という恐ろしさである。不幸にも広島、長崎で放射能の恐怖を経験してしまった日本こそ、核のない世界、脱原発をめざす世界のイニシアチブを取るのにふさわしい国なのではないか。それには、アメリカと話し合い、中国と文化と平和の交流をし、核なき世界について徹底して話し合うべきである。十四億の人達が隣に住んでいるのだ。漢字も漢詩も仏教もその隣から来たのに、不幸にも今は政治的ににらみ合っている。長い歴史を考えると、やはり両国の友情を大切にしようと思ってしまう』

不思議なことに、これを読んだあと、彼の心にヴァイオリンをひく中野静子の姿が浮かんだ。彼女のヴァイオリンの音色は耳に焼き付いていた。どこまでも、天界に自分を引っ張るように彼女の手が自分の手に触り、彼女の顔はグレコのマリアとは少し違って、東洋の観音菩薩のように深い旋律に満ちているではないか。松尾は静子に対して、初めて静かに恋慕の情を感じた。思春期のアリサに感じたあの激しい恋の感情が徐々に燃え上がるのをじっと彼は感じていた。

 松尾優紀はスチュワーデスの美しい声に促されて、ふと見るとアラスカのマッキンリー山が眼下に見えた。それは不思議な気持ちだった。自分は孫悟空にでもなって宇宙遊泳でもしているように思えた。


 一切は神秘な虚空から創造され、そして又 虚空に戻る。この神にも匹敵する創造の働きは東洋では仏性と言われ、今も自分に働き、永遠に自分を創造していくだろう。彼はそう思った。もはや死は恐れる敵ではなかった。

【完】




アマゾンより「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」を電子出版

[久里山不識 ]

これで、「青春の挑戦」という小説は終わりです。高齢と体調も考え、このブログは しばらくお休みしたいと思いますが、何か軽いエッセイのようなものが書けたら、突然、掲載するかもしれません。今まで、読んでいただいた方には感謝いたします。


それから、今日のブログの最後に、掲載したナターシャ・グジーさんの歌にあるドニエプルはドニエプル川を指していると思うのですが、私は二十代の頃、このドニエプル川をバスで渡ったことがあります。
この旅行はロシア文学の好きな友人に誘われて、行ったのですが、今でも橋を渡る時の雄大で美しい川をありありと覚えています。両岸には修道院などの歴史的建造物があったようです。
例えて言えば、北海道の雄大さと京都の古都の風格を合わせている所に、大河が流れているという感じでした。ウクライナとロシアは当時、同じ国でしたから、今のように、戦争寸前の雰囲気を見ていると、悲しいです。早く平和な状態に戻してほしいと思っています。
ロシアの大統領が言っているように「本格的な戦争になれば、勝者はいない」と言って、核戦争の恐ろしさを匂わしています。それは、日本にとっても、深刻な問題で、周囲に核兵器のない状態にするには、話し合いしかないと思います。核均衡論で平和を保つというのは、理屈では分かりますが。それでは、軍拡競争になり、いつか破局がくるでしょう。
それは、ともかく、国を守ろう、平和がいいという気持ちはみな同じです。【これは日露戦争や太平洋戦争前と基本的に違います】
我々は戦争をしてはいけないということを学習したのです。日本人どおしで、口喧嘩しても、意味がありません。平和にしたい、子供達のためにも、平和な日本にしたいということでは、みんな同じなのですから。
まず、平和という意味においても、憲法九条を守ることにより、日本が平和の話し合いの指導権を握って、説得力を持つ立場にたち、話し合いのテーブルに付かなくては思うのです。
平和の話し合いの強い指導権を握るにはどうするかについては、色々あると思います。
それも、議論や話し合いです。
今度のロシアとウクライナの問題でも、若いフランス大統領の活躍が期待されているようですね。日本も若い人がもっと積極的に話し合い、憲法九条を守る意味について考えを深めていくことが必要だと、私は思います。










青春の挑戦 21 (小説)(悪夢)

2022-01-27 19:58:29 | 文化


21 悪夢

ある夜のこと、松尾優紀は悪夢を見た。松尾は何故か、改良型のロボット菩薩に変身していて、町を歩き、困った人はいないか探していた。
彼の前を塞ぐように地上の広場に円盤状の形をしたUFOが着陸していた。その周囲にテーブルと椅子を出し、十人ほどのあの丸い銀色に光る目をした宇宙人が酒でも飲んでいい気持ちになっているようだ。一人の宇宙人が松尾の前に立ち、「おい、松尾。原発事故が起きたぞ。」と金属的な声で言った。「お前たちがやったのだろう」と松尾が言った。「事故だよ。先ほど地震が起きたろ。それで、やられたのだ」と宇宙人は答えた。
松尾は町を見た。町は放射能にやられ、廃墟となっていた。色とりどりの薔薇だけが燃えるように美しく、町を取り囲んでいるのが異様に思えるほど、沢山の壊れたビルと荒れた人家の中は、人がいない。ゴーストタウンになってしまったのだ。よろよろと、歩く傷ついた人達がいる。
川をめがけて歩いているようだ。
「これは、原発なのか。何か異様だ。人々が傷つき、水を求めて川の方に行く」
「ふん。事故の規模が大きかったので、町全体がやられてしまったのだ」と宇宙人が言う。
町のあちこちの建物が破壊され、中に死体が見えるではないか。
周囲は草ぼうぼうで、あちこちに大きなゴミや小さなゴミが無数に散らかっている。沢山のカラスだけが飛び立ち、カーカー鳴くのさえ、何か不気味である。壊れた自転車が真っ黒になり、道端に転がり、草の中にはテレビだの椅子だのがころがっている。病院らしい建物には屋根が吹っ飛び、窓ガラスはこなごなになり、医療器具が散乱している。「これは。原発事故ではなく、原爆ではないのか」とロボット菩薩に変身した松尾は言う。
宇宙人は「いや、原発事故だ」と言う。
ある大きな鉄筋の建物の前にくると、その白い建物は殆ど傷がなく、少々赤茶けている。
「ほら、その建物が証明しているだろ、中には人はいないけどな」と宇宙人は原発事故だと言いはる。
工場にも人はいない。無人の市役所。放射能で枯れた水田、茶畑、黄色くなった広場には犬と猫の死体。水色に澄んでいた筈の川も黄色くにごり、道路のあちこちに死んだ人間が横たわっている。廃墟となった町は放射性廃棄物のたまり場になったのだろうか。
時々、よろよろと歩き回る男が「放射能だ。放射能にやられた」と叫ぶ。
松尾は声をかけた。「小父さん、逃げ遅れたのか。困ったな。大丈夫か。ここの地帯は放射能が地表から高さ一センチで、毎時十マイクロシーべルトなのだ。僕が安全な所まで案内するよ」と声をかける。
「安全な所など、ある筈がない。」と男は言う。
よれよれのブルーの汚れた背広を着た男は顔を真っ青にして、さらに言う。「ピカドンが落ちたのだ。ここは地獄になってしまった」
宇宙人が首を振り、遮るように言った。
「原子力発電所ではメルトダウンが起き、水素爆発が起き、この町はホットスポットになってしまった。セシウム137は三十年、ストロンチウム90が二十九年、そしてプルトニウム239は二万四千年たって、ようやく放射線を出す能力が半分に減る。この間、市民は放射線を浴び、自分の細胞のDNAを傷つけ、ガンになるのです。セシウムは土壌を汚染しています。」
男が言った。「あれは原爆だ。放射線の凄さと言い、熱の凄さと言い、衝撃波の凄さといい、俺が今生きているのが奇跡のようだ」
髪も服装も乱れ、片方の傷だらけの乳房が丸出しになった女が言った。「原発だって、爆発すりゃ、広島原爆を無茶苦茶上回る放射性物質がまきちらされると聞くよ」
銀色の目をした宇宙人が言った。「失敗つづきで、一兆円もの損失を出している「もんじゅ」の様な高速増殖炉で再処理してプルトニウムを取り出す以外の使用済み核燃料は各原発の燃料貯蔵プールに一時的に保管されているが、大地震が来て激しい揺れが地層で生じれば、放射能はあちらこちらに放出される。ヒトの細胞は放射能に傷つけられ、様々な病気になり、苦しむのだ。」

菩薩ロボットになった松尾は言った。「この町の井戸も水道水も放射能にやられて、飲み水がない。食物もみんなやられてしまった。
今に町は、熊や狼がやってきて、彼らの住処にしようと思うけれど、彼らも放射能の毒素に目をみはり、ロボットだけが悠々と歩く町になってしまう。この町は本来、神仏の聖地だった。空気も地下水も緑も無限に美しかった。

この町はやすらかさと、静けさと、美、優しさに包まれ、生命の喜びが小川のせせらぎのように響く所だったのだ。それが竜巻のように空に舞い上がった放射能は、この町を嵐の時の黒雲のように襲い、土砂降りのように降りかかった。人の目には見えなかったが、雨に猛毒がまじっていた。」

道端に転がったラジオから、「臨時ニュースを申し上げます。人間のDNAを傷つけ、細胞のガン化を進めるという放射性廃棄物の問題は随分取り上げてきたと思います。人類は放射性廃棄物をどうやって、安全に処理したら良いのかという技術を知りません。汚染水は海を汚し、地下水を汚しています。原子炉を廃炉にするのには数十年とかかるのです。
それに今は地震で電源が使えなくなり、冷却水を循環させることができなくなって、燃料棒がある炉心全体が,高熱で溶け落ちるメルトダウンが起き、被覆管のジルコニウムが高温になって水素ガスを発生し下部の水と反応し、水素爆発が起き、既に広島型原爆の百倍のセシウム137が飛び出しました。これからも水素爆発の可能性があります。今や美しい自然に恵まれたこの町も放射能によって廃墟になりました。」


松尾優紀は目を覚ました。全て夢だった。あの美しい町があんな廃墟になる筈はないと思ったが、広島や長崎に落ちた原爆もチェルノブイリも現実に起きた恐ろしいことだったのだ。沢山の人達が苦しんで死んで行ったのだ。

 株の暴落を告げるアナウンサーの声を聞きながら、松尾優紀は今晩、行かねばならぬ堀川の通夜のことを考えた。外は雨だ。この雨に大量の放射能があることが警告されている。なるべくなら、外出は控えた方が良いとアナウンサーが言っていた。
 しかし、昨日 届いた堀川の遺体は明日、火葬にされる。このお別れの儀式に行かないわけにはいかない。通夜や葬式の段取りは堀川の兄と大山が協力してやった。 

松尾は車を走らせた。

その時、小雨の降っている、どんよりした空から、銀色に輝く円盤が音もなく動いていく。松尾優紀は宇宙人だと思っていると、彼が車を止める何の動作もしていないのに、車は静かに止まった。不思議なことで、彼は誰かが邪魔している不安を感じた。
車の横に、公園がある。誰もいない。こんもりと樹木が茂った公園だ。
その樹木の間にある空間に、円盤は宙に浮いたままで、しばらくすると、そのまま、円盤の横から階段がつくられていった。
そして、あの薄緑色の肌をした銀色の目のヒトが下りてきた。
「おー、久しぶりだな。松尾優紀君。雨はやんだようだな。話すのに、ちょうど良い」
「この事故は君達の仕業か」と松尾は車から出て、雨のやんでいることを確認して、立った。雨にまじる放射能の心配はないようだと、彼は頭の隅で、そう思った。
「あの、レベルの地震で、あんな事故が起きる筈がないと、思っていたけど、やはり君達の仕業か」
「結構な地震だぜ。震度六強だ。原発は地震による事故と人為的ミスによって、爆発したのだよ」」
「あの程度の地震に耐えられるようには出来ているはずだ。あの建物があんな爆発するわけがない」
「それが思わぬ事故というものよ。交通事故だって、そうじゃないか。思わぬ意表をついた事故が起きる。
現に、震度六強だ。
これをどう見るかは君達の課題だな」
「何で、僕の前に現れたのだ。」
「君達の平和アピールが意味のないことだと思うからよ。成り行きまかせにすればいいことだ。
自然のままがいいんだ。君達は無理に不可能なことを叫んでいる。それが気の毒でね。我々は善人だから、そういう無駄な努力をしている人々には警告するのよ」
「警告だって?」
「だいたい、株式会社というのは利益を追求する団体だろう。平和は商品になるのかね。君達は何を売っているのだ。
無駄な事をやっているから、誰の心にも響かぬ。誰も立ち上がらぬ」
「そんなことはない。クリスマスだって、本来はイエス・キリストの誕生を祝うものだったが、今の日本ではそういうことよりも日本と西欧の文化の交流の象徴として、商品も売れている。
平和もそうだ。誰でも最初は株式会社と関係がないと思うが、平和でなければ、多くの株式会社の商品が売れなくなるか、場合によっては滅びるのさ。
今の社会は株式会社が大きな力を持つ、多くの人がそこで働く、だからこそ、この働く人達の生活を守るためにも平和が必要なのだ。
余裕のある株式会社こそ、平和ののろしをあげる、それが平和産業の理想だ。
過去の戦争の多くは政治家のリーダーが引き起こしている。今、彼らが戦争を絶対にしないような行動をとってくれるならば、平和産業の出番はなくなる。でも、それは良いことだ。しかし、残念ながら、これから百年後の将来を考えた場合、すべてを政治家にまかせて平和になるかというと、疑問になる。何故なら。世界の強国では、軍拡が進んでいるし、ミサイル、核兵器の発達はすさまじいからだ。そこで、我々 平和産業は声を大にして、核兵器を世界中からなくそうと叫ぶのだ。そして核兵器に使った莫大な金を福祉にまわそうと、主張するのだ。そうすれば、世界中の貧しい子供達を救えるではないか」

「産軍共同体もあるぞ」
「彼らも人類が滅亡になれば、滅びるのだ。今やそういう人類の危機に陥っていることを悟るべきなのではないか。それを声に出して叫ぶのだ。
ロボットで大手のルミカーム工業の応援を受けての平和産業なのだから、吹けば飛ぶような存在ではない。くどいがもう一度、言う。核兵器を世界からなくせば、その莫大な金を福祉に回せる。そうすれば、人類の格差問題も解決する方向に向かう。そう考えれば、この夢のような主張もやらないよりは、やった方が良いと誰もが思うだろう。今や、人類は争いをやめて、平和のために努力しなければ、人類の平和は勝ちとれない時代に進みつつあることを知るべきだ」
松尾優紀はそう言いながら、この連中は本当に宇宙人なのだろうかという疑問がふと湧いた。彼の親会社がロボット制作をやっていて、平和産業にアンドロイドロボットがいることも関係しているが、目の前にいて宇宙人を自称する人達がもしかしたら、どこかの勢力が派遣した兵器AIロボットということもあるのではないかという疑問がふつふと湧いてきたのは自分でも奇妙な感じがした。
宇宙人が去った時、不思議と雨もやんでいた。

その夜、彼は詩を書いた。

この世を浄土にするのも、悪夢にするのも人の手
街角も森も海も人の目に映る
あるようでないようで在る
宇宙のいのちの働きがあらゆる存在をつくる

飲めるおいしい水が湧き出る町
尾野絵市というそれは夢のように美しい町
人の心も澄んでいた。
郊外には小川が流れ、森には沢山の野の花がある

空から降る雨も美しい雨だった。
傘をささずとも、気持ちの良い雨に濡れるのを神の恵みとする人もいた。

りすもうさぎも鹿もこの自然を楽しんでいた。
しかし、ある日のこと、突然のように、放射能という奇怪なものが
この町に振りそそいだ。
人の営みの中で、この原発事故は悲惨なものだった
地震と人の怠惰が原因だった。

ああ、悲しみと苦痛が民衆を襲った。
人が地獄をつくる
かって浄土だった土地を地獄にする
子供たちはどうなる

この大地に、かってと同じ清流と昆虫と花々が復活する日は来るのか
さあれ、空華の美の街角は病んだ
人々も病んだ 大自然の浄化が始まるのに、長い歳月がかかるだろう

【つづく】

【 久里山不識のコメント  】
1この物語の原発事故はこの間、申し上げましたように、私が三十年前に自費出版をした小説をモデルにしています。過去に書いた現代小説には出てこない、宇宙人を登場させたのは私が宇宙人を信じているからではありません。そうではなく、事故を引き起こすのが地震と津波が一番怖いというのは今度の不幸で悲惨な福島の事故で証明されてしまったわけですが、それだけではない、他にもあるのではないかという物語の上での想像から登場させたわけです。つまり、現代を描くのに適当という象徴的意味と物語性を出すのに良いと判断したわけです。そのように、読者の皆様が理解していただければ、私にとっては物語のなかに宇宙人を登場させた意味があったということになるかと思います。

2 この「青春の挑戦」という小説は この次で終わりになると思います。ラストなので、ちょっと丁寧に書きたい所があります。それで、掲載を来週は休みにして、二週間後にする可能性があります。その時は、よろしくお願いします。                 
 
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青春の挑戦 20 (小説)

2022-01-19 20:20:18 | 文化




20
松尾優紀はソファーに座り、テレビの前に釘づけになった。原発事故の状況は中野静子から電話で聞いた印象より悪かった。

ただ、不思議なことに、震度六強で、こんな事故がおきる筈がないように設計されているはずだ。大きな津波もおきていない、それに、その事故の直後に、銀色の円盤が原発の屋根の方から、宙に行き、去ったことを目撃した者が三人もいたのだ。

原発の敷地にいた二十五名ほどの人間が爆発と放射能で確実に死んだようだ。そして放射能の漏れによる汚染が伊方浜市一帯で心配される状況にあり、伊方浜
の周辺にあたる広い地域にも時間と共に悪い影響が及ぼされる恐れが出てきているようだった。
 死者の名は十二時のニュースになって明らかにされた。堀川善介という名前を見付けた時、松尾優紀はある衝撃を受けた。
 原発敷地内にいた堀川氏が死んだという思いは松尾にめまいを引き起こした。めまいが直ると目に涙が浮かんだ。原発事故で死んだことが一層 悲劇の主人公であるという感じを深くした。原発の職員の自殺の原因などを解明するために伊方浜の原発に足を運んでいた堀川が哀れであった。松尾の頭の中で堀川の姿があるイメージとなって浮かんだ。丁度、キャンプファイアーのようにたきぎが空高く積まれてそのたきぎの上に堀川の死体が置かれている。そして石油が浴びせられ、聖火台に火がともされるかのようにたきぎに火がつき、そしてそれは恐ろしい火炎に変わる。魔王のように激しくダンスする姿の火の舌。その舌に嘗められ、溶け、そして気体に変わっていく堀川の肉体。そして突如、号音と同時に、火炎に包まれたたきぎは崩れ、その中から放射能の渦が吐き出される。

 松尾優紀は昼食を取ると、堀川邸に行った。堀川邸はごったがえしていた。多くの知人、縁者が集まり、一階にあるフロアーのテレビの前のソフアーに座っていた。彼の知らない顔も沢山、混じっていた。NPO法人ニヒリズム克服同盟を最近名前を「ユートピア 」に変えた大山道長が松尾の姿を見ると立ち上がって近づいてきた。大山は濃いサングラスをかけていて、松尾は何故か、そのサングラスが好みでなかった。
「これは宇宙人のしわざかもしれぬ。人間のミスあるいは事故のようにみせかけているが。」
と大山は言った。奇人という感じの大山の言うことだから、と思ってみたが、松尾の頭には二つの原発事故のことが頭に浮かんだ。スリーマイル島とチェルノブイリの原発事故だ。
この二つの事故のことが、まるで動画のように松尾の頭を横切った。
「大変なことが起きましたね」
松尾はそう言った。
「うん。奥さんがかなりショックを受けて閉じこもっている」
大山はそう言った。
「どこに?」
「うん、中野静子さんと一緒に二階の部屋に閉じこもっている」
中野静子のイメージが鮮やかに、頭に浮かんだ。森のポエムに満ちたような彼女がヴァイオリンを弾く姿は松尾の目に焼き付いている。

 松尾優紀は大山の指差した二階に通じる階段を見た。
「君なら大丈夫だろう。行ってみな」と大山は言った。
彼は階段を上がり、夫人の部屋をノックした。最初、中から声はしなかった。
「松尾優紀です」
彼はそう言ってノックした。
「はい」
夫人の声がした。
しばらくすると、ドアが開けられた。涙を流したせいであろうか、幾分 目頭を赤くして髪も乱れていた。後ろに中野静子がいたのには目を見張った。
又いとこの話は知っていたが、これほどのコミ二ケーションの仲であることを知らなかった。

「どうぞ、お入り下さい」とアリサ夫人が言った。
その広い部屋は家族団欒の部屋という感じがした。
「この度は大変なことが起きて、お悔み申し上げます」
テーブルの前の椅子に堀川の父が厳粛な顔をして座り込んでいた。
松尾は堀川の父の前に立って、同じようなお悔みの言葉を言った。
「生死はみ仏の御いのちなりです。死は誰にも来るものですが、事故は人間のミスなのか、宇宙人の仕業なのか分からなくなっている。この宇宙には今の科学では分からない未知の次元があって、そこから来た宇宙人かもしれない。もしかしたら、彼らの警告ということもありうる。」
松尾優紀は大山から言われた時は気にしなかったが、堀川の父まで言うので少々驚いた。宇宙人の噂はそこまで広がっているのか。

堀川の父は唇をかみしめて言った。目には涙が溢れていた。「原発の事故だなんて、もう日本もおしまいだな」
「本当に僕もどう考えて良いやら、頭が混乱していて」
「ええ、あたしも同じですわ」とアリサ夫人が言った。彼女はこの災難を乗り切るためか、緊張した雰囲気を漂わせていた。「伊方浜に行くのは無理かしら?」
「原発の事故ですよ、放射能の汚染がひどい所に行ったら、あなたまでやられてしまうじゃないか。そういうことを良く考えて、もう少し様子をみなさい」
 堀川の父の語気は強かったせいか、細い目に赤みがかった頬が白髪の額縁に包まれたようだった。
「お父さんのおっしゃる通りだと思います。今、現地に行くのは危険でしょう。もう少し、様子を見るべきです」
松尾もそう言った。
「そう、やはり無理なのね。確かに、その通りだわ。相手は放射能ですものね。静子さん。ヴァイオリン持ってきてくださったわね。弾いて下さらない。」
「はい。何を」
「何でもいいのよ。あなたの好きな曲を」
彼女は黒のスーツを着ていた。箱から、ヴァイオリンを出すと、それを胸にあて、弾きだした。悲しみの中に浄化された悲しみの音色が美しい音の波となって、松尾の耳にも入ってきた。その時、松尾が強く感じたのは、詩人としての自由闊達な彼女ではなく、静かな天界の人のような顔つきをする彼女の顔だった。
彼女のヴァイオリンを弾く姿を見るのはこの間の町の広場でのと、二度目だったことを思い出した。詩人としての彼女の顔には明るいものがあって、どこかに茶目っ気があり、まだ子供のような心をのぞかせて、可愛いいという気持ちは持っても、アリサに対する初恋の火だねを胸の中にかかえている松尾にはそれ以上に進まなかった。それがヴァイオリンを弾きだすと、途端に芸術の世界に入り、静子の魂は数段 飛躍して天界へのぼってしまい、そこで松尾に問いかけているようにも思えた。彼は胸に熱いものを感じるのだった。アリサは静かに聞いていた。


 松尾優紀はソ連のチェルノブイリの事故を思い出した。今だに、ヨーロッパ全域にわたって食品汚染の問題が深刻だと聞いている。今回の伊方浜の事故の規模はあんなに大きなものではないにしても、いずれ時間と共に風とともに、広島県一帯の空と大地を放射能で汚染することはありうることではなかろうか。
松尾は広島の原爆資料館で見た原爆の様子を思い出した。これほどの悲劇に襲われた多くの人達のことを思うと同時に、「長崎の鐘」という映画も思い出した。研究室で、白血病にかかった医師が自分の寿命はあと三年だと妻に、告げて、病院に出勤したその日、原爆が落とされたのだ。医師は自分の深い傷にもかかわらず多くの人を助けた。家に帰ると、家はがれきの山となり、妻は骨となっていた。そのショックと深い悲しみの歌も思い出した。それで、松尾は胸が締め付けられるような思いがした。


 尾野絵市や奈尾市に住む人達にとっても、すぐに人命に影響を受けることはないにしても、長い目で見ればガンの多発とかという形で健康破壊がすすむことは確実だろう。
もう遅い。彼はそう思った。
「奈尾市が住めなくなったら、おしまいだな」 堀川の父が小声でそう言った。
「住めなくなるということはないと思います。ただなんらかの放射能汚染に悩まされることになるかもしれません」
「このあたり一帯もいずれ子供には住めなくなる。子供が可哀想だ。子供のいる家は移住だな」
息子を失った悲しみに急に老人になったような堀川の父があきらめきったような口調でそう言った。
「はい、そうなる可能性はありますね。放射能は人間の細胞にあるDNAを傷つけますから。特に子供は」と松尾は言って、言葉に詰まった。
「こわいですね」 アリサがそう言った。
 松尾はしばらくみんなの話を聞いていた。そして彼等を慰めたあと、階下のフロアーにおりて行った。大山の所に行こうと思ったが、大山は隣の紳士となにやら、真剣な表情で話をしている。どうしょうかと思って、佇みながらテレビの方を見ていると大山の声がした。
「松尾さん」

その時、柱にくくりつけられていた鳥かごにいるインコが「松尾さん」と言った。
松尾は緑の羽をしたインコの愛嬌のある顔を見て、微笑した、それから大山のまなざしを見た。その時、大山はサングラスをはずして、素顔を見せていた。口ひげをはやしているが、以前のいかつさは消え、意外と思われるほど童顔ぽい顔になっている。
大山は立ち上がって近付いてきた。
松尾は頷いて、大山のまなざしを見た。大山は耳元に囁くように言った。
「堀川君の兄さんが来ておられる」
そういう風に言われて、紳士を見ると、帽子をかぶったその紳士は堀川善介にどこか似ている。弟よりは太っているし、老けた感じがするが、目のあたりがそっくりだ。
「紹介する」
「はい」
二人はその紳士に近づいた。大山とのやりとりがあったあと、紳士は立ちあがり、松尾に挨拶をして、名刺を差し出した。
松尾は挨拶をしたあと、その名刺を見た。
名刺には大会社の営業部長の肩書きの元に堀川春介と書かれてあった。
「弟さんとは、親しかったので、こんなことになって大変なショックを受けました」
「死ぬことは運命としてあきらめますが、アリサが可哀そうですね。原因が原発の事故となりますとね、複雑な気持ちです」
松尾はアリサが気の毒だという兄の愛の言葉を聞いて、はっとした。
自分ははたしてこの兄ほど、アリサの気持ちを察していただろうか。
堀川の原発による死はショックであったが、それ以上の深い悲しみに沈んでいる彼女の心を推察することはしなかったのではないか、そういう自分が何故か不思議であった。

「原発の悪を糾明しようとしていた堀川弁護士の志が無駄にならないように祈るばかりです」
三人はソフアーに座り、当面の情勢判断の意見交換と今後の対応の仕方について打ち合わせをした。
 話が途絶えると、テレビを見た。
あちこちのソファーではひそひそ話をしたり、テレビを見ていたり、落ち着かないままにうろうろしている者、まるで病院のロビーのような雰囲気だった。
 夜になると、ロビーにいる人達の夕食を注文することが知らされたが、彼は夕食を家でとるということにして取り敢えず、自宅に戻った。
外は満月と降るような星の夜だった。満月と星だけは放射能の不安にもかかわらず、美しかった。自然はこのように美しいのに、人間はその自然を汚すことばかりやっているではないか。科学とはいったい何だと、松尾は思わざるを得なかった。


 松尾優紀は夕食の最中にかかってきた島村アリサ夫人との電話でも、原発の事故の状況と善介の死が話題になった。
その後のテレビの報道はより詳しくなったが、伊方浜市の状況の深刻さは同じだった。
 翌朝、ニュースで株の暴落が始まったことが告げられた。午前中テレビの前で過ごした彼は事態が原発の大事故をきっかけにして株の暴落を予感させ、日本経済を揺さぶる可能性を感じ取った。

お釈迦様の発見された縁起の法は今の科学でも言われている。全ては関連しているのだと松尾優紀は思った。生態系の中でも、全てがつながっている。
虎のような美しく逞しい生物が危機にあるということは、人類の危機でもあるのだという認識が必要なのだ。
海や川そして森という日本の美しい自然をこわしていく鈍感さはやがてIC工場によるトリリクロロエチレンの地下水汚染や原発の大事故につながる。そしてやがて日本経済の落下にもつながっていくのだと思った。もっと早い時期に手を打っておけばこんなことにならなかったのにと松尾優紀は考えた。
 しかし、既に遅い。原発の事故による死者は発電所の内部にいた者に限られている。堀川はたまたま調査に行っていて亡くなった。
この放射能は徐々に松尾の住む尾野絵市にまで押し寄せてくる。いや、もう放射能によって汚染されているかもしれない。
 松尾が座禅の修行に行った寺のある奈尾市は地下水も汚染され、空も汚され、いずれ大地も放射能によって汚されていくに違いない。もはや天界の町というキャッチフレーズは通用しないのだ。
 ことに地下水のように目に見えない形で人間の命の元である水を汚されてしまうことに我々は鈍感になりやすい。しかし、そうなる前に既に車の排気ガスによって空気を汚され、騒音によって静寂を奪われ、事故によって時には生命を奪われるという風に目に見える形の公害も数多くあった。

(つづく)


[ 久里山不識 ]
小説は創作された物語です。それを新聞記事のように読む人がまれにいるようです。今回、宇宙人を登場させましたけど、作者がそれを信じているから、出したのではありません。この物語の中に、登場させれば 話が興味深くなるだろうということと、何かの象徴的な意味に使っているだけです。
それを新聞記事のように読んで、作者が宇宙人を信じているなどという考えを持つ人がまれにいるようです。それは違いますよと念のために書いておきます。
(宇宙人を信じる、信じないは個人の自由だと思います。)

【この音楽は 十五分ぐらいかかります 。時間のある方はどうぞ 】



青春の挑戦 19 (小説)

2022-01-12 16:26:34 | 文化


19
銀色のドローンは町の空中を滑走路のようにして、とまっている。市民の多くは広場のはじにある花壇の方に退き、驚きの表情でドローンと平和産業の人達のやり方を見守っていた。

「真実。何だ。それは。我々は具体的に大地を美しくする人を尊敬する善人だ。
我々の惑星のヒトは皆、善人だから特別にうやまう人などいない。
自分が善人であれば、良いではないか」というドローンからの声があった。
「ふむ。本当に善人なのか」
「お前達が地球に何をしてきたというのだ。絶滅危惧種の問題もある。あの強い虎ですら、かって十万頭もいたのに、もう三千頭しかいないというではないか。次々と生き物が滅びようとしているではないか。南極の氷が溶け、温暖化は進み、核兵器は長崎と広島に落とされた。そして軍拡が進んでいる。このまま行けば、百年後ぐらいまでの間に、つまり近い将来、人類が滅びる危機に直面することを知るべきだ。」


周囲にいた人達は彼らの会話を驚きの表情で聞いていた。
中に、背の高い中年の男が立ち、「そうだ。平和産業は無駄なことをやっている。
核兵器をなくせだと。それ以上に現実の世界を見ろ。中国や北朝鮮を見ろ。
日本は傍観して、滅びるのを待っていろというのか。平和産業のようなエネルギーがあるなら、ミサイルでも作った方がいいのではないか」

もう一人の小柄な若い男は 鋭い調子で激しく言った。
「それは間違っている。ミサイルを作って、何をしようというのか。相手の基地を攻撃しても、全てを破壊できるならば、理屈は通る。しかし、相手が地下に隠していたミサイルで反撃してきた場合、それを全て撃ち落とせるのか。不可能だろうな。これは全面戦争になり、日本の都市や原発がやられるだろう。
第一、このドローンは宇宙人かどうか怪しいな。誰かのいたずらではないか。核兵器をなくそうという涙ぐましい訴えをつぶそうという勢力はいるものだ。
そいつらの派遣したドローンだろう。」
その途端に、銀色のドローンは「あばよ」と言って、去った。
こちらがミサイルをつくれば、向こうもさらに強力な武器をということで、軍拡競争が始まり、この理屈も結局、全面戦争につながると松尾は思った。
群衆は集まって、あちこちでささやくように、時には議論している風景がみられた。
このドローンについて、あれこれ先ほどの男達のような意見が交換されていたのだろう。中野静子が再びヴァイオリンを弾いた。胸の中にしみていくような情熱と希望はあるという祈りの弦の響きは市民の顔に喜びを引き起こしたかのように、彼らの目は静かに釘付けになった。
われるような拍手だった。
AIロボット紀美子も静子の横に立っていた。
「その方は人間なのでしょうね。最近は人間に似たアンドロイド がいるからな」と、
中肉中背の初老の男が言った。
「アンドロイドロボットですよ。核兵器が全世界から、なくなれば、莫大な金が浮くし、その金を福祉にまわせば、今のような経済格差はなくなる。さらに人類は月世界、火星へと、良い未来を築けるではありませんか」と、松尾は言った。
「そのアンドロイドさんと人間の違いはどんな所にあるのかね。トイレに行かないとか、疲れないとかあるよね」と、口ひげと顎ひげのある中年のがっちりした男が言った。
そうすると、普段は無口な田島がたどたどしく話すのだった。「そのアンドロイドは同じものをつくれるということでしょう。
人間は一万人いれば、みんな微笑も違う。人間は細い弱そうな人でも、タフだったり、外見は筋肉隆々とした人でも、ひどく繊細な人がいたりと、一万人いれば一万人の体質の違いがある。悲しみや苦しみや喜びも人それぞれだ。そして性格と外見の違いを入れると、恐ろしく複雑な人間集団が生まれるのです。
そこへ行くと、アンドロイドロボットはいくら優秀でも、似たようなものしかつくれない。だからこそ、アンドロイドには人まねの芸術は出来ても、人間のような独創的な芸術は出来ない。人間こそ、真の芸術をつくることが出来る」
背の高い松尾は緊張したせいか、すこし赤みがかった顔付きで、情熱をこめて語るのだった。
「それから、人間は無位の真人になれる。ロボットはどうかな。そう、座禅をしてね、本当の自分が分かれば、全世界は一個の明珠を知る。そうすれば、社会が皆にとっていい方向に進める、一時的にマイナスになる人には生活保障をするとね。」
正弘がつぶやく。「座禅して、本当の自分に目覚めるという意味が分からない?」
松尾は素早く答えた「そう、あせっては、そういうこともありうる。まず、あせらず、ただ座る、そして呼吸に気持ちを集中する。座禅は本物の自己を知るチャンスさ。仏性について、いくら喋ってもイメージだけだとね。やはり君達の心の中に、本物の美しいいのちはある、ということだろうね。臨済録で言われている「無位の真人」に気がつく必要があるということだろう。それには、頭の中のお喋りをしずめることだと思う」

ブルーのコートを着た五十代の叔母さんが言った。「そんな呑気なことを言っていると、宇宙人にやられてしまうわよ。平和産業は宇宙人の敵にされてしまうわ」
「宇宙人?」と、松尾は言って、驚いたように、その市民を見た。
それから、松尾優紀は寒牡丹の方に、一瞬、視線を向けてからゆっくりした調子で言った。
「そう、脱原発から、核兵器を全ての国から廃止する。そこに、世界の市民が目覚めることが、今、大切なのでは」

「何しろマグネシウムは海水にあるからね。マグネシウムと水素おまけに、水資源も確保できるのじゃないかしら。マグネシウムや水素は燃料として可能な状態にすれば、脱原発の象徴になる可能性があるのではないかな。」と田島が言った。

哲夫 はAIロボット紀美子のそばに立っていた。「で、どうして、この話は広がらないのかな」
松尾優紀が言った。「これは、なかなか、難しい問題がからんでくるからじゃないかな。社会の構造がマグネシウム社会を受け入れる状態になっているかだよ。例えば、水素は水から、とれるから、簡単なようでも、あれを自動車のエネルギーにしようとしたら、日本のあちこちに水素のインフラをつくらなきゃ駄目でしょう。」
美恵が口を出した。「政府の援助が必要ということでしょう。」
松尾は頷いた。「そういうこと」
ロボット紀美子は無表情で言った。「政府の人も本当の自分に目覚めることが必要なのよね。」
ふと気がつくと、広場のはじにある一本の梅の木にいるメジロが鳴いていた。
松尾はスズメより小さく緑の羽を持ち、黒い目のまわりが白いメジロが好きだった。そのメジロが力強くさえずっているのを聞いて、何か勇気が湧くのだった。
 松尾優紀は自宅に帰ると、ウネチア物語の続きを書き始めていた。
オオカミ族の叙事詩のような詩の中にも出ていたように、オオカミ族が滅びた原因は武器の異常な発達であるが、その前に原発の事故があったということが想定されている。
松尾の後の回想によれば、これを書いていたのは1996年頃で、まだ福島の事故は経験していなかったので、彼の頭の中にあったのはスリーマイル島の事故やチェルノブィリである。ウネチア物語の核心の所はイタリアのヴェニスの町にあるので、いずれ行ってみたいという気持ちはあっても、それは今は無理。空想で書くしかない。


書き始めた時には、イタリアのヴェニスに行ったことがないのに、行った時のヴェニスの町の様子を頭に描いた。こういうことは彼は得意である。サンマルコ広場は広く美しいし、その周囲には寺院や美術館の建築の芸術品が集まっている。

そしてゴンドラに乗り、古い建物と建物の間の路地のように入り組んだ水路を行くと、向こうに湖のような海があって、対岸に壮麗な由緒ありそうな古典美を誇る建物が見える。

そして、ゴンドラが町の中を滑るように行く時のそよ風の心地よさも想像した。歴史的にも由緒ある古い建物も、この水の中に浮かぶと、不思議と生き物のように思えるのだった。

そんな妄想に浸っていた土曜日の朝、電話がかかってきた。
「はい。どなたかな?」
松尾の耳の奥の方に中野静子のかすれた声が響いた。
「松尾さん?」と言う静子の声を聞くと、耳に彼女の弾くヴァイオリンの弦の響きが宇宙からの声のように、聞こえたのは不思議だった。
「ええ」
松尾は静子からの電話に戸惑いを感じながらも、ある種の喜びと緊張に包まれていた。
「もしもし、松尾優紀ですが」
「ああ、松尾さん。大変なことが起きましたのよ。御存知ですか」
松尾はその時、地震のことを言っているのかなと思った。彼の住んでいるマンションは地震に強いということがセールポイントで、住んでいたわけだから、この朝の程度の地震なら、大丈夫と思い、時計を見ると、まだ夜明け前の五時頃だったこともあり、また寝てしまった。なにしろ、昨夜は創作で夜中の一時まで、頑張ってしまっていたので、朝のその時刻では地震より、眠さの方が勝ってしまったようだ。
「伊方浜の原子力発電所で大事故が起きましたのよ」
「本当ですか?」 松尾は思いがけないことを言われてびっくりした。
「そんなに大きな地震でしたか」
「津波がなかったのは不幸中の幸いでしたけど。
こちらは震度五弱ですみましたけど、現地は震度六強ですから大変です」
「原発の事故は?」
「ニュースによるとかなりの規模ですわ。そして伊方浜地域周辺の住民八百所帯に避難命令が出たとか報道しておりますわ」
「なんともいいようがありませんが、震度六強となると、その程度には大丈夫なようには設計されている筈なんだと思いますが」
「そうなんですか」
「死者は出ているのですか」
「原発の敷地の中にいた人が何人か死んだみたいです。ニュースではその程度しか報道されていません」
「堀川さんのことが気になりますね」
「ええ、アリサさんのことも心配です」
「ともかく、次のニユースを聞いて状況把握をしてみます」
「はい、それでは又」
「さようなら」
電話は切れた。彼は応接間の方に回って、テレビのスイッチを押した。

それがまた、事故にまつわるものとしては、奇妙な目撃談を生むことになったようだ。原発に、火がのぼった後に、円盤のようなものが宙に浮かんでいたというのである。ただ、これを目撃したのは 爆発がおきて、放射能が外にまきちらされていた時だった。 それに、朝早いということで、三人の証言かあるのみだった。
三人の円盤目撃情報も報道されたが、確かな事実としてでなく、最初の報道では言わなかったようだ。原発の上空に円盤のようなものが宙に浮いていたというのである。
電話での中野静子の話を思い出すと、原子力発電所の方に調査に行っている堀川弁護士のことが脳裏に浮かんだ。

ニュースの後にも、臨時の番組が組まれ、伊方浜の原発事故の様子をやっていた。
地震によって、誘発されたような事故のようで、チェルノブイリやスリーマイル島を思い出させるような人為的ミスも重なったような事故のように報道されていた。
チェルノブイリもスリーマイル島の事故も大自然の驚異、地震と津波などなく、機器の故障と人為的ミスが主な原因で、その後、学者によって深く研究・学習され、日本では怖いのは地震と津波だけとなっていたが、地震に慣れっこの日本ではそれすらも恐れるに足らぬ技術力を誇っていたのはやはり傲慢のそしりを受けざるを得なかったのか、やはり想定外の恐ろしいことが起こるものだ。

原発の事故で、放射能がばらまかれるとなると、松尾優紀はどうしても広島の原爆による十万の死を思い出してしまうのだ。
アインシュタインは自分がE=MC2という偉大な式を発見したことが、人類の脅かす核兵器を生み出すことになることに反対した。そんなことを思い出すと、松尾は悲しみと鬱の状態になるのだった。それでも、道元のいう仏性を思い出して、人間は仏性に足場を置く限り、良い方向に舵をきる、良い方向に目を向ける。人類は釈迦によって、一度仏性という霊性に目覚めたではないか。
この困難を乗り切れない筈があろうかと思うのだった。

【つづく】


【コメント】
この小説は私が三十年前に自費出版した脱原発の小説「いのちの花園」に書かれた原発事故をモデルにしていますので、あくまでも、創作上のもので、悲惨で不幸な福島の事故のことは書かれていません。