令和2年10月1日(木)
名古屋市交通局主催 2020年 新しいウォーキング 駅ちかウォーキング
「⓬~風爽やかに木立を抜けて『杉原千畝 人道の道』を巡る~」の続きです。
瑞穂が丘中学校の前の道を歩いています。
何かの実がいっぱい生っていました。
カリンでしょうか?
まだ青いですね。
交差点が見えてきました。
あそこを左へ曲がります。
しばらく道沿いに真っ直ぐ歩いていきます。
ちょっと古い感じの建物が何軒か目につきました。
いつの時代のでしょうね。
(@'ω'@)ん?
愛知県立瑞陵高等学校がありました。
そしてお隣に「杉原千畝広場 センポ・スギハラ・メモリアル」
誰もいないけど、入ってみます。
中央に銅像が設置されていますね。
避難民の方にビザを渡す千畝。
(-ω-;)ウーン
良く出来ているわ。
似ている。
そして後ろに通過査証の発給表が掲げられています。
いっぱいありましたが、一つだけ撮ってみました。
神戸や横浜、下関を経由して、ウルグアイ、アルゼンチン、エクアドル、米国等に行く人々。
そのほとんどはドイツで迫害を受けたユダヤ系の避難民でした。
人道主義による決断
ユダヤ人難民の行路
ビザ発給の過程
千畝のビザ発給を受けた方々。
こちらも。
避難された方々の、その後の活躍も素晴らしいです。
誰かに似ているw
人間形成の時代
外交官としての任務
屋外の展示。
誰でも気軽に入って見ることが出来ます。
杉原千畝の偉業を改めて知ることが出来て良かったです。
傍らに咲く彼岸花。
杉原千畝 人道の道
~千畝の残したもの~
「命のビザ」で知られる杉原千畝は、日本の外交官です。
第二次世界大戦中に千畝は迫害から逃れようとするユダヤ系避難民に2千通を超えるビザを発給し、数千人の命を救いました。
千畝は少年期の約10年間を名古屋で過ごし、名古屋市古渡尋常小学校(現在の名古屋市立平和小学校)と愛知県立第五中学校
(現在の愛知県立瑞陵高等学校)に通いました。
千畝の功績を讃えて、当時の居住地付近(中区平和一丁目)から瑞陵高等学校を結び「杉原千畝 人道の道」と名付けました。
千畝の発給したビザを手にしたユダヤ系避難民たちは、日本を経由し、アメリカ合衆国やカナダなどの第三国に渡りました。
それから何十年もの時がたち、今でも千畝に助けられたユダヤ人の子孫が世界中で暮らしています。
1985年には、イスラエル政府から千畝に「ヤド・バシェム賞(諸国民の中の正義の人賞)が贈られました。
この賞は命がけで、ユダヤ人を救った外国人に感謝を込めて贈られる最高の賞です。
また、国交60周年にあたる2012年には、イスラエル大使館から瑞陵高校に、平和の象徴としてオリーブの木が贈られました。
最後に。。。
「諸国民の中の義人」
杉原千畝氏の人道的行為を記念して
コースへ戻りました。
あとはゴールの駅を目指していきます。
大きな通りの交差点に来ました。
あのビルは、瑞穂区役所です。
この辺りに駅があるはずなのですが。。。
左の方へ行ってみると、駅の入り口らしいところがありました。
「瑞穂区役所駅」です。
ここへ入って行きます。
地下鉄の改札口へ。。
ここから家路につきます。
今回のコースは、白鳥、熱田、そして途中脱線して彼岸花を見に行って、人道の道を歩きました。
なかなか内容のあるコースだったと思います。
3万歩くらい歩いたかなw
このコースは、10月31日までコースマップの配布がされているので、
歩かれる方は、地下鉄の駅で手に入れておいた方が良いと思います。
面白いコースでした^-^
ご覧いただき、ありがとうございました。