空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

銀河アンドロメダの猫の夢 21 【夢から覚める 】

2018-11-27 10:38:40 | 文化

 窓の外に、しとしとと降る雨音が聞こえてくる。梅雨なのだろうか。部屋の壁のカレンダーが六月になっている。

それにしても、ここはどこなんだ。机の上に見慣れた仏像が飾ってある。うん。とするとここは地球の京都のようだ。吾輩は本物の猫に戻っている。目をさましたようだな。何かとてつも長い変な長い夢を見た。

銀河アンドロメダの夢というやつだ。

でも、地球と少し似ていて、また違っているようでいて、奇妙な所だった。

変人の主人はどうしているかな。

何。朝から新聞を見て「共謀罪成立」と騒いでいる。

今日は日曜日のようなのかな。

どれどれ、のぞいてみるか。

奥さんと何か話している。

「おい。共謀罪が成立したぞ」

「あら、そう」

「随分と呑気だな。日本は少しおかしいぞ。」

「もともと、おかしかったのよ。だから、福島原発事故になったのでしょ。きちんとした世論というのがつくりにくいのよ。井戸端会議がチャットなんてものに変わってしまったでしょ。本当はそこで、民主的な話し合いがされて、素晴らしいポエム・文化あるいは政治的な意見が形成される筈なのに、不思議なことにそうはならない。あれはピンキリよ」

「どんな風に」

 

 「あたしのようにね。優雅な文化を持つ奥さまがたや、お嬢さま方の本当の優雅な文化のお話しをするチャットから、地獄のチャットまであるのよ」

「うん。なんだ。その地獄のチャットっていうのは」

「自分のことは棚に上げて、人を中傷するうわさ話をするのを専門とする所よ」

「ふうん。そうだろうな。そんなの見当がついているよ」

「でも、天界のチャットでは、私のように優れた文化の話をしている人達も沢山いるのよ。勿論、天界のチャットから、地獄のチャットまでの間に百ぐらいの色々な段階のチャットがあるのじゃない。魂のレベルによっては、三千あるという人もいるわよ。」

吾輩はここまで聞いて、吾輩の夢を仲間の黒助に話そうと思ったが、話せば、どういう風になるか見当がつく。それでも、懐かしい懐かしい友だ。夢も壮大なアンドロメダ銀河の夢だから、これをあいつに話さずにはいられない気持ちにかられる。黒助はいつも吾輩を見ると、ふんとえばった顔をする。彼にこの夢の話をすれば、少しは感心するだろう。

 ところが会って、いさんで話したら、例のふんというやつを二度もやって、それから言った。やはりこいつの頭のレベルに話したら、こうなることは見えていたではないか。それでも、彼の顔を見ていると懐かしいから不思議だ。

「何、トラ族。ライオン族のヒト。そんなものいるわけないだろ。

お前、ついに頭をやられたな。

第一、話の内容を聞いているとよ。フランス革命から第一次大戦、ヒットラーと何か歴史をごちゃまぜにしているだけじゃないか。」

「でも、夢だから」

「俺はそんな夢は許さん」

「許さんと言ってもね。僕が見る夢なんで、夢って、多少脈絡に変な所があるよね。それが夢ですよ。それに、核兵器のない世界をつくろうとか、憲法九条を守って、世界を平和の方向に向けようとか、何か一つのテーマが夢の中に流れているような気がする」

黒助君はどうも吾輩の言っている意味が分からないのか、すっとぼけた顔をして、突然大きなあくびをした。

樹木の上ではカラスが大きな声でないて、飛び立った。雨はしとしと降っている。

 

 「もしかしたら、黒助の君とこうやって久しぶりに地球の京都で話しているのも夢かもしれん」

「何。夢ではない。俺は現実だ。夢だなんていう奴は許さん」

「信長は人生、五十年、夢まぼろしのごとしって言ってたよ。仏教のお坊さんもよく言っているじゃないか。

この現世は幻のようなものじゃ。真如を発見しなければ、ならんとね」

「真如。何だ。それは食べ物か」

「やだな。もう忘れたの。黒助君も少し物忘れの兆候が出てきているのじゃないかな。あそこの禅のお坊さんよ。よく掃除をしている年配のお坊さんよ。

掃除をしていたら、ほうきではいた石が飛び、コーンと音がした。その音で真如の世界を発見した。真如の世界では人も猫も同じ仲間だ。何しろ、仏性どおしだからなって、会うたびに言うじゃないか」

黒助はやはり、仏性と聞いてもまんじゅうのように丸い何かうまそうな食べ物を想像しているらしい。顔つきで分かる。そう言えば、道元の言葉に「全世界は一個の明珠である」というのを思い出した。

 黒助と話していてもしょうがないから、自分の家に戻って、主人の書斎に行ったら、部屋の中がいやに乱雑になっている。

本も増えているせいか、そこら中の畳の上に、本が積んである。

吾輩は久しぶりにこの部屋に寝ころんだら、本の上のコーヒー茶碗を転がしてしまった。中に半分ほどコーヒーが入っているのだから、薄い表紙がすっかり汚れてしまった。雑誌のような薄い本だから、彼もそう目くじらたてまいと吾輩は勝手に思った。

ただ、よく見ると、タイトルに「脳幹と解脱」と書かれている。

また奇妙な本を読んている。科学の本なのか、禅の本なのか分からない。それに本というにはかなり古ぼけた本だ。

 

しばらくして、入つてきた主人は大騒ぎになった。

「玉城康四郎先生の大切な本にコーヒーをひっくり返したな。何やっているんだ。お前は」と主人は怒り心頭である。

そんな大事な本の上にコーヒー茶碗を載せておく方が悪いと、吾輩はにやあにやあと猫の言葉で言った。やはり、ここは銀河アンドロメダの夢と違って、まるで通じていないようだ。

 「でも、この本。大分、古くなったし、安い本だから、新品のに、取り換えよう」と一人ぶつぶつ言っている。

書斎のテーブルに向かい、既にあったパソコンにしがみつき、何かインターネットやらを始めた。

「驚いた。千六百円の本が五千五百円になっている。」と主人ははしゃいでいた。

 

吾輩はそんな高価な本なら、コーヒー茶碗を載せておく方が失礼だ、と言ってやりたかったが、なにしろ、本棚をよくよく見ると、玉城康四郎先生の「正法眼蔵」の厚手の本は全巻仕入れ、本棚に飾ってある。それで、この薄い一冊ぐらいは親しみの思いで畳の上に置いていたのかなと、吾輩は想像した。

 

主人はパソコンの前で、ファウストのようにうなっている。

「パソコンは便利で楽しい。しかし、故障すると、それを直すのに、この間のことでよく分かった。まるで非人間的だ。

のっけるものは素晴らしい文化、しかし、ハードは人間の精神を抹殺するようなものがある。しかし、人間のつくった機械の多くがそういうものがある。何百億円もする戦闘機も戦いもしないで、故障で墜落することがあるのだからな。

だからこそ、先生の本を読まないと、人間の心を取り戻せなくなる」と主人は急に厳粛な顔になって、机の上の仏像に手を合わせた。

 

 それから、吾輩は黒助に会いに行く。

外は雨だ。隣の垣根にビヨウヤナギが一面に咲いている。

その黄色い五枚の花弁があんまり美しいのでみとれて、多少雨にぬれてしまうかも、それでも仕方あるまい。それでも、にやーと猫語で黒助がいるかどうか声をかけてみた。

隣の家は声楽専門の高校の音楽教師のようだ。おまけに オペラが好きときている。

戸口があいているので、雨の音にまじって、聞こえてくる。

どうもセビリアの理髪師であるらしい。前にも聞いたことがあるから、直ぐ分かった。伯爵は身分を隠し、貧しい男になって富や身分でなく、恋する女が真実の自分を愛するかためす、そういう伯爵、それを応援する何でも屋の理髪師の話だった。その歌っている場面は恋敵の男が伯爵をおとしめる策略を練っている場面だ。それには中傷がいいと助言する者がいる。

あの頃、権威であった善良な伯爵でさえ、うまく中傷すれば悪者になるという内容の歌だ。こうなると、名誉棄損では弱い。名誉棄損は悪質なものは痴漢と同じくらいの重い不正という認識が必要だ。猫でもここの場面の歌を聞いていると、そう思う。

「中傷はそよ風のように」心地よく人の耳に入り、人の心と脳をまひさせ、そしてうろたえさせてしまい、やがて雷や嵐となって変貌していく有様を歌詞にしているのだと、吾輩は思った。               

 吾輩は「如来の室に入り、如来の衣を着、如来の座に座して」という経典の言葉を思い出した。同時に、「大慈悲心」が大切なのだと思った。こんなことで争うのは愚かなことだ。

 

 黒助が吾輩のにおいをかぎつけて、

「お、来たな。先生のまたへたなオペラの練習だよ。オペラが好きなんだから仕方ないか。俺もオペラを聞くのがきらいでなくなった。お前、最近、どこへ行っていたんだ」

 また、黒助の物忘れが始まった。それでも、オペラの感じ方が前と違う。どうやら、雨にうたれて黒助も詩人になったのかもしれない。

 部屋に戻ると、隣りから聞こえてくる。

「おい、千六百円の雑誌が五千五百円になっているぞ。さすが、玉城康四郎先生の本は値打ちがある」と主人は奥さんに大きな声で言っている。

「あら、キリストと仏教の道元の考えが同じだと主張する先生ね」

「キリストだけでない。孔子もソクラテスも道元の仏教とも比較して、宇宙の形なきいのちととらえている。純粋生命ともいう。

それをキリストは神のプネウマ。孔子は天命あるいは道。釈迦はダンマと言われているが。これはみんな生命のみなもとなんだよ」

 

吾輩はあとで、一人になって、書棚に戻された例の本を読んでみた。

こう書いてある。

「ブッダの教えを長いあいだ学んでくると ダンマの形なきいのちが私の体に通徹してくる。そうすると、これはもはや仏教の枠組を超えて、ブッダ以外の人類の教師たち、キリスト、ソクラテス、孔子などにも、おのずから通じてくるのです。

互いに形はちがいますけれども、本質的には同じことを教えていることが知られてきます。ブッダを学んだだけでもそうなるのですが、先に述べましたように、科学との対応関係を考えてくると、いつそう深刻にうなづかれてくるように思います。」                

 

 

 

                      【つづく】

 【久里山不識より奇妙な夢の話】

本当はこういう現実の地球の話をいくつもこの物語に入れるべきだったのでしょう。というのは、「アンドロメダ銀河の猫の夢」は、やはり、夢のような話ですし、荘子の有名な話にあるように、夢が本当の自分なのか、夢から覚めた方が本当の自分なのだろうかと考えるのも面白い。

つまり、荘子の「いつか荘周は夢に胡蝶となる。その蝶々になったことを楽しんでいた。荘周のことは全く知らなかった。

やがて、目を覚ますと自分は荘周ではないか。荘周が夢で胡蝶となったのか、それとも、胡蝶が夢で荘周となったのか、私には分からない」という有名な話がありましたね。

ちょうちょになった夢を見た。はたして、ちょちょうが本当の自分なのか、人間の自分が本当の自分なのか、こんなことは、分かり切った話だと思うならば、こういうイメージはどうでしょうか。

臨済録によれば一心は無なのだから、両方とも幻のような自分と解釈しますね。仮に霊界があるとすれば、霊界の自分も無が現われたもの。この地球に生まれた自分も無が現われたもの、この無を西欧風に霊とか聖霊とかに置き換えると、無の印象がまた違って見えてきて面白いと思います。

ハイデガーの言う「存在」も興味深い。臨済録は「一心は無」だと言う。そうすると、一心はハイデガー流に言えば、存在ですから、臨済の話からすれば存在は無だということになり、その時、宇宙の真理が分かったということになる。まあ、色即是空を思い出しますな。

 


銀河アンドロメダの猫の夢 20 【猫族の行列】

2018-11-23 12:27:57 | 文化

  

   夕日の射す大空が燃えるような薔薇色とこの惑星特有の山吹色の地表に遠くの緑の丘陵が輝き、どこへ行くのか白い鳥の彷徨うそうした道を我々は歩き、緑の大木の下で寝て、今度は朝日の荘厳な光に目を覚まし、美しい鳥の声を聞きながら迷宮街を見る。そして歩く。

ハルリラは人のいない広い道では、時々空中回転という特技を我々の前で披露する。空中で剣をぬいてから、地上におりる所など、まるでサーカスだ。こうやって、武術を絶えず磨かないと、腕がにぶると、彼は笑う。

そして、我々は時にはベンチに座り、駅前で買った弁当を食べる。このようにして、猫族にとって悪名高いゲシュタポが出るというW迷宮街をしばらくうろうろ歩いたが、結局、そのようなものは現れなかった。

やはり、銀河鉄道の乗客である証拠の金色の服を着ているせいか、我々を遠くから見て、近づかなかったのかもしれない。囚人服を着ている詩人を吾輩とハルリラが両側にいて、詩人が目立たないように歩く工夫もした。それでも、どこからか、水鉄砲からくると思われる水が詩人の身体に吹きかかることがあった。そのたびに、ハルリラが周囲に鋭い目をひからせることはあった。

 

W迷宮街をやっとの思いで、抜けると、次に出たのは道そのものが奇妙なV迷宮街だった。真実、奇妙な街だった。       

家屋がみんな何らかの動物が大地にうずくまって遠方を見ているような雰囲気が感じられるのだ。窓が右と左の両目のようになって見える場合が多いので、なんとなく家に見つめられている感じがするから奇妙だ。

ある家は猫の姿。ある家は虎。ある家はライオン。ここの町の条例で、建築物はその所有者の民族を表現するようなデザインが好ましいとされているということが、吾輩、猫の耳にも届いているのである。

色はまちまちであるが必ずしも猫科ばかりでないところがまた面白い。中には、あざらしとか、イルカとか、もある。

 

こうした無数の奇妙な建築の家屋の背後には、大きな敷地を持つ黒い五重の塔や赤い色の高楼がそれだけがまともな建築とでもいうように、青空に顔を出すような具合で、軟らかな日差しに輝いていた。町の横丁から、静かな少し広い通りに出た。

建物の屋根には幾羽ものカラスがとまり、下の道には、本物の猫が野性のように素早く動いている。カラスと猫の多い町という印象を持った。吾輩は本物の猫と猫族の人とは違うと当たり前のことを考え、それから、奇妙な建築の群が何とも不思議なことのように思われた。

 

そこに流れる澄んだ糸のような小川を見た時、吾輩の耳に幻聴のように響いた詩がある。

「青色の川の渦を見て、昼間の踊りの歌を夢見る

祭りの日にうたう歌だ

綺麗な衣装を身につけて、老若男女が入り乱れて

若草の燃える土を踏みしめて

息ずく呼吸の音もやわらかく

喜びの鐘の音も青空にひびく

その春の日に町をあげて歌う祭りの喜びを歌うのだ

僕らがどんな悪夢を見ていても

それが夢であるのなら次の夜には希望の夢がほのぼのと頭に浮かび、

僕らは美しい酒を飲み干すのだ。」

 

  そんな風な動物の群のような家にもきちんと窓がいくつもついていて、おしゃれなカーテンが垂れ下り、どの家も個性的で美しく、庭にはみかん色の果物が枝もたわわになるほど、沢山なっているかと思えば、薔薇や百合の花が咲いている所もあった。しかも町全体としても、奇妙で不思議ではあるが、静けさと美といのちの魅力があった。

条例によって、にわかにつくられたのかなという吾輩の思いを掻き消すかのように、その街角、街角のどことなく古めかしいベンチ、それに小さな公園、街路樹、神社にあるような多くの古い灯篭がやはりこの町はごく自然に長い歴史の中で、偶然に出来上がった美しさという古めかしい優雅な歴史を物語っているように思えた。

さらに大きな通りに入ると、ゆったりとした感じがして、くねくねと曲っていて、途中には小規模のさびれた墓地がある。それが道をある程度、行くと、同じような墓地があるという風である。墓地の入り口らしき所の門の上に猫の彫刻が乗っかっている。

 

  これも奇妙な感じがするのだ。これだけの美しい道に、人以外の車めいたものが一台も通っていないとは。

 吾輩の前を歩く二人は、カジュアルな服装をした若い男女だった。虎族であろう。二人とも背が高い。女は薄い茶色のパンツに濃い太いベルトをしめ、シャツの上に赤いニットガウンを羽織っている。虎族の美人というのは、鼻が高いし、唇が大きい。その上、ブルーの瞳にきらりと鋭い光を放つ。

女は吾輩を見て、言った。

「ねえ、猫族が歩いているわよ」

吾輩はその言い方に何か嫌なものを感じて、猫だって足があるんだから、そりゃ歩きますよ。そんな当たり前のことがあなたには分からないのですかと内心思ったりしたものだ。

男は「でも、金色の服を着ているから、銀河鉄道の乗客なんだろ」と答えた。

男は花柄のあるパンツに上は白のTシャツにブルージャケットを着ている。男は肩幅が広く、腕がおそろしく太い。黄色い髭が顔じゅうにはえ、その髭の森から二つのつぶらな瞳がのぞいている。

「本来なら、胸にバッジをつけるのにね」

「そうさ」

「猫族って、何かいやーね」

嫌な話をしているのはそちらではないですかと、礼儀の知らない奴だと吾輩は言ってやりたかったが、二人はいつの間に、向こうの方に行ったしまった。

 

通りの横には、樹木の枝のように、沢山の小道が伸び、そしてそれはまた狭い路地になる。

狭い路地は華奢で優雅な動物にデザインされた家にはさまれてはいたが、そこも亦、迷路のように、入りくんでいた。そして、その路地には、たいてい本物の猫がうろうろしていたり、時には瞑想しているように、座っている。

それは迷路そのもののようで、時にはレンガ色の石畳の坂があったり、西洋風の教会があるかと思えば、古色蒼然たる神社や広い境内のある寺があった。

 そよとした南風が吹き、やわらかい空気が好もしく、隅の花壇にある花は宝石のようにまばゆい色と光を周囲に放っていた。

 

 神社の鳥居のそばには、井戸があり、あちこちに清らかな水がこんこんと湧きだし、道の土をぬらしていた。どこからか、ショパンかと思われるピアノの音が聞え、歩くのも心楽しい町だった。

さっきとは違う真っ直ぐな大きな土の通りに出た。硝子窓のある洋風の家が多かった。コンビニの透明なガラスの向こうに、週刊誌を立ち読みする背の高い青年がいた。スーパーもあり、歯科医院もあった。交差点には、レンガ色の壁のドラグストアがあり、その横にそば屋があった。

やはり車も通らず、人も少なく、静かな街だった。

街灯には、まだ明りはともっていなかったが、一番てっぺんに、丸い黄色い石がトパーズのような高貴な光を放っていた。

下の方には、ブルーの花がかごに入っていた。

歩く人々は虎のような顔立ちをしていた。猫族の人と虎族の人は微妙に違う。猫のような顔立ちの人達は胸にバッジのようなものをつけていた。例の「猫族」という奇妙な文字の書かれたバッジである。

 

 虎族のような人達は、猫族よりももっと威厳と品性を持ち、本物の野獣の虎と違って、おっとりと優雅な雰囲気を持っていた。

 ところが、山吹色のポストのある郵便局を過ぎたあたりから、険しい表情をするトラ族の人達が急に増えた。どうも制服を着ているので、兵士や役人めいた連中が目につくようになったせいかもしれない。

吾輩、寅坊は虎族の人の表情に急に不安になり、なんとなく、周囲が緊張した感じになっていることに不安になり、よくよく周囲を見回した。町の特殊な美しさも、静かな夢のような静寂な街路も安どの気持ちにならなかった。

 

ぞろぞろと行列を組んで歩かされている猫族の人達の胸に、茶色のバッジをつけている集団を見た。茶色のバッジには、「猫族の悪人」と黒で書かれていた。周りには銃を持った虎族の兵隊が黄色い軍服を着て、厳重に監視している。吾輩はどこかで、見たような光景だと思った。

そうだ、ナチスに連行されるユダヤ人の姿によく似ている。

「迫害されたユダヤ人を連想させる」と吾輩は言った。

「そうさ。おそらく、この猫族の人達も収容所に連れて行かれるに違いない」と吟遊詩人は悲しそうに言った。

「ドミーがいる」とハルリラが叫んだ。

「え、本当」

「ほら、母親と一緒に」

背の高いでっぷりした猫族の男の影になるところに、ドミーと母親が歩いているではないか。ああ、すっかりやつれた姿と青白い顔をしている。

森から出てきたばかりの妖精のような彼女の何という変わりよう。

吾輩は思わず、彼女の方に走っていた。

が、吾輩はトラ族の軍人によって、行く手をはばまれ、銃をつきつけられた。

ハルリラが剣をぬいて、吾輩の隣にきたが、ハルリラには別の兵士が銃剣を突き付けた。

ハルリラは剣で、その銃剣を払いのけた。

すると、十人近い兵士がかけつけてきて、「何者だ」と一人の兵士が言った。

「知人がこの沢山の人達の中にいたから、驚いただけですよ」と吟遊詩人が言った。

「そうか。ところで、貴様は囚人服を着ているな。ヒト族のようではあるが、この猫族の行列の後ろに並ぶのが良いのではないか」と兵士の上官が言った。

その時、緑の目をした知路が現われ、笛をふいた。周囲の者があっけにとられていると、詩人の服はいつの間に金色の服に変わっていた。

兵士の上官は知路を見ると、なぜか、尻込みをして、慇懃な言葉で、「ご苦労様です」と言って、敬礼をした。

兵士達は行ってしまったが、そのあとも、我々が猫族の行列を見守っていることに変わりなかった。

我々は茫然と立ち尽くしていたのだ。それほど、凄まじい猫族の行列である。ドミーは既に列の先の方に歩いている。

顔だけが、吾輩と同じ猫族の顔をしている人達で一杯だ。吾輩は悲しみにひしがれた。同輩が何故に引き立てられていくのか、分からない。自分も銀河鉄道の乗客を示す金色の服と胸のポケットに持っている銀河鉄道の乗客のカードがなければ、同じ運命にあうかもしれないのだ。

こんなに神秘で美しい町に見る残酷な光景に、吾輩は驚いていた。

 

町の街路には、猫族の人達が充満していて、彼らはカバンを持ち、子供の手を引き、黄色い顔に憂鬱の表情を浮かべ、うなだれるようにしている。そうした猫族の人達の悲しい集団がうようよと歩いていくのを、吾輩は見て、胸が痛んだ。

ああ、わが愛する猫族の人達よ。何も悪いことをしていないのに、ただ、猫の顔をしているというだけなのに。猫の先祖がネズミにだまされて、神様の元旦召集に遅刻したということで十二支に入れなかったというだけで、こんな目にあうとは。十二支に入っていないのはライオン族やチーター族など他にもいるのに、猫族だけが明日のいのちすら、分からぬ列車に連れられていくのだ。大人も子供も老人も。美しい男も女も。ただ、猫に似た顔をしているということのために。

我々はたちつくし、ぼおっと見守るしかなかった。ハルリラの剣も二百人はいると思われる銃剣の前に、引き下がらざるを得なかった。

「こういう緊急時の魔法の習得をサボっていたことが今になって悔やまれる」とハルリラは悔し涙を出した。

「これは忘れてはいけない宇宙歴史の事実だ。差別の理由などないに等しい。

無理につくっているのだ。祖先の違いだとか、肌の色だとか、民族の歴史の違いだとか。悲しいことだ。こういうことをなくすためには」と吟遊詩人がつぶやいた。

吾輩の耳にも最後の所がよく聞き取れないほど、小さな声だった。

 「川霧さんは、ヒトは皆、兄弟という考えを広めることが大切と言うのでしょう。」と知路が言った。

「冗談言うなよ。魔界の女のくせに」とハルリラが言った。

「川霧さんの詩とヴァイオリンはいつも遠くから聞いているの。こういう詩を書く人の気持ちとあたしのは波長が合うのよ」

「ハルリラ。この女の人は私を助けてくれたのだよ。お礼を言うのが礼儀だ。もしかしたら、知路さんは何かの事情で魔界と縁を持ってしまったので、魂は綺麗なものを持っているのだよ」と吟遊詩人は言った。

「ありがとう」と知路は涙を流して、一瞬のうちに消えた。

 

                                                          ( つづく )

                     久里山不識

 

 

 

 

 


銀河アンドロメダの猫の夢 19 [迷宮の黄色いカフェ]

2018-11-22 10:17:31 | 文化

駅前に大きな案内図がある。

駅を中心に三方に大きな道路が郊外の方に延びていたが、我々はどこの道を行くか迷った。

確かに、道行く人々は地球の人間よりも小柄な感じがするが、顔は宇宙辞書にあったように、猫科の顔と地球人類の顔をミックスしたような人が多いような気がする。

案内図からは、どちらのコースを行っても、奇妙な道に出る。案内図にも迷宮と書いてあるのを不思議に思って、吾輩、寅坊は見たのだが、確かに、碁盤の目のような整然とした道ではなく、逆である。たいそう、入り組んで、道がくねくねと曲っている。時に、道が途中で途切れている所もある。そして、突然のように、別の迷宮街がある。Z迷宮街、W迷宮街、X迷宮街、N迷宮街という文字がやけに目についた。

「号外。号外」という大きな声が背後からした。ふと、振り返ると、若く逞しい男が「号外だよ。地球のピケテイがついに『二十一世紀の資本論』を著した。わが国では、虎族と猫族の経済格差は開く一方、これもピケテイの理論によって、説明できるという内容だよ」

我々は号外を受け取った。

中身は虎族が国の富の半分を独占している。これは以前から、ヒョウ族などからも不満が出ている話だった。

「ふうん。ここでも大きな経済格差が問題になっているのか」と吾輩は驚きで、ため息をついた。

 

 白い花が咲いている樹木の横の案内図の近くで、吟遊詩人は歌うように、言った。

「大きな経済格差はいけませんよ。」

そう言うと、彼はヴァイオリンをかきならした。ふと、帽子をかぶったビジネスマン風の男が立ち止った。黄色い髭をはやした大きな黄色い顔で、まるで虎と人をミックスしたような奇妙な顔立ちであるが、優しい目に知的な光が輝いていた。

詩人は手を休めると、又歌うように言った。「人間、生きていることは生かされているのです」

吾輩、寅坊は自分の呼吸を思った。息を吸う、吐く。これだけのことがなかったら、吾輩は確実に死ぬ。空気に生かされているのだ。この惑星は空気が綺麗。おいしい。素晴らしいことだ。吟遊詩人は違ったイメージで言っているのに、吾輩の頭には、奇妙なことばかり、浮かぶ。

そばに立っていたひょろりと背の高いリス族の若者が小さな顔を赤らめて、「それで、続きは? 」と言った。

詩人は微笑して、その青年に語るように、さらに続けた。「多くの人の手によって、自分は生かされているのです。どんな金持ちも自分一人で、生きていくことは出来ないのです。

トリクルダウン効果【高所得者が豊かになれば低所得者にも富がしたたり落ちる】なんていう経済感覚は庶民をなめているエセエリートの発想ですよ。謙虚に考えれば、多くの庶民の助けによって、大金持ちになったのではないでしょうか」

ビジネスマン風の男とリス族の若者は大きな拍手をして、急ぐように立ち去った。その少し前から、立ち止って、買い物かごを手に持った猫のような顔をした小母さんがやはり拍手しながら、詩人の言うことに耳を傾けていた。横に十七才ぐらいの女の子が目をキラキラさせながら、詩人を見ていた。

猫族の女の子で、深紅と青と黄色のまざった民族衣装を着て、妖精のような感じだった。

詩人は「君の瞳の奥に何がある ? 」と歌うように言った。

「え」と少女は丸い目をさらに丸くして好奇心を輝かして、詩人を見た。

「あなたは音楽をやるの」

「うん、詩作もね」

「何か、良い詩が出来ましたか」

「 小麦粉が降りかかるよ町の家の窓に

並木道の緑に小麦粉の白いふっくらとしたあったかさがつもるよ

春の衣装を着た町のいのちの流れ

嬉しさと憂鬱な思いで ジャムのぬられたパンを食べ、コーヒーを飲む

美しい空の青さに酔いしれて春の風を心に感ずるよ

 

さわさわと吹く風の音楽と共に

春は小麦粉をまきちらして 町の中を歩いていくよ

夕闇の中に映る町の影よ

どこからともなく永遠の町から町へ

幸福の吐息が聞こえてくるよ

ああ 永久に墓石の上にとどまる風のため息

緑の梢にさざめく青い羽根の小鳥の夢のような声

庭に咲くコスモスの花それによりかかる白い腕

人の歩く道は軽やかで歌のようだ ああ町の真紅のばら    」

 

しばらく沈黙があった。そのドミーという女の子は寂しそうに言った。

「あたしの家は貧乏よ。森の中に住んで、父はきこりをしているわ。

お金持ちになるには物凄い努力がいるって、父はよく言っているわ」

 

詩人はにっこり笑い、「努力だけではね。例えば、地球では、三菱をつくった岩崎弥太郎。土佐藩の貧乏武士でした。明治維新という社会の転換があり、彼は土佐藩出身という有利な立場を利用して、大財閥になったのです。もし明治維新という多くの人の動きがなかったら、彼がいくら才覚があっても、もとの貧乏から脱せなかったでしよう。

ピケティの言うように、大きな経済格差をなくさなくては、国民の幸せは得られないのです」

そんな風な少し長い話も、詩人の言葉は、吾輩の耳には、歌っているように聞こえた。

吾輩は猫であるから、虎族が多くの富を得ているという号外には強い関心を持った。この惑星で起きていることは、ピケテイの指摘するように、あの青い懐かしい地球でも起きている。

 

 やがて、我々は買い物があるらしいドミーとも別れて、Z迷宮街への道を選んで、歩いていた。いつの間に、空に魔ドリが飛んでいた。「久しぶりだな。この惑星にも魔ドリがいるらしい。」とハルリラが言った。吾輩もハルリラと一緒に、素早く走るように飛ぶ数羽の魔ドリを見て、ドキリとした。ふと、気が付くと、吟遊詩人は囚人服になっていた。そして、我々の歩く前方に、緑の目をした美人の知路がいた。魔界の娘とは思えないほど、魅力的だった。

「あら、川霧さん、お久しぶりね。この惑星でも、お会いできるとはうれしいわ」と知路は微笑して、吟遊詩人に挨拶した。「囚人服を脱ぐために、あたしの笛は吹きましょうか。あなたのヴァイオリンも今度は、うまくいかないと思うわ。免疫がつくられたと思う。あたしの笛は大丈夫よ。どう。吹きましょうか。あなたを助けたいの」

横から、ハルリラが「知路の世話にはなりたくないな。」と大きな声で言った。

知路は顔を真っ青にした。そして、一瞬にして、消えた。

さらに我々は歩いた。ゴッホの「黄色い家」のような黄色い壁のカフェに出会った。そばの小さな庭には百合の花が咲き、さわやかな日差しが当たって、そこら中が宝石のように輝いていた。店の入口の横にある高い樹木の上から、何の花だろうか、赤い美しい花が空を浮かぶ小舟のように、舞い降りてきた。中に入ると、マリアのような女性を表現した透けたステンドグラスからも先程の日差しが入り、テーブルの上に光の小さな海をつくっていた。

 

我々はそこに座り、そこで、コーヒーを飲んでいると、一人の小柄な中年の男がやってきた。口ひげをはやし、穏やかな表情をしている。

「ここに座ってもいいですか」

「どうぞ」と吾輩は言う。吾輩は彼を見た時、何か懐かしいような感じがしたのだ。そう、猫の匂いがする。丸い小さめの顔は人の顔だが、どこかに猫の顔立ちが混じっている。

「お宅は銀河鉄道の客人ですか」と彼は聞いた。

「はい」

「私は特にお宅に興味を持つのですが、猫族ではありませんか」

「ええ、確かにその通りです」と吾輩は何か嬉しいような気持ちでそう言った。

しかし、ネコールというこの男は厳しい顔をしながら、「気をつけた方がいいですぞ。この通りはまあ、安全ではあるが、迷宮によっては、ヒットリーラの一味が猫族を狙っている」

「何、どうしてですか」

「ヒットリーラ大統領はこの国の独裁者です。彼らは虎族以外は人間でないという思想を持っている。それでも、ティラノサウルス教を信じていると、まあ、準虎族扱いされる。お宅はティラノサウルス教を信じているのかね」

「何、そんな変なものは、始めて聞く」

「そんなことをヒットリーラの直属の兵に聞かれたら、即、逮捕です。囚人服を着ている人は監獄から逃げてきた者とみなされる。人も差別の目で見る場合がある。そして、悪くすると、収容所に連れて行かれる」

吾輩は京都の出身であるから、あそこは仏像の都。本当に信じているかと言われると、戸惑うが、「仏教を信じているのだが、それでは駄目なのかな」と質問してみた。

ふと、吾輩の目に弥勒菩薩や三十三間堂の観世音菩薩の高貴な上半身が目に浮かんだり、消えていった。

「仏教。何ですか。それは聞いたことがないですな。どんな教えなんですか」

「お釈迦さまの教えです。宗派によって、多少、説明の仕方が違うのですが、人には不生不滅の仏性がある。つまり、その人には宇宙生命があるということです。ティラノサウルス教はどういう教えなんですか。」

「ティラノサウルスという神がいるという信仰である。昔、この惑星にティラノサウルスという恐竜がいた。肉食で最強とされている。強さこそ、この宇宙の意志というわけで、このティラノサウルスは神として尊崇された。

宇宙には、生きる意志がある。その意志は強さに現われている。だからこそ、ティラノサウルスは恐竜の神さまになり、この恐竜が絶滅して、さらに偉大な神様になり、ティラノサウルス教という教えにまでなった。そういう信仰をヒットリーラは持っている。虎族はこのティラノサウルスという恐竜の子孫ということになっている。」

「おかしいな。トラ族は虎という哺乳類から進化したと聞いている。それに、恐竜は絶滅したのに、子孫というのはおかしい」

「確かにね。科学的には、虎という哺乳類から進化したのである。しかし、ヒットリーラは強いのが好きなのさ。虎よりもティラノサウルスの方がはるかに強い。それで、彼はそういう信仰にのめりこんだ。国民もそれを強制されている。その点、猫族としての人間は弱さの象徴ということで、ヒットリーラからすると、面白くないというわけさ。無知というのは恐ろしいものだ。それから、魔界から、入ってきた恐ろしい価値観という説もある」と、その猫の匂いのするネコールという男は言って、沈黙しそれからコーヒーを飲んだ。吾輩もコーヒーを飲んだが、ふとキリマンジェロの味がすると思った。コーヒーを持ってきた男を思い浮かべた。ライオンと人のミックスしたような顔だったが、悲しげなものが漂っているのが不思議だった。

「ライオン族は少数民族のようで、失業率が高い」とハルリラが言った。

ハルリラによると、ライオン族は少数で誇りが高くのんびりしていて、怠惰であるので、トラ族にとって扱いにくい人種なんだそうだ。

 

 「地球では、我々猫族が鼠を獲物にしてきた歴史があるが、今や、猫族は卑しい鼠の子孫であるという人類とも仲良くやるように魂を磨いてきた。その高貴な猫族をヒットリーラは敵視して、ただ、強さだけを価値とするとは愚かなことだ」と吾輩は言った。

「その通りさ」と、ネコールはうなずいた。

「ヒットリーラが何でそんな考えに陥ったのか、教えてくれませんか」

「ニーチェの思想を誤解したのさ。誤解というよりは、捻じ曲げて解釈したのだから、ニーチェもいい迷惑さ。

ニーチェの考えでは、宇宙には、力への意志という「いのち」のようなものがあるということなのだろうが。それをねじまげて、宇宙には強さこそ最上という意志があり、その延長線上の金銭至上主義こそ重要というのがヒットリーラの信念となったのだろう。そうだ。そういうことに詳しいのがいる。トラーカム一家がそうだ。あそこがいい。この街角から、少し離れているが、農場を持つトラーカム一家がある。あそこの元の奥さんでトラーカムの二人の息子の母親が、あの家を出て、奇妙なことに今の大統領の奥さんにおさまっている」

「何で」

「話せば長くなる。ここはな。猫族のレジスタンスが強い所で、ゲシュタポも手出しは出来ない。

虎族の中にもいい人は沢山いる。ともかく、トラーカムもいい奴だ。それに、あそこへ行けばこの国のことがなんでも分かる。そこへ行ってみることだ」とネコールという男はそう言って、銀色の十字架のペンダントを見せて、「これを持って行け。これが仲間の印になる」と最初に、吟遊詩人に渡した。それから、男は同じペンダントをもう二つポケットから出して、我々に見せ、ハルリラに渡し、それから吾輩にもくれた。

「途中、気を付けるんだ。W迷宮街は、ヒットリーラ族のゲシュタポが出没する所だ。」

 

 ネコールはしばらく沈黙した。吾輩とハルリラと吟遊詩人はコーヒーを飲んだ。それから、彼はポケットから黒いピストルを出して、吟遊詩人に渡そうとした。

その時、吟遊詩人は断った。「武器はいらない」

ネコールは困惑した顔をして言った。

「しかし、向こうのW迷宮街を通らないと、あの邸宅には辿りつけない。あのW迷宮街に入れば、ゲシュタポがいる。君らの仲間に、猫族がいるのだし、君は囚人服を着ている、それは簡単には脱げない、魔界の落とし物だということを俺は知っている。ゲシュタポに逮捕されると、厄介なことになるぞ。ピストルは相手の足を狙うのさ。足と手だな。別にいのちを狙うわけじゃない。俺たちレジスタンスもむやみなことはしない」

「ありがとう。好意はありがたい。それでも、吟遊詩人の武器はヴァイオリンと歌なのだ。

これで、人の心をなごませ、争いをなくす。芸術と文化こそ、争いをなくす最大の武器と、私は考える」

「そうだ。京都と奈良が第二次大戦で、爆撃されなかったのは、あそこには文化の宝庫が沢山あったからだ」と吾輩は思わずつぶやいた。

「優れた音楽を聴くということは神仏にふれることなのだ。不生不滅の生命そのものに触れる。全てのものは移ろっていくが、それをささえている不生不滅の生命そのものに触れて、人は感動する。何故なら、人も不生不滅の生命そのものが現われた生き物だからだ。」と吟遊詩人は言う。

 

そして、我々はネコールと別れて、カフェを出て、先を急いだ。

我々の最初歩いていた所は、Z迷宮街である。ここは綺麗な店が並び、

花壇には、大きな百合の花が咲いている。色も色々、豊富である。黄色、赤、白と。

出会う人はみんな親切である。我々が銀河鉄道の客だということを知っているからである。

 

 季節は春なのであろうか。さんさんと降り注ぐ気持ちの良い日差し。

吟遊詩人はうれしそうに、至る所に「いのち」を感じると言い、歌い始めた。

  空に鳥が叫び、花が舞う

  平凡な空間の中に、神秘な宝が光る

  いのちは鳥となり、花となり、昆虫となる。

  風もいのち、永遠の昔から、いのちは海のように時に無のように遊び戯れていた。

 

  おお、悲しみも苦しみも花となる時がある。

  その時を待て、忍耐して待て

  嵐の海もやさしさに満ちた水面になることがある

  雪の街角も恋の季節になる時がある

 

  どこからともなく響いてくるヴィオロンの響き

  ああ、それは街角の人生の様々な色

  熱帯の極彩色の小鳥の声、獅子の遠吠え

  我は独りワインを飲む

  永遠の過去は映画のように、どこかの街角であるかのように

  幾たびも繰り返しいのちの花を開かせる、ああ、カラスの声

 

 しかし、別のW迷宮街に入った途端に、奇妙な雰囲気がでてきた。同じような三階建ての茶色のビルが整然と並び、虎の彫刻が至る所にある。真ん中の道路は大理石でできていて、細い水路が道に沿って流れている。柳の大木が街路樹になって、その柳の枝が大きく下にたれ、緑の葉がゆるやかな流れの青色の水路に映っている。

町の通りを歩く人に中肉中背で、顔はどちらかというと猫に似ている顔つきの人がなんとなく、貧相な服装をしているのだが、彼らの胸に銀色のバッジがある。

バッジには、黒色で「猫族」と書いてある。

吾輩は何故かどきりとした。そして、驚いた。

 

猫族のビジネスマンは黄色い背広とネクタイをして、優しい目をしている。彼らはエリートである。彼らにはバッジはついていない。

宗教者は立派な服装をしてきらびやかである。彼らも、エリートである。それから、

一見して、富裕層と分かる猫族がいる。虎のように逞しく、背が高く鼻が高い。男も女も奇妙な金の帽子をかぶり、金のイアリングをし、ダイヤのネックレスをしている。

 「やあい。囚人服を着ている悪い奴がいる。」と十才ぐらいの男の子が詩人に水鉄砲を使って、水をひっかけた。

詩人、川霧は微笑して、服にかかった水を手で払った。ハルリラが怒って、剣をぬこうとした。

「よしなさい。相手は子供ですよ」と詩人はハルリラの手を抑えた。

「親がそういう気持ちを持っているから、子供がああいうことをするのさ」

「どちらにしても、怒りをおさめる。それも剣の修行ではないのかな」と詩人が言うと、ハルリラは笑った。

ふと、気がつくと、洋品店の初老の豹族の主人が二人の様子を眺めていて、急に吾輩の顔を見て言った。

「ねえ。君」と言って、吾輩の手を引っ張るのだ。

「君達は銀河鉄道の客でしょ」

「そうです。寅坊です」

「寅坊さん。ここでは、服装を銀河鉄道の客であることを示す金色のを着ていた方がいい。

理由は君のような猫のような顔をしている人は『猫の悪人』と間違えられるからね。金持ちかブランドのついた職業についていると外見ではっきり分かる人は大丈夫なのだけれど。」

「間違えられると、どうなるんですか」

「ゲシュタポに見つかると、胸に変なバッヂをつけさせられる羽目になるかもしれない。最初は『猫族』とね。さらに進むと、『猫族の悪人』と書かれたバッジを胸につけさせられる」

「悪人というのが納得いかないけれど」

「さあ、それはこの国のトップが決めたことなんでね」

「差別ではありませんか」

「差別よりもっと進む気配があるから、恐ろしい。虎族の中で気をつけたい連中の見分け方を教えるよ。言葉だな。今、地球では、ブラック企業とかパワーハラスメントというのが流行っているそうじゃないか。彼らは虎の威を借る狐でね。中身は狐よ。人の心を傷つけることを平気で言う。そういう連中というのは、虎族の中でも、一番危険な奴らだ。せいぜい気をつけることですな」

確かに、禅では言葉を重視する。道元は「愛語」を重視した。ヨハネ伝にも「ことばは神なりき」という箇所がある。

吾輩はふと思い出した。

「初めに言葉があった。言葉は神と共にあつた。言葉は神であった。この言葉は初めに神と共にあった。すべてのものはこれによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言葉に命(いのち)があった。そしてこの命は人の光であった。」

 

 ぞんざいに言葉を使う連中は彼の言うように、危険な連中なのかもしれない。

「とすると、美しい言葉を使う虎もいるということですかね」

「それはいる。いい心を持った虎も沢山いる。虎の威を借る狐の言葉には刃がある」

「なるほど。もう一つ聞きたいことがあるのですけど、猫の収容所があるという噂を聞いたんですけど」

「それはおいおい、分かる。それよりもさつき言った虎の顔をした狐の連中には気をつけることだよ。そういうキツネ族もけっこういて、トラ族に尾っぽを振って、猫には不親切というやからもけっこういるからね」

我々はそう言うわけで、その洋品店で、服装を銀河鉄道の客と一目で分かる金色の服に着替えた。それも一番、上質の服に。

不愉快な思いを避けるためには仕方ないことと、我々は納得した。 しかし、しばらく歩いていると、わしのような大きな魔ドリが飛び、吟遊詩人の金色の服の上にさらに又、奇妙な薄手の囚人服を着せた。これは魔法というしかない。魔法を使うハルリラが魔ドリに怒るより、驚き感心して唸ってしまっているのだから、吾輩の驚きはそれを上回るものだった。

  

 

                        【つづく】

【久里山不識より】

すみません。ここの前の文章で「黄昏の幻」の所を直す必要を前から感じていたのですが、体調が悪いため、長い物語詩ということもあり、文章が進まず、多少混乱した出し方をして、戸惑われた方もいらしゃると思います。失礼しました。

      

 久里山不識のペンネームでアマゾンより

  長編「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」

  を電子出版(Kindle本)

 水岡無仏性のペンネームで、Beyond Publishing より短編小説「太極の街角」を電子出版

 


銀河アンドロメダの猫の夢 18 【黄昏の幻】

2018-11-19 09:18:50 | 文化

 目的の惑星がブルーの満月のように見える頃、急にアンドロメダ銀河鉄道の内部に放送が入った。ここの空間でしばらく停車しますという内容だった。キラキラ輝く銀色の無数の星を見詰めていると、吾輩はそこに、地球にあるような水車のような輪を描いているいくつかの星に気がついた。ほう、まるで地球人が見たら何かの物語をつくって、星座の名前を付けるかもしれないと我輩は思った。そう思うと、不思議なもので、無数の星が小川の流れのようになり、周囲は一面の花園のような思いがするのだった。

「ここに三十分は停車するようだよ。銀河鉄道の停まる駅を監督する鉄道省の検査が厳しいのだそうだ」とハルリラが突然そう言った。

吟遊詩人の川霧は微笑して、「それなら、僕が鉄道の中で、昔を思い出して作った物語詩を聞いてくれる時間はあるな。いいかい」と我輩の目を見た。アーモンド型の目の奥のブルーの瞳は水晶のように澄んでいた。

吾輩もハルリラも喜んだ。吟遊詩人は次のような物語詩を歌うように話してくれた。「黄昏の幻」という詩の題名だった。

 「五月の黄昏にさわやかな風が吹く。向こうにチューリップの大群が見える

俺は道若と一緒に夕闇のそこにせまる道を散歩していた。

さらさらゆらゆらからころと

小川のせせらぎの心地よい音がする

まるでピアノソナタの月光みたいに俺の心に染み入る

あの赤い花も心に染み入る

まるでここは虚空のようですねと言っているよう

真空は物だけど、虚空にはいのちがあると絹のような声がする

はっとすると、道若は顔に夕日を受けて微笑している。

柳の下を流れる曲線美の川のたわむれが、天国におけるピアノの鍵のように聖者の聞くという静かなせせらぎのささやきの声を流しているのだろうか。

 

ここはいのちの世界ですね。西の空には何ともいいようのないやさしさと宗教的な深さをいちめんにたたえた美しい色が原始的であるが故に、いっそう人間の魂おくせまっている、このいっぷくの風景画の中でいっそうの完全さを与えていた。

夕日が川の上の空を落ちていく。その雲と空の色が溶け合う茜色の神秘な色は まるで永遠そのもののようで、大地には、かぐわしいそよ風が吹き、樹木の梢の葉をかきならして不思議な優しい音をたてていく。

  

おお、永遠の心。あたりは静寂、聖なる夕暮れよ、おまえは七色の虹の上を憂愁に浸った青白い妖精が漂うという風だ。

やがては七色の虹は薄れ妖精はこの神秘的な風景画の中でおもいきり舞踏を始めるにちがいない。

「思い出すね。君の父さんと母さんを」

「ええ、そうね。でも、もう宇宙に溶けてしまったの」

夕日は妖精のような君と愛をいつもこんな風に運んでくる。そして、そこは霊性の世界となるのだ。

 

地球という大地の上の自然と人が いのちの世界に変身するようだ

しかし、俺の敬愛する道若は楽し気に言う

「あの赤い花が心に染み入るのは虚空だからです」

「虚空。意味が分からない」

俺が驚いてその意味をたずねると「それはあなたが分別をする二元の世界の人間だからです。あなたは執着しています」と道若は言う

「執着」

俺は缶コーヒーをごくりと飲んだ。

だが俺には分かるような分からないような不思議な気持ちだった。

  

俺は必死な気持ちで「だって、あなただってチューリップに執着しているではありませんか」と言いかけて、ある不可解な感情におそわれました。

 

 それはあの嵐の晩の以前に、俺が存在していた世界は、今こうして道若と一緒に夕焼けの空を眺めながら語り合っているこの世界とちがっているというような謎めいた感情でした。

道若の瞳を見ながら俺は ためいきをつくのでした。

あの瞳の深さはおとぎの国があるという深い森の深さです

なによりもその優しい瞳は菩薩の瞳です

なによりも 菩薩の瞳は春風の吹く美しい夜 輝く満月のように

あるいは又春の到来と共に輝く太陽のもとに咲く美しい花のように

あるいは又森に囲まれた青色の湖のように

 

道若の言うことは理解しにくい。

でも、こんな夕焼けの美しい時にはそんな気持ちになるのかもしれない

永遠の前には我らの肉体のいのちははかなくちりのようではないか

 

それでも我らは水辺からしずかな散歩道を長く歩き、やがて森の中の小道に入った。

夕日は落ち、森の上のいくつもの小さな空間に星が輝いている

まるで銀色の宝石が空の広間にしきつめられたようではないか

確かに、道若の言うように、ここは霊性の世界なのかもしれない。

「あなたは人間、分別する人間ですもの」と道若は私に言う。

 

それを言われて、俺は以前の嵐の晩のことを思いだした。

あの恐ろしい稲光

あの天地をゆるがす雷の大音響

俺はずぶぬれだった。

一瞬、俺は一つの激しい稲光と共に火柱が 耳をもつんざくような音とともに俺の背後の大木の上にたち

俺はそのおそろしい地獄の火炎の中で目覚めたのだ。

 

その時 突然

山の方角から静かな町に向かって、一人の男が走ってくる足音にびくりとして 俺はじっとその足跡の徐々に高まってくるのをせせらぎ音の中に聞き分けていた

そうして その男がやっと俺の目にも人間の姿として見えるようになる頃

この男は 急に足の歩調をゆっくりし、そして俺に近づきながら言った

「お前は何ものだ」

俺は黙ってしらじらとあけかかってきた薄い光にこの男の姿を見た。彼は小柄で、その服装の奇妙なこと、その顔つきの恐ろしさは俺のどぎもをぬいてしまった。

「俺は画家だ」と答えた。

「画家。俺は職業を聞いているのではない」

「俺は人間だ」

「そんな答えしか出来ないのか、画家なら大自然の神秘から流れ出てくるような答えが出来るはずだ。」

その時、俺は以前、一度だけ禅寺に行き、座禅したことを思い出した。

「俺はそのつまり仏性だ」

「うん。なるほど。お前は天界から降ってきた男だな。実を言うと、俺もその天界から、今舞い降りてきたのだ」

俺は嘘だろうと言いたかったが、沈黙した。

「天界のどこの番地にいた?」

「無という番地にいた。光に満ちた愛の場所だ」

「ふうん」

 

 その時 東の空に赤みがさし

しらじらとあけてくる空には 嵐のことなどうそのように雲一つない青空が

やがて 躍り出る太陽を待ちこがれるかのように徐々にあかるさを増してきたこともあって、

その小男の姿がいっそう俺の目に印象深く焼き付いたのだが

髪はまるで草原のようにはえほうだい その長い髪は腰までかかり、それでいて綺麗だ。

服装は原色のすべてをめちやくちやにぬりたくったような貧乏画家

のようなブレザーを着ていた。

そしてその服は彼の身体にあわず、だぶだぶという感じで それに奇妙な

ことに腰に立派な黄金の剣をさげていた。

その小男は

「まあ、しばらくここで町を見物することですな」と言う。

 

  ああ、ひばりの声が聞こえる 春なんだ

それは美しい春の午後だった

それはまるで天界が地上に舞い降りて来たかのように感じさせるほどの美しい光景だった。

広場の真ん中に大きな柳の木が緑の枝もたわわに大地をおおう。

手をつなぎあった 十人ほどの子供達が柳の周りを

ゆっくりとまわりながら 何か楽しそうに歌をうたっていた

 

かごめ かごめ

かごの中の鳥は

いついつ出やる

夜明けの晩に

鶴と亀がすべった

うしろの正面だーれ

 

俺はまぶしいものを見るようにその子供等の遊びをしばらくの間ながめていた

平凡な風景であるはずなのに俺には何故か この光景が神秘的な感じとして心に焼き付いたのだった。

 

意識は真空を包みこむ虚空を子宮のようにして、無限にからみあった場に立ち上る布のようで、そこに光が 突如として照らした時に世界は現象するようで、

それはともかくとしてキリスト教徒でもない俺が俺という意識が死んだ後に

何億年か先に再び復活するという啓示をうけたというのは錯覚か、それとも何千回と輪廻したある日の光景か

 

だが、俺にそういう錯覚か幻覚か本物か分からないけれど、そうした神秘を感じさせるものを、その子供たちの歌声と柳の木は持っていた。

そして、多くの八才から十才ぐらいの子供たちにまじって、一番年長の娘が俺の目に入った

年の頃は十五・六才ぐらいの年頃の美しい娘が皆をリードしていた。

ちょうど、この時も夕暮れの美しい時だった。

何とその娘は、先程まで俺の横にいた道若でなかったか

あの霊性の世界を言っていた道若ではないか

俺は人間、分別する人間

だが、人間の世界から、しばしの間、霊性の世界へ旅をしていたわけか。

 

その娘が古びた広い武家屋敷のような家屋に住む落ちぶれ貴族の娘だと知ったのはちようど永遠の夕日の美しい光がすべてを「空」に溶かし込んで

子供たちのざわめきが生命の喜び賛歌に聞こえるそんな夕暮れだった。」

 

     

   吟遊詩人の話す「黄昏の幻」という物語詩を聞いていると、アンドロメダ銀河鉄道はいつの間に動いていて、大きな駅についた。

我々【吾輩とハルリラと吟遊詩人】が列車から降りた。駅は巨大な建物で、天井が高く、大理石でつくられたような白い美しい壁に囲まれた構内をゆったりと、人が歩いていた。

駅を出ると、ちょっと小さな広場になっていて、トラ族の武人の彫刻が目についた。三メートル近い長身で、らんらんと凝視する大きな目と、黄色いトゲのような毛がふさふさと顔中にはえ、厚い唇。ブルー色の軍帽にも軍服にも金色の階級章がデザインしてある。腰にさした軍刀に右手がかけられている。

ハルリラはそれを見て、「生きていれば、強いかもしれないが、わが魔法の剣にはかてんな」と笑った。

 

                                                                                 【  つづく  】

                                                      久里山不識