
・カタルニヤスープは、
レストランの味というより、家庭惣菜風、
いや「のこりもの」風、というべきか、
冷蔵庫ののこりものをさらえて煮込んだ、という感じ、
しかしこれと、あっさりした塩味パン、
それにワイン樽からついでくれる白ワインで食べるのは、
よく味が調和して、安心して食べられる。
気取らない料理、クセのない美味で、
これはいうなら、都会の田舎料理であろう。
長いことつくり慣れて、
舌によく消化(こな)れている味である。
そうして、いかにも、出処がはっきりしている味である。
つまり、
あんまり手のこんだフランス料理などであると、
この味はなんでこういう玄妙な味になるのか、
乏しい我々の引き出しにはない。
そこへくると、
この海岸通りの船員食堂の「なんとか亭」は、
何を煮込んで、香辛料はこの程度、
というのが見当のつく気がして、
それゆえに、安心して食べられる味なのであった。
こういう店が近くにあったら、
私はもう、食事の支度をしないで、
毎晩、通うところであるが。
白ワインはガラスの水差しに波々とつがれて、
一枚板のテーブルに置かれる。
地酒らしい素朴な味もよい。
入り口のガラスケースには、
ムール貝やエビ、それにレモンが山盛り、
ピーマンなども積んであるので、
また、パエリヤを注文する。
大将はかなりたってから、
両手に支えて、熱々の鉄鍋をはこんで来、
取り分けてくれた。
この味は、マドリッドのレストランより、
やっぱりずっと大衆的で、
マドリッドほどのコクはなかったが、
それでも、熱いパエリヤに舌を焦がして、
冷たい白ワインで冷やすのは悪くない。
この店は安くて、
これだけで一人千五百円くらい。
大将は皿をひきながら、遠慮がちに、
「ヴェノ?」と聞く。黙っていたら、
「美味しいか?といってるのだと思いますが」
とホトトギス氏がいい、あわてて、
「ヴェノ、ヴェノ」と答えた。
外はレストランの灯も一つ消え、二つ消えして、
何しろ人通りの少ない町だから、
闇に沈んでしまう。
バルセロナ、
四月はじめの夜の風は冷たい。
私は毛皮のストールを首にまいて帰ってきた。
明日はバルセロナを出発しなければいけない。
「意外にいいところでしたねえ」
という、みんなの結論になった。
「大人の町、いう気ぃがしました。
落ち着いて、しっとりしてる。
それに人が少ないのも気に入った」
とおっちゃん。
たまたま、
人の少ないところを歩いただけかもしれない。
「だって、バルセロナは、
スペイン第二の都会、といいますから、
百何十万、いや何百万の人口かな」
「第二というのがよろしいなあ。
何でも第一というのはあきまへん」
それは私も賛成である。
私は、なるべく目立たない方がよい。
一番より二番がよい。
「美人コンテストでも、
ナンバーワンよりナンバーツーの方が、
より美人であることが多いです」
とホトトギス氏は、意見を述べた。
マドリッドよりバルセロナの方が、
すてき!ということになった。
「小説もそうで、
文学賞の当選作より、
佳作、候補作の方が面白いときがあります」
と私。
「本妻より二号、というようなもんですな」
とおっちゃん。
「亭主よりツバメですか」
とホトトギス氏も、遠慮がちに感懐を述べた。
明日はパリである。
バルセロナへは汽車で入ったが、
出て行くときは飛行機、
イベリヤ航空のパリ行きには、
機内食に何が出るのかしらん。



(了)