空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

青春の挑戦 14

2021-11-29 20:18:04 | 文化



14
松尾優紀は長いこと自分が吟遊詩人となって、長い旅の夢を見ていたことを思い出した。これに似た夢は前にも見たことがある。おそらく、アリサの作った映像詩を何回も見たせいだろう。
どこの家からか、吹く横笛の音が、夜の闇の中で聞こえてくる
家や樹木をなでるように、さわやかな音色は消えていき、再びそよ風にのって わが故郷、尾野絵市の街角に響き渡るこの横笛の音を聞くと
仏性を直感したいという恋慕の情が起きるのだろうか。
恋の炎のような激しいアリサへの慕情は思春期の病気のようなもので、今はたんたんとしていると、松尾自身は思っているが、心の奥底に恋の火山が眠っているのに、それに表面上は気がつかない振りをしているようでもある。なにしろ、あの人は堀川という弁護士の元に嫁いでいる。
彼女には随分とお世話になった。彼女の父の禅の寺にも、もう四年ほど通っているので、住職の言葉は彼の心にしみこんでいる。
尾野絵市の隣にあるアリサの住んでいる奈尾市は、確かに、外見的な華やかさはない。しかし、そこは季節ごとに咲く花のある庭園を持つ公園があり、地下水は豊富で、町のあちこちに澄んだ水が噴き出している。その水は飲むことが出来るのだ。自然の丘陵や林がまだ残っていた。郊外には清流が流れている。
松尾はアリサの寺での講義や座禅の修行をしているうちに、平和を訴えるためには自分の価値観を深め、そこから、経済成長よりも福祉、そして気象温暖化を阻止し、核兵器廃止も訴えていく方が効果的だと思うようになった。
核兵器をなくす。壮大な夢だ。そんなことは実現できるのか、そうあざける人はいる。しかし、それをやらなければ、いつか、人類は滅びる。温暖化も同じだ。今、やらねばと思う。
あいかわらず、松尾は座禅をする。寺だけでなく、自分の家でもする。


その日は、柔らかい秋の日差しが平和産業の中にまで、照らしている。時々、開けられた窓から、メジロの鳴き声が聞こえる。キュキュ、ピーチュルル。
会社の小綺麗でシンプルな応接室である。部屋の隅のガラスケースには、いくつかの仏像や様々の調度品が飾られている。赤い絨毯の上に深々としたソファーがある。そこで松尾優紀は部長と対面している。近くのルームから若い女の笑い声が静かに響いてきた。
平和産業は山岡市の斜面にあり、窓からは、青く透き通った清流が見える。清流には小舟がゆるやかに流れている。小舟には旗を振る青年が歓呼の声を上げる。
「自然は生きているぞ」と。
そう言えば、遠い昔、暗い道をとぼとぼと歩いていたことがある。満月の光が周囲の樹木や花を照らしている。彼は師の島村アリサのことで、悩んでいたのだが、この美しい満月を見た時、はっとするものが心の中にひらめいたのだ。
暗い道を重い気持ちで歩いていたのに、満月の光はこの世ならぬ美を四方八方にまきちらして、彼の心まで希望と愛の光で満たしたのではないか。
しかし、今は宇宙人が町に会社を貶めるような噂を流している。そして、嫌がらせが平和産業のスタッフに押し寄せてくる。
この間の夜なんか、エアコンは既に使わなくなっているので、換気のために窓を開けると、いつの間に窓の近くまで、例の銀色のドローンが宙に停止したような状態になって、奇妙な沈黙を守っている。彼が不思議に思って、凝視していると、ドローンは去った。空には天の川が美しく輝いていた。あの美しい天の川から、彼らはやってきたのかもしれないと思うと、松尾は不思議な気持ちがした。

ルミカーム工業という大手の会社から独立した平和産業にいる松尾優紀の耳にも親会社のことは耳に入ってくる。ロボット、電気製品、最近はエネルギーにも熱心に取り組んでいると聞いたが、マグネシウムのことを聞いた時は驚いた。
マグネシウムは海に1800兆トンあるといわれているが、その化合物にレーザーを照射して、金属マグネシウムを一瞬で精錬できる。そのマグネシウムと酸素を反応させればエネルギーが得られる理論をルミカーム工業では研究と開発を進めていると聞く。これも、宇宙人は快く思っていないようで、人類が明るい展望を築こうとすることを、邪魔したいのだろうか。彼の平和産業の仕事にこの宇宙人対策というのが一つ、加わったわけだ。
使用済み燃料はレーザーを使って、再び金属マグネシウムを取り出せるという循環社会。コストダウンも実現されたこの夢のような素晴らしい話も宇宙人にはねたみの種なのだろうか。

部長が急な用事があると言って、その場を立ち去った時に、お茶を持ってきた、新入女子社員がいた。中野静子だ。窓から風のざわめき、秋の緑の梢のゆらぎが聞こえる。松尾優紀は静子を見た。中野静子とは高校のビデオサークルで知り合い、一年後に自分が広島に旅立った時に、見送りにきた女の子だった。
彼女は星の深さを感じさせる瞳を持っているが、どこか悲しげだった。そしてそれは森の深さを持った真珠のような瞳だとも、松尾は思うのだった。
今は大学の四年生ぐらいになっていると、思っていたが、今、目の前にいる不思議さを思った。彼が平和産業の仕事に夢中になっていて、彼女のことを忘れていたのだろうか、アリサとの共同の仕事に没頭していたせいだろうかと、彼は思った。彼は突然に目の前に姿を現した静子のみずみずしい清潔さに驚いた。
「お久しぶりですね」
「ええ、こちらの会社に就職しました」
「で、大学は卒業されたのですか」
「ええ、父の経営する会社が倒産したので、急きょ、こちらに就職したのです」
窓から、風のざわめき、カラスの鳴き声が聞こえる。空には雲一つない青空が綺麗だ。
お茶を飲みながら、静子の清楚な姿に懐かしさを感じながらも、彼は考えていた。宇宙人の変な噂から、会社を守るために、平和の使者を町の広場に送り出そうという計画だ。部長の先ほどの会話で、了承してくれた。松尾は親入社員や入社二・三年の自分より若い社員を集めることにした。
前から、考えていた平和を訴えるための基礎哲学を彼らに注入して、彼らの意見も聞き。町に送りだそうと考えて、案を練っていた。
その朝、ニュースでユニカーム工業の若い社員が過労自殺したということを知った。友人に電話をかけ、少し内容を深めている内に、自殺した青年の顔を思い出した。端正な顔つきの秀才肌の白い顔だった。ユニカーム工業は平和産業の親会社であるが、労働は平和産業よりもはるかに厳しいとは聞いていた。
彼はその日、喋ることは決まっていたけれど、この過労自殺の知らせにかなり頭の中が乱されるのを感じていた。
こげ茶色の板ばりの会議室には、十人ほどの若いスタッフが集まっていた。松尾は黒板の前に立ち、喋り始めた。
「宇宙人の噂は知っているよね。今度、町に平和の使者を出すことにした。宇宙人の話が本当だとしても、彼らも我々と同じ生命体ということだ。それならば、生命の共通の土台を知り、平和の深い意味を彼らに伝えねばならぬ。」
「なるほど、壮大なテーマだ」と哲也が言った。
「人生とは何か。人生は意味があるのか。我々は何故生まれ、かくも心は寂しいのか。ここに人生の秘密がある。何故なら世界は一つ。全世界は一個の明珠と言ったのは道元であるが、現実は人間理性という素晴らしい道具で観察すると、我々はばらばらになっているように見える。理性は科学には役立つても、自己を知るにはめくらになる。」
彼はそう喋り始めたが、何故か心の中に空しい風が通りすぎるのを感じていた。
窓の外では、風が吹いている。時々、梢の音が聞こえる。
「今日は風が強いようだね、これは、まるで自然の呼吸のようだ」
会議室の椅子に座っている中野静子は松尾と目を合わせると、小声で、歌うように言った。「風よ。風よ。目に見えないが、自然のいのちの呼吸が感じられる」

松尾は微笑した。「ほう、詩人がいるようだね。それはいい。そこで今日は、お釈迦様が死ぬ時に、弟子が「死んでは困る」というようなことを言ったら、お釈迦様は「自灯明」「法灯明」と言われたという。最初のは、自分を灯とせよだよね。言葉の意味は分かりますよね。」

浅黒い四角い顔の哲夫は微笑して、隣に座っている細面の青白い顔の秀和に顔を向けた。
「変わったテーマだね」と哲夫がつぶやく。「いのちとは何かということなのだろうが、平和産業とどういう関係があるのかね。」
「関係があると思う人間もいるということだ。」と秀和が言った。
「それはね。親からもらったDNAの中の遺伝子とは違う九十八パーセントのガラクタと言われた非コードが話題になっているけど、体質・性格を決めているのは遺伝子のごく一部だ。人間はみんな、そこの所が微妙に違うからね」と言った秀和の顔には得意そうな微笑が浮かんでいた。
「確かに。お前なんか、細い腕をしているわりにはタフだが、俺は筋肉は強いけど、少なくとも、お前より体質はもろい」
「なるほどね」と松尾優紀はぱっと顔を明るくして言った。「そういう答え方もあるかな。皆、DNAが微妙に違うから、顔も違う、体質もちがう。性格も違う。そうだ、体質が違うのだ。秀和の言う通りだよ」
松尾は「自灯明」の話を続ける気持ちだったが、この体質の違いのことが、労働の中で無視され、根性論だけが幅を利かす社会のムードが労働時間を長くしているのだと、頭の中にひらめいた。
それでも、口は「「自灯明」とか禅で言う「真の自己」をまず、最初に明らかにする必要がある」と言っている。
「真の自己?そんな呑気なことを言うよりは今朝のニュースのことを考察すれば労働時間のことが一番、問題なんだということでしょう」と秀和は言いながら、自分の顔を撫でまわした。
「自分が分からねば、他つまりロボットも宇宙人も分からん。自己が分かれば遠くまで見ることが出来る。世界の経済がごくひとにぎりの大金持ちにより背後で動かされていることだって見えるようになる。自己が分かれば、AIが聡明な人の目を離れると、大きな経済格差社会をつくることも分かる。
今のように経済成長を続けていくと、地球温暖化はさらに進み、人類は破滅の方向に進む。それでも、戦争があればもうかる連中がいる。温暖化が進んだって、もうかる業界があれば、ほくそえむ連中はいるのだ。多くの人が苦しんでも、知らんぷりをする。そういう連中は本当の自己を知らないからだ。」
「なんとかして、自灯明の話にもっていきたいということらしい。なにしろ、彼は係長に出世したからな。」
「おいおい、やっかんでるのかい」
松尾はそんな話が聞こえても、聞こえない振りをして話し続ける。
「本当の自己を知ることにより、宇宙人に核兵器廃止の正当性を訴えてる根拠を教える。彼らと争うのでなく、友人になるためだ」
皆さんのご意見もうかがいたい。はい、そこの二番目の方。お釈迦様の言葉『自灯明』についてどう思いますか?」
丸顔の美恵は全体に控えめな感じだった。
「あたしは自分のこと、少し悩ましい存在だって思っていますわ。だって、人間は沢山の細胞で出来ているのでしょう。それがあたしの場合、想像すると、悲しくなりますの。だって、あたしの中身って沢山のコードが複雑にからみあっているだけですもの。」
「そうですか」と松尾は言い、さらに話し続けた。

松尾は最初、その女性を指名した時、彼女がAIロボットであることに気がついた。ロボットは彼にしても、菩薩ロボットが懐かしい友人のようなもので、平和宣伝で活躍してくれたけれど、AIロボットアンドロイドは三年分進化している。最近は親会社から頼まれ、平和産業でもロボットのデザインを担当するようになっていた。

ブロンド色の髪の毛に黒い瞳のAIロボット紀美子が丸い目に微笑を浮かべ、小鳥のような声で、言った。「あたし?自灯明。自己とは何か。随分難しい質問ですねえ。DNAの話とは違うとすると、私は単純に答えるわ」
彼女の灰色の作業着の左胸に、黄色の猫の形をしたブローチがあって、彼女は手でしきりになでていた。
(多くのスタッフがくすくす笑う。)
AIロボット紀美子は手をブローチから髪の方へ持って行き、「あたしも美恵さんの言うように、細胞でつくられていませんけれど、あたしは明るくてちょっと美人で、とても自分が恵まれていると思います。私は過労死しません。エネルギーがつきたら、充電すれば良いのですから、そのルミカーム工業の方、気の毒ですよね。あたし会ったことがありますわ。あの方、風力発電などの自然エネルギーに夢中でしたわ」
太陽エネルギー・風力・地熱こうした自然エネルギーこそ大切にしなければならぬということの情熱を自殺した人から強い印象を紀美子は受けたようだ。それで、彼女に意識はないのだろうかと疑問に思い、松尾は奇妙な気がした。
彼は笑った。「そうですか。それはどうも。素晴らしいご返事をいただいて」
松尾は驚いていた。ルミカーム工業のロボット製作の技術は世界一と聞いてはいたが、彼は驚きのためいきをついた。ロボット菩薩も良かったけれど、さらにアンドロイドとして進化している。
(多くのスタッフがわあっと歓声をあげる。)
松尾は嬉しそうな表情をしている。「それで、今朝のニュウースで知った過労自殺するとはやはり、体質が弱かったのだろうか。外見はがっちりしていたのに。体質は外見だけでは分からん。結果として、労働時間に問題があったわけだ」
哲夫は微笑して、隣に座っている秀和に言った。
「あの会社は親会社だけど、内とはまるで違うとよ」
秀和は微笑した。「うちは、平和を世界に売り込むわけだからな。向こうは一流の生産会社よ」

松尾は悠然と周囲を見回した。
「人の一生は長いようで短い。いつ死ぬか分からないのだ。海の中の波のようなもの、水の泡のようなものです。つまり、無の深淵の中で生まれては消え、そしてまた、生まれるという創造作用が行なわれているようなもの」
松尾はこんな風に言うつもりはなかったが、あの若くして自殺した男の顔が目の前にちらついて奇妙な風に喋ったと、自分でも思った。

背のすらりとした瑠璃子は言った。「あら、じゃ、あたし達人間も泡のようなものということですの、松尾係長」
松尾は微笑した。「ええ、まあ、そういうことになりますかな」
AIロボット紀美子は明るい声で言った。「この美しい乙女が泡ですって。何という悲劇。人生ってやっぱり悲劇ですのね。」
(スタッフ達が笑う。)
人間の瑠璃子の話を受けて、気のきいた会話ができる。これはアンドロイドというよりはもう人間ではないか。松尾はそんな思いに囚われた。
しかし、彼らに意識はあるのだろうか。そういう疑問が再び浮かんだが、彼はその点については口をつぐんだ。
AIロボット紀美子は笑った。 「難しいわ」
松尾 はこのアンドロイドは教えがいがあると思った。
「本当の自分のことを禅では、無位の真人といい、心の中の無とも虚空とも言い、鏡に例えても良いのですが、肉体を映し、悩み多いこの自分をつくり、森羅万象が現象するのです。この点で、人間も宇宙人も同じ。この原理が分かれば、人は悪を嫌い、善をなすようになる。宇宙人も同じ。我々は同じ価値観に立って、握手することができる。ここまで分かるかな。哲夫君。いかがです?」
哲夫は真剣な表情になって言った。「はい。なんとなく分かります。要するに私という人間の本質は虚空であり、それはまるで神様のようなものであるということでしょう?でも、これってどこかで聞いたような話だな、確かに、人も宇宙人も同じ。宇宙人を悪と決めつけるのはまずいな」


窓から少し強い風が吹き、会社の庭の向こうからショパンに似た音楽が鳴る。
松尾は彼が最近購入したヘッドホンを思い出しながら、言った。
「私は価値観というものを、宇宙人と人間の両方の側にとって大切なものと思っています。価値観に共通のものを見出せれば、我々は握手が出来る。人類の平和だって、そうです。我々は皆、同じ生命体で、大自然からいのちをもらっているのですから。過労死は体質を無視した労働時間の長さにあるのではないかと、思います。労働時間をもっと少なくする必要があるのではないか。労働者を自殺に追いやるような過労労働は悪です。そんなことも宇宙人と話してみたいですね。」
 その晩、松尾優紀は次のような詩を書いた。    

不死のいのち【poem】


全てのものが不死の愛のいのちの現われなら
今まで、それに気が付かなかったことに驚くのだ。
どんな美しい里山の風景も
どんな美しい街角も
時の去るにつれ、視野から消え去っていく
人生は寂しい夢ということになる
しかし、全ての物が不死の愛のいのちの現われなら
美しい里山の風景も美しい街角も
月夜もすがすがしい太陽の陽ざしも
無常の不死のいのちの今ある姿
我らヒトも、無位の真人、不死の愛のいのちではないか
名前をどう呼んだら良いのだろうか
仏性と呼ぼうか、如来とよぼうか、神と呼ぼうか、仏と呼ぼうか
それとも、形なきいのち、真如と呼ぼうか、大自然とよぼうか
名で争うのは愚か、名をつけるのは自由だが、真実は概念ではない。
無の深淵と永遠のいのちを包み込む
あなたの慈悲と愛の心を感ずれば
この悲しみに満ちた娑婆世界も喜びとなる
苦も修行となる
あなたを見る目を大きくしてくれるではないか
お釈迦様の自灯明を思い出そう

あなたの慈悲と愛の心
そして無限に美しいこの自然が広がるのを知るではないか
ブロッコリーやニンジンを食べた味
チョコレートやアーモンドをかんだ味
コーヒーや紅茶を飲んだ味
それぞれ違うように、
あなたの崇高な姿は時によって変身する
綺麗な衣服を着ることもあり、汚い服を着ることもある。
そして驚くことに、あなたが心の中におられるとは。
今、はっきりと見える光のある道筋が
そして、世界を見れば
経済格差、温暖化、核兵器
むだな事に大金を使わないことだ。
核兵器が世界からなくなれば
莫大な金が福祉に回せる
不死の愛のいのちが見失われ、欲望を刺激し、競争が激しい世の中は
いずれ人類の危機という形で、我々を襲う不安がある

天の川に見える街角の花
きらきら光る星の光をあびて、コーヒーを飲む
そこで、聞いたあなたの声
そこで見たあなたの瞳
そしてあなたの優雅な喋り方
天の川に見える森の中
せせらぎの音も小鳥の声も星という宝石の中に溶けていく




青春の挑戦  13

2021-11-26 10:57:23 | 文化


十日後、松尾とロボット菩薩と田島のコンビで出かけることにした。ロボット菩薩にとって、最後の仕事になりそうだ。なぜなら、親会社ルミカーム工業から、さらに改良するので、ボサツを送れという指令が届いているのだ。
山のすそ野に広がる深い森の中で、宇宙人がいるとしたら、ドローンの百倍くらいの大きさ、つまり、飛行機を丸くした様なもの、そんなUFOの中にいるのだろうか。
ここの山は低いが、森は深い。杉の森なのだが、これは植林されたもので、所々に昔の天然のケヤキがのこっている。それは数は少ないが、たいていかなりの巨木になっている。ここは松尾たちにとって、始めて入る所なので、案内人に連れられて、苔におおわれた丸太階段のある山道を上っていく。樹木の梢の緑の葉の中で、ホトトギスが鳴いているが、姿は見えない。
しばらくすると、金木犀の香りがする。森のこの場所はもうすっかり秋になっているのだという気持ちになった。緑の中のオレンジ色が美しい、そこから、しばらく頂上に向かって歩くと、洋樽の数倍ありそうな太い幹のケヤキの巨木の上に、ふわっと浮く大きな銀色の円盤を彼らは見た。
灰色がかった茶色の太い幹の上に、ケヤキの葉が生い茂っているので、その上に
まるで大きな鳥のように、着陸したのだろうか。そして、それが幻であることを強調するかのように、すぐに消えた。
あまりの速さにあっけにとられ、我々は狐に包まれた気持ちで下山した。
その頃から、平和産業の社員に、嫌がらせの電話や郵便物が届いたり、歩いている時に突然背後から、「タヌキ」と声をかけられ、振り向くと、さっと素早く消える。
タヌキはこのあたりで、よく出没する動物だ。
ある夜、松尾優紀が会社から遅く帰って玄関の電気をつけた。まだ薄暗い部屋に入ると、天井に銀色のドローンの影像が映っている。ドローンは「我々は善人だ」と言い、白い満月に変身して、松尾が呆然と見ていると、素早く満月の影像は消えた。
奇妙な早業だが、彼らの技術ならできるだろうと、彼は思った。それにしても満月とは。
アリサの父の住職が、座禅は満月のようだという表現をしたことを、何故か思い出した。

こんな風に町では、核兵器を世界からなくそうと、声をあげている平和産業を応援する者も被害にあうという。
株式会社平和産業では、宇宙人と噂されるこの不思議な勢力に対抗するために、平和の使者を町に出すことにした。そのための特訓を始めることにした。
町は高台にあり、季節ごとに、色々の花の咲く花壇に縁どられた広場があり、そこから時計台が上に伸び、アーケードの商店街が並び、そこで、たいていのものは買うことが出来た。今まで、ロボット菩薩との核兵器廃止運動の相手は組織が中心で、町の不特定多数の市民を相手にすることはなかった。
日曜日の朝、松尾優紀は森とUFOのこと思い出し、詩を書いてみた。

風景画【poem】

大空に伸びる大木の葉に、そよ風が吹き、ゆらゆら揺れる木の葉
私はベンチに座り、その緑の巨人を相手に無言の挨拶を送る
私と彼は友人だ。
じっと見つめていると、大慈悲心のきよらかな雲が湧き、
それが満月のように広がり、私と緑を包んでしまう
その時、世界は緑になる
愛になる、小鳥がさえずり、青空に包まれた森の一幅の風景画が出来上がる

空に鳥が叫び、花が舞う
平凡な空間の中に、神秘な宝が光る
いのちは鳥となり、花となり、昆虫となる。
風もいのち、永遠の昔から、いのちは海のように時に無のように遊び戯れていた。
おお、悲しみも苦しみも花となる時がある。
その時を待て、忍耐して待て
嵐の海もやさしさに満ちた水面になることがある
雪の街角も恋の季節になる時がある

そこはロンドンの地下鉄だった
「どこへ行くの」見知らぬ白人の若者だった。
「公園の方に行くのさ。君はどこの人?」
「カナダから来たのさ。君は日本だとしたら、道元を知っているかな」
「ああ、少しね。あれ、読んでいると、希望が湧いてくるね」
「そうさ。希望が湧くさ。パスカルの人間観は悲惨だけど、禅はヒトを仏にしてしまうんだからね」
私の頭に「ヒトも含めたあらゆる物は仏性のいのちが現われたものである」が浮かんだ。
耳に聞こえる
嵐が吹こうが雷が鳴ろうが
仏性のいのちの部屋に入れば
慈悲の光は満ちあふれ
悲しみと苦しみは喜びとなり
対立は共生となり、敵意は愛になり
花が舞い、美しい音楽がせせらぎのように聞こえてくる

「ここで、降りるんじゃないの」と青年は言った。
外はやわらかな陽射しのあたる春のロンドンだった。
ああ、そんなことがあったな。あそこで、仏性の話でもしていれば、素晴らしい
国際交流が出来たのにね。

真理とは仏性のことだ。
不死のいのちだ。
全てがこのいのちで繋がれている。
一元論が正しい。
ヒトなどの生き物は、この一元論の世界から徐々に二元論に入る
主観が客観を見詰め、自我の前に、多くの森羅万象が現われる
仏性がクオリアを感じさせる物質として、つまり現象として現われる
自我を無にした時に見えてくる仏性とは
真理である無限の一なる生命、それは法身、空。
それは不死の宇宙生命であり、神仏とも無位の真人とも言われる

空と人の関係は、宇宙が自己実現しているということだろうか。
過度の生存競争はこの原理に反する
共生こそ、正しい。仏性は一個の明珠なのだから。
自由なる共生

空海から異生羝羊心のイメージ
むき出しの欲望に囚われた果実
魂を磨き、
慈悲に目覚め、仏性に目覚め
人は共生をめざす宇宙の壮大な働き

そうやって人は花の道を歩き出す



【つづく】

青春の挑戦 12

2021-11-18 15:55:16 | 文化


12
松尾優紀の耳に奇妙な噂が入った。会社から十キロ離れた森に宇宙人の基地があり、彼らは人類の滅亡を待っているので、平和産業なんていうのは彼らにとっては迷惑、それで平和産業をつぶそうと色々な工作をしているということだった。
これは何人かの会社のスタッフが町の中に広がっている噂を聞いてきたのだ。
しかし、松尾はそういう話に半信半疑だった。
彼とロボット菩薩と田島のコンビの核兵器廃止運動は四年もたち、中学校三校、大学五校、役所二か所と順調に行っていた。それにねたみを持ち、引きずりおろそうとする産軍共同体につながるような邪悪な心を起こすものはどこにもいるものだと、松尾はそんな噂を聞いても驚かなかった。



その日、八月最後の日曜日の雨が降っていた。彼はコンビニに買い物があり、外に出たついでに、公園に出た。雨の降りがひどくなっていたのだ。傘をさしたまま、急いで自宅に戻ろうという気持ちもあったが、ベンチに座ってみようという気にもなった。ベンチの前の赤いハイビスカスの花がひどく美しかったので、心を惹かれたせいもある。美しいと思った時には詩が生まれやすいものだ。陽ざしのある時の美しさとは違う、何かがあるに違いないと思った。
そして、ベンチに座った。ベンチは濡れていたので、ハンカチをのせ、その上に腰をかけた。彼はここに来ると、このベンチに座ることがあるのは、ここが好きだったのである。目の前に、大きな花壇があり、その時もハイビスカスが大きく咲き、他の色とりどりの花がいくつも咲き、向こうの森のサルすべりには実に美しい赤いのやピンクの花がふんだんに咲いていた。
彼は、そこを見ながら、カバンからの小型のノートを出し、あるページを広げ、自分の書いた大雑把な詩句に目を通した。そして、花壇の花に目をやり、同時に自分の胸のあたりを感じ、自分がここにいることの不思議さを思った時、頭の中から、考えごとが消えた。
その瞬間、目の前の景色と自分が一体になるような思いがあった。しばらく、その思いを味わったあと、ペンを出し、ノートの詩句に加筆した。完成だと思う満足感があった。
仏性の話はこの三年ばかり、アリサの寺で座禅したあと、アリサの父から簡単な話があるが、やはり、彼の心に一番印象深く残った言葉だった。不死の仏性というのは物に現れるということであり、物そのものにある、いのちの働きのようではないかと思っていた。物質は絶えず運動しているということと、無常なる仏性は表と裏のようにも感じられた。


(poem)(雨が傘に降りかかる音をたてている。
神秘な音色は夕暮れ時の山に落ちる太陽のようで
目の前には夏の花の咲く花壇
左には森、右にはビル
それでも、大雨はざあざあ降り注ぐ
まるで、この雨は大自然の音楽のよう
ベンチに座り、肩と足は濡れ、
私の身体は雨の音に包まれ
空には濃い灰色の雲
そういう時、私が思うのは不死の愛のいのち(仏性)だ
今、生きている
そして、この森羅万象の大自然と共に生きている
そのことが静かな喜びとなるのだ

我々は仏性の海にいる
それに、気がつけば
我々の肉体が死に至っても
仏性の海は異質の霊の世界を見せてくれ
我々はそこの街角を訪れることになるのかもしれない

仏性とは不死のいのちの海だ
愛と大慈悲心のいのちの海だ

私は今、仏性のいのちが肉体に変身して
今、そのことを感じているのだ

おお、そのことをこの荘厳な雨は教えてくれる

私の傘に降りかかる
激しい雨はまるで音楽のように
自然の深さを教えてくれる
(傘がないと、ひどい目に合うぞと、誰かのささやく声がする )
ああ、この懐かしい雨もこの頃、おかしい。
豪雨で町に水があふれ、土砂崩れで人家がつぶれる
この悲劇の原因は温暖化だという。
これを食い止めないと、住めない所があちこちに出る
今、食い止めて、昔の雨の詩情を取り戻そう )
こんな瞑想に耽っているところ、不思議なことが起きたのである。

彼の座っている、ベンチのそばに、頭の上をドローンのようなものが飛んできたのだ。松尾はドローンのことを知ってはいるが、実物を見たことは今までない。プロペラがついてないのが少し変に思ったが、銀色の円盤で大きさは小型の車のタイヤほどか。プロペラがないから、ドローンというよりUFOと思っても、良いが、UFOは中に宇宙人がいるはず。そう思うには目の前の物は小さ過ぎる。
それで、彼はとりあえず、ドローンだろうと思った。それが彼の前に音もなくスーッと姿を現わしたのである。ドローンのどこからか、金属性の声が聞こえた。
松尾ははっとして、ドローンをにらんだ。
ドローンのどこからか、金属性の低い声が雨の音を突き抜けて、聞こえてきた。
「核兵器をなくそうなんて、無謀なことを考える。出来ないことをやろうなんて呼びかけるなんて、詐欺みたいなものではないか。そんな会社は早く店じまいすることですな。」
雨はいつの間に小振りになっていた。宙に浮いた銀色の物体の向こうに、赤いハイビスカスが見える。あたりに人影はない。松尾は傘をさしていた。先ほどのポエムに富んだ心境は消え、声の正体を確認したいと思った。ドローンならば、誰かのいたずらで、声は録音されているということだろう。
「核兵器が全世界から、一斉になくなれば、どの国も喜ぶ。浮いた莫大な金は福祉に回せる。人類にとってこんな素晴らしいことはないではないか。」と松尾が言い返した。
「それが出来るならば、我々と共存ということもありうる。しかし、今の人類にその意志があるのか疑うな。人類が滅びれば、我々はこの美しい惑星を手にいれることが出来る。」
「あんたがたは何者だ。」
「我々か。人類ではない。宇宙の善人だ。それにしても、貴公たちは核兵器をなくそうという商売をしている。それはビジネスなのか、それとも、親会社ルミカーム工業の名前を売るための行為か、核兵器をなくすなんて、出来るわけがないのだから」
「最近は親会社から、技術をもらって平和のための、ロボット制作もしている」
「フーン、人類は滅びつつあるという歴史の歯車を変えようってわけか。我々は許さん。あばよ」
その頃、雨がやみかけていた。森の方で、小鳥の声が聞こえる。
目の前のハイビスカスの花が風に揺らいだ。
濃い灰色の雲が大きく悠然と動いていく。宇宙人ということはドローンでなく、UFOかあるいはUFOから派遣された、プロペラなしのドローンなのだろうか。


翌日の朝、仕事が始まる前に、松尾優紀は会社の中で町に広まっている宇宙人の噂をしていた。
「本当に、宇宙人なのか。誰がどこかの勢力がわが社が伸びていることをねたんで、ひきずりおろそうと、企んでいるのではないか、町の中には我々の悪い噂が広がっているではないか。」
「我々の会社がうまくいっていることに対するジェラシイだ。中傷の影には、ジェラシイがあると、シェイクスピアのオセロを見れば、分かる。」
「最近は脱原発でも、我々の親会社ルミカーム工業が批判されている。我々の会社は自然エネルギーに重点を置いている。しかし、町では、県が原発をさらに一基増やそうとしていることに賛成、反対の議論が沸騰している。
これに、賛成する派と反対する派で、町は二分し、賛成する派は我々の平和産業と親会社、ルミカーム工業の両方とも目のかたきにする。困ったことだ。

「それはともかく、その噂の張本人が本当に宇宙人か確かめようではないか。あの森の中にいるという噂があるが、松尾君の見たドローンは他でも、見たという噂がある。しかし本体の宇宙船も森の中に消えたということをいう人もいる。
宇宙人なんて、どこかの勢力の工作に決まっている」と田島が言った。
田島はロボット菩薩と一緒に、「核兵器をなくそう」運動をもりあげてくれた技術者で、普段は無口で、黙々と仕事をするタイプの人で宇宙人を否定したことに、松尾は少々驚いた。                         【つづく 】


【コメント 】
1 久里山不識の上記の文章は小説です。青春の挑戦11の続きになります。
私の体調はあまり良くありませんので、ゆっくりペースの掲載になると思います。
幸い、足だけは丈夫ですので、散歩をして体調回復に努力しています。
2 色々の都合で、小説「青春の挑戦11」の続き12は FC2 の私のブログ「永遠平和とアートを夢見る」(「猫のさまよう宝塔の道」の姉妹編)に一週間早く出しています。
ですから、13 はgooでは次の週になりますけど、FC2では 今朝 掲載してあります。【十一月二十日(土)   】