こんにちは、やや半次郎です。
ひさびさの登場です。
早速、ブランクを忘れて、何事もなかったかのように始めたいと思います。
それでは、やや半次郎の可笑しな世界をお楽しみ下さい。
………………
『深夜の足音』
君たちは、深夜にマンションの外側の階段を上り下りする、ハイヒールらしき甲高い足音を聞いたことがあるだろうか?
誰もが寝静まった真夜中に、カンカンカンカンと踵をならして上っていく、あの不気味な音。
今日はそんな、深夜に蠢く妖怪たちの話しをしよう。
少しは涼しくなるってもんよ。
俺は、都内からそれ程遠くない、いわゆる首都圏の一角に住んでいる。
マンションだ。
俺みたいな男は、一軒家よりもマンションの方が向いている。
高いところが好きだからな。
あ~はっはっは~。
煙かっ!…ちゅう話で。
何とかと煙りは高いところが…って、言うなよ、言うなよ、その先は言うなよ。
この俺が一番気にしていることだからな。
俺は、そのマンションの最上階に住んでいる。
最上階と言っても14階だから低いものだがな。
それでも、遠くまで見渡せるので、やはり最上階はいい。
ある夜のこと、寝入りばなに階段を上ってくるハイヒールの靴音が聞こえて来た。
コツ、コツ、コツ、コツ
こんな時間に迷惑な女だな~と、俺は眠さが先に立って、殆ど何も考えずに寝言のように呟いた。
しかし、ハイヒールの女に聞こえる訳もなく、足音はまだ続いていた。
僅かに、間隔がゆっくりになった。
恐らく、女の足が疲れて来たのだろうと俺は思った。
そしてその後、俺は飛び起きずには居られなくなった。
何故なら、下の階から近づいて来たその足音は、俺の階より上に上がって行ったのだ。
もう一度言うが、俺は最上階に住んでいるのだ。
聞き間違いだろうか?
ハイヒールの靴音は、最上階を超えて、さらに上り続けていた。
いや、そんな筈はない。
階段なんて、ここより上にある筈はない。
しかし、俺の耳にはそう聞こえた。
次の瞬間、微かに女が笑ったような声が聞こえた。
俺は身震いした。
いや、身体が自然に震え出したのだ。
しかし、身体の奥底から、真実を見極めたいとする科学者魂が頭をもたげて来た。
科学者でもない俺なのに…だ。
俺は震えをこらえて玄関のドアを開けた。
勿論、その前にドアの覗き穴から、異常が無いことを確かめていた。
ドアの外はいつもと変わりなく、一晩中灯っている蛍光灯の明かりと、時折通過する車のエンジン音が聞こえるだけだった。
俺は恐る恐る階段に近付き、階段を見下ろして見た。
雨が降った訳でもないのに、階段は人一人分、濡れていた。
俺は階段の上、つまり、最上階のここより上に続くであろう箇所を目で追った。
ギャ~~ッ!!
俺は腰を抜かす寸前だった。
そこには階段は無く、マンションの白い建物の壁が続いているだけだったのだが、その壁の縁に髪の長い白い服を纏った女が、逆さまにぶら下がっていたのだ。
その顔は、真っ白く塗りたくっていて、唇だけが異様に赤く大きく開いていた。
俺は、恐怖で声など出ないのに、振り絞るように言ってやった。
「やい、この女め。ここはこのマンションの最上階だ。これ以上、高い階に上りたければ、他の高い建物にしな!」
そう言い放つと俺は、その場にヘナヘナとしゃがみ込んだ。
いっぱいいっぱいだったんだ。
女は、分かったとも言わず、ただ俺の顔を食い入るように見つめた後、空高く飛んで行ってしまった。
俺は、ベッドに戻ったが、朝が来るまで、一睡も出来なかった。
この話しは、これで終わりだ。
信じる者は信じるし、信じない者は信じない。
ただ、その女が逆さまにぶら下がっていたマンションの縁には、その女が履いていたと思われるハイヒールが、ちょうど踵の部分を掛けてぶら下げてあったのだ。
信じられないだろうが、そこはどこからも手が届かないところだ。
不思議だろ?
君らはこの女を幽霊か何かだと思うかも知れないが、俺は違うと思う。
少なくとも幽霊ではない、断言する。
何故なら、足のある幽霊なんて聞いたことがないからな。
しかもハイヒールだぞ。
俺はきっと、妖怪だと思うな。
そう結論付けてやっと起き上がり、TVを点けた。
大阪の漫才師が出ていた。
ハイヒールももこ、りんご。
あぁ、もしかしたら…、コイツらのどちらかかも知れない。
コイツらなら色んなところに飛んで行きそうだ。
そう思ってよくよく見れば…、見れば見るほど妖怪に思えて来た。
取り敢えず、こんな時は牛乳だ。
俺は、冷蔵庫から牛乳のパックを取り出し、グラスに注いだ。
そして、3日前に賞味期限の切れた牛乳を、一気に飲み干した。
改めて背筋がゾ~ッとするのを感じた。
この正体の分からない妖怪女のせいなのか、TVに出ている漫才師のせいなのか、はたまた賞味期限の切れた牛乳のせいなのかは、今のところ分かっていない。
By やや半次郎
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