空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

満月

2023-10-19 16:05:22 | 芸術




満月
大理石風の白いカフェーの裏手の入り組んだ石畳の路地には、小さな清流が流れ、そこにひそむ古いレンガ色の三階の
マンションの上に一人の若い映像作家がいた。
透明な水ところころと響く水音に歩く者は思わず立ち止まる。春と秋にはバラが、梅雨には菖蒲とアジサイが豪華に咲く
窓から見る風景は都会には珍しい程の緑と花にあふれた広い公園がある。
四方を取り巻くように、ベンチが十個ぐらいある。
朝日と夕日と満月は自然の恵みとして、この公園にも顔を出す
マンションの三階の窓から、顔を出すのは一人で暮らす若い英彦。
コロナが襲った。
その時はもう自宅療養の時に移っていた。
英彦はベッドに横になりながら、外の風景を見るのが好きだった。
猫がいつものように、歩いて彼の方を振り向く
自分が貧しく弱く、消えていく存在のように思えた。

しかし、彼が見ているのは、黄金のような美しい花
緑あふれた雄大な大木の太い枝が空に伸びている。。
みな生き生きと生きている。

向こうに赤い壁の三階建ての家があった。
公園をはさんで、三階の窓から顔を出す三十に近い娘がいた。
英彦が元気な時に、公園のベンチで映像について話したことがある。
考えがひどく似ているので、驚いたことがある。
彼がダウンして、ベッドに横になり、その窓から、公園と向こうの彼女の家を見ている。
彼はスマートフォンを取り出して、詩を書いた。

満月の光に照らされて、
私は真理といういのちに漂うのだ
真理といういのちの海の中で
永遠のいのちの海は光にあふれ
どこかの美しい街角のようでもあり、
そこのカフェーで飲む濃いコーヒーのようでもあり、
本当は名前なんかないカミのようなあなた
あなたは目に見えないので、
私は森の中で彷徨うように
小鳥を見つけては喜ぶのだ

おお 春よ
ガーベラとデルフィニウムが咲いているではないか
まるで恋人のように寄り添い
森の中で出会う青い鳥と黄色い小鳥のように
出会って愛の光が飛び散るその時に
きっと、あなたは幻のように浮かぶに違いない
春が来たのだ
あなたのいのちが大地の隅々へと染み渡る
やがて緑の絨毯の上に
ちらちらと桜の白い花が散っていく
来年又会おうというかのように
あなたは旅立っていく
そして天空に天の川があなたの足跡であるかのように、
虹があなたのほほ笑みのように
小鳥の声があなたの存在を告げる妖精のように

ああ、それなのに
遠くの国で戦火の音が聞こえる
我らは真理の大海の中にいるのに
何故、武器を持って戦い
悲惨な血を流すのか
死に行く人の苦しみと残る人の悲しみを考えるがいい
我らは生きる喜びを知るために
生まれてきたのではないか
死のための武器を握れとは

ああ、それゆえに、我は一人立つ
あなたという真理のほほ笑みに憧れて
悲しみがあろうとも、苦しみがあろうとも、
それを包み込むカミのようなあなたに出会う日まで
そんなことのない平和な町を知るために
我は一人立つ
あなたといういのちの核心を見詰めて
悲しみがあろうとも、苦しみがあろうとも
それを包み込む光と知恵に満ちたあなたに出会う今の今を求めて
そこに永遠のあなたがおられるのだから
そのことを知り、私は一人立つ」

彼女は両親と祖母と暮らしているらしく、二階の窓は母親が朝、あけて、洗濯物を取り入れる時に閉める
玄関は公園と反対側の道に向いているなど、行き帰りには顔を合わすことがない。
顔を見るのは、夜の七時頃、帰ってきて、彼女が三階の窓を開ける時だが百メートル近く離れているので、互いに微笑するのみだ。。
英彦はある日、スマートフォンを出して、
「お元気?コロナにかかってしまって、自宅療養中だよ。でも、もう治りかけだと思うけどね」とメールをした。
「あら、心配ね」
それから、彼女は夜の夕食を帰りに持ってくることがあった
「お医者さんは何て言っているの」
「寝て、薬を飲んでいれば、あと五日で治る」
それで、コロナの話を少々したあと、マスクをした彼女は部屋を出ていった。

ある日のこと、彼女がメールを書いて、スマートフォンで送ってきた。
「この間のあなたの詩、とても良かったわ。そして、考えさせられたわ。あなたの言う通り、大自然は神仏の現われよ。あたしもあなたも、樹木も猫もみんな仲間よ、小さな木の葉だって、昆虫だって、蝶々だって、鳩だって、スズメだって、みんな神仏の現われで、仲間だということがようやく分かってきたわ」    【poem 久里山不識 】





【杜甫の詩】

秋風はげしく空は澄み、サルの鳴き声が悲しく響きわたる
岸辺の水は清らかに砂は白く、水鳥が飛びまわっている。
はてしなく広がる木々の葉が、風にサワサワと散り落ち
尽きることのない長江の水は、コンコンと次々に流れ去る
故郷を遠くはなれた悲しい秋に、わたしはいつも旅人の境遇
一生を病いに苦しみつつ、ただひとり高台に登るのだ。
苦労をかさねて白くなったビンの毛が、なんともうらめしい。
病み衰えたわたしは、近ごろ酒杯を傾けることもやめてしまった。【佐藤 保氏訳 ]







里山をたたえる

2023-10-13 19:38:28 | 芸術




おお、私とユリの花は兄弟だ
自然の中で咲く花と私
私は愛する里山の神秘の瞳と唇を
里山と花は神仏の現われだ。


薔薇よ、深紅の色に潜む宇宙の謎
ユリよ、雪のような白さは乙女の姿
里山の中で、大自然の詩句を歌っている
人も生き物も神仏の現われだ。

風がそよぎ、緑の梢は揺れる
オオルリの歌が青空に響く
自然の中で生き物は、不滅の生を生きている。
風の音も鳥の声もいのちの声だ


この里山の風景 魂に触れる
薔薇と百合の花は永遠のいのちの調べ
詩人の祈りは神仏に届く、誠実な歌声だ
花も昆虫も人も全ては神仏の現われだ


それで、何故、戦争がある
神仏の現われという真理を忘れ、我執のとりこになるからだ
魔はそこを狙う
おお、里山の花よ、人を目覚めさせよ


やがて、大自然の中、人は愛を見つける
薔薇とユリの花がいのちの秘密を教える
里山の詩、感動する魂は震えている
いのちの声は愛と永遠を教えてくれる  【poem 久里山不識 】




【 WALDEN 】

ときどき、夏の朝など、いつものように水浴をすませたあと、日の出から昼まで、松やヒッコリーやウルシに囲まれ、乱されることのない孤独と静寂のなかで、ぼくは陽当たりのいい戸口にすわり、物思いにふけっていた。
周囲では鳥がうたったり、音もなく家を飛びぬけていった。そうして西側の窓にさしこんでくる夕日や、遠くの街道を行く旅人の馬車の音で、時の流れに気づくのだった。そういう時間にぼくは夜のあいだにトウモロコシのように成長し、どんな手仕事をするよりもずっといい時を過ごした。それはぼくの生活のなかから、引き出された時間ではなく、ふつうぼくに与えられる以上のものだったのだ。瞑想とか仕事の放棄ということで、東洋の人々が何をいおうとしているのかを悟った。
だいたいいつまでも、ぼくは時がすぎてゆくのを気にとめていなかった。
まるでぼくの仕事に光を当てるかのように一日がたっていった。さっきまで、朝だったのに、それがどうだ、もう夕方だ。
記憶に残しておくようなことは何も果たせなかった。鳥のようにうたうかわりに、ぼくは自分の絶え間ない幸福に静かにほほえみかけていた。ドアの前のヒッコリーにとまってスズメがさえずるように、ぼくはスズメがぼくの巣のなかから、聞こえてくるのを耳にするかもしれないくすくす笑いや、かみ殺したようなさえずりを身につけていた。
                                       【ヘンリー・D・ソロー     真崎義博訳 】






大自然と街角

2023-10-09 12:58:07 | 芸術




大自然と街角


ああ、この音色。悲しくせつない天の声のようだ。
どこかに、美しい森があるようだ。
小川が流れ、そこで、青い鳥が鳴いているようだ。僕の猫もないている。
ああ、何という神秘に満ちた自然美だ。
そう、君と僕は大自然と共に神仏の現れだ。
太陽が昇り、やがて夕暮れがやってくる。
夜には月がのぼる。そして、月日がたつと、満月なんて、美しい花を咲かせる
窓からは花がそよ風に揺れ、君の呼び声がする。
黄色いふさふさしたドレスを着た淑女の君がニャーと奇妙な声を出す
ああ、僕はとどまり、再びこの神秘な音色に耳を傾ける。
おお、何という美しさに満ちた君の黒い瞳
ここはどこだ、道に迷ったようだ
すると、さっきとは違う音色の呼び声が聞こえる
花園があったではないか。

おおここは春。
丘の緑の見える平原の中に、朝もやが立ちこめ、緑の大地の何という美しさ
どこまでも、続く並木の向こうに古い町が見える
おお、ここは何という伝統に満ちた家々が
そして、取り囲む緑の野
どこからか、聞こえるピアノの音

悲しみに似た中に小川の音が鳴る
そして、君の声がにやーっとかすかに響く
ここはどこだ
不思議な声だ  天の声か
猫が素敵なドレスを着ている。ああ、黒い瞳を持つそなたのしなやかな姿
ああ、何という美しい生き物だ
美しくも悲しくもその中に小さな喜びが隠されている
おお、緑の緩やかな大平原に月が浮かぶ


大平原に様々な花、小鳥、生き物がいる
向こうに、小さな街角が見えるではないか
何やら、嬉しげな ざわめきの音が聞こえる

お祭りなのか
それでも、僕の心は天を見る
大空に疾駆する鷹の姿は悠々と、姿を現しているではないか
夜になると、天の川が見える

昼間は太陽の光が緑の木立を照らし、その中に並ぶ 古びた美しい家々
そして何という美しい路地
ここに全てがあるではないか
黄色いドレスを着た、美しい黒い瞳の君はどこに行った?

中央に黄金の屋根をつけた古い石造りの建物
周囲を取り巻く緑の平原
沢山の小さな家々もある、そこに人々の生活が息づいている


おお、大地は生きているではないか
ここはどこですか。 先ほどの猫が僕に「にやー」と呼び掛ける
僕らは、仲間だ。  一緒に生きる仲間だ。
僕と君は大自然と共に神仏の現われだ。【全ての人も生き物もそうだ】
まるで、緑の絨毯のような野原
そして黄金の屋根をつけた 白壁の家で
君と休むとしよう


【久里山不識】
この詩には私の最近得た人生観【道元とスピノザの影響があるかもしれません】を入れたつもりです。それから、これは私の空想による詩です。私の先祖[江戸末期、商人から旗本になった ]の漢詩人の遺伝子も関係しているかもしれません。
もう一つの私のブログFC2 「猫のさまよう宝塔の道」のタイトルにありますように、私は昔から猫が大好きです。見るだけなら、
虎【 イギリスの詩人ブレイクの詩に、歌われていますね】も好きです。