こんにちは、やや半次郎です。
真夏のギラギラした日差しにも負けないように、やや半がお届けする可笑しな世界で暑さを吹き飛ばしましょう!
それでは早速、お楽しみ下さい。
………………
『バラ色の狸』
やぁ、人間どもよ。吾が輩は狸だ~。
どうした、蓄音機のイヌみたいに首を傾げて…、そんなに不思議か?
なになに、油断すると騙されるって?
騙しません。
狸の中でも優等生の俺だよ?
騙したりするもんか!
まぁ、仲良くしようじゃないか。
ところで、俺の毛は変わっているだろ?
そうなんだよ、俺の毛はバラ色なんだ。
普通、狸と言うと茶色と決まってる。
絵本なんかで目にする、あの地味な色だ。
ところが俺はこの派手なバラ色だ。
オヤジは突然変異だと言っていた。
母は「ちゃんと産んであげられなくて、ゴメンね」と言って、いつも泣いていた。
目立てばそれだけ敵に狙われ易くなるからな。
でも時代は変わったんだ。
動物の世界も健康志向になり、突然変異の狸に手を出す天敵はいなくなった。
そして、人間どもも、バラ色の狸の毛皮は価値がない上、肉を食べるのも怖いとみえて、狙われたことは一度もない。
つまり誰からも狙われず、安全な状態が続いていると言うことだ。
だからなのかは知らないが、見知らぬ若い狸がこの俺を慕って集まって来るんだ。
そうして、俺の発言した一言一言に、拍手や指笛を吹き鳴らし、讃えてくれる。
俺は狸の世界のカリスマになった気分だ。
ところがそんな俺を嫉む奴らが出て来た。
奴らは友だちを装って近付いて来て、この俺に毛染めを薦めるのだ。
訳の分からん占い師の狸を連れて来て、「バラ色の毛は不幸になる」とか「結婚が遠ざかる」とか、「一生、食い物に恵まれない」などとあらゆる不幸を並べ立てるのだ。
ホトホト参ってしまう。
壺を買わされそうになったこともある。
狸に壺って、どう見てもミスマッチだ。
狸には徳利と決まっている。
だがな、俺はそんな奴らに負けなかった。
逆に奴らの毛を虹色に染めてやったんだ。
勿論、狸の世界に毛染めはないから、人間界から失敬してきたモノで染めた訳だ。
虹色の狸の噂は直ぐに広まった。
一番先に取材に来たのは東スポだった。
あそこは何でも早い。
ただこちらの言ったことをそのまま書くことはしないらしい。
少し…と言うか、殆ど全部と言うか…、そう、脚色するのさ。
尤も、多かれ少なかれ、どのメディアも似たり寄ったりだがな。
あ~、誤解があるといけないから言っておくが、狸の世界の東スポの話しだ。
人間界の東スポではないから、そのつもりで聞いて貰いたい。
関係者にチクられて、後で訴えられても洒落にならないからな。
東スポの記事のせいかどうかは分からないが、奴らは有名になり、人間どもから狙われるようになった。
“バラ色”のこの俺よりも“虹色”の方が高く売れるに違いない。
つまり、俺は安全なんだ。
いつだって安全なんだ。
何故なら俺は、脳の使い方を心得ているからな。
願い事は必ず叶うのだ。
父がいつも言っていた、なりたい自分になれるんだと。
…狸だからな。
そう、狸は何にでも化けられるんだ。
こないだは、人間の女が使うハンドバッグに化けたんだ。
バラ色のハンドバッグだ。
そうしたら、直ぐに目に留まったとみえて、一人の女が近寄って来て、ひっくり返したり口を大きく開いたり、逆さまにしたり…、そりゃあもう目が回りそうだったよ。
そのせいで、少しばかり声が漏れてしまったんだが、気づかれなかったようだ。
運良く、売り場全体に迷子を知らせるアナウンスが流れたからな。
結局、その女は俺を買わずに、別の階にいる家族のところへ行ってしまった。
俺は、売られずに済んでホッとしているんだ。
ホントに、危機一髪だったよ。
次はあまりひっくり返したり口を大きく開いたりしないモノにしようと思い、ワインに化けたんだ。
そう、バラ色のワイン、ロゼだ。
これは完璧だと思ってワインの棚に立っていたら…、来たよ、また人間が。
「今日は結婚記念日だから、ワインで乾杯しよう」とか言って若い夫婦連れが現れ、俺と目が合ったんだ。
そうしたら女の方が「素敵な色ね~」だなんて言って、相当気に入ったみたいだった。
結局、いろいろ比べてみたが、この俺のバラ色に勝るものはなかったようだ。
つまり…、俺は買われてしまい、そいつらの家まで連れて行かれたんだ。
そいつらの家に着くと、俺を直ぐに冷たく冷えた四角い箱の中に入れたんだぜ。
冷蔵庫とか何とか呼んでいたようだ。
俺の隣にはビールがあった。
狸は酒類には詳しいんだ。
サッポロ生だった。
俺の反対隣には、紙パックの牛乳だ。
俺は喉が渇いていたから、牛乳の紙パックを食いちぎり、半分位、独りで飲んじまった。
喉の渇きは治まったが、今度は猛烈にトイレに行きたくなった。
冷蔵庫とやらの冷たく冷えた四角い箱の中に何時間も居たからな。
我慢出来るだけ我慢してやろうと、頑張ったんだが、もう限界だった。
危機一髪…と言うところで、俺は冷蔵庫から摘み出され、食卓へ並べられたんだ。
ホッとしたのも束の間、俺の蓋を開けようと、男が渾身の力で俺の頭を捻る。
俺は髪の毛を少しばかり抜いて蓋を開けた体にしたんだ。
そしたら男の方が、俺を持ち上げ逆さまにしだした。
…俺はもう堪らず、漏らしちまった。
それが丁度、グラスに入ったんだ。
これはイイ。
そうして俺は男のグラスにもなみなみと放出したのだ。
取り敢えず、俺の尿意は治まった。
ただ、女の方がこう言ったのには、正直、肝を冷やしたな。
女はワインを一口口にすると、「アルコールと言うより、アンモニアに近い匂いね。」と言ったんだ。
俺は冷や汗が全身から噴き出してしまったよ。
それが丁度、冷蔵庫から出した飲み物の容器がかく汗と同じで、極、自然だった。
男と女は俺のワインを飲み干した後、ウイスキーやら日本酒やらを引っ張り出して来て、飲んでいた。
よっぽど飲み足りなかったと見えて、な。
そりゃそうだ、俺のワインはアルコールが入ってないからな。
2人が酔っ払ったところで、俺はそっと逃げ出したんだが…、あれはスリルがあって面白かったな。
俺が化けるのは、ワインが一番、合ってるな。
またやってやろう。
次は、もしかしたら、あなたの家に行くかも知れませんよ~。
お楽しみに~。
By やや半次郎
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