「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

4、バルセロナ ⑦

2022年10月01日 08時20分52秒 | 田辺聖子・エッセー集










・カタルニヤスープは、
レストランの味というより、家庭惣菜風、
いや「のこりもの」風、というべきか、
冷蔵庫ののこりものをさらえて煮込んだ、という感じ、
しかしこれと、あっさりした塩味パン、
それにワイン樽からついでくれる白ワインで食べるのは、
よく味が調和して、安心して食べられる。

気取らない料理、クセのない美味で、
これはいうなら、都会の田舎料理であろう。

長いことつくり慣れて、
舌によく消化(こな)れている味である。

そうして、いかにも、出処がはっきりしている味である。

つまり、
あんまり手のこんだフランス料理などであると、
この味はなんでこういう玄妙な味になるのか、
乏しい我々の引き出しにはない。

そこへくると、
この海岸通りの船員食堂の「なんとか亭」は、
何を煮込んで、香辛料はこの程度、
というのが見当のつく気がして、
それゆえに、安心して食べられる味なのであった。

こういう店が近くにあったら、
私はもう、食事の支度をしないで、
毎晩、通うところであるが。

白ワインはガラスの水差しに波々とつがれて、
一枚板のテーブルに置かれる。
地酒らしい素朴な味もよい。

入り口のガラスケースには、
ムール貝やエビ、それにレモンが山盛り、
ピーマンなども積んであるので、
また、パエリヤを注文する。

大将はかなりたってから、
両手に支えて、熱々の鉄鍋をはこんで来、
取り分けてくれた。

この味は、マドリッドのレストランより、
やっぱりずっと大衆的で、
マドリッドほどのコクはなかったが、
それでも、熱いパエリヤに舌を焦がして、
冷たい白ワインで冷やすのは悪くない。

この店は安くて、
これだけで一人千五百円くらい。

大将は皿をひきながら、遠慮がちに、

「ヴェノ?」と聞く。黙っていたら、

「美味しいか?といってるのだと思いますが」

とホトトギス氏がいい、あわてて、

「ヴェノ、ヴェノ」と答えた。

外はレストランの灯も一つ消え、二つ消えして、
何しろ人通りの少ない町だから、
闇に沈んでしまう。

バルセロナ、
四月はじめの夜の風は冷たい。

私は毛皮のストールを首にまいて帰ってきた。
明日はバルセロナを出発しなければいけない。

「意外にいいところでしたねえ」

という、みんなの結論になった。

「大人の町、いう気ぃがしました。
落ち着いて、しっとりしてる。
それに人が少ないのも気に入った」

とおっちゃん。

たまたま、
人の少ないところを歩いただけかもしれない。

「だって、バルセロナは、
スペイン第二の都会、といいますから、
百何十万、いや何百万の人口かな」

「第二というのがよろしいなあ。
何でも第一というのはあきまへん」

それは私も賛成である。

私は、なるべく目立たない方がよい。
一番より二番がよい。

「美人コンテストでも、
ナンバーワンよりナンバーツーの方が、
より美人であることが多いです」

とホトトギス氏は、意見を述べた。

マドリッドよりバルセロナの方が、
すてき!ということになった。

「小説もそうで、
文学賞の当選作より、
佳作、候補作の方が面白いときがあります」

と私。

「本妻より二号、というようなもんですな」

とおっちゃん。

「亭主よりツバメですか」

とホトトギス氏も、遠慮がちに感懐を述べた。

明日はパリである。

バルセロナへは汽車で入ったが、
出て行くときは飛行機、
イベリヤ航空のパリ行きには、
機内食に何が出るのかしらん。






          


(了)

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