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・こんどの台湾の旅は、
主催者の団長・田崎さんがしばしば訪台して、
これは美味と思うものをあげ、
また現地の食通の人々の情報も集めて作った、
よりぬきのメニューであった。
それで、レストランもあれば大衆食堂も屋台もあって、
バラエティに富んだ日程となったのである。
屋台といえば、
私は新開地の串カツの屋台を贔屓にしているが、
ここの串カツは、ちゃんとしたレストランで食べるより、
美味しい。美味しいから贔屓するのだ。
吹きさらしの屋台は、
寒風吹きすさぶ寒い晩などとくに美味である。
そういう晩は、夫は、
「串カツ食いに行こう!」と叫ぶ。
道の角っこにその屋台はあり、
中年のおじさんと婆さんの二人がせっせと揚げている。
客は無言でカウンターの前に立って注文して、
食べると金を払って出て行く。
戸はないから吹きさらしの夜は、
身も凍るばかりであるが、
串カツは揚げたてで、
熱燗は舌を焼くばかりだから、
客を見ていると、みな数百円の散財である。
揚げたての串を、
ジュッとソースの箱につけて、
コップになみなみとつがれた熱燗をぐっとあおる、
こういうことを覚えるとこまる、
というほどの美味である。
しかしよくしたもので、
一方では、ちゃんと正装して、
予約して食べに行きたい一流レストランの美味も、
私は知っているのだ。
台湾の旅は、
その両方が日程の中に入っていたので、
私は、たいそう楽しみであった。
夫も行くといった。
たまたま、
私たちの友人の板野さんも行くといったので、
それがふんぎりになった。
夫は、海外旅行は初めてである。
東京へ集結して、飛行機に乗る。
板野さんは中年のサラリーマンで、
会社を休んできた。
団長の田崎さんは闊達で愉快な人であった。
かつグルメにしてグールマンらしく、
血色のいい元気そうな、つやつやした童顔に、
太り肉の頑丈な体つきであった。
あとは、中高年の夫婦何組か、
また定年記念といったふうな人、
料理研究家、レストランの旦那、といったような、
じっくりしたいい年輩の男女で、
猥雑な観光団ではない。
それもいい雰囲気であった。
ドクターが六人もいた。
みな開業医である。
臨時休診にしてきた夫は、
たちまち、それで意気高くなり、
心のやましさをどこかへ預けたように、
ハレバレしてしまった。
板野さんと三人掛けの席に坐って夫は、
「知人に、夫婦で海外旅行して、
離婚寸前までいったんがおりますねん」
「なぜですか」
「言葉もわからん外国へ抛りだされたら、
いやでも毎日、二人で顔つき合わせ、
行動を共にせんとあきませんからな。
どっちもわがままが出て、
カッとなるんでしょうなあ」
「そんなもんですかなあ」
板野さんも妻帯者だが、
今回は一人旅である。
「それは板野さんはよろしよ。
英語もフランス語も出来はるのやから。
しゃべれたり、読めたり、したら、
ケンカも起きんでしょう」
「しかしドクターはドイツ語が出来るわけでしょう?
行き先がドイツやったら、
破鏡のうき目にあわなくて済みますな」
「私らのドイツ語は戦前のやから、
船で暑いとこ渡るときに腐ってしまいました」
私も夫も、
ちょうど終戦をはさんで学生生活を送っており、
語学の話はしないことにしている。
しかし、ありがたいことに台湾は、
日本語をしゃべる人が多く、しゃべれなくても、
字を書いて見せれば人々はうなずいて、
すぐ教えてくれた。
日本人が旅行するのに、
ほとんど不自由はない国だが、
ただ戦時態勢で、外国旅行者は、
新聞週刊誌の持ち込みは禁止されている。
私は台湾がおかれている国際上の地位や、
政治的風景について語るのを止そうと思う。
語ればキリがないし、
また、それは人が政治という狭い枠に閉じ込められ、
強いられることになるからだ。
私は政治的な台湾を越えて、
もう一つ別の世界にある台湾を訪れたのである。
どの国も、政治的な面と、
それを越えた部分での面と二つあり、
私は越えた部分の方にだけ、
興味があるのである。
「国破れて山河あり」というではないか。
国が破れた、繕ったというのは人間のさかしらな知恵で、
いわば子供のお山の大将ごっこである。
しかしそれを越えた所の大地に人間は生まれ、
子供を作ったり、死んだりしている。
見よ、社会主義国も自由主義国も、
人間のすることに変わりはあるのか。
こういう乱暴なことをいうから、
私の小説は、心ある人から貶められる。
私にとって興味あるのは、
人々がその風土でどんな本音で生きているか、
ということである。
本音は、愛することと食べることに、
いちばん大きく現れる。
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(次回へ)
写真は野森稲荷神社