喫茶 シンドバッド

思いつくままに興味のある事を書いてます。

母の日に思う

2015年05月07日 | 日記
もうすぐ5月10日は母の日である。
今年は祝ってあげる母がもういない。
去年の11月に亡くなったからである。
9月に検査入院するからと兄貴に教えられて、たいしたこと無いと
思っていた矢先の事であった。
2週間程度が突然の危篤状態になり、その間東京と田舎の往復を
何度か繰り返していた。
夜中に携帯が鳴り、兄貴から「もう今日明日がヤマ場の状態だから
お前の顔を見ておきたいからとお袋が言っている。」
急いで病床に駆けつけた。
ICUに入った母親の顔が今でも忘れられない。
必死に痛みに耐えていた。
「アタマが割れるように痛い。吐き気が止まらない」
抗がん剤を投与していたせいである。
それでも必死に言葉を交わそうとして
「お前を産んで良かった」と肩を震わせながら。
思わず手を握り締めていた。自分の生気をを分けられるのなら
いくらでもあげようと心の中で念じながら。
涙が止まらなかった。
いつも家に入るのが当たり前でもうとっくにはやらない店を気にかけて
「近所の婆さん連中が行く場所がないから」
と毎日店を開けていた。
たまにかかってくる電話で地元の近況報告や親戚のハナシなど
いつも長々と1時間以上話していた。
そして季節ごとにさくらんぼや山菜、柿や餅などを毎年送ってくれていた。
その中に広告の裏紙にビッシリと書かれた手紙を読むのも楽しみで
あった。
田舎の同級生と会合があって日帰りで遊んできたとか、毎年母の日に
カミさんが選んで送った洋服を着てめかし込んで得意げに自慢に
していたり。酉の市で買った熊手を送ると毎年店に飾ってくれていた。
そんな事がいつまでも続くのかと思っていた。
今はもう、電話もかかってこない。
季節の便りも届かない。
あるのは今まで書いてくれた母からの手紙だけである。