こんにちは、やや半次郎です。
久し振りの登場でございます。
巷は寒くなったり暑くなったり大変ですが、暑さ寒さはやや半の可笑しな世界で吹き飛ばしましょう!
それでは、ごゆっくり。
………………
『ただ酒』(前編)
「俺はよぉ、酒がありゃあ何にも要らない飲兵衛野郎だ。名は体を表す…で、俺の名前は、“若林純一”と言って…、え~全然、酒に関係無い、普通の名前だったりして…。どうだ、驚いただろ?」
「大抵、俺の名前を聞いた人からは、名前と風貌が合ってないなんて言われるんだ。でもそんな理由だけでは改名させてくれないんだよ、日本の役所は。だからしょうがなく今も“若林純一”で通している。」
「何の話だっけ?」
「あっ、そうそう、思い出した、思い出した。俺が酒を好いているという話だったね。」
「…でね、これが不思議なんだが、俺が好いていると、向こうも俺のことが好きになるみたいで、しょっちゅう俺んちにやって来るんだ。へへへ、照れ臭いけど、相思相愛というヤツだ。人間の女にゃモテないが、酒にはモテる。俺にとっちゃ、“酒子さん”だな。…待てよ、“酒美ちゃん”かな?」
「フフフ、そんなこたぁ、どうでもいいわなぁ。そんな風だから俺は、酒と結婚しようとしたんだが、日本の役所は許可をしてくれなかった。結婚は、人間同士じゃないと認めてくれないらしい。日本の役所は何にも認めてくれないのだ。」
「いや、止そう。俺の大好きな酒の話で愚痴るのは良くない。」
「あんた、たくさん飲むのかね?」
「…誰だ?」
「いやぁ、通りがかりの者で…。たまたま、あんたの話が耳に入ったものでな。」
「あぁ、そうですか。ま、俺が家で飲むのは大したこたぁねぇや。寝酒にコップ1杯程度だ。」
「どんな酒が好きなんだい?」
「どんな酒ったっておじさんねぇ、俺はこう見えても酒好きだ。酒にはうるさいぜ。」
「吟醸酒、純米酒…、或いは、越後の酒、伏見の酒…いろいろあるが、何が好きなんだい?」
「そりゃまあ、なんだなあ、吟醸酒は口当たりがいいしなぁ、純米酒のコクもいいなあ…。越後は米どころだから旨い酒がいっぱいあるし、伏見は水がいからなあ、酒にゃあ持って来いだ。」
「好みの酒を聞かせて貰えないかな?」
「う~ん、俺はよぉ、2級酒だっていいんだよ。今で言うところの“佳撰”てヤツだ。あれだって飲み方一つだ。…そんなこたぁ訊いてないってか? 言うよ、言うよ、そうジレなさんな。俺が好きな酒はなぁ…、ん、…ただの酒だ。」
「えっ、灘の酒かい?」
「いや惜しい、“な”じゃなくって“た”なんだ。“ただの酒”だ。」
「“ただ”? “ただの酒”って何処の地方の酒だ?」
「いやいや何処の地方の酒でもいいんだ。要は費用は大将が持ってくれて、俺っちは一切払わなくていいという、そういう酒が一番好きなんだ。どうだ飲ませるか?」
「“ただの酒”ねぇ。ただ酒か…。どうだ私のところに来ないか? ただ酒があるぞ。」
「おっ、いいねぇ。初対面のおじさんからお誘いを受けるとは…、ツイてるな。品の良さそうな風貌だし、悪い人では無さそうだ。尤も、俺には財産なんか無いからな、騙されたって失うモノは何も無いわなぁ。」
「どうだ、ここが私の棲む里だ。」
「何だよ、あっという間に、全く知らないところに来ちまったぞ。ここはどこだ? 何だか温かい風が吹いてて気持ちいいなぁ。」
「驚くのも無理はない。ここは天国じゃ。私はここに住む神じゃよ。」
「えっ、天国? じゃ、じゃ~…、俺は死んだのか?」
「いや、死んでおらん。私がお酒をご馳走しようとお誘いしただけじゃから、生きておる。」
「…酒を飲んだら殺されるか?」
「アハハ、殺しはせん。私は死神ではないからな。」
「信じていいのか? …尤も、この状況じゃ信じるしかねぇけどな。こっから逃げ出そうったって、どうやって帰ればいいのか分からないし…。」
「いやいや、心配せんで良い。帰りは供の者に送らせるで。」
「神様、信じるよ。信じるしかねぇし。」
「信じて貰えて嬉しいよ。そら酒じゃ、たんと召し上がれ。肴も食べ放題じゃ。何を食べるな?」
「ありがてぇ。いや、俺は酒飲みだよ、肴なんぞなくたっていいんだ。指をしゃぶったって一升くらいの酒は飲める。」
「それは頼もしい。じゃがな、それではお誘いしたワシの顔が立たん。ここの肴も味わって貰えんかのう。」
「そりゃあ神様に頭を下げて頼まれたら、逆らう訳にいかないや。いつもはこっちがお願いする立場だからな。」
…と言う訳で、これから天国で神様との宴会が始まります。
前編はここまで。
続きは、後編で。
By やや半次郎
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