空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

青春の挑戦 21 (小説)(悪夢)

2022-01-27 19:58:29 | 文化


21 悪夢

ある夜のこと、松尾優紀は悪夢を見た。松尾は何故か、改良型のロボット菩薩に変身していて、町を歩き、困った人はいないか探していた。
彼の前を塞ぐように地上の広場に円盤状の形をしたUFOが着陸していた。その周囲にテーブルと椅子を出し、十人ほどのあの丸い銀色に光る目をした宇宙人が酒でも飲んでいい気持ちになっているようだ。一人の宇宙人が松尾の前に立ち、「おい、松尾。原発事故が起きたぞ。」と金属的な声で言った。「お前たちがやったのだろう」と松尾が言った。「事故だよ。先ほど地震が起きたろ。それで、やられたのだ」と宇宙人は答えた。
松尾は町を見た。町は放射能にやられ、廃墟となっていた。色とりどりの薔薇だけが燃えるように美しく、町を取り囲んでいるのが異様に思えるほど、沢山の壊れたビルと荒れた人家の中は、人がいない。ゴーストタウンになってしまったのだ。よろよろと、歩く傷ついた人達がいる。
川をめがけて歩いているようだ。
「これは、原発なのか。何か異様だ。人々が傷つき、水を求めて川の方に行く」
「ふん。事故の規模が大きかったので、町全体がやられてしまったのだ」と宇宙人が言う。
町のあちこちの建物が破壊され、中に死体が見えるではないか。
周囲は草ぼうぼうで、あちこちに大きなゴミや小さなゴミが無数に散らかっている。沢山のカラスだけが飛び立ち、カーカー鳴くのさえ、何か不気味である。壊れた自転車が真っ黒になり、道端に転がり、草の中にはテレビだの椅子だのがころがっている。病院らしい建物には屋根が吹っ飛び、窓ガラスはこなごなになり、医療器具が散乱している。「これは。原発事故ではなく、原爆ではないのか」とロボット菩薩に変身した松尾は言う。
宇宙人は「いや、原発事故だ」と言う。
ある大きな鉄筋の建物の前にくると、その白い建物は殆ど傷がなく、少々赤茶けている。
「ほら、その建物が証明しているだろ、中には人はいないけどな」と宇宙人は原発事故だと言いはる。
工場にも人はいない。無人の市役所。放射能で枯れた水田、茶畑、黄色くなった広場には犬と猫の死体。水色に澄んでいた筈の川も黄色くにごり、道路のあちこちに死んだ人間が横たわっている。廃墟となった町は放射性廃棄物のたまり場になったのだろうか。
時々、よろよろと歩き回る男が「放射能だ。放射能にやられた」と叫ぶ。
松尾は声をかけた。「小父さん、逃げ遅れたのか。困ったな。大丈夫か。ここの地帯は放射能が地表から高さ一センチで、毎時十マイクロシーべルトなのだ。僕が安全な所まで案内するよ」と声をかける。
「安全な所など、ある筈がない。」と男は言う。
よれよれのブルーの汚れた背広を着た男は顔を真っ青にして、さらに言う。「ピカドンが落ちたのだ。ここは地獄になってしまった」
宇宙人が首を振り、遮るように言った。
「原子力発電所ではメルトダウンが起き、水素爆発が起き、この町はホットスポットになってしまった。セシウム137は三十年、ストロンチウム90が二十九年、そしてプルトニウム239は二万四千年たって、ようやく放射線を出す能力が半分に減る。この間、市民は放射線を浴び、自分の細胞のDNAを傷つけ、ガンになるのです。セシウムは土壌を汚染しています。」
男が言った。「あれは原爆だ。放射線の凄さと言い、熱の凄さと言い、衝撃波の凄さといい、俺が今生きているのが奇跡のようだ」
髪も服装も乱れ、片方の傷だらけの乳房が丸出しになった女が言った。「原発だって、爆発すりゃ、広島原爆を無茶苦茶上回る放射性物質がまきちらされると聞くよ」
銀色の目をした宇宙人が言った。「失敗つづきで、一兆円もの損失を出している「もんじゅ」の様な高速増殖炉で再処理してプルトニウムを取り出す以外の使用済み核燃料は各原発の燃料貯蔵プールに一時的に保管されているが、大地震が来て激しい揺れが地層で生じれば、放射能はあちらこちらに放出される。ヒトの細胞は放射能に傷つけられ、様々な病気になり、苦しむのだ。」

菩薩ロボットになった松尾は言った。「この町の井戸も水道水も放射能にやられて、飲み水がない。食物もみんなやられてしまった。
今に町は、熊や狼がやってきて、彼らの住処にしようと思うけれど、彼らも放射能の毒素に目をみはり、ロボットだけが悠々と歩く町になってしまう。この町は本来、神仏の聖地だった。空気も地下水も緑も無限に美しかった。

この町はやすらかさと、静けさと、美、優しさに包まれ、生命の喜びが小川のせせらぎのように響く所だったのだ。それが竜巻のように空に舞い上がった放射能は、この町を嵐の時の黒雲のように襲い、土砂降りのように降りかかった。人の目には見えなかったが、雨に猛毒がまじっていた。」

道端に転がったラジオから、「臨時ニュースを申し上げます。人間のDNAを傷つけ、細胞のガン化を進めるという放射性廃棄物の問題は随分取り上げてきたと思います。人類は放射性廃棄物をどうやって、安全に処理したら良いのかという技術を知りません。汚染水は海を汚し、地下水を汚しています。原子炉を廃炉にするのには数十年とかかるのです。
それに今は地震で電源が使えなくなり、冷却水を循環させることができなくなって、燃料棒がある炉心全体が,高熱で溶け落ちるメルトダウンが起き、被覆管のジルコニウムが高温になって水素ガスを発生し下部の水と反応し、水素爆発が起き、既に広島型原爆の百倍のセシウム137が飛び出しました。これからも水素爆発の可能性があります。今や美しい自然に恵まれたこの町も放射能によって廃墟になりました。」


松尾優紀は目を覚ました。全て夢だった。あの美しい町があんな廃墟になる筈はないと思ったが、広島や長崎に落ちた原爆もチェルノブイリも現実に起きた恐ろしいことだったのだ。沢山の人達が苦しんで死んで行ったのだ。

 株の暴落を告げるアナウンサーの声を聞きながら、松尾優紀は今晩、行かねばならぬ堀川の通夜のことを考えた。外は雨だ。この雨に大量の放射能があることが警告されている。なるべくなら、外出は控えた方が良いとアナウンサーが言っていた。
 しかし、昨日 届いた堀川の遺体は明日、火葬にされる。このお別れの儀式に行かないわけにはいかない。通夜や葬式の段取りは堀川の兄と大山が協力してやった。 

松尾は車を走らせた。

その時、小雨の降っている、どんよりした空から、銀色に輝く円盤が音もなく動いていく。松尾優紀は宇宙人だと思っていると、彼が車を止める何の動作もしていないのに、車は静かに止まった。不思議なことで、彼は誰かが邪魔している不安を感じた。
車の横に、公園がある。誰もいない。こんもりと樹木が茂った公園だ。
その樹木の間にある空間に、円盤は宙に浮いたままで、しばらくすると、そのまま、円盤の横から階段がつくられていった。
そして、あの薄緑色の肌をした銀色の目のヒトが下りてきた。
「おー、久しぶりだな。松尾優紀君。雨はやんだようだな。話すのに、ちょうど良い」
「この事故は君達の仕業か」と松尾は車から出て、雨のやんでいることを確認して、立った。雨にまじる放射能の心配はないようだと、彼は頭の隅で、そう思った。
「あの、レベルの地震で、あんな事故が起きる筈がないと、思っていたけど、やはり君達の仕業か」
「結構な地震だぜ。震度六強だ。原発は地震による事故と人為的ミスによって、爆発したのだよ」」
「あの程度の地震に耐えられるようには出来ているはずだ。あの建物があんな爆発するわけがない」
「それが思わぬ事故というものよ。交通事故だって、そうじゃないか。思わぬ意表をついた事故が起きる。
現に、震度六強だ。
これをどう見るかは君達の課題だな」
「何で、僕の前に現れたのだ。」
「君達の平和アピールが意味のないことだと思うからよ。成り行きまかせにすればいいことだ。
自然のままがいいんだ。君達は無理に不可能なことを叫んでいる。それが気の毒でね。我々は善人だから、そういう無駄な努力をしている人々には警告するのよ」
「警告だって?」
「だいたい、株式会社というのは利益を追求する団体だろう。平和は商品になるのかね。君達は何を売っているのだ。
無駄な事をやっているから、誰の心にも響かぬ。誰も立ち上がらぬ」
「そんなことはない。クリスマスだって、本来はイエス・キリストの誕生を祝うものだったが、今の日本ではそういうことよりも日本と西欧の文化の交流の象徴として、商品も売れている。
平和もそうだ。誰でも最初は株式会社と関係がないと思うが、平和でなければ、多くの株式会社の商品が売れなくなるか、場合によっては滅びるのさ。
今の社会は株式会社が大きな力を持つ、多くの人がそこで働く、だからこそ、この働く人達の生活を守るためにも平和が必要なのだ。
余裕のある株式会社こそ、平和ののろしをあげる、それが平和産業の理想だ。
過去の戦争の多くは政治家のリーダーが引き起こしている。今、彼らが戦争を絶対にしないような行動をとってくれるならば、平和産業の出番はなくなる。でも、それは良いことだ。しかし、残念ながら、これから百年後の将来を考えた場合、すべてを政治家にまかせて平和になるかというと、疑問になる。何故なら。世界の強国では、軍拡が進んでいるし、ミサイル、核兵器の発達はすさまじいからだ。そこで、我々 平和産業は声を大にして、核兵器を世界中からなくそうと叫ぶのだ。そして核兵器に使った莫大な金を福祉にまわそうと、主張するのだ。そうすれば、世界中の貧しい子供達を救えるではないか」

「産軍共同体もあるぞ」
「彼らも人類が滅亡になれば、滅びるのだ。今やそういう人類の危機に陥っていることを悟るべきなのではないか。それを声に出して叫ぶのだ。
ロボットで大手のルミカーム工業の応援を受けての平和産業なのだから、吹けば飛ぶような存在ではない。くどいがもう一度、言う。核兵器を世界からなくせば、その莫大な金を福祉に回せる。そうすれば、人類の格差問題も解決する方向に向かう。そう考えれば、この夢のような主張もやらないよりは、やった方が良いと誰もが思うだろう。今や、人類は争いをやめて、平和のために努力しなければ、人類の平和は勝ちとれない時代に進みつつあることを知るべきだ」
松尾優紀はそう言いながら、この連中は本当に宇宙人なのだろうかという疑問がふと湧いた。彼の親会社がロボット制作をやっていて、平和産業にアンドロイドロボットがいることも関係しているが、目の前にいて宇宙人を自称する人達がもしかしたら、どこかの勢力が派遣した兵器AIロボットということもあるのではないかという疑問がふつふと湧いてきたのは自分でも奇妙な感じがした。
宇宙人が去った時、不思議と雨もやんでいた。

その夜、彼は詩を書いた。

この世を浄土にするのも、悪夢にするのも人の手
街角も森も海も人の目に映る
あるようでないようで在る
宇宙のいのちの働きがあらゆる存在をつくる

飲めるおいしい水が湧き出る町
尾野絵市というそれは夢のように美しい町
人の心も澄んでいた。
郊外には小川が流れ、森には沢山の野の花がある

空から降る雨も美しい雨だった。
傘をささずとも、気持ちの良い雨に濡れるのを神の恵みとする人もいた。

りすもうさぎも鹿もこの自然を楽しんでいた。
しかし、ある日のこと、突然のように、放射能という奇怪なものが
この町に振りそそいだ。
人の営みの中で、この原発事故は悲惨なものだった
地震と人の怠惰が原因だった。

ああ、悲しみと苦痛が民衆を襲った。
人が地獄をつくる
かって浄土だった土地を地獄にする
子供たちはどうなる

この大地に、かってと同じ清流と昆虫と花々が復活する日は来るのか
さあれ、空華の美の街角は病んだ
人々も病んだ 大自然の浄化が始まるのに、長い歳月がかかるだろう

【つづく】

【 久里山不識のコメント  】
1この物語の原発事故はこの間、申し上げましたように、私が三十年前に自費出版をした小説をモデルにしています。過去に書いた現代小説には出てこない、宇宙人を登場させたのは私が宇宙人を信じているからではありません。そうではなく、事故を引き起こすのが地震と津波が一番怖いというのは今度の不幸で悲惨な福島の事故で証明されてしまったわけですが、それだけではない、他にもあるのではないかという物語の上での想像から登場させたわけです。つまり、現代を描くのに適当という象徴的意味と物語性を出すのに良いと判断したわけです。そのように、読者の皆様が理解していただければ、私にとっては物語のなかに宇宙人を登場させた意味があったということになるかと思います。

2 この「青春の挑戦」という小説は この次で終わりになると思います。ラストなので、ちょっと丁寧に書きたい所があります。それで、掲載を来週は休みにして、二週間後にする可能性があります。その時は、よろしくお願いします。                 
 
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青春の挑戦 20 (小説)

2022-01-19 20:20:18 | 文化




20
松尾優紀はソファーに座り、テレビの前に釘づけになった。原発事故の状況は中野静子から電話で聞いた印象より悪かった。

ただ、不思議なことに、震度六強で、こんな事故がおきる筈がないように設計されているはずだ。大きな津波もおきていない、それに、その事故の直後に、銀色の円盤が原発の屋根の方から、宙に行き、去ったことを目撃した者が三人もいたのだ。

原発の敷地にいた二十五名ほどの人間が爆発と放射能で確実に死んだようだ。そして放射能の漏れによる汚染が伊方浜市一帯で心配される状況にあり、伊方浜
の周辺にあたる広い地域にも時間と共に悪い影響が及ぼされる恐れが出てきているようだった。
 死者の名は十二時のニュースになって明らかにされた。堀川善介という名前を見付けた時、松尾優紀はある衝撃を受けた。
 原発敷地内にいた堀川氏が死んだという思いは松尾にめまいを引き起こした。めまいが直ると目に涙が浮かんだ。原発事故で死んだことが一層 悲劇の主人公であるという感じを深くした。原発の職員の自殺の原因などを解明するために伊方浜の原発に足を運んでいた堀川が哀れであった。松尾の頭の中で堀川の姿があるイメージとなって浮かんだ。丁度、キャンプファイアーのようにたきぎが空高く積まれてそのたきぎの上に堀川の死体が置かれている。そして石油が浴びせられ、聖火台に火がともされるかのようにたきぎに火がつき、そしてそれは恐ろしい火炎に変わる。魔王のように激しくダンスする姿の火の舌。その舌に嘗められ、溶け、そして気体に変わっていく堀川の肉体。そして突如、号音と同時に、火炎に包まれたたきぎは崩れ、その中から放射能の渦が吐き出される。

 松尾優紀は昼食を取ると、堀川邸に行った。堀川邸はごったがえしていた。多くの知人、縁者が集まり、一階にあるフロアーのテレビの前のソフアーに座っていた。彼の知らない顔も沢山、混じっていた。NPO法人ニヒリズム克服同盟を最近名前を「ユートピア 」に変えた大山道長が松尾の姿を見ると立ち上がって近づいてきた。大山は濃いサングラスをかけていて、松尾は何故か、そのサングラスが好みでなかった。
「これは宇宙人のしわざかもしれぬ。人間のミスあるいは事故のようにみせかけているが。」
と大山は言った。奇人という感じの大山の言うことだから、と思ってみたが、松尾の頭には二つの原発事故のことが頭に浮かんだ。スリーマイル島とチェルノブイリの原発事故だ。
この二つの事故のことが、まるで動画のように松尾の頭を横切った。
「大変なことが起きましたね」
松尾はそう言った。
「うん。奥さんがかなりショックを受けて閉じこもっている」
大山はそう言った。
「どこに?」
「うん、中野静子さんと一緒に二階の部屋に閉じこもっている」
中野静子のイメージが鮮やかに、頭に浮かんだ。森のポエムに満ちたような彼女がヴァイオリンを弾く姿は松尾の目に焼き付いている。

 松尾優紀は大山の指差した二階に通じる階段を見た。
「君なら大丈夫だろう。行ってみな」と大山は言った。
彼は階段を上がり、夫人の部屋をノックした。最初、中から声はしなかった。
「松尾優紀です」
彼はそう言ってノックした。
「はい」
夫人の声がした。
しばらくすると、ドアが開けられた。涙を流したせいであろうか、幾分 目頭を赤くして髪も乱れていた。後ろに中野静子がいたのには目を見張った。
又いとこの話は知っていたが、これほどのコミ二ケーションの仲であることを知らなかった。

「どうぞ、お入り下さい」とアリサ夫人が言った。
その広い部屋は家族団欒の部屋という感じがした。
「この度は大変なことが起きて、お悔み申し上げます」
テーブルの前の椅子に堀川の父が厳粛な顔をして座り込んでいた。
松尾は堀川の父の前に立って、同じようなお悔みの言葉を言った。
「生死はみ仏の御いのちなりです。死は誰にも来るものですが、事故は人間のミスなのか、宇宙人の仕業なのか分からなくなっている。この宇宙には今の科学では分からない未知の次元があって、そこから来た宇宙人かもしれない。もしかしたら、彼らの警告ということもありうる。」
松尾優紀は大山から言われた時は気にしなかったが、堀川の父まで言うので少々驚いた。宇宙人の噂はそこまで広がっているのか。

堀川の父は唇をかみしめて言った。目には涙が溢れていた。「原発の事故だなんて、もう日本もおしまいだな」
「本当に僕もどう考えて良いやら、頭が混乱していて」
「ええ、あたしも同じですわ」とアリサ夫人が言った。彼女はこの災難を乗り切るためか、緊張した雰囲気を漂わせていた。「伊方浜に行くのは無理かしら?」
「原発の事故ですよ、放射能の汚染がひどい所に行ったら、あなたまでやられてしまうじゃないか。そういうことを良く考えて、もう少し様子をみなさい」
 堀川の父の語気は強かったせいか、細い目に赤みがかった頬が白髪の額縁に包まれたようだった。
「お父さんのおっしゃる通りだと思います。今、現地に行くのは危険でしょう。もう少し、様子を見るべきです」
松尾もそう言った。
「そう、やはり無理なのね。確かに、その通りだわ。相手は放射能ですものね。静子さん。ヴァイオリン持ってきてくださったわね。弾いて下さらない。」
「はい。何を」
「何でもいいのよ。あなたの好きな曲を」
彼女は黒のスーツを着ていた。箱から、ヴァイオリンを出すと、それを胸にあて、弾きだした。悲しみの中に浄化された悲しみの音色が美しい音の波となって、松尾の耳にも入ってきた。その時、松尾が強く感じたのは、詩人としての自由闊達な彼女ではなく、静かな天界の人のような顔つきをする彼女の顔だった。
彼女のヴァイオリンを弾く姿を見るのはこの間の町の広場でのと、二度目だったことを思い出した。詩人としての彼女の顔には明るいものがあって、どこかに茶目っ気があり、まだ子供のような心をのぞかせて、可愛いいという気持ちは持っても、アリサに対する初恋の火だねを胸の中にかかえている松尾にはそれ以上に進まなかった。それがヴァイオリンを弾きだすと、途端に芸術の世界に入り、静子の魂は数段 飛躍して天界へのぼってしまい、そこで松尾に問いかけているようにも思えた。彼は胸に熱いものを感じるのだった。アリサは静かに聞いていた。


 松尾優紀はソ連のチェルノブイリの事故を思い出した。今だに、ヨーロッパ全域にわたって食品汚染の問題が深刻だと聞いている。今回の伊方浜の事故の規模はあんなに大きなものではないにしても、いずれ時間と共に風とともに、広島県一帯の空と大地を放射能で汚染することはありうることではなかろうか。
松尾は広島の原爆資料館で見た原爆の様子を思い出した。これほどの悲劇に襲われた多くの人達のことを思うと同時に、「長崎の鐘」という映画も思い出した。研究室で、白血病にかかった医師が自分の寿命はあと三年だと妻に、告げて、病院に出勤したその日、原爆が落とされたのだ。医師は自分の深い傷にもかかわらず多くの人を助けた。家に帰ると、家はがれきの山となり、妻は骨となっていた。そのショックと深い悲しみの歌も思い出した。それで、松尾は胸が締め付けられるような思いがした。


 尾野絵市や奈尾市に住む人達にとっても、すぐに人命に影響を受けることはないにしても、長い目で見ればガンの多発とかという形で健康破壊がすすむことは確実だろう。
もう遅い。彼はそう思った。
「奈尾市が住めなくなったら、おしまいだな」 堀川の父が小声でそう言った。
「住めなくなるということはないと思います。ただなんらかの放射能汚染に悩まされることになるかもしれません」
「このあたり一帯もいずれ子供には住めなくなる。子供が可哀想だ。子供のいる家は移住だな」
息子を失った悲しみに急に老人になったような堀川の父があきらめきったような口調でそう言った。
「はい、そうなる可能性はありますね。放射能は人間の細胞にあるDNAを傷つけますから。特に子供は」と松尾は言って、言葉に詰まった。
「こわいですね」 アリサがそう言った。
 松尾はしばらくみんなの話を聞いていた。そして彼等を慰めたあと、階下のフロアーにおりて行った。大山の所に行こうと思ったが、大山は隣の紳士となにやら、真剣な表情で話をしている。どうしょうかと思って、佇みながらテレビの方を見ていると大山の声がした。
「松尾さん」

その時、柱にくくりつけられていた鳥かごにいるインコが「松尾さん」と言った。
松尾は緑の羽をしたインコの愛嬌のある顔を見て、微笑した、それから大山のまなざしを見た。その時、大山はサングラスをはずして、素顔を見せていた。口ひげをはやしているが、以前のいかつさは消え、意外と思われるほど童顔ぽい顔になっている。
大山は立ち上がって近付いてきた。
松尾は頷いて、大山のまなざしを見た。大山は耳元に囁くように言った。
「堀川君の兄さんが来ておられる」
そういう風に言われて、紳士を見ると、帽子をかぶったその紳士は堀川善介にどこか似ている。弟よりは太っているし、老けた感じがするが、目のあたりがそっくりだ。
「紹介する」
「はい」
二人はその紳士に近づいた。大山とのやりとりがあったあと、紳士は立ちあがり、松尾に挨拶をして、名刺を差し出した。
松尾は挨拶をしたあと、その名刺を見た。
名刺には大会社の営業部長の肩書きの元に堀川春介と書かれてあった。
「弟さんとは、親しかったので、こんなことになって大変なショックを受けました」
「死ぬことは運命としてあきらめますが、アリサが可哀そうですね。原因が原発の事故となりますとね、複雑な気持ちです」
松尾はアリサが気の毒だという兄の愛の言葉を聞いて、はっとした。
自分ははたしてこの兄ほど、アリサの気持ちを察していただろうか。
堀川の原発による死はショックであったが、それ以上の深い悲しみに沈んでいる彼女の心を推察することはしなかったのではないか、そういう自分が何故か不思議であった。

「原発の悪を糾明しようとしていた堀川弁護士の志が無駄にならないように祈るばかりです」
三人はソフアーに座り、当面の情勢判断の意見交換と今後の対応の仕方について打ち合わせをした。
 話が途絶えると、テレビを見た。
あちこちのソファーではひそひそ話をしたり、テレビを見ていたり、落ち着かないままにうろうろしている者、まるで病院のロビーのような雰囲気だった。
 夜になると、ロビーにいる人達の夕食を注文することが知らされたが、彼は夕食を家でとるということにして取り敢えず、自宅に戻った。
外は満月と降るような星の夜だった。満月と星だけは放射能の不安にもかかわらず、美しかった。自然はこのように美しいのに、人間はその自然を汚すことばかりやっているではないか。科学とはいったい何だと、松尾は思わざるを得なかった。


 松尾優紀は夕食の最中にかかってきた島村アリサ夫人との電話でも、原発の事故の状況と善介の死が話題になった。
その後のテレビの報道はより詳しくなったが、伊方浜市の状況の深刻さは同じだった。
 翌朝、ニュースで株の暴落が始まったことが告げられた。午前中テレビの前で過ごした彼は事態が原発の大事故をきっかけにして株の暴落を予感させ、日本経済を揺さぶる可能性を感じ取った。

お釈迦様の発見された縁起の法は今の科学でも言われている。全ては関連しているのだと松尾優紀は思った。生態系の中でも、全てがつながっている。
虎のような美しく逞しい生物が危機にあるということは、人類の危機でもあるのだという認識が必要なのだ。
海や川そして森という日本の美しい自然をこわしていく鈍感さはやがてIC工場によるトリリクロロエチレンの地下水汚染や原発の大事故につながる。そしてやがて日本経済の落下にもつながっていくのだと思った。もっと早い時期に手を打っておけばこんなことにならなかったのにと松尾優紀は考えた。
 しかし、既に遅い。原発の事故による死者は発電所の内部にいた者に限られている。堀川はたまたま調査に行っていて亡くなった。
この放射能は徐々に松尾の住む尾野絵市にまで押し寄せてくる。いや、もう放射能によって汚染されているかもしれない。
 松尾が座禅の修行に行った寺のある奈尾市は地下水も汚染され、空も汚され、いずれ大地も放射能によって汚されていくに違いない。もはや天界の町というキャッチフレーズは通用しないのだ。
 ことに地下水のように目に見えない形で人間の命の元である水を汚されてしまうことに我々は鈍感になりやすい。しかし、そうなる前に既に車の排気ガスによって空気を汚され、騒音によって静寂を奪われ、事故によって時には生命を奪われるという風に目に見える形の公害も数多くあった。

(つづく)


[ 久里山不識 ]
小説は創作された物語です。それを新聞記事のように読む人がまれにいるようです。今回、宇宙人を登場させましたけど、作者がそれを信じているから、出したのではありません。この物語の中に、登場させれば 話が興味深くなるだろうということと、何かの象徴的な意味に使っているだけです。
それを新聞記事のように読んで、作者が宇宙人を信じているなどという考えを持つ人がまれにいるようです。それは違いますよと念のために書いておきます。
(宇宙人を信じる、信じないは個人の自由だと思います。)

【この音楽は 十五分ぐらいかかります 。時間のある方はどうぞ 】



青春の挑戦 19 (小説)

2022-01-12 16:26:34 | 文化


19
銀色のドローンは町の空中を滑走路のようにして、とまっている。市民の多くは広場のはじにある花壇の方に退き、驚きの表情でドローンと平和産業の人達のやり方を見守っていた。

「真実。何だ。それは。我々は具体的に大地を美しくする人を尊敬する善人だ。
我々の惑星のヒトは皆、善人だから特別にうやまう人などいない。
自分が善人であれば、良いではないか」というドローンからの声があった。
「ふむ。本当に善人なのか」
「お前達が地球に何をしてきたというのだ。絶滅危惧種の問題もある。あの強い虎ですら、かって十万頭もいたのに、もう三千頭しかいないというではないか。次々と生き物が滅びようとしているではないか。南極の氷が溶け、温暖化は進み、核兵器は長崎と広島に落とされた。そして軍拡が進んでいる。このまま行けば、百年後ぐらいまでの間に、つまり近い将来、人類が滅びる危機に直面することを知るべきだ。」


周囲にいた人達は彼らの会話を驚きの表情で聞いていた。
中に、背の高い中年の男が立ち、「そうだ。平和産業は無駄なことをやっている。
核兵器をなくせだと。それ以上に現実の世界を見ろ。中国や北朝鮮を見ろ。
日本は傍観して、滅びるのを待っていろというのか。平和産業のようなエネルギーがあるなら、ミサイルでも作った方がいいのではないか」

もう一人の小柄な若い男は 鋭い調子で激しく言った。
「それは間違っている。ミサイルを作って、何をしようというのか。相手の基地を攻撃しても、全てを破壊できるならば、理屈は通る。しかし、相手が地下に隠していたミサイルで反撃してきた場合、それを全て撃ち落とせるのか。不可能だろうな。これは全面戦争になり、日本の都市や原発がやられるだろう。
第一、このドローンは宇宙人かどうか怪しいな。誰かのいたずらではないか。核兵器をなくそうという涙ぐましい訴えをつぶそうという勢力はいるものだ。
そいつらの派遣したドローンだろう。」
その途端に、銀色のドローンは「あばよ」と言って、去った。
こちらがミサイルをつくれば、向こうもさらに強力な武器をということで、軍拡競争が始まり、この理屈も結局、全面戦争につながると松尾は思った。
群衆は集まって、あちこちでささやくように、時には議論している風景がみられた。
このドローンについて、あれこれ先ほどの男達のような意見が交換されていたのだろう。中野静子が再びヴァイオリンを弾いた。胸の中にしみていくような情熱と希望はあるという祈りの弦の響きは市民の顔に喜びを引き起こしたかのように、彼らの目は静かに釘付けになった。
われるような拍手だった。
AIロボット紀美子も静子の横に立っていた。
「その方は人間なのでしょうね。最近は人間に似たアンドロイド がいるからな」と、
中肉中背の初老の男が言った。
「アンドロイドロボットですよ。核兵器が全世界から、なくなれば、莫大な金が浮くし、その金を福祉にまわせば、今のような経済格差はなくなる。さらに人類は月世界、火星へと、良い未来を築けるではありませんか」と、松尾は言った。
「そのアンドロイドさんと人間の違いはどんな所にあるのかね。トイレに行かないとか、疲れないとかあるよね」と、口ひげと顎ひげのある中年のがっちりした男が言った。
そうすると、普段は無口な田島がたどたどしく話すのだった。「そのアンドロイドは同じものをつくれるということでしょう。
人間は一万人いれば、みんな微笑も違う。人間は細い弱そうな人でも、タフだったり、外見は筋肉隆々とした人でも、ひどく繊細な人がいたりと、一万人いれば一万人の体質の違いがある。悲しみや苦しみや喜びも人それぞれだ。そして性格と外見の違いを入れると、恐ろしく複雑な人間集団が生まれるのです。
そこへ行くと、アンドロイドロボットはいくら優秀でも、似たようなものしかつくれない。だからこそ、アンドロイドには人まねの芸術は出来ても、人間のような独創的な芸術は出来ない。人間こそ、真の芸術をつくることが出来る」
背の高い松尾は緊張したせいか、すこし赤みがかった顔付きで、情熱をこめて語るのだった。
「それから、人間は無位の真人になれる。ロボットはどうかな。そう、座禅をしてね、本当の自分が分かれば、全世界は一個の明珠を知る。そうすれば、社会が皆にとっていい方向に進める、一時的にマイナスになる人には生活保障をするとね。」
正弘がつぶやく。「座禅して、本当の自分に目覚めるという意味が分からない?」
松尾は素早く答えた「そう、あせっては、そういうこともありうる。まず、あせらず、ただ座る、そして呼吸に気持ちを集中する。座禅は本物の自己を知るチャンスさ。仏性について、いくら喋ってもイメージだけだとね。やはり君達の心の中に、本物の美しいいのちはある、ということだろうね。臨済録で言われている「無位の真人」に気がつく必要があるということだろう。それには、頭の中のお喋りをしずめることだと思う」

ブルーのコートを着た五十代の叔母さんが言った。「そんな呑気なことを言っていると、宇宙人にやられてしまうわよ。平和産業は宇宙人の敵にされてしまうわ」
「宇宙人?」と、松尾は言って、驚いたように、その市民を見た。
それから、松尾優紀は寒牡丹の方に、一瞬、視線を向けてからゆっくりした調子で言った。
「そう、脱原発から、核兵器を全ての国から廃止する。そこに、世界の市民が目覚めることが、今、大切なのでは」

「何しろマグネシウムは海水にあるからね。マグネシウムと水素おまけに、水資源も確保できるのじゃないかしら。マグネシウムや水素は燃料として可能な状態にすれば、脱原発の象徴になる可能性があるのではないかな。」と田島が言った。

哲夫 はAIロボット紀美子のそばに立っていた。「で、どうして、この話は広がらないのかな」
松尾優紀が言った。「これは、なかなか、難しい問題がからんでくるからじゃないかな。社会の構造がマグネシウム社会を受け入れる状態になっているかだよ。例えば、水素は水から、とれるから、簡単なようでも、あれを自動車のエネルギーにしようとしたら、日本のあちこちに水素のインフラをつくらなきゃ駄目でしょう。」
美恵が口を出した。「政府の援助が必要ということでしょう。」
松尾は頷いた。「そういうこと」
ロボット紀美子は無表情で言った。「政府の人も本当の自分に目覚めることが必要なのよね。」
ふと気がつくと、広場のはじにある一本の梅の木にいるメジロが鳴いていた。
松尾はスズメより小さく緑の羽を持ち、黒い目のまわりが白いメジロが好きだった。そのメジロが力強くさえずっているのを聞いて、何か勇気が湧くのだった。
 松尾優紀は自宅に帰ると、ウネチア物語の続きを書き始めていた。
オオカミ族の叙事詩のような詩の中にも出ていたように、オオカミ族が滅びた原因は武器の異常な発達であるが、その前に原発の事故があったということが想定されている。
松尾の後の回想によれば、これを書いていたのは1996年頃で、まだ福島の事故は経験していなかったので、彼の頭の中にあったのはスリーマイル島の事故やチェルノブィリである。ウネチア物語の核心の所はイタリアのヴェニスの町にあるので、いずれ行ってみたいという気持ちはあっても、それは今は無理。空想で書くしかない。


書き始めた時には、イタリアのヴェニスに行ったことがないのに、行った時のヴェニスの町の様子を頭に描いた。こういうことは彼は得意である。サンマルコ広場は広く美しいし、その周囲には寺院や美術館の建築の芸術品が集まっている。

そしてゴンドラに乗り、古い建物と建物の間の路地のように入り組んだ水路を行くと、向こうに湖のような海があって、対岸に壮麗な由緒ありそうな古典美を誇る建物が見える。

そして、ゴンドラが町の中を滑るように行く時のそよ風の心地よさも想像した。歴史的にも由緒ある古い建物も、この水の中に浮かぶと、不思議と生き物のように思えるのだった。

そんな妄想に浸っていた土曜日の朝、電話がかかってきた。
「はい。どなたかな?」
松尾の耳の奥の方に中野静子のかすれた声が響いた。
「松尾さん?」と言う静子の声を聞くと、耳に彼女の弾くヴァイオリンの弦の響きが宇宙からの声のように、聞こえたのは不思議だった。
「ええ」
松尾は静子からの電話に戸惑いを感じながらも、ある種の喜びと緊張に包まれていた。
「もしもし、松尾優紀ですが」
「ああ、松尾さん。大変なことが起きましたのよ。御存知ですか」
松尾はその時、地震のことを言っているのかなと思った。彼の住んでいるマンションは地震に強いということがセールポイントで、住んでいたわけだから、この朝の程度の地震なら、大丈夫と思い、時計を見ると、まだ夜明け前の五時頃だったこともあり、また寝てしまった。なにしろ、昨夜は創作で夜中の一時まで、頑張ってしまっていたので、朝のその時刻では地震より、眠さの方が勝ってしまったようだ。
「伊方浜の原子力発電所で大事故が起きましたのよ」
「本当ですか?」 松尾は思いがけないことを言われてびっくりした。
「そんなに大きな地震でしたか」
「津波がなかったのは不幸中の幸いでしたけど。
こちらは震度五弱ですみましたけど、現地は震度六強ですから大変です」
「原発の事故は?」
「ニュースによるとかなりの規模ですわ。そして伊方浜地域周辺の住民八百所帯に避難命令が出たとか報道しておりますわ」
「なんともいいようがありませんが、震度六強となると、その程度には大丈夫なようには設計されている筈なんだと思いますが」
「そうなんですか」
「死者は出ているのですか」
「原発の敷地の中にいた人が何人か死んだみたいです。ニュースではその程度しか報道されていません」
「堀川さんのことが気になりますね」
「ええ、アリサさんのことも心配です」
「ともかく、次のニユースを聞いて状況把握をしてみます」
「はい、それでは又」
「さようなら」
電話は切れた。彼は応接間の方に回って、テレビのスイッチを押した。

それがまた、事故にまつわるものとしては、奇妙な目撃談を生むことになったようだ。原発に、火がのぼった後に、円盤のようなものが宙に浮かんでいたというのである。ただ、これを目撃したのは 爆発がおきて、放射能が外にまきちらされていた時だった。 それに、朝早いということで、三人の証言かあるのみだった。
三人の円盤目撃情報も報道されたが、確かな事実としてでなく、最初の報道では言わなかったようだ。原発の上空に円盤のようなものが宙に浮いていたというのである。
電話での中野静子の話を思い出すと、原子力発電所の方に調査に行っている堀川弁護士のことが脳裏に浮かんだ。

ニュースの後にも、臨時の番組が組まれ、伊方浜の原発事故の様子をやっていた。
地震によって、誘発されたような事故のようで、チェルノブイリやスリーマイル島を思い出させるような人為的ミスも重なったような事故のように報道されていた。
チェルノブイリもスリーマイル島の事故も大自然の驚異、地震と津波などなく、機器の故障と人為的ミスが主な原因で、その後、学者によって深く研究・学習され、日本では怖いのは地震と津波だけとなっていたが、地震に慣れっこの日本ではそれすらも恐れるに足らぬ技術力を誇っていたのはやはり傲慢のそしりを受けざるを得なかったのか、やはり想定外の恐ろしいことが起こるものだ。

原発の事故で、放射能がばらまかれるとなると、松尾優紀はどうしても広島の原爆による十万の死を思い出してしまうのだ。
アインシュタインは自分がE=MC2という偉大な式を発見したことが、人類の脅かす核兵器を生み出すことになることに反対した。そんなことを思い出すと、松尾は悲しみと鬱の状態になるのだった。それでも、道元のいう仏性を思い出して、人間は仏性に足場を置く限り、良い方向に舵をきる、良い方向に目を向ける。人類は釈迦によって、一度仏性という霊性に目覚めたではないか。
この困難を乗り切れない筈があろうかと思うのだった。

【つづく】


【コメント】
この小説は私が三十年前に自費出版した脱原発の小説「いのちの花園」に書かれた原発事故をモデルにしていますので、あくまでも、創作上のもので、悲惨で不幸な福島の事故のことは書かれていません。






青春の挑戦 18 [小説 ]

2022-01-05 14:09:37 | 文化

18
松尾優紀は物語を喋りながら、島村アリサとゴンドラに乗って、旅する様子を空想していた。春の息吹が横溢するゴンドラの上。彼女は愛に満ちた瞳を彼の方に向けながら、やさしい春の光がヴェニスの運河の水を黄金色に縁どる中で、使命を持った伝道者のように、ヴェニスの風景の描写とその感想を織り交ぜながら、真理の到来とユートピアを築こうとする熱情にあふれているようだった。仏性。空、神仏を知れば、人は自然と良いことをしたい、経済格差社会をなくしたい、人類の危機を救いたいという気持ちになるようだと、彼女は言う。核兵器を地球からなくし、同時に世界の軍縮を進めることが当然と思うようになる。そうしたアリサの断片的な言葉だけが、空想の中の美しい詩のように、彼の耳に入ってきた。
彼女は首から胸にある赤い花模様の入ったスカーフを整えると、花のような微笑をして、松尾の詩を聞き終わると言った。
「あら、詩がふんだんにあるのね。叙事詩ですね。映像詩にする予定なんですね」
「ええ、そうなんです。オオカミ族が繁栄したこの惑星Mで原発に事故が起きて、それが原因で、ある女性の父親が自殺する。ただ、ここの会社は原発だけでなく、車もパソコンも作っている総合会社なんです。地球では、こういうのはありませんけど、それだけに、この惑星Mの唯一の巨大な会社なので、傘下に色々な部品会社がある。その下にも影響力を行使できる商店もある。そのために、会社が国家のようになっているんです。他にも色々大きな会社はあるけれども、この会社にはかなわいから、この会社が手をつけてない食品とか、家具とか服とか靴とか別のものでビジネスしているのです。この父親が追い詰められたのは、内部告発することにより、国家のような巨大チェーン店のようになったこの巨大会社から、にらまれるとどういうことがおきるかということですね。まず、この父親の顔の写真がこの会社の従業員全員に配られ、正確に覚えられるのですよ。
これ自体、本人の同意のない管理が目的なのでしょうから、ファシズムの前兆を感じさせるものではなかったでしょうか。

この星Mの原発の事故では、死者は出なかったが、十人ぐらいの重傷者が出たし、その人達の寿命が短くされたことが
確かなのに、この巨大会社は世間に隠したのです。それは、許せないことなんだ。そんな事故が外部にもれないなんてことは、ありえないことなんです。
金が動いたんですね。内部告発したその男性はその巨大会社の社員であって、この事故は世間に知らせるべきだと、直言した。それで退職金を多く支払われはされたけれど、辞職に追い込まれることになり、そのあと、男性はこの巨大会社の悪と原発事故の内容を書き、脱原発の旗印を鮮明にした本を出版した。しばらくして、この会社の息のかかった所にいくとどこでも、嫌がらせと中傷に悩ませられたということらしい。社長は奇妙きてれつな宗教にこっているという噂のある人物である」
『なんだか、伊方浜市の原発に、その物語に似たようなことが起きて、堀川はその調査に伊方浜に行ったように思えますわ。』
「堀川さんとは、最近連絡とることが少ないのですけど、事故が起きて、それを隠すという心理はけっこう普遍的ですから、創作する人が空想で書いたことと現実がよく似ているということはよくあることですよ。そうですか。僕もZスカルーラの噂は聞いていますが、原発事故のことは、聞いていませんでした。何しろ大きな会社ですし、内部のことは外から分かりにくいのですが、うすうす何かを感じていて、小説に似たようなことを書いたのだと思います」


松尾優紀は自分のウネチア物語を話していく内に、アリサと自分は伊方浜の原発に堀川が行ったのは星Mと似たようなことがこの日本にも起きていた可能性があるという共感に達したのは不思議なことであると思った。その共感に導くものが二人の心に何か愛に似た小川のようなものがせせらぎの音となって響いていたからかもしれぬという直感が働いているようにも思われた。

二人の関係は松尾の思春期の頃の激しい恋とは違った人間愛に近いもので、それは彼が島村アリサの禅寺へ一週間に一度、土曜日の夜に行っていたことから来るのかもしれない。
船岡工場長の息子の家庭教師は既に、工場長から「忙しいだろう」という言葉があり、辞めていた。その代わりの時間を使い、アリサの所に行き、座禅をし、道元の本も読むようになっていた。

その頃、大山道長が禅寺に顔を見せた。彼は松尾が以前に通い、中退した高校の保護者会長をやったことのある男だ。自分の発明した電気自動車で世界遍歴の夢を持っていたが、平和な時代が来ないと無理と思い、その間、困った人達に手を差し伸べるNPOニヒリスト克服同盟を作って活動していた。松尾のやっている平和産業というのに、興味を持ったせいだろう。誘われたわけでもないのに、大山は松尾の通っているアリサの禅寺にも興味を持ち、時々顔を出すようになった。

確かに、大山の中にも島村アリサの夫堀川と同じ脱原発と自然エネルギーマグネシウム社会それに、水素社会というユートピア志向はある。しかし、大山と親しい専門家によれば、そういうユートピアは直ぐには無理で、原発の安全性は高度の技術に守られていると、大山は聞いているらしく、そのようにつぶやく。Zスカルーラは超一流会社だ。嘘は言うまい。優れた技術者も沢山いる。そう信じることを男の度量と考えているふしが、大山にはあったようだ。
しかし、その寛容さが大山の主催するニヒリスト克服同盟をあやうくすると堀川弁護士は思っていた。松尾優紀もこの堀川の感じ方に同意していた。脱原発と自然エネルギーマグネシウム社会の方に舵を切るべきなのだというのが二人の意見だった。事故が起きなければ、専門家の意見が正しいと思っているのが大山だ。専門家だって、色々いる。例えば、水俣病の問題の解決が長くかかったのも、その専門家の意見が割れていて、現場の医師と住民の感覚が大枠として正しかった。この科学時代にもどちらの意見を取るのかは、素人市民の力量が問われている。
堀川にしてみれば、ニヒリスト克服同盟に失望したということらしい。大山に助言する専門家は秘かに、原発派と通じていたという噂がある。何故、それほど、原発にこだわるのか。原発派の一部に、プルトニウムを確保しておけば、いつでも核武装できると思って、原発に積極的になると堀川は推察していたふしがある。
日本の右寄りの人達のある層にもそういう層がいることは、松尾も知っていた。フランスだって、核武装もしているし、原発も稼働させている。
しかし、松尾も堀川もその点に関して言えば、日本は世界一の地震国であること、安全保障に関して言えば、日本がそのようなことをすれば、中国を始めとして、警戒度が高まり、軍拡が始まり、この東アジアで戦争が始まると、何か偶発的なことで、核のボタンが押される危険性が高まると心配することでは、お互いに共感していた。

大山は、松尾よりも政治には敏感の堀川の高い倫理観に対して、困ったということだろう。
引きこもり、高齢者、ホームレスと弱い者を助けるNPOニヒリスト克服同盟もエネルギー問題では、堀川と意見がかなり違うようだ。
その後も堀川は脱原発をして、自然エネルギーの活用、出来れば、マグネシウム社会の実現、それが出来れば、原発もいらないし、
核武装なんて、物騒なことは、控えることができる、そういう欲望を抑えることは、軍縮の始まりだという点で、松尾優紀は共感していた。


梅の花が咲き始める頃、宇宙人の話がまた、広まった。平和産業では、町に平和の使者として、アンドロイドロボットや会社のスタッフを町に出してそれなりに、効果を感じていた頃だった。
「核兵器を全ての国から、なくそう。そうすれば、莫大な金が浮く。それを福祉にまわそう。」と言うアンドロイドロボット紀美子が薔薇の花が咲き乱れる町中に出た。
松尾も田島も出た。ロボット菩薩は、この時は修理、改善で、本社に戻されていた。
中野静子はヴァイオリンを弾いた。中々の名手である。
黒髪は長く、白みがかった薄茶の肌色の顔に殆ど目を軽くつむったような両目は赤みがかった唇と似た形であり、詩人として夢のようなイメージを吐露する時の激した時とは正反対の優美さが感じられた。市民の皆さん、目を覚まして下さいという祈りに似た静寂さが彼女の身体全体にみなぎり、けがれのない美しさに松尾優紀は今までとは違うものをヴァイオリンを弾く彼女の姿に発見した。
そこは町の中心にあり、広場になっていた。西側に商店街のアーケード、東に古い寺院がある。南には幼稚園と小型のビル、北にはレストランや蕎麦屋などの飲食店やカフェが並んでいた。そうした東西南北の建物の前には花壇があり、カフェの前だけはテーブルや椅子が並び、何人かの人達が座っていた。
広場の真ん中に彫刻と一本の噴水から噴出される水が空中へのびていた。
彫刻の前に、中野静子はヴァイオリンを持っていた。あと、二人とアンドロイドはその横にやはり立っていた。

そこに、いきなり舞い降りてきたかのように、例の銀色のドローンが空中を滑走路のようにして、とまった。
アンドロイド瑠璃子が言った。
「あたし達はあなたが変な噂するから、ここに派遣されたのよ。何で私達のことを邪魔するのよ」
「邪魔?」それがドローンが発した言葉だった。
「我々は宇宙の善人だ。君たちのような邪悪な心を持ち、美しい地球を破壊している連中とは違うのだ。
平和産業も口では、平和というが、今までに何が出来た?
結局、温暖化も核兵器も事態は悪い方向に進むばかりではないか。
君達が核兵器をなくそうと、叫んでも、政治家が動かなければ逆に増えるばかりではないか。
君達のやっていることは、気休めであり、事態は深刻化するばかりだ。
無駄なことはやめろ。自然にまかせるということだ」
「人間が誠実に努力する時、いつか実を結ぶものです」
「君はロボットではないか。ロボットは結局人間の奴隷だな」
「そんなことはない。我々は人間の良心をもらって仕事をしているです。人間の歴史には仏陀、キリストのような真実を悟った人が出ている。
日本では、道元、空海、、最澄、法然、親鸞。日蓮、白隠、良寛のような宇宙の真実を発見した人も現れています。
君達は善人と言うが、真実を発見したのですか」
松尾は叫んだ。
「世界を見れば、人類の中に偉大な人は沢山 でて、この何億という人類が争いのない格差のない科学の進んだ豊かで愛に満ちた社会をつくるように呼びかけてきたし、今もそういう素晴らしい方が人類の中にはいらっしゃるのだ。それに、我々は希望を抱いている、平和産業はその先頭にたって、行動しようと、努力しているだけです」

【つづく】


【久里山不識のコメント】
謹賀新年
今年もどうぞよろしくお願いします。
今年は寅年。私は動物の中では鳥と並んで好きなのは、猫科の動物ですが、猫の次に虎を見るのが好きです。虎を詩に歌った優れた詩人がいます。
ブレイクです。知っておられる方も多いと思いますが、ご紹介しておきたいと思います。
   Tiger tiger burning bright
In the forest of the night
What immortal hand or eye
Could frame thy fearful symmetry
   トラよ、トラよ、
   夜の森の中で
   燃えるように、輝いている
   何という不生不滅の手と目が
   汝の恐るべき均整をつくったのか  【この後も続きます】 


寅年といえば、映画「寅さん」も好きで、随分とDVDで見ました。「サラダ記念日」は以前、感想文を掲載したことがあるかと思います。

寅さんを見ても、パウロと仏教の有名な言葉を思い出すことが多いです。
【大慈悲を室とし、柔和忍辱を衣とし、諸法の空を座とす】
【あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、愛がなければ無に等しい、 】
愛と大慈悲心が宗教と哲学の最終目的地ではなかろうか。それがない場合は、その価値観がまだ未熟ということではないだろうか。
そんなことを新年に思いました。

昨年は胃と年令による色々な故障に悩まされ、体調の悪化が進みましたが、今年も歩くことで【幸い、足は丈夫ですので】なんとか、この体調を回復させて、書くことがうまく行きますように願っています。今年もどうぞよろしくお願いします。