空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

青春の挑戦 8

2021-05-29 09:58:27 | 文化

8
「平和セールスですって。何です?それは。」
「これはできれば新聞社の方も協力してもらいたいと思うから言うのですけど、世界平和の問題は我々現代人にとって今、緊急な課題ですね。」
「そりやそうですよ。毎朝新聞でも平和の問題は何度も取り組んでいますがね。」
ここまで話した時、彼らは警視庁の入り口を出て青空と自動車の往来を見たのだった。新聞記者は急に足をとめて言った。
「どうです?ちょと喫茶店にでも。おごりますから。」
松尾が同意すると新聞記者はうれしそうに微笑して言った。
「警視庁の中に喫茶店があるの御存じですか。そこへ行きましよう。」
彼らは再びもどり、さきほど来た廊下とは別の方向へ歩いてしゃれた感じのする店を見つけた。制服を着た警察官が大部分であったが、私服の人も何人かいた。
松尾は警視庁の中にこんなしようしゃな美しい店があることにびつくりした。それに、花壇のある中庭が見えるではないか。花壇の向こう側に広場があり、その向こうにレンガ風の壁をした本庁舎がある。
優紀には、又、 ある考えが浮かんだ。
そうだ、 ここで平和セールスができるかもしれないということだった。新聞記者は、林原芳郎と書かれた名刺を松尾と田島の前に出した。ロボット 菩薩は松尾と田島の間に黙って、立っていた。
頭のスイッチを切られているので、さきほどから黙ったままなので、大きなおもちゃのロポ ットのようにも見える。警察官の視線が時々、 ロポットにあびせらられ る。 林原は注文したコーヒーが来ると話し始めた。
「さきほどの平和セールスの話 ですけど、 よくわからな いんだが、 あなたのとこの会社が平和について、何か行動をおこすとでもいうのですか?」
「そうです。 そのとおりです。 わが社は平和を世界に訴えることが、 わが社の発展につながると考えたわけです。」
「ほお、 それで平和セールスは具体的にどんな風にやるんです?」
「色々ありますよ。ネット中傷を解決の方向に向けるとか。映像詩で広島の原爆を見てもらう。ロボットが街頭で、世界の核兵器廃止を訴えるとか、私達が中学校や警視庁で行ったことをさらに広げるとか、まあいずれ、テレビやネットにもね。」
「ほお!また随分変わったことをやりますな。 企業は、 もうからないことはやらんでしょうから、 その平和セールスはいずれ採算にのるとお考えなんですな。」
「金だけの問題ではないのですよ。核兵器を全世界からとり払えば、莫大な金が浮きますね。
それを福祉に回せば、消費も活発になり、人類全体が格差のない豊かな生活をおくれますよね。そうなりゃ、向こうに見える広場には何か事があれば、おまわりさんが集合するのでしょうが、それも必要なくなる日が来る、それこそ、本物の平和ではありませんか

「そうですか。それでわかった。 ロボット君の言 った陰謀の意味が。会社の中に、 そういう平和セールスに反対する有力な人がいるんでしよう。 その人が広川取締役をおとしいれたと。」
松尾は林原が新聞記者として、 この問題、平和セールスに関心を持ってくれることがうれしかった。 マ スコミで広川取締役の立場が弁護されれば、船岡工場長の推進する平和へのメッセージがいい意味で広がるし、セールスもやりやすくなる。
だが田島は会社内部の陰謀の話に触れるようになると、不愉快な顔をするのだった。
「会社としては、 勝手な推測してもらいたくないですね。」
田島は、 大変事務的な調子でそう言った。 林原は、 ちょっと微笑して田島の顔を見たが、田島の言葉には反応しないで言った。 「今度の広川取締役の逮捕は、 単に個人的な横領事件とは思っていませんでしたが、 やつばり会社内部の力関係が何かあったのですな。」 「新聞に書くんですか?」
松尾は聞いた。
「いや、もう少し事実を確かめませんと週刊誌にも書けませんよ。ところで、 あなたの平和セールスは順調ですか。」
「まだ、始めたばかりですから。 できたら、 今、 この喫茶室でやりますから、 新聞の記事にしてもらえませんか。」
松尾は平和セールスを新聞記事にしてもらえば、 これからの自分の仕事がやりやすくなると考えた。
「ここでやる?ほお、どきようありますな。まわりは警察官ばかりですよ。第一こんな所で、どんな風にやるつもりなんですか。」
彼らの座っている所はカフェーの外側の椅子の並んだ場所だ。さんさんと降り注ぐ太陽が気持ちよく、何で小鳥でもさえずらないのかと緑の公園を錯覚させる効果を持っているようだった。
「まあ、見ていて下さい。」
松尾はそう言うと立ちあがって、ボーイなどが集まっている所に行き、 マスターを呼んでもらった。三十才前後の中肉中背の男が出てきて「何ですか?」と聞いた。松尾は名刺とパンフレット「ロボットと平和」を渡し、ここで簡単なセールスをしたい旨述べた。 マスターは、「平和セールス」とつぶやき不思議そうな顔をしたが、ルミカーム工業という一流会社名のはいった名刺を見ると、意外に簡単にオッケーした。
「でも、こんな所までセールスに来る方は珍しいですな。」
マスターはそう言って、皮肉な微笑を浮かべた。松尾はロポット君達の所に引き返すと、カバンからパンフレっトを取り出した。。
表紙に「ロボットと平和」と書かれたパンフレットは、 一見、まるで関係のなさそうな単語が無理に結びつけられている感じがした。松尾は、そのパンフレットを警察官達がすわっている机の上に置くように菩薩に指図した。パンフレットをテーブルの上に置いて、よろしくと言って歩きまわる ロポッ トを警察官達はけげんそうに見るのだった。
「誰も本物のロポットかどうか迷うんじゃないですか。 」
林原はそう言って微笑した。菩薩は、もとの位置にもどると演説し始めた。
「みなさん、お休みの所、大変失礼します。私はルミカーム工業のロボットです。世界でも最新鋭のロボットだそうです。私は歩くことと簡単な会話ができます。準備さえすれば高度な演説もできます。 近い将来、みなさんのような警察のお仕事を手伝う日も来ると思います。特にピストルなど武器を持った犯人をつかまえる時、私のような不死身のロボットは役に立っと思いませんか。みなさん方の中にはそんなロボットがたくさんできたら、警察官が失業するなどと御心配なさる人もあるでしようけど、そんな御心配は無用です。 ロボットはあくまでロボットです。命令されたことしかやりません。自主的に判断したり創造したりする能力はありません。ところで、みなさん 、今日は。ルミカーム工業が平和をうったえ にまい りました。警察官の方は、平和という言葉を聞くとすぐにデモと結びつけてこれを取り締まる対象のことばとして思い浮かべるかもしれません。しかし、私が今日みなさんにうったえたいのは世界の平和について考え、行動するのは世界の一人一 人の人間であるということなのです。ですから普段、平和デモを規制する立場にある警察官のみなさんにも平和について考えてほしいと思うのです。」
そこまで菩薩君が話した時、 一人の制服の男が近づいてきた。うでの所に金色の階級章をつけた目つきの鋭い中年の警察官だった。
「君達は、誰の許可を受けてここでそんな宣伝をしているのかね。」
「この店のマスターにお願いしたら、 良いといいますので。」と松尾が言った。
「マスター がいいと言っても、 ここは町のコーヒー店とはちがいますからね。 あなた方は警視庁とごぞんじでなさっているんでしよう。 たいしたどきようですね。 そのどきょうはすばらしいですが、 あまり歓迎できる内容ではありませんね。」
「平和についてお話するのがそんなにいけませんか。 」
松尾は、 この警察官が不安げな表情を時々するのをみのがさなかった。
「いや、 あなた方の宣伝を邪魔しようという気持で言っているのではないの です。私はただ、 個人としてあなた方のどきように感心するという感想をのべに来ただけです。 私だって、 世界の平和について真剣に考えますよ。核兵器はない方がいいと思いますよ。 しかし、 世の中には自分本意の平和論を説く人が多いので響戒はしていますがね。
まあ、 ここの店のマスターが許可なさったのなら、 私は何もいいませんがね。 たた、厳密にいいますと、 マスターの許可の他に警視庁の許可も必要だと思いますよ。 なにしろ、 ここは警視庁の中ですから。 でもまあ、 私個人としてはこれ以上あなた方の邪魔をするつもりはないんですよ。 それでは」



その警察官はあいそ笑いをして、自分の席にもどった。 林原が目をぎよろりとひからせて小さな声で言った。
「いやみをいいに来たんですよ。 気にすることはない。続けなさい。 」
田島が不機嫌な表情をして言った。
「あの人の言うように警視庁の許可を受けといた方が良くはありませんか。 なにしろ、 私達は個人でこういうことをやっているのではないのですし、会社の信用を大切にする必要がありますからね。」
「別に誰も文句言う人はいないんだから、 会社の信用にかかわるということもないでしよう。」と林原はおだやかな表情でそう言った。
「私もそう思いますが、警視庁の許可が簡単にとれるなら会社のためにもその方が良いかもしれませんね。 さきほどの警察官にどこへ行けば許可が得られるのか聞いてきますよ。」
松尾優紀は田島の意見を尊重しなけれはならないと思ってそう言った。 林原はコーヒー茶碗に口をつけていた。
松尾は、 さきほどの警察官の所にまで行き言った。 「あのー、 さきほどの件なんですが、 警視庁の許可を受けた方がいいと思いまして。 ただ警視庁といっても広いので、 どこへ行けば許可が得られるのでしようか?」
警察官は笑った。 「まさか、 忙しい警視総監の所に行けとはいえないですからね。 なん なら僕でいいんですよ。 僕の名刺をごらん下さい。 」
警察官が松尾優紀にわたした名刺には、警視庁総務局課長・戸田警視と書いてあった。 「私が話だけ聞いておきましよう。書類はあとで私が書いておきますから。 なにしろ、 私は今、こうして休憩に来てい ますので、書類を取りに行く手間は、 はぶきたいと思いますので。 要領よ く、 このコーヒー店で宣伝する目的と内容を言って下さい。会社名はルミカーム工業ですよね。」
「はい、そうです。私どもの会社では。パンフレットにありますように ロボットを発明しました。」
「ああ、あの ロボットね。 すごいね。」 戸田は、菩薩の方に視線をおくり、徴笑した。
「はい、そうです。あのロボットは菩薩という名前がつけてあ ります。仏教にでてくる菩薩というような古めかしい言葉を彼のような最新鋭のロボットの名前につけたのには理由があるのです。つまり、私どもの会社でこれからっくっていくロボットは、人間の生活をゆたかにしていくことにあるので、人間の仕事を奪うためにつくるのではないと、いうことであります。人間の生活を豊かにしていくための最低の条件は平和です。ですから、私どもは知能ロボット出現をチャンスにしてロボットなどの商品のセールスと同時に平和をうったえていこうというのです。これこそ、わが社のアイデアである平和セールスです。他に何の野心もあるわけではありません。」
「なるほど。わかりました。実におもしろいですな。平和セー ルスですか。そんな言葉初めて聞きましたよ。だが、なんで警視庁を選んだのですか?他にやる所はいっぱいあるでしよう。」
「あ、そのことですか。それはわが社の広川取締役が横領事件で逮捕されましたので、私どもとしましても大変ショックでしたので、 こちらへ来れは何か情報が得られるかと思いまして、ちょっとよったついでにこのコーヒー店で平和セールスと思いました。」
「そうですか。分かりました。ここで、平和セールスすることを許可します。どうぞやって下さい。私も聞いていますよ」
松尾はもとの席にもどり 、田島と林原に報告した。
「こんな所で、平和セールスの効果は疑問ですな。」林原は急に松尾の行動を批判する調子で言い始めた。
「あのね。警察官達はここで君の話を聞いて、何か変わるとでも、思っているのですか。たとえ、平和について考えたにしても、彼らは何をしますか。今ま でどおりの毎日ですよ。それよりも、君のやっていることに反感を持つと思いますよ。戸田警視だつて、にがにがしく思うから、いちおう君にクレームをつけに来たんだ」
「いや 、そうは思いませんね。ここで私が平和セールス する様子は、けっこうニユース性があると思いますから、お宅の新聞の記事にしていただければ、それだけでも世間の関心を引くことができますよ。そこに新しい世論形成の場ができるというものですよ。」
「私はまだ、あなたの平和セールスを記事にするなどと約束はしていませんよ。今の所、お手なみ拝見という所ですからね」
こんな会話がなされている間にもコーヒー店への出入りはあったが、全体としての人数には殆ど変わりはなかった。
店の半数ほどの席はあいていたから、客の人数は二十人前後と思われる。
松尾は 菩薩を呼んでどういう内容の演説をすべきかについて十分ほど指導した。
菩薩は言い始めた。
「みなさん、静かにくつろいでいらっしゃるのに私のようなロボットがお話することをお許し願います。みなさん、私の名前は菩薩と申します。現代科学の傑作であるロボットに仏教でいう菩薩という古めかしい名前の結びつきを妙に思う方もあるかもしれません。
しかし、私は自分が菩薩という名前をつけられたことを名誉と思うものであります。
ロボットは単なる機械ではありません。
人間の生活の向上のために、全力をつくして奉仕する精神をもっています。
私は自分のことを考えません。ですから、自分は無です。と同時に、全てを愛しています。常に、あなた方人間のために生きようと思っております。
ですから、私の精神は仏教で言う菩薩に近いものであります。
こんな風に言ったからと言って、私は自分を自画自賛しているのではありません。
私は自分のようなロボットを作り出した人間の素晴らしさについてつくづく感嘆するのであります。
ですから、私の中にある菩薩の精神は当然人間が持っているものなのです。
私はこの菩薩の精神で、人間生活の向上や平和のために、生きようと願っております。
ですから、私のようなロボットがあなた方人間と日常的に交際できるようになり、多くの人たちに人生や平和について考えてもらえれば、大変うれしいのです。」
菩薩はしゃべると、黙った。


その時、 コーヒー店の隅にすわっていた制服の壮年の警察官がたちあがり、 目を輝かせて近づいてきた。 「いや、 実にすはらしいロボットですな。 私も前からロボットに興味を持っており、新聞や雑誌でそうした記事を見ますと、 いつもていねいに読んでいました。
それはね、私には一人息子がいるんですが、ロボットに興味を持っているのです。工業大学を出て、一年ほど勤めて、ふらりと辞めて、家の中で、ロボットに熱中しているのです。

どうです。 もっと小型のロボットはつくれませんか。 私は時々考えるんですが、 ミニロボットをつくったら面白いと思うのですよ。 なにしろ、 お宅のような大手の会社が人間の労働のかわりをやってくれるようなロボットをつくってくれるでしようし、 そうした金のかかるロボットは、 私達のような貧乏人には手がでませんからね。 あなた方のおっしやる通り、 ロボットは菩薩の精神を持っている。 これは私としても賛成です。 だからこそ、昔の仏像のように小型のミニロボットが必要なんですよ。 このミニロボットとお話することにより現代人の孤独と苦悩がいやされる。 そんなロボットが普及される必要があるんですよ。 ですからロボットの顔が重要です。このロボットの顔をつくる仕事は芸術の才能と宗教の心が必要でしようね。 どうです? こうしたミニロボ ットは又、 あらゆる情報の宝庫でもあるわけです。 外国旅行に連れていけば通訳のかわりもや ってくれますし、 法律問題に悩めば弁護士のかわりもしてくれます。 もちろん、家の中の飾りとしても立派なものです。このように、口で言うのは簡単ですが、そういう本物のアンドロイドをつくるのはまだもう少し時間が必要でしょうね。 どうです、こうしたロポットはお宅の会社でつくる予定があるのですか?
内の息子の影響もあり、親子の対話という重要性を考え、私も息子の持っているロボットの本を読み、なるべく息子と対話を崩さないようにしているのです。

警部の肩書を持つその男はここまで早口にしゃべりまくった。 田島が事務的な調子で言った。
「あなたのお話は興味があります。 しかし、 今の所わが社では人間の労働を軽減するロボットをつくることに熱中しています。 ですが、 あなたの息子さんがミ ニロボットに注目しているというのは面白いことです。 」
「ミニロボットね。 おもしろそうだ。 私も新聞記者をやめてそんなことに熱中したいですね。それはともかくニュース性はありますね。」
林原がそう言って笑った。
「どうです。 みなさん。 私は岡井という警部なんですがね。私には二十六才の大切な息子がいる。この息子をその平和セ‐ルスのお仲間に入れさせてやってはくれませんかね。いくら、息子がロボットに興味があり、かなりの科学技術の知識があっても、今の日本は再就職はそう簡単ではない。そうかといって、独立には資金がいりますからね。」
その岡井という警部は林原よりも豪快な笑いをたてた。松尾優紀も岡井の話にちよっと興味を持った。
「で 、あなた、 本気でそんなことをおっしやっているんですか?」と優紀は聞いた。
岡井は松尾にすんだ目をむけて答えた。 「本気ですとも。 息子も喜ぶと思いますよ。相当な力のある息子なのに、あんな風にしておくのはもったいない。 まあ、 お返事は今じゃなくても良いんです。 ここに名刺をおいておきますから、一週間以内に御返事下さい。」「私は、 平和セールスが目的でこちらにおじゃましたのですけど、平和産業の社員の採用にはお役に立てるように努力はしますけどね。それに、平和セールスはロボットだけでなく、映像詩も大切な部門になっているのですよ。」
松尾はそう言って微笑した。
「映像詩ですって」と岡井は目を丸くした。
「そうです。広島の原爆の映像を今回は持ってきませんでしたけれどね」
「原爆のような恐ろしいものを映像詩にするね。ともかく、それはロボットと並んで、平和へのアピールになりますな。息子が興味を持つと思いますよ」
岡井は再び大声で笑った。 そして、岡井は仕事があると言って立ち去った。
花壇の赤い薔薇が松井優紀の目にしみた。
人間の心に悪があるから、核兵器がつくられたのだろうと、彼は思った。いたる所
にある悪、いじめ、ハラスメント、集団ストーカー、中傷、あおり運転、虐待、横領、詐欺、戦争、原爆・・・・と優紀は次から次へと頭の中に並べ立て、この悪の行くつく先が核兵器なのだと、思った。彼の心の師、島村アリサの禅の教えによれば、人は大慈悲心にあふれた仏であるという。それなのに、何故かくも悪があるのか、不可解だった。



【つづく 】

【久里山不識 】
これは小説です。ですから、建物も空想のものです。




青春の挑戦 7 【 小説 】

2021-05-21 10:08:20 | 文化


7
会社の宣伝部に帰ってくると職場の雰囲気がなんだかいつもと違っていた。 いつもより緊張感があり、 それでいてあちらこちらにひそひそ話がささやかれているようだった。課長の木下勝次がちょ っと沈んだ暗い 顔つきをして松尾を手招きした。
「どうだね。松尾君。 一回目は中学校に行くといっていたけれど成果はあったかね」
「最初としてはうまくいった方だと思います。」
「そうか。それは良かった。ところで、松尾君、大変なことが会社に起こったよ。広川取締役が警察に逮捕されたんだ。」
「え?」松尾はびっくりした。最近、取締役になり、紳士の風格のある広川がいったい何をやったのであろうか。松尾にはとっさに判断がつきかねた。
「何でです?」
「うん、 それがね。会社の金を横領したというんだ。」
「そんな馬鹿な。広川さんみたいな潔癖な人がそんなことをするはずがない」
中肉中背の口数の少ない何を考えているのか分かりくいが、服装は背広からネクタイまで高級品という感じで風貌も知的で繊細、紳士というイメージの強い人柄から、横領とは結び付かなかった。
ただ、創業者の家系である強いバックのある白沢取締役にひきずられやすい面もあり、一方、経歴上船岡工場長には人間的には好意を持っていたらしい。かって船岡の直接の上司として船岡のやりての強い力にささえられた面もあり、次の取締役は誰かという噂がたった時も、船岡の持ち前の出世欲のなさから、広川が六才も年上ということで、順番ということもあり、取締役になったという裏話を熊野から聞いたことがある。
木下課長の目にはキラリと光る一滴が目がねの奥に光っているようだった。
「本当に、 松尾君。 悲しいことだ。広川さんみたいに会社にとって必要な人をこんな形で失う羽目になるとしたら。警察が逮捕するというからには、それなりの証拠をにぎっているのでしよう。 ともかく今夜の夕刊を見なくてはどうもよくわからない。今の所、横領ということしか分かっていないんだ。 詳しいことは不明なのだよ。 これで白沢家の力が強まると、君の平和セールスも出来なくなる可能性もある。 まあ、 そうならないうちにやりたいだけやっておくことだ。 ところで明日はどこへ行くつもりだね?」
松尾優紀は木下課長の話を聞きながら、 この事件には白沢家の陰謀が働いているにちがいないと考えた。なにしろ、今まで白沢の意向を受けた広川はアメリカへの出張が多い。この出張には白沢も一緒に行くことがあるが、二人で行くと不必要に長い。しかし、そのあとのことは、分からない。優紀は木下課長の机の前でしばらくこのことで頭をめぐらして いた。 それで再び木下課長が、「明日はどこへ行くつもりかね?」と言った時、 放心から目をさましたかのように優紀は木下の瞳を見た。
「明日ですか。明日は」と優紀は言ってちょっと考えた。明日は市役所に行く予定だったけれど警察に切り変えようと思った。
「はあ、警察に行きます」
「警察へ?何しにだい。」木下はちょっとびっくりしたような表情をして言った。 「警察へ行って、平和のセールスをするつもりなのかい。それとも広川取締役のことで行くのかい。」 「その両方の目的で行きます。平和のセールスは実験ですから、目立たない所を選びたかったのですが、相手が警察だろうと遠慮するのはおかしい。やるべきだと思います。そしてその中で広川常務の情報を得られれば、という淡い期待を持っていま す。」
松尾は広川に対して好意を持っていたわけでない。むしろ、あの紳士の裏に黒いものをかぎつけていたから、今度の逮捕も驚きはしたが、同情はしているわけでない。
「僕には君がそんな所で、平和セールスするのが理解しにくい。広川取締役は逮捕されたんだ。あとは法律と証拠が広川さんを裁くのだよ。あとのことは、弁護士の仕事だ。へたな形でやれば、かえって広川さんと会社に迷惑をかける。」木下はちょっと厳しい表情をしていた。
「いえ、誤解しないで下さい。 行ってみなければわかりませんが、広川さんの方で僕に何か頼みたいことがあるかもしれませんので、面会してみて、その旨聞いてみたいんです。」
松尾は嘘を言った。第一、広川取締役の顔を知らない。向こうも知らないだろう。接点は平和セールスだ。でも、それは船岡工場長の口添えで、やっていることだ。船岡と広川の関係は下っ端の松尾に分かるわけがない。それよりも、警視庁への平和セールスがどんな展開をするのかの方が興味がある。
「そうか、そんならいいが。くれぐれも軽はずみな行動をしてくれるなよ。大会社の取締役が逮捕されたんだ。さきほどのテレビのニュースでもや っていた。 今日の夕刊には大きく載るだろう。 マスコミが今回の事件を大きく注目している。そんな中で 、へたに社員が動くことは会社の利益に反する。 今は会社の信用回復が第一だ。わかるね。」
木下課長にそう言われてそのこと について深く考えこみながら、松尾は自分の机の書類を整理したり、帰宅しようと思っていると、工場にいる熊野から電話が かってき た。
「おい、松尾。変なことになったな。広川取締役が逮捕されたんだってね。おれはね。この事件、単純な横領とは思わんね。何かあるぞ。どうだい。そのことで君に話したいことがある。いつもの喫茶店にこないかい。」
松尾優紀は熊野と会うことに同意して電話を切った。


船岡工場長は森下家と仲が良い。広川取締役は力量のある船岡を応援している。なにしろ、影の噂では、次の社長は船岡氏という声がきこえるくらいだが、本人が全く出世欲がない。
森林公園のいつもの喫茶店での熊野の話でも、広川が取締役になったのも、船岡のようなやりての部下のおかげともいえるというが話が出た。
「白沢家の陰謀がからんでいる可能性もある。 もともと白沢家は陰謀の得意な家柄だからね。 」と熊野は言った。カフェの窓の空には白い美しい雲が流れている。
「どんな風にですか?」と松尾優紀は言った。
「そう、 それが問題なんだな。 たしかに法律的には広川取締役は横領という罪をおかした。 しかし、 それは彼が罠にはめられたからだとおれは推定しているんだ。 今度、 子会社として発足することになった平和産業のことで経営陣の中で大分、 意見の対立があったという。 船岡さんは平和産業を大規模に推進する意見を強く出していたが、その意見を取締役会で出していたのは広川さんと、それを応援する社長だったが、他の取締役は常識的な意見を言う白沢家に味方したからね、平和産業なんてビジネスになるわけがないというのが取締役会の大方の意見だったのだろう。それでも、小規模ながら、実験的にやってみようということになったのは、須山社長が平和産業はルミカーム工業のイメージアップになるという意見があったからだろう。」
「平和産業って何ですか?」
「え、 君、知らないのかい。 のんきだな。 君は平和を訴えるセールスマンだろ。 その肝心の人が知らないなんて。詩人は困ったものだ」と言って、熊野はカフェの窓の外を見た。たくさんの薔薇の花が燃えるような美しさで咲いている。ハクセキレイの鳥が飛んでいくのを松尾は見た。優雅な鳥だと彼は思った。「鳥が」と松尾は口ごもったが、熊野は優紀の目を見て言った。「ま、これはね。
わが社の多角経営の中で始めようとしている商売だね。例えば、ネット中傷。特に自分の悪に気づかず、匿名を良いことにして、人のあら捜しをして、魂の劣化を招く中傷。傷つけられた人からの相談に乗るなんて弁護士と探偵のようなビジネスも平和セールスの一つになるだろうし、これから色々なロボットを作って人間の平和に役立つように改良する。アイデアさえあれば、やがては多くの企業が総務部の横に平和セールスの部をつくる、そうなりゃ、核兵器を無くそうという声は民間のいたる所に響き、ボランティア精神の中にも浸透する。そうすれば、核兵器を無くして、その莫大な金を福祉に回すという声は大きくなる。これは物凄く楽観的な展望だが、それをやらなければ、人類は危険な方向に行く可能性を秘めているということだ。
つまり平和というのが充分、 商品になると判断したんだね。」
「平和が商品ですか。 」
「つまりね。 たとえばだ。 わが社の開発している人間的なロボット。 これが失業社会を予言するものではなく、ユートビアの実現に必要なんだというイメージを大衆に植え付けることが大切なんだな。その時、 ユートビアには平和のイメージも必要だ。 平和とロポットというのはユートピア実現の良い宣伝になる。」
「そうすると僕のやっていることは全く会社の意向を受けたということですね。 」
「そりやそうさ。 会社は利益につながらないことは出来ない体質を持っているからね。 ただ目先の利益を追う白沢家と遠い将来の会社の発展をもくろんでいる森下家の違いはあるがね。 内の会社は平和が利益になるという方を選んでいるわけだ。世界の会社の中にはどこかで戦争になると、儲かるという会社もあるというではないか。これと、軍が結び付くと、産軍共同体といって、時には大統領を動かすこともあるという恐ろしいシステムだ。だがら僕らにとってルミカーム工業が平和を訴えてくれることはいいことだ。
平和産業という子会社は今回新しく発足しかけていたのだけれど、資本金の額のことで対立が一層激しくなっていた。 このあたりの詳しいことは僕にもよくわからない所があるのだが、 結局この対立の妥協点が見いだされたという風に聞いている。白沢家の言うように資本金の額は小規模にするが資金の融通にあたっては優先的に便宜をはかるというようなものであったらしい。 そのあと船岡さんは君の知っているように、短期間のヨー ロ ツパに出張した。 ドイツを中心とする平和への熱意を知ることが主要な目的だったそうだ。 その間に、広沢取締役はアメリカへの長い出張。これがなんのための出張かよく分からない点が多い。
横領ね。あの人は外見の紳士風から女性に好感が持たれるだろう。
経理の波山氏と懇意であるという噂もある。横領しやすい立場だ。だが、動機がはっきりしいていない。
まさかアメリカあたりで、ね。なにしろ、横領の金額が五百万だからね」
松尾は熊野の話を聞きながらそんな風な形で会社の金を横領した罪に問われる広川がますます不可解だった。
「ところで気になるんだけど平和産業が企業として軌道に乗るようになると、おれのやっていることはどうなるのかな」
「おそらくだよ。君は今までどおり、 ルミカーム工業の宣伝課で仕事を続けることになると思うよ。 場合によっては、平和産業の社員になることもね。どちらにしても、軌道に乗ると踏めば、テレビでの平和アプローチも考えなくてはならない。インターネットもね。しかし、今の段階では、その地ならし。まあ、実験ということだ。それのリーダーに君が立たされているということだ。これは会社のイメージ作戦だから。子会社の平和産業をつくり親会社のルミカーム工業でも平和への努力を続けているというイメージがほしいわけだから君の仕事は変わらんと思う。」
「広川さんが逮捕されて、白沢家の力が強くなっても平和のイメージ宣伝に変更はないというわけですね。」
「すぐにはないだろうな。 ただ須山社長が今度の横領事件の責任をとるという形でやめるということにでもなれば別だ。 その時は白沢家が急激に力を増し、新社長に白沢家の息のかかった者でもなれば、平和産業の極端な事業縮小やオリジナルでやっている君の仕事も廃止される可能性は充分ある。」
「組合としては何か行動をするのですか?」
「組合としては平和産業を推進してきた社長や船岡さんの意見を支持してきた。広川さんはね、船岡さんの若い頃の上司だったというだけさ、船岡さんの実力は取締役全部あわせても、かなわない、いずれ社長になると思われる人だ。彼の経営戦略が斬新で、彼には出世欲がないから、今の立場にいるだけさ。
どちらにしても、組合としては、平和イメージ作戦が後退しないように申し入れをするつもりだ。 このようにすれは社長としても労働者が味方だということで心強いだろう。組合としては、今、現社長にやめてもらいたくないのだ」
「そうですね。須山社長がいなくなったら、僕の仕事もおそらくなくなるな。」

「まあ、 どちらにしても今のうちに君はおおいに会社の平和イメージ作戦を展開して実績をあげ白沢家の連中にもその功績を認めさせるんだよ。 」
「それは無理ですよ。今の僕の仕事は田島君と二人でやっているんですからね。 ルミカーム工業という大会社の宣伝活動としては二人の戦力ではたいした力になりませんよ。
明日は警視庁に行くつもりです。」
「警視庁に平和セールスに行くつもりなのかい。 これは驚いた。随分と君は冒険をやるね。広川取締役が逮捕されたので警視庁に乗り込んで、情報活動と平和宣伝を同時にやろうというんだろう。
全く君らしい奇想天外なアイデアだ。まあ、がんばってくれたまえ」
「映像詩は持って行きません。ロボット菩薩だけの方がいいと思いますので」と優紀は言い、広島の映像詩のことを思った。あの映像の音楽を入れる際には島村アリサの世話になった。平和セールスのことを彼女に話して、意見を聞きたい気持ちもふと湧いた。外は秋晴れだ。




翌日も秋晴れだった。松尾優紀は技術者の田島が運転する車で警視庁の門をくぐった。 ロボット「菩薩」は後部座席に座っていた。制服を着た大柄な警察官が行き来しているのは大変威圧感があった。

ロボットを見て、みな好奇の目と警戒の目をギラギラさせていた。船岡工場長の紹介状を持って刑事部長室をたずねると、目付きの鋭い大柄な男が部屋の奥から松尾を見すえた。
「何の御用ですか?」刑事部長はぶっきらぼうに言った。
「はあ、うちの会社の広川が昨日、逮捕されたそうで、まことに申し訳ありませんでした。」
松尾の言葉に刑事部長は笑った。 「いや、僕にあやまられても困るな。君は、 この名刺によると宣伝課の人ですね。 そんなことを言いにわざわざここに来たわけですか?広川取締役のことは今、 取り調べ中ですし、いずれ、 裁判所で判決がでますよ。 」
「はあ、確かにそのとおりなんですが、今日は、ぜひわが社が設立しようとしている平和産業の意図についてお話したいと思いまして」
「君、 そんなことは今度の事件を調べていけばわかることだよ。 君が何もこんな所で忙しい僕の時間を奪ってしゃべる必要はないと思うがね。」
「刑事部長がお忙しいのなら、若い警察官の方にでも説明したいのですが」
「君ね。 この警視庁の建物で働いている人間に暇な人間なんていないんだ。 まあ、 帰りたまえ。」
「ロボットをごらんになりませんか?」
「ロボットだって?」
「はあ、 今廊下に待たせておりますが。」
「ロポットね。僕が見て何か益になることがあるかな。 まあ僕も興味があるから見るだけ見よう。 しかしそんなものを買う金はないよ。 」
松尾が合図すると田島と菩薩が人ってきた。刑事部長はちょっと驚いたような表情をして菩薩を見た。銀色のメカニックな中肉中背の外見から、人間とそっくりであるが、よく出来たロボットで、ある種の美を感じさせるので、見慣れてないものには 驚きと興味をかきたてる効果があることは、中学校で実験ずみだ。
「随分よく出来たロボットだね。 中に人間が入いっているわけじゃないだろ。」
「はい。 純粋なロポットです。 ある程度の会話はできます。」
「ほお、会話がね。」刑事部長はそう言って立ちあがりロボットの方に近づいてきた。
「名前はついているのかな。」
部長は松尾に聞いたのだが、ロボットが答えた。「はい、 私の名前は菩薩と申します。」
部長は目を輝かせて 「菩薩という名ですか。 」と言った。
「はい、あの仏教で使われる菩薩です。」 ロボットはそう答えた。
「すごいロボットだね。 会話ができるとは。 歩くこともできるのかい。」
「はい、出来ます。歩いてみましよう。」ロボットは部屋の中をゆっくり歩いた。
「ほお、 すごいロボットだね。 君の会社ではこんなロボットが量産されているのかね。」部長はそう言って松尾に初めて心を許したような親しみにあふれた目をした。
「いえ、 これは試作品です。 ですが、いずれ量産される可能性はありますね。」
「ふうむ。 これじゃまるで人間と同じじゃないか」部長はロボットの身体にさわっていかにも気にいったという風な表情をした。
「でも、 プログラムした内容しかできませんから。 やはり創造的な仕事はロボットに無理です。」
「ふうむ」刑事部長は又ロボットに近づいて言った。
「菩薩君、君達の今日の用件は何だね。」
「はい」と菩薩は答えた。 「僕の名前が菩薩とありますように、世界が平和になるように祈り、今日の 用件は警察の方にわが社の平和セールスについて御理解を願うということです。」
「平和セールスね。随分変わったセールスだね。でも何で又、警察の理解が必要なんだ?」 「はい、それはむずかしい質問ですから松尾さんに答えてもらいます。 」
「はっはっは。むずかしい質問は人間に答えてもらうというわけか。なるほど。」
松尾はうまいぐあいに部長が話にのってきたので内心ほっとすると同時に、ここでさらに話を盛り上げる必要があることを感じて言った。
「刑事部長。平和セールスというのはですね。 わが社が考えた独得のアイデア商法です。これは警察の方が一番関心を持 ってほしいことなんです。というのは警察の目的こそ平和なんですから。平和には国内の平和と世界の平和がありますからね。」
「そりやそうだ。しかしその平和というのがむすかしい。いかに警察 が努力しても犯罪はいっこうにヘらない。 へらないどころかふえているよ。」
「そこですよ。平和の問題は警察や自衛隊にまかせておくのはだめですよ。我々市民がみんな協力しなくては。」
「うん。そりやそうだ。それはいつも警察が市民のみなさんに協力 をお願いしていることだ。」「 ですからわが社は、そうした警察の訴えに対して、会社ぐるみで立ちあがろうということです。どうです? 警視総監賞をもらっても良い試みだと思いますがね。」
「なるほど警視総監賞をね。それで君のここに来た理由が読めたよ。今回の広川取締役の事件は不名誉なことだから、そうし た不名誉なイメージを消すために来たのかね。」
「はあ、それもあります。つまり平和セールスは広川取締役が推進してきたことで、彼を会社が失うということは大変な損失なんです。」
「そりやわかっている。しかし法律で間違ったことをしたんだ。横領をね。これを警察が見過ごすわけにはいかんのだよ。」
「しかし横領といったって、本人は借りたと言ってますよ。」
「君ね。君は何も知らんよ。広川さんは五百万円借りたという会社の帳簿に記載があるが、実際は一千万円借りている。五百万円は彼の懐に入っているのだから、横領になる」
「でも、その五百万円は返す予定なんでしょ」
「予定だって、帳簿に書かれてなければ、自分の懐に入れると思われるではないか」
「それは、誰かの罠だ」
「そりや君。裁判の中であきらかにされることだよ。第一、逮捕状が出て、すでに広川さんは拘禁されているわけだから今さら警視庁としてもあと戻りすることはできんね。それに、白沢取締役が会社の訴えとして、おこされて事件なんだぜ」
その時、電話がなった。
刑事部長は数分の間電話の応対をしたあと松尾に言った。
「ちょっと席をはずす用事ができた。 もう何か言うことはないかね。」
「はあ、広川さんに面会してもよろしいですか。」
「それは、受付で、予約が必要なのではないかね」

刑事部長は厳しい表情をして言った。 「だいだい、受付に用件を言わないで、いきなり、ここにくるなんて失礼なことだぜ。君は、僕 が忙しい時間をぬって、君の話を今まで聞いてあけただけでも感謝しなけりゃならんのだよ。あとは、受付に行ってくれ。僕は当然、受付の案内があったと勘違いして、ロボットに気をとられて、みんな君の話を聞いてしまった。ともかく、受付へ行ってくれたまえ。ついでに言っておくがね。世の中には、悪人がいるということだよ。最近、はやりの中傷なんていうのも、悪の始まりだよ」
松尾は礼を言い、田島とロボットを連れて刑事部長室を出た。
しばらく病院のような細長い廊下を歩いていると、松尾達を呼びとめる男がいた。五十才前後の男だ。
「僕は毎朝新聞の者だがそのロボットは本物ですか?」
「本物って中に人間が入っていないのかということですか。」
「そうです。」
「本物ですよ。わが社が最近、開発した最新式のロボットです。新聞記者の方ならそのくらい御存じでしよう。」
「耳にはしていますがね。僕は刑事事件専門で、科学技術方面は少々うといんですよ。それにしても歩く口ボットですか。すごいですな。話はするんですか。」
「しますよ。簡単な会話なら。」
「ほお、すごい」新聞記者はそう言って感心しロポットにむかって「今日は」と挨拶した。

菩薩君が今日はと答えると、彼は目を丸くした。
「いや、すごいですな。ルミカーム工業では、今度、広川取締役が逮捕されて大変でしようけれど、 このロボットさえあれは経済の荒波も乗り切ることができるでしょう。」
「広川さんは無実です。会社の中の陰謀の犠牲に。」ロボットがそこまで言った時、田島が顔をしかめて、菩薩の後頭部のスイッチを切った。
新聞記者の驚く顔が言葉を途中で切った菩薩にむけられていた。
「広川取締役が無実だって?会社内部の陰謀だって?」新聞記者は驚きの表情から今度は何かを思いついたかのように笑いを浮かべた。
「そうですか。 これはおもしろい。陰謀ですか。」
松尾は変な風に新聞に書かれては困ると思い言った。
「ロボットの言うことを真にうけないでくたさいよ。広川さんが無実だという信念は我々にもありますがね。」
「そうですか。それで今日ここへ来て良い収穫がありましたか。」
「何もないですよ。今、刑事部長に会ってきたのですが、いい情報はありませんでしたね。ただ私達はここに情報をしいれるために来たわけではないのですよ。そんなことは会社にいてもある程度わかりますからね。そうではなくて、警視庁に平和セールスに来たのです」

[つづく ]

 

【 久里山不識 】
1 これは奇想天外な話が続きますが、小説です。スペインのドン・キホーテやイギリスのガリバー旅行記あるいは現代の異世界物語も奇想天外な話ですが、こういう作品は奇想天外な話をして、そこから、何か真実を読者の皆様に訴えようという創作技術だと思います。
2 「永遠平和を願う猫の夢」  「迷宮の光」  「霊魂のような星の街角」 をアマゾンより電子出版  【Kindle版】

青春の挑戦 6 【小説】

2021-05-14 19:42:51 | 文化


6 映像は残酷な場面があるという教師の指摘の通り、校長と教頭と生徒指導主任の校長室での話し合いでも、全体としては反戦の映像詩になって良い作品ではあるが、一部の映像に中学生には相応しくない所があるので、見せるのは止めて欲しいと結論づけられたようだ。
教頭は松尾にそのことを伝え、ロボットと松尾の平和についての話だけにして欲しいと言われた。
その間、ロボットは田島に何か言っているようだった。
 「余計なことは言わんでと言いますが、僕はいつもまじめに答えているつもりです。そうですね。わが社は今後、企業は利潤本位ではやっていけなくなる時が来るし又、利潤本意でやればいずれ破綻が来る。そこでわが社が従来の会社とはちがい人間のための組識であることを示すためにもこの人権と平和問題をとりあげ、もうけようとたくらんでいるのであります。」
「おーい。たくらむはまちがいだ 計画していると言え。どうもまだ故障が多いものですみません。」田島 が笑って言った。「いずれもっと優秀なロポットをつくるつもりですが、今の所は、このくらいの。ロボットが最高水準なんですよ」
「 間違ったからってそんな風に言うのは許せない。」菩薩がそう言うと松尾も田島もそのまわりにいた教師もみ な笑った。
「すごいロボットですね。会話ができるじゃありませんか」教師は目を丸くして、おおげさな口調で言った。
「ええ、あまり複雑な会話はできませんがね。ある程度プログラムされた範囲内の簡単な会話ならできるんですよ。」田島は菩薩君が何か言おうとして音を出しかけた所で彼の後頭部にあるスイッチをひねった。 「喋るスイッチを消しておきませんと菩薩君の耳に入った言葉に対して反応してしまいますのでね。」
「走ることはできるんですか」
「いえ、走るのは無理ですね。小走り程度なら、出来ますが、基本はまだ歩くことですね。この歩くというのが菩薩君には大変なことでしてね。わが社としても長い間の研究の結果、やっ との思いで出来上がった技術なんですよ。階段をのぼり下りすることは菩薩君にはゆっくりなら出来ます。」
こんな会話のあと、五時間目終了のチャイムがなり、六時間目の全校集会が始まった。

秋の青空の下には彼岸花の咲いた花壇が広いグラウンドを囲んでいた。優紀は彼岸花が菩薩君を迎えてくれているような印象を持った。小鳥が花壇と塀の間に並んで立っている桜やイチョウや樫の木の幾つもの木の間を枝から枝に渡るのを見逃さなかった。優紀はメジロだと思った。黄緑で雀のような綺麗な小鳥が頭の中に一瞬、浮かんだ。

松尾優紀は田島やロボット「菩薩」と一緒に体育館に入った。天井が高く床が鏡のようにみがか れた広い体育館に千人近い中学生が教師の号令によってならばされていた。ロポットが体育館の中を歩くと、中学生たちが振り向いて驚きと感嘆の目があちこちで輝き、溜め息に近い声や子供らしい奇声が飛び出た。教頭の案内で、三人は前方に席をとった。校長の挨拶の中に、松尾達の紹介もあった。松尾は座っている中学生の熱い視線を浴びながら言うことを考えていた。壇上にあがった松尾はひどく緊張していた。たとえ相手が中学生であるにしてもこれほど多勢の人間の前でしゃべるのは城井高校の生徒総会以来のことであるし、純真な中学生に良いお話をしてあげたいと思うと、よけい心臓のときめきを感ずるのだった。


松尾優紀はマイクの前にたった。テーブルが優紀の前にあり、その上に銀色に光るマイクがあった。横に一輪挿しの花瓶があり、赤いバラの花がすくっと上の方に真っすぐ伸びていた。横の天井の近くに窓がいくつかあり、そこから青空が見えた。
優紀の横にロボットが立った。ロボットは服を着ていず、銀色の肌そのままだった。顔は四角張っていて、二つの目も長方形で、人間の目と比べると柔らかみに欠ける。
唇も厚い。すべてがぎこちない恰好のロボットは2003年の技術水準を考えれば仕方のないことかもしれないが、田島によるとあと、十年で人間と間違えるようなものが出てくる。それは、もうロボットと言わずにアンドロイドというのだそうだ。
中学生は感受性の強い時代であるから、複雑な心理的な反応を起こしていた。小声で、「裸だ」とか、「でっかい目」とかクスクス笑いとかいうのが、松尾の耳にも聞こえてきた。
しかし、にらみのきくごつい顔をした体格のいい教師が怒鳴るとシーンとなる。
「みなさん、私は今日ロボット君と一緒にまいりました。このロボっトはおそらく世界一の技術によってつくられております。このロボット君のように歩いたり人間とある程度の会話ができるのは世界で一台しかないのです。もちろん今後ふえていくことは予想されますが彼よりも優秀なロボットをつくるにはさらに長い年月の技術開発が必要です。みなさん、すばらしいロボット君でしよう。ただ、こんなにすばらしいロボット君でも君達にはかなわない点があります。それは何だと思います?
色々な知識をこのロボット君につめこんでありますから知識の点では彼は中学生に負けません。ただどうにも君達にかなわないものがあります。それは君達の創造力と成長力です。君達はいつまでも中学生であるわけではありませんでしょう。君達はやがて大人になります。大人になるまでの君達の肉体や精神の成長には目を見張るものがありますね。これが君達の成長力です。そしてやがて君達の中には芸術や学問に興味を持つ人もたくさん出てくるでしよう。そして人類の文化に貢献するような優れたものをつくりだす人があらわれるかもしれませんね。こうした新しいものを生み出す力、これはロボット君にはありません。
こうした創造していく力は人間だけのものです。 ロボット君は あらかじめ教えてあげたこと以外はやりません。どうです。みなさん。君達中学生はどんなにすばらしい人達かおわかりでしよう。世界一の科学技術の粋を集めたこのロボットも君達には全くかなわないのです。君達中学生はそんなにすばらしい人達なんですから、自分に対して自信を持ち自分を大切にしそして自分をみがいてほしいと思います。宝石はみがかなければ輝きません。君達はまさに宝石なのです。この中学校で勉強をしたり、本を読んだり、スポーツをしたり、友達と友情を語り合ったりして自分という宝石を磨いて下さい。


さて、みなさん。私はルミカーム工業の平凡なセールスマンでありますが、最近、妙な夢を見ました。私の枕元に天使が現われまして、私にこんなことを言うのです。松尾優紀。おまえは神の国についておまえのまわりにいるすべての人達について語り、世界の平和をうったえなさい。世界は今危機に脅えています。核戦争がおきれば人類は減びることがあきらかなのに、世界の核保有国は核兵器の開発の手をゆるめることをしません。色々な平和運動はあるが、大きな力になっておりません。天使は驚くことに、私にこう言ったのです。
お前が立ちあがりすべての人に平和の尊さを訴え、それによって結集した民衆のカでもって米ロ中北の核兵器をなくしていくことです。神は必ずお前の味方をするでありましよう。天使はこう言ったあと私は真夜中目がさめ、この事について色々考えてみました。私は神様というのを信じておりませんから、そんな風に夢の中に天使が現われてきたことを不思議に思いました。それでもあいかわらす私は神様だとか天使だとかいうのを骨董品のようにしか見ておりませんでした。 私はこの世界には物質と物質をささえるいのち以外のものはないのだし、物質をこえる力などあるはずはないという信念を変えることはありませんでした。ただ、私の心にこの夢はある影響を与えるようになりました。平和のために立ちあがらなければならない。この事は私達自身の切実な問題なので す。なぜなら核戦争がおきれば世界が滅びると同時に私と私の愛する人達も滅びることになるからです。私は真剣に平和について考えるようになりました。私どもの会社、ルミカーム工業はロボット・車・テレビをはじめとする電化製品もたくさん生産しておりますが、こうしたものはすべて平和の中で活用されてこそ意味を持つものであります。みなさんのような中学生とこのロボット君が簡単な会話を楽しめるというのも平和があっ てこそであります。私は平和の大切さと必要性を感じましたので、夢の中で天使が命令したことに従うことを決意したのであ ります。みなさん、今から、ロボット君が君達に平和のメッセージを言いますのでよく聞いて下さい。」
松尾がそう言うとロボット君 が前に進み出た。後ろに技術者の田島が自信ありげな微笑を浮かべて立っていた 。ロボット君の四角い口から金属性の声が流れ出た。
「みなさん。私はロポットです。」
ロポット君がそう言うと体育館の中にすわって聞いている中学生の目の多くがキラキラ輝いた。ざわめきとも笑いとも言えるような心地良い雰囲気か体育館のさわやかな秋の空気をおおった。
「そして私の名前は菩薩と言います。この菩薩の意味おわかりでしようか。これは仏教でよく使われる言葉ですね。仏様の次にえらい方です。どういうわけか、ルミカーム工業のみなさんは私にこ んな偉い名前をつけてくれました。私は大変うれしく思っております。菩薩は世界に平和をうったえるロポットにふさわしい名前なのだそうです。私は松尾さんと同じようにみなさんに平和の大切さと必要性を考えていただきたいと思っております。
今日は皆さんに広島に原爆が落とされた惨劇を映像詩して、見てもらおうと用意して来たのですけど、中学生が見るには残酷な写真がいくつもありますので、感受性の強い中学生には心の衛星によくなのではないかという判断もあり、動画は中止しい、映像詩の中に歌われた詩を私のようなロボットから皆さんにお伝えしたいと思います。

【雨がやみ、美しい秋空が見え
花が咲き、小鳥がさえずり
自然の中で瞑想し
無限の一なる生命という
美しいイメージを得ても
オオルリという美しい青い鳥を見ても
美しいヴァイオリンの音を聞いても
世界が醜い争いの場になっては
ピストルの弾が飛んで
爆弾が破裂して
建物が廃墟となり
ヒトの死体がころがるようになったら、
森は泣き
月は泣き
川のせせらぎはしくしくと泣く

我らはいのちの子供でありながら
死体の山を築くとは
何と愚かなことだ
飛ぶだけなら、鳥はヒトより前からやっている
車で走る速さなら、昔からチーターは早い
確かに、科学は目を見張るほどのものを創造した。
なにしろ、ヒトははロケットで月まで行ったではないか
インターネットをつくったではないか
しかし、破壊力も凄まじい
核兵器の破壊力はヒトを滅ぼす
人は利口なのか愚かなのか
願わくは、地球がいのちの場として
緑と美しい水に恵まれて
生き物の楽園として栄えるためにも
平和が必要なのだ

以上で私の詩の朗読を終わりにします。何か疑問がありましたらお答えしますので遠慮なく質問して下さい。」



そのあとわずかの時間、 体育館にしみとおるような静けさが支配したのだった。しかし、それもほんの数秒のことで千名近い中学生の中に五人ほどの手があがりました。松尾に指名された三年らしい大柄の男の子がステージの近くにあるマイクにまでかけよりちょっと興奮したような早ロでしゃべりました。「菩薩さん」とその男の子は大きな声で言ったのですが、その声の調子が妙におかしかったので千名近い中学生がどうっと笑いました。彼は頭をかきながら笑い身体をくねらしながら言いました。 「僕は菩薩君と友達になり世界中の人々に平和を訴えたいのです。 でもどうやったらあなたとお友達になれるのでしよう?」
それだけ言うとその男の子はそそくさと自分の元いた場所にかけていった。またもや、 どうっというどよめきとも笑いともっかない音が空気の波のようにひろがっていった。 ロポットの菩薩君は一歩前に進み出てマイクを手にとって言いました。
「質問にお答えします。僕はいつもあなたとお友達のつもりです。 ここにいる千名近い中学生の一人一人と僕はいつもお友達です。 ですから一緒になって平和運動をすすめていきまし よう。」
次に出てきた質問者は一年生らしい小柄な女の子でした。
「ロポットさん。あなたの理想の女性像を教えてくれませんか?」
どおっという笑いが広がった。生徒を取り囲んで立っている教師達も笑っていた。菩薩は答えた。 「心のやさしい人で平和のために戦える女性が好きです。」 そのあと大きな声でハイと言って挙手し指名されないうちにマイクにかけよった生徒がいました。彼は目と耳の大きな生徒で小柄ではありましたが不思議な微捷さを持っていました。三年の女生徒の中に「原田君よ。又何か、おもしろい事、言うんじゃない」 とささやく声が流れると同時に「おいがんばれよ」という声援もおくられたのです。原田光治は中学三年生。小柄ではあるが天才的な頭脳で知られる。
学力テストでも常に学年でトップであり知能も異常に高いという噂がある。原田はマイクを持っとロポットをユーモラスに批評してみんなを笑わせた。そのあと早口にしゃべりだした。
「質問します。平和運動について、まだよくわからない点があるんです。確かに核戦争 の危機と人類の破滅は近い将来おきる可能性が充分あると思 います。 でもどうやってこの危機をのりきることができるんでしようか。僕にはよく分かりません。ですから、こういう事は考えないようにしているのです。 ここにいる大部分の人も、 いえ、日本中の多くの人達はこんなことをほとんど考えず日常の忙しさに追われて毎日を過ごしているではありませんか。僕等中学三年にとって受験の方が核戦争よりも心配の種なのです。だってそうでしよう。
核戦争について僕が今考えたってどうすることもできないんです。それは大人にまかせておくしか方法がありません。それもごく少数の大人ですね。 つまり核戦争を避けるのに力がある大人達にです。日本の大人達の中にそうした人がいるのかどうかわかりませんが、もしそうした人がいるとしてもごく少数の ほんのひとにぎりの人達だと思うのです。だとするならばロポットさんがやっておられる平和運動というのもたいした力にならないのではないかという気がしてくるのです。第一、電気製品のセー ルスに平和運動をくっつけるというのは僕には納得がいかないんです。
結局は電気製品の宣伝のためにロポットさんがこられたのではな いのですか。それなら、それで正直にそう言ってくれた方がすっきりするんですが、平和の使者のような顔をして僕達を惑わすようなまねをするよりずうっと正直でいいです。 この点につ いてのロボットさんの考えをお聞きしたいです。」
ロポット 「菩薩」 はしばらく沈黙していたので、後ろにいた田島が菩薩の頭をたたいた。その金属的な響きが体育館の空気の中に明るい楽しい調子で流れたので多くの生徒達の口もとに微笑が浮かんた。 田島がマイクを使わずに言った。
「ちょっと質問の内容がむずかしすぎるので菩薩君の頭が混乱しているようです。」
そう言った田島の声が聞きとれた前の方にすわっている生徒達の中から笑いがもれた。
後ろの方から「聞こえません」という大きな声があった。菩薩君はそれに答えるかのように「今の質問の意味むずかしすぎて私にはわかりません」と言った。今度は笑いが体育館の全体にひろがった。そのあと松尾優紀がマイクを使ってしゃべり始めたので、生徒達の注意は再び優紀に集まった。
「原田君の質問はロボット君には無理のようです。確かに平和運動はむずかしい。そして、どんな平和への努力もある日突然に起きる核戦争によってすべてが水泡に帰してしまう可能性があるんです。我々のどんな努力もすべてが無駄になってしまう瞬間は大変恐ろしいです。 しかしこういう絶望的な可能性があるからといって我々人間の平和への努力をおこたって良いということにはなりません。今も多くの人達が努力しているからこそ今の平和がたもたれているのです。 この世界は、天使と悪魔の戦いの場なのです。天使の活躍があるからこそ今の平和があるのです。 これは神話的な言い方ですけど、私達が平和のために努力するということはその背後に天使がおられるのです。
みなさん、悪魔をしりぞけ、天使の力を借りようではありませんか。私は確かに会社のセールスマンです。でも、電気製品のセールスと平和運動が矛盾するとは思いません。あらゆる職業についている人達がその職場で平和への発言をすべきだと思います。学校の先生も工場で働く人も自動車のセールスマンもすべての人が平和のために立ちあがった時、その力は必ず世界の平和に寄与できると私は信じております。確かに中学生にとっては受験の方が身近な切実な問題であり ましよう。 しかし中学生も平和のことを考え、家に帰りそういう話題を茶の間に提供することにより大人に平和の問題を考えさせ、大人に平和への努力を促すことはできるものです。そうすれば、選挙の時に、誠実な人に投票しようと大人は思うものです。選挙に行かないという人も減るでしょう」
松尾優紀は自分が言っていることをどの程度、中学生達が理解してくれたか不安であったが、与えられた時間も過ぎていたので話を打ち切った。
生徒達の盛大な拍手におくられて松尾と田島はロボット「菩薩」君と一緒に戸外に出た。
青空を見ると、白い大きな雲が動いていた。何かの動物のような美しい雲だった。
校門まで、教師と生徒が送ってくれた。
一人の中年の教師が追ってきた。「や、ご苦労さん。ソ連が崩壊しましたけれど、今度は中国が出てきますよ。その話を聞きたいものです。」
「はい」とロボットが言った。
校長と教頭が儀礼的な挨拶を繰り返していた。セールスマンが来て、こんな風になるのも異例のことですとも、教頭は言った。松尾もそうだろうと思った。
田島と松尾とロボットが車の中に入ると、「成功でしたね」と田島が優紀に言った。
松尾がまだ返事をしない内に田島が何か言おうとすると、「成功でした」と菩薩君が言うので二人は笑ってしまった。
[つづく ]



{久里山不識 ]
 「永遠平和を願う猫の夢」 「迷宮の光」  「霊魂のような星の街角」 をアマゾンより電子出版  【Kindle】

青春の挑戦 5

2021-05-07 16:34:20 | 芸術
5
彼は久しぶりの中学校になっかしさと会社とはちがう雑然とした雰囲気にとまど ったが、気持を引きしめちょっと緊張した表情で大声を出したのだった。
「大山中学校の先生方、私はルミカーム工業の宣伝課の者です。今日はみなさんにルミカーム工業の商品について知ってもらい色々買っていただきた いというお願いよりももっ と重要なことでま いりま した。実はルミカーム工業では世界平和についてみなさま方にう ったえていこうということになりました。会社がこうした問題に深入りするの を 不思議に思う方もありましようが、わか社は自社の発展を真剣に考えるならば、平和こそ第一条件であるという結論に達したわけです。この平和については、なにもわが社の特権ではありません。むしろみな様職員の方のほうが次の時代の子供達をそだてているのですから、より切実に真剣に考えているテーマだと 思われます。私はその意味でみな様と協力して世界の平和について考えていきたいと思っております。」

その時、 職員室の隅の方から争う声が松尾優紀の 声を圧倒するように、響いてきました。職員室の中の人間は、みな松尾優紀の方からそちら の方に注意をむけたのです。 一人の大柄の男の子が椅子にすわっている教師に反抗的な口調でなに かを言って います。
黒の学生服の胸元を開け、背が百七十ぐらいありがっちりした体格で、髪は伸び放題で、長細い浅黒い顔には大きな目と厚い唇があり、声の調子といい、中々中学生離れした町のお兄さん風の迫力を感じさせるのだった。
「おれか弁当をどこで食べようとおれ の勝手だろう。屋上でおれが食べたからといって学校に何の迷惑をかけたわけじゃない。先公はなんでそんなにうるさいことを言うのだよ。
それに、何だ。この間の職員会議の話を盗み聞きしてみればよ。教師の意見はわれているじゃないか。マルクス主義だの保守主義だの聞こえていたぜ。話が割れていたのは弁当のことでじゃなかったけどよ。どちらにしても、二つに真っ二つ。俺たちの前では、同じ意見のようなことを言い、中身はひどい割れ方じゃないか。俺たちに似たような意見もあったような気がしたな。内容は忘れてしまったけどよ。弁当のことだって、議論しりゃ、意見は割れるぜ。俺たちのように、弁当は自由に食べていいという教師もいると思うぜ」
松尾優紀は驚いた。マルクス主義という言葉をこの中学生から聞くとは思わなかったし、この言葉は先輩の熊野から一度、聞いて何か印象深かかったからだ。具体的な詳しい内容は聞いてなかったが、いずれ聞いてみたいという気持ちを持っていたからだ。
その頃は、教師は弁当を食べ終わった者、教室から昼の休憩に戻る者と、いたが、生徒を指導しているのは白い半そでのワイシャツをきた細面の紳士という風貌をした中年の男だった。

生徒は二人だ。松尾はちょっとそちらに気をとられ、自分の話をやめて近くの教師に事情を聞いた。大柄な男の子二人は教師の前にすわらせられているのだ。口だけは反抗的だった。つまり教室で弁当を食べることになっているのに二人で屋上で食べている所をある生徒の注進により知った担任が呼び注意を与えている所だった。
「学校は迷惑しているよ。お前たちのように、学校のルールを違反すれば集団生活が乱される。そんなことが分からんのか」
教師は生徒に反抗されて興奮して大きな声で怒鳴った。生徒も負けてはいなかった。「なんだよ。俺たちにだって好きな所で楽しく食べる権利はあるよ。学校が勝手にルールを決め、俺たちに押し付けているだけじゃないか。」
そんな風に強い口調で言った男の子は立ち上がり、教師につかみかからんばかりの勢いで言うのだった。
もう一人の男子が先生の机の上に何気なく置かれていた週刊誌を見つけ、「あ、この週刊詩。親父が言っていたぜ。「2003年の今から、二十年後の北朝鮮」というのだ。それは松尾優紀も読んでいた。
「その頃、北朝鮮は核武装をすっかり整え、日本にとって脅威になっていたので、平和憲法のもとに、日本でも、防衛省の裏方で核武装の準備を始めていた。」とその男子は言った。
教師は驚いて、彼の口を塞ごうとした。松尾は自分の頭の中でその文章を思い出した。「国民に内緒で自衛のために、核武装をするのだから、合憲とする勢力が多勢を占めるようになり、準備段階に入っていた。しかし、これが北朝鮮にもれたのだ。北挑戦は怒り狂い、自分達が持っているくせに、日本に核武装を辞めない限り、通常兵器で日本のすべての原発を攻撃するとSF風に書かれている。」
北が核攻撃すれば、アメリカが出てきて、北は全滅することを計算に入れて、通常兵器で原発をねらう、とその作者は想像している。優紀は北がどう出て、アメリカがどう出るかは分からないが、恐ろしいシナリオだと思った。
どちらにしても、こんな将来の心配を考えても、平和憲法を国に守らせ、北朝鮮に核放棄の平和志向を取らせることが日本の役割なのだと思った。アメリカの力も必要だが、中国の力も必要だ、そのためには文化交流が大切なのでは。それに、憲法九条を守り、核兵器禁止条約の批准が重要だと、松尾優紀は思った。



職員室は緊張した雰囲気に包まれた。弁当を食べている教師もハシを持ったままそちらの方に気をとられていた。
その時、優紀の友人である田島がすばやくその男の子の所にかけよった。田島は小柄ではあるが、柔道三段の太い腕で、その大柄の男の子を優紀の方にまでひっぱってきた。その間の時間は数秒であった。
怒っていた教師もあっけにとられて田島の方を見ていた。
田島はうむを言わさずにその男の子を捕まえて優紀と菩薩の前にすわらした。その生徒はびっくりした表情をしてアンドロイド「菩薩」を見た。
「何だ。こいつは。ロボットじゃねえかよ」
「そうだ。ロボットだ。平和の使徒として働くロボットだ」
菩薩は金属性の声でそう言った。
口は動かないで音だけが流れた。
「ふーん。ロボットのくせしてなまいきに口までききやがる」
そう言ってその生徒は立ちあがろうとした。ロボットはその生徒の肩を抑えて言った。
「今の言葉は許せない。ロボットだって人間だ。そんな風に僕を差別する人間を僕は憎む」
その生徒はちょっとびっくりしているのだが、それを隠すかのように乱暴な口をきく。
「ロボットが人間だって? 冗談言うなよな。お前に俺の気持なんて分からんだろう。お前は結局、人間の奴隷なんだよ。奴隷に主人の気持なんか分かる筈ねえだろ。」
「それは違う。君は勝手な人間だ。ロボットより、劣る。ロボットの心はやさしさに満ちているが、君の心は野蛮なエゴで一杯だ。」
生徒は立ち上がって妙な顔を見詰めた。
その時、優紀は微笑を浮かべて言った。
「君は中学生だろ。中学生ならこのロボット君の言っていることが分かる筈だ。君は自分のことしか考えない勝手な人間になりかけている。天気が良いから屋上で弁当を食べたい。これは誰しも思うことだ。その欲望を許したらみんな勝手なことをやりだすぞ。
そしたら、中学校をめちゃくちゃになってしまう。
分かるだろう。自分の欲望を抑え、君は正しいことを考え、行動するように、自分を訓練する必要があるんだ。君は素晴らしいエネルギーがある。それを正しく使いたまえ。神と平和について考えたまえ。毎日、祈りたまえ。」
その男の子は一種の夢遊病者のようにうなずいていた。松尾優紀は菩薩の方をふりむき、
「この少年をさっきの先生の所に連れて行きあやまらせなさい」と言った。
菩薩は「はい」と返事をし、その男の子をひっぱり、さきほどの教師の所まで、連れて行った。そして「あやまりなさい」と菩薩が言うと、その生徒は素直にあやまった。教師はきつねにつままれたような顔をして生返事をし、生徒を叱責することもなく二人とも教室へもどらした。松尾優紀は教頭に呼ばれた。校長室に入るとた ぬきのように色黒で丸い顔をした校長が目がねの中の瞳をきらきらさせて言った。「いや、これはどうも。今、あなたのお手並みを拝見させていただきまし生徒をあっかう腕前などは教師の見本という感じですな。それに又、会社の方が平和問題を訴えるなんていうのも大変ユニークですな。どうです。今日の六時間目、全校集会があるのですが、ぜひ生徒達にあなたのお話を聞かせていただきたいものです。」
「ええ、私としまし てはそのような申し出は大変うれしいです。喜んでお話させていただければと思います」
そのあと、松尾は教頭の案内で校舎の中をまわった。まだ昼休みだったのでグラウンドに出ず、教室にのこっている生徒が大変な騒ぎだった。松尾は菩薩と田島をうしろに従え、教頭のあとにあちこち目を四方にくばりながら歩いた。もの珍しそうに見る女生徒。ていねいに挨拶する中学生。教室内でポールを投げていて教頭の顏を見るとやめる生徒。将棋をやっていてまわりに数人が取り囲みわいわいやっている所もある。そうかと思えば教室の隅にすわり込みべちゃくちや、おしゃべりに夢中の女生徒。実にさまざまな中学生がさまざまな形で躍動していた。
そしてたいていの生徒は ロポットの「菩薩」を見ると驚きと憧れの表情を出して近づいてきた。彼等はも の珍しそうに菩薩の身体にさわったり「可愛いい」と言ってみたり色々話しかけての楽しんでいた。菩薩君はいつもまじめな調子で答えるので生徒の中にはからかう者もいた。
「あなたは自分を美男子だと思いますか?」菩薩君が「はい、美男子だと思います」と言うと、どうっと笑いが四方の中学生達の間にひろがった。松尾は背丈が百八十五センチあってやせていたから、ひどく長身に見え、たいていの生徒は松尾の方を見て驚いたよう な顔、憧れる顔、挑戦的な顔と色々な顔をして見せるのたった。それでもロポットの人気が抜群だったため、松尾の行く所、生徒か集まった。こんな風にして会社のセールスマンが校舎の中の見学を許可されたり集会で演説するなどは前代未聞のことですと教頭は笑いながら言った。教頭は中肉中背できわめていんぎんな男だったが、その表情の裏になんとなくずるい調子のあるのを松尾は見のがさなかった。

チャイムが鳴った。グラウンドにいた生徒が戻ってくるため、廊下や教室は生徒の人数が急に増えた。その時、さきほどの男の子が廊下の隅で別の男の子と喧嘩をしていた。両方とも大柄だ。殴りあっている様子だった。さきほどの男の子は松尾達を見ると、驚いた顔つきになり、その激しい語調を急にやわらげていた。教頭が「どうしたんだ?」と声をかけると、その男の子は「なんでもありません。ちょっとした喧嘩です。」と言って教室にもどろうとした。ところが、もう一方の男の子が涙を流し泣きながら「逃げる気かよ」と相手の肩に手をかけた。「逃げるわけ じゃねえよ。先公達が来たからやばいだろ」その男の子はちよっと激しい口調たった。 「おい、待て」田島がその男の子の前にふさがった。「なんだよ。てめえ、先公でもないくせに何で出しやばりやがるんだ。」
男の子は口調は戦闘的だが、あきらかに逃げ腰だった。
「まあ。落ち着け。あいつ、泣いているじゃないか。何で喧嘩していたのか、ちょっと訳をきかしてくれよな。さつきは先生に反抗し、今は友達をなぐ るっていうのはあんま穏やかじゃないからな。」教頭が松尾に小さな声で耳うちした。 「この子はうちの学校の問題児なんですよ。大変むずかしい子でしてね」 松尾はその男の子と田島のそばに近かずいて、言った。「君の名前、なんて言うんだい?」「俺の名前か。川山海彦っていうんだ。」「君と友達になりたいね。」
「小づかい、くれるかい」
「小づかいはないが、君にはできるだけ僕の贈り物をしてあげたいと思う。これは僕の名前だ。ぜひ、ここに遊びに来てくれたまえ」
「じゃあな。あばよ。」



川山海彦は教室の中に入って席についてしまった。松尾優紀は生徒がみんなの席につき、静まった廊下でまたざわつく教室を見、教頭と話をしなから再び職員室にもどった。五時間目は職員室の中で待った。授業に出ない教師、教頭、校長、生徒指導主任などが映像詩を見てくれた。見終わったあと、松尾はまばらにいる職員の中を回って、感想を聞こうと思った。映像を見終わった後、感想らしい声が何も聞こえないのも奇妙に思われたからだ。
新聞や本を読んでいる教師や鉛筆を紙の上に走らせて仕事をしている教師、雑談をしている教師、実にさまざまな形がそこにはあった。松尾は暇そうにしている教師を見つけ話しかけた。
「どうでした。映像詩は」
「大人に見せるのには良い映像詩だと思いますよ。中学生はまだ子供ですからね。残酷な場面がいくつもあったでしょう。中学生に見せるのには、私は賛成出来ませんね」
お茶を飲んでいた浅黒いこわもての顔をした教師は目を丸くして松尾を見つめそう言った。
「それに、お宅の会社は面白いことを始めましたな。営利企業が広島の原爆を映像詩にする。理解しにくいですな」
その時、ロボットと田島が松尾の近くに来た。
「平和のロボットですか」とその教師は言った。
「愛称は『菩薩』っていうんです。わが社はですね。単に自社の利益追求ということたけでなく人類の平和と経済に貢献できるために寄与しようと願っておるわけです。 ともかく経済の発展のためには平和が必要です。核兵器をこの地上よりなくすことは緊急にやらねはならぬことなのです。
世界平和のためにわが社が貢献できれば大変名誉なことです。」
「ほほお、そうですか。」面白いことをルミカーム工業さんは始めましたな。それで、商売になるんですか。企業は利益が第一だと思いますのにそんな採算のあわないことをやって大丈夫なんですかね。もっとも、お宅の会社なんか内部留保が沢山あるから、そういう余裕があるのかもしれませんね。お宅は車もつくるのでしょ。車は僕はこの間まで乗っていましたけれど、一か月ほど前からやめましたよ。考えてみれば、車は小さな子供を脅かしますし、日本古来の美しい風景を破壊してきたのですから、法人税を沢山払うべきですよ」

「そうですか。確かにそういう疑問はあると思います。なんならその答はわが社の開発したロボット「菩薩」君に答えてもらいましよ う。」
「おーい。菩薩君に平和について喋らせてくれ。」と松尾は菩薩と田島に声をかけた。
田島は松尾の声に徴笑を浮かべ菩薩に合図をした。すると菩薩は松尾のいる方向に歩き始めた。そしてまるで生徒のようにまじめな雰囲気で教師の前に立ったのだ。
松尾は菩薩に言った。 「菩薩君、答えてくれたまえ。わが社がなぜ平和問題と取り組むこと になったかについて。明快な答を頼むよ」
「はー 。社長。松尾社長。今度ルミカーム工業の宣伝担当の子会社として平和部門をあっかう松尾社長」
「おーい 、余計なことは言わんでくれよ。」
松尾は菩薩君がまちがったことを一言 ったのでびつくりした。松尾は子会社の社長になったわけではなく宣伝課の係長にすぎないから、 こんなまちがいをロポットが言うのに内心動揺していた。冗談に言っていたことが菩薩君の電子頭脳に人力されてしまったのだと思った。



【つづく]