日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (9)

2024年10月16日 03時31分18秒 | Weblog

 大助は、肉屋を気分良く出ると、健ちゃんのサービスが嬉しかったとみえて、理恵子に笑みを漏らしながら「次は何を買うの?」と聞くと、理恵子が「お野菜を買いたいわ」と答えると、夕刻時で買い物客で混雑する商店街の人混みを、何時の間にか理恵子の左手を握って引く様にして空いている左手で巧みに対面して来る人を掻き分ける様にして、八百屋さんの前まで来ると、町野球のコーチをしている店員の昭ちゃんが
 「オ~イッ 大助! 俺の店には寄らないのか?」
と恥ずかしくなる様な大声を掛けてきたので、大助は
 「今日は、僕にとっては大事なお客さんを案内しているので、特別にサービスをしてくれるかい?」
 「ダメなら、よその親切な店に行くよ」
と、笑いながらも冗談交じりに返事をすると、昭ちゃんは
 「いま、健ちゃんの店に寄っただろう、俺、ちゃんと見ていたぞ。何故、俺の店に先にこないんだ」
 「健ちゃんに負けずに、お客さん次第で何ぼでもサービスするさ」
と威勢の良いことを言うので、大助は、得意げに理恵子を指さして

 「昭ちゃん、ビックリするなよ」「ほら、今までに見たこともない昭ちゃん好みの美人だろ~ッ」
 「僕の大事な姉さんだから、惚れてはダメだよ」
と言いながら店に理恵子を案内して入ると、昭ちゃんは
 「う~ん 本当だ!」「上手いこと言って、果たして姉さんかどうかな?」
と信じられない様な顔付きで理恵子の方をチラット横目で見ながら
 「何処の女優さんを連れてきたんだ」「お前も、隅に置けなくなったなぁ~」
と商売の手を一瞬休めて、色白で細身な理恵子のスカートから覗く白い足元に目を奪われていたが、気を取り直し
 「今日の品物は新鮮で良いし、サービスするから、さあ~買った買ったぁ~!」
と二人で漫才でもしているかのように言い合っている合間に、理恵子は白菜や葱それに糸こんを籠に入れてレジで清算していたら、昭ちゃんは
 「大助! 今日は特別入荷のイチゴがあるので、あの姉さんに上げてくれ、俺の誠意だ」
 「数量が少ないので、珠子姉さんと二人分しか用意できないが、お前は、我慢してくれ」
と、先ほど健ちゃんに言われたことを、まるでオーム返しの様に言いながら、袋詰めのイチゴを大助に渡してくれたが、大助は
 「チェッ 昭ちゃんは、時々、親方の目を盗んでつまんで食べているんだろう?」
と言うや、昭ちゃんは
 「トンデモネェ~、俺なんか朝から晩まで拝んでいるだけだ」
 「お前も、我慢することを覚えろ、男は、我慢する根性がなければダメだ」
と、野球の練習のときと同じことを言うので、大助も負けずに
  「昭ちゃん、またとない機会なので、照れないで姉さんに渡してくれよ。どうせ、僕の分は無いんだから・・」
と、皮肉交じりにも、昭ちゃんにリップサービスをする気持ちで促すと、昭ちゃんは理恵子の籠にそ~っとイチゴの袋を入れて、何時もの柄にもなく鉢巻を取り丁寧に頭を下げていた。

 理恵子は、店を出ると大助に
 「あまり大げさに言わないでネ」「わたし、恥ずかしくなってもう来れなくなってしまうゎ」
と言うと、大助は
 「理恵姉さん、心配することはないよ。この辺の店は何処でも活気を出すために威勢よく声を上げて、皆、少し大げさに言っいるんだ」
 「それに品物質や量についても、少しオーバーに宣伝しているんだから・・」
と答えていたが、理恵子にしてみれば、経験したことも無い多勢の客と威勢の良い掛け声に、街で生活する人達の逞しさに今更ながら感心して、田舎と違い神経が疲れる思いであった。

 大助は、八百屋さんを出ると理恵子に「僕、ノートと消しゴムが欲しいんでけど」と言い、文房具屋に行き店内に入るや「アッ イケネェ~」と小声をあげて理恵子の背後に隠れたが、その姿を見た近所の靴屋の孫娘であるタマコが駆け寄ってき来た。
 タマコは、小学校4年生で大助のところにもよく遊びに来ているので、理恵子も顔を覚えている、お茶目で仕草の可愛いオンナノコである。
 ただ、孫爺さんが評判の頑固者で、腕の良い職人であるが、何故か、女物の靴は手をつけないことで有名でもあるが、普段、タマコと仲良く遊んでくれる大助には自分の孫の様に親しみを覚えて可愛いがっている。

 タマコは、大助に近寄るとズボンの端を引っ張り
 「大ちゃん、なんでわたしを見て慌てて隠れるの?」「足が長いから、頭かくして尻隠さずだヮ」
と言って盛んにズボンを引っ張るので、大助が仕方なく顔を見せて
 「タマちゃん なんだよ~」「俺、今日は、大事なお客さんを案内しているんだから、邪魔しないでくれよ」
と、ブツブツ言うや、タマコは
  「わたし、お姉ちゃんを知っているヮ」「珠子姉ちゃんから、お話を聞かせていただいたヮ」
  「大ちゃんは、意地悪してチットモ教えてくれないが・・」
と、不満を言ったあと
  「ネェ~ わたし、とっても可愛いい花模様の入った便箋と封筒を買ったのだけど、何処にも出すところが無いので、大ちゃんに出そうと思うんだけど、いいでしょう?」
と、甘えた声で言い出したので大助は、「エッ 僕に・・」と胸にトゲでもささった様に目をパチパチさせて
  「ワザワザ手紙なんか出さなくても、遊びに来たとき話せばいいじゃないか」
  「僕、オンナノコからの手紙は余り好きでないんだよ」
と返事をすると、タマコは
  「アラ~ッ 優しいオンナノコには、言葉に出せないこともあるヮ」
  「わたしのお手紙を読んだら、必ず、大ちゃんもお返事を書いてェ~、必ずョ~」
  「お手紙には、<赤ッ面>とか<デブ公>なんてあだ名を書かないで、<お懐かしきタマコ様>とか<月夜の君はとっても可愛いかった>とロマンチックなことを丁寧に書いてネ」
と自分の考えていることを一通り話すと、チョコレートをだして、「これたべるゥ~」と差し出したので、大助は「う~ん」と絶句しながらも口に入れた。 大助はそれでも気が向かないのか
  「僕なら、切手代がもったいないので、アイスクリームを買うよ」
と言うと、タマコは「まぁ~ いやしい」と機嫌を損ねたが、大助は咄嗟に頑固爺さんに言いつけられては大変だと思い、急に猫なで声で
  「タマちゃんが、も~っと大きくなって綺麗になったら、出すかもしれなよ」
と話すと、タマちゃんも少し機嫌を直し
  「いいわ とにかく、わたしは書いて出すからネ。必ず返事に感想を書いてネ」
と言い残して別れた。
 理恵子は、おもわぬ光景を見てクスッと笑いながら
  「大ちゃん、オンナノコに人気があるのネ」「タマコちゃんも、可愛い娘さんだヮ」
と、予期しない難問に遭遇し意気消沈している大助を励ましながら帰途についた。

  

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河のほとりで (8)

2024年10月09日 03時05分17秒 | Weblog

 理恵子は、上京してから早くも1ヶ月を過ぎ、美容学校の授業や下宿先の城家の生活にも慣れて来た。 
 或る晴れた日の夕方。 2階の窓から茜色に彩られた夕焼け空やビルの街並みを眺めていると、やはり母親の節子の言う通りに、自宅から通学できる新潟の学校に進むべきであったかと、ホームシックにかられて考えることがある。
 一緒に上京した奈津子や江梨子に電話すると、皆が着々と自分の考えていた道を確実に進んでいることを知るにつけ、彼女等のたくましさがすごく羨ましく思えた。
 それに反し、自分は一人ぼっちで、寂しさから思わず涙をこぼすこともあり、上京すれば高校時代の先輩で恋心を抱く織田君にも時々逢えると、勝手に思っていたことが甘い考えであったと悔やまれた。

 今日も学校から帰り、二階の自室で沈んだ気分でぼんやりと街並みを見ていたとき、孝子小母さんが、お茶とお菓子を持つて来て
 「理恵ちゃん。貴女、最近、食も細く、元気がないみたいだわネ」
と声を掛けてくれたので、彼女は元気のない声で「小母さん御心配掛けてすみません」と、返事をしたが、次に続く言葉を思いあぐねていたところ、孝子小母さんはベテラン看護師で、女手一人で、珠子や大助を育てている気丈なところから、彼女が恋人に満足に会えないこともあり、軽いホームシックにかかっていることを、日常の生活を通じて見抜いていた。
 孝子は、彼女が訪れる前に、現在の生活を導いてくれた尊敬する先輩の節子さんから、彼女の性格や生い立ち、それに恋人のことなどを一通り聞いており、彼女を引き受けた手前、我が子同様に明るく育ててあげたいと念願していたので、節子さんから聞いたことはおくびにも出さず、彼女に対し、今、自分は何を為すべきかを自分や節子さんの昔話を交えて話して聞かせた。
 孝子にしてみれば、彼女に日常生活における目標をきちんと立てて、精神的にも強い一人前の美容師になって欲しいと思う一念から、何時かはその機会を見つけて話しておこうと心がけていた。

 孝子は、そんな思いから彼女に対し、普断、病院での若い看護師達に教える様な柔和な語り口で、彼女の表情を見ながら語りかけたことは

 貴女の母親は、自分と同郷で高校2年先輩であり、高校卒業後、苦い思い出を振り切る覚悟で秋田を出て、単身上京して看護師になったのよ。
 丁度、貴女と同じ歳頃で、見ず知らずの人達との寮生活で、それは寂しくて何度も泣いたこともあったらしいわ。 然し、それは皆同じことで、それぞれに努力をしたものです。
 節子さんが高校卒業するころ、当時、節子さんの家に下宿をしていて、私達の通う高校の教師をしていた御主人の健太郎さんが、当時、節子さんに男の兄弟がいないないこともあり、彼女の父親に非常に可愛がられ、休みの日には田畑やリンゴの剪定など農作業を手伝ったりして、まるで実の親子の様に和気合いあいと日々を過ごしていて、教師と教え子の関係で農村特有の難しい問題を承知の上で、早く一緒になってくれればと、彼女の母親共々切ないほど父親はそれを願っていたのよ。
 ところが彼女が若いこともあり、健太郎さんに対して、起居を共にした生活の中で自然に芽生えた淡い恋心を胸に抱きながらもその思いを口に出せないうちに、健太郎さんは転勤になり、その後は離れ離れとなり卒業後、そんな心の傷を癒すこともあり、懐かしい故郷の景色を見るのも辛くて悲しく、彼女なりに意を決して上京して看護師になり、勉強と仕事に打ち込んでいるうちに10数年の日が過ぎてしまったのよ。
 勿論、その間に病院関係者との結婚話もあったが、彼女の健太郎さんに対する一途な思いや複雑な病院内部の人間関係から、それも纏まらずに日々を過ごしていたところ、たまたま帰郷した際、節子さんや私の高校の先輩であった貴女の母親の亡き秋子さんが、そんな事情を知っていた事から、健太郎さんが奥さんを亡くして一人で暮らしていたのを見かねて、熱心に仲を取り持ち、その結果、それこそ偶然にも縁が巡り来たとゆうのでしょうかね、ご主人と結ばれたのですよ。
 やはり若い時の赤い糸が切れることもなく結びあっていたのですネ。 
 全く人生なんて、よく言われる様に小説より奇で、何時何が起こるのか不思議と思いますわ。
 それなればこそ、絶えず自分を大切にするように心掛けねばならないと、主人を病で亡くした私も常々考えておりますのよ。
 それ以後のことは、貴女もお判りの通りです。
 今、貴女のご両親が願うことは、貴女が実母である亡き秋子さんの意思を継いで、亡母が経営していた美容院を立派に経営することですよ。
 それが貴女に与えられた最大の目標であり、また、貴女に負わされた責任と思いますわ。 
 私も節子さん同様にその日が訪れることを本当に楽しみしているんですよ。

と、簡潔に話して聞かせたが、理恵子も中学生のころから母親の秋子に連れられて一緒に養父である健太郎の家には何度も訪ねていたので、そのときの様々な出来事と想い重ねて、孝子小母さんの話も素直に耳に入り、自分を取り巻く周囲の人達が自分に期待していることが身にしみて良く理解でき「小母さん ありがとう」と返事をして、やっと笑みを浮かべた。

 孝子は、一通り話し終えると
 「理恵子ちゃん、街には街なりに良い人も多勢おり、部屋にばかり閉じ篭もっていないで、なるべく暇なときは外に出なさいよ」
と言うや、階下に向かって大きい声で
 「大助! 理恵子姉さんと、お使いに行って来てくれない」
と声をかけると、大助姉弟も二階の様子を気に掛けていたとみえ、大助は
 「ヨッシャ~、すぐ行くよ!」
と威勢よく返事したが、傍らから勤めている母親に代わり家事を手伝っている高校生の姉である珠子が
 「私が一緒に行ってくるわぁ~」
と言うや、大助は
 「駄目 ダメッ!、僕が先に言はれたのだよ。姉ちゃん、僕の仕事を横取りしないでくれよ」
と文句を言いあっていたが、そつのない大助は、さっさと母親からメモとお金を貰うと、理恵子さん!早く行こう。と催促して、二人で夕暮れの商店街に出かけて行った。

 大助にしてみれば、理恵子姉さんと二人で商店街を案内して歩くのはかねてからの夢で、楽しそうに理恵子の手を引きながら買い物でにぎあう人混みを縫う様にして歩き、最初に行き着けの肉屋に入った。
 理恵子さんが、牛肉を買い代金を払うと、街の野球部の先輩である肉屋の健ちゃんが
  「おい 大助!お使いなんて珍しいこともあるんだなぁ~」  「勉強はどうした。また、サボりか?」
  「丁度、揚げたばかりの特製のコロッケがあるから、サービスするから持って行けよ」
と、包みを出してくれたので、それを遠慮なく受け取ると、大助が 
  「健ちゃん 大事な商品の都合をつけて、まさか、これではないだろうナ」
と、右手の人差し指を折り曲げて差出しニヤット笑うと、健ちゃんは
  「オィオィ、変なな真似はするなよ! 一緒にいる初顔の綺麗なお姉さんへ敬意を表してのサービスだ。俺の給料から払うので余計な心配はするな!」
 「但し、数がないので、お前の分は入れてないからな」 
 「野球でエラーばかりしている罰として、俺はサービスしないことにしているんだ」
 「今度、あげるからナァ~、今日はコロッケを見て拝んでおけよ」
と返事をしながら、理恵子の方を見て軽く会釈をして笑っていた。 

 二人は店を出ると、大助は理恵子に悪戯っぽく右目でピクピクとウインクして
 「健ちゃんは、スタイルの美しい理恵姉さんを見て、気の毒にも瞬間的に脳をわずらってしまったんだよ」
 「僕の思った通りでアタリだよ」
と自慢しながら、大助特有のユーモアで、健ちゃんの仕草を冷やかしていたので、理恵子にもその光景が微笑ましく映り、なるほどなぁ~と、健ちゃんの明るさと、中学2年生に似合わない大助の如才ない友達付き合いに感心して思わずクスッと笑ってしまった。
 大助は、次によった八百屋さんで、また・・・   


 

 

 

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河のほとりで (7)

2024年10月06日 02時26分55秒 | Weblog

 江梨子達が、なんとか採用の返事を貰い、気分が楽になって会社を立ち去ろうとしたとき、後を追い駆けてきた案内係の阿部さんが
 「いやぁ~ おめでとう御座います。 入社が決って良かったですね」
と笑いながら声をかけてきて、二人の肩をポンと叩き、さも嬉しそうに
 「今、専務からあなた方をホテルに送り、夕食の接待を準備しなさい。と、指示を受けたので僕の咄嗟の判断で、昨晩の会話の内容から、どうやら和食が好きな様ですよ。と進言したら、専務はそれなら駅前の寿司屋に案内しなさいと言はれ、専務も仕事を済ませてすぐ伺うので、それまで君がお相手をしていなさい」
と、、会社の考えと併せて接待の趣旨を正直に説明したあと「これから御案内いたします」と言ったので、江梨子は堅苦しい雰囲気を好まない小林君の内心を慮って遠慮したが、阿部さんの再三にわたる丁寧な誘いを断りきれずに、会社の馴染みらしい寿司屋に連れて行かれた。

 阿部さんは、座敷に通されると畳に手をついて丁寧に頭を下げて改めて挨拶したあと、お茶を一口飲むと
 「昨晩はワイフも非常に喜んで、お二人さんが合格すると良いわネ」
 「私達も地方の出身であり、ワイフもお友達も少ないので、是非、お付き合いさせてほしいわ」
と喜んでいたと言って、お土産に渡したワインのお礼を言ったあと、雰囲気を和ませるかの様に、自分の仕事の内容について、時々、ミスして上司から叱られるが、近頃は慣れっこになり、そんな時は下を向いて「済みませんでした、今後、注意致します」と返事をしながらも、頭の中では、これも給料のうちで百円玉が何枚になったかな?、なんて思いながら不謹慎だが、その場を軽い気持ちで凌いでいたり、或いは今頃、ワイフは何をしているのかなぁ~。と思い巡らせていますが、サラリーマンは、辛いことがあったとき、自分で自分の心を癒す方法を見つけ出すことも大事なことですよ」
と、彼らしく明るく屈托のないユーモアを交えた語り口で、社員の心構えを教えてくれた。
 江梨子も達夫も、なるほどなぁ~。と感心して聞いていたが、江梨子が
 「奥様は、どちらにお勤めなのですか?」
と聞くと、彼は
 「証券会社ですよ」「会社の用事で何度か証券会社に行っているうちに、僕の方から上手く誘い出して口説き落として、やっとの思いで結婚しましたが、僕は高卒、彼女は大卒で歳も2歳上ですが、諺に”姉さん女房は草鞋を履いても探せ”と聞いたことがありますが、事実、日々の暮らしの中で生活の知恵が旺盛で安心感があって良いものですよ」
と尋ねないことまで進んで卒直に話してくれた。

 暫くすると、専務さんが現れ、阿部さんは入れ替わりに座敷から出て行った。
 阿部さんが帰り際に話してくれたのか、お寿司とお酒が運ばれてきたが、江梨子が未成年でお酒は飲めませんと言うや、専務さんは「そうか、そうか。それではお寿司を食べなさい」と言いつつ自分は美味しそうにチビチビと手酌で飲み始めた。

 専務さんは、金子勝と自己紹介をしたが、痩身で身の丈が高く、白髪交じりで面長に黒縁の眼鏡が良く似合う、優しい話し方をする人で、江梨子は、どこかこの人は自分の父親に似たタイプの感じがして、さして緊張することもなく話を聞くことができた。

 その専務さんが、お酒を飲みながら語るには
 自分も、東北の出身で大学卒業後、社長や営業部長と一緒に親会社に入社して、精密機械の製造に従事したが、入社後、15年位した時、親会社の社長の勧めで、組み立て部の一部が子会社として今の会社を設立したが、その時、仲間の誰もが充分な資金の用意ができず、仲間の一人であった社長の姉さんが地方の資産家であったところから、社長が懇願して大金を出して貰ったのです。 その関係で社長の姉つまり小林江梨子さんのお母さんが、この会社の大株主なんですよ。
 余計なことかも知れませんが、本来は、貴女のお母さんが社長になり、社長は長男として田舎の田畑や山林を守るべきであったのですが、社長は無理やり姉さんを田舎に帰し、その時、これは確かでありませんが、姉さんには将来を誓いあった恋人がいたらしいのですが、生木を裂かれる思いで別れて田舎に帰られたと聞いておりますが、まぁ~お互い若い時のことですから、色々あった訳ですわ。
 ところが男とゆうものは悲しい性があり、会社の業績が伸びると、悪るいことに社長は2~3人の女性に手を出し、その都度、姉さんが上京して苦労して問題を解決し、遂には離婚を経験して今の奥さんと結ばれましたが、この奥さんは銀座のクラブのママサンをしていた関係で、世の中の裏表や人の苦労を知り尽くしていて、我々に対しても思いやりがあり、あの頑固一徹な社長でも頭があがらないくらい良い人なのです。
と、簡潔に話をしたあと
 
 「まぁ~ 参考までにお喋り致しましたが、ところで本題に戻りますが、社長の命令で、江梨子さんは私の家の離れの居間に住み、食事は私らと一緒にすること。小島君は会社の寮に入ることになりますが、私は妻を亡くし会社から派遣の賄いさんに家事一切を任せておりますが、寮の方は舎監が自衛隊上がりの厳しい人で、女性の立ち入りは禁止されています」
 「うちの会社は、社長や私達創業者の功罪織り交ぜた豊富な人生経験を土台にして、良い品物は良い人間が作ると言うことを社是にしており、普段の生活は勿論のこと勤務を通じても、人間教育を大切にしておりますので、承知しておいてください」
と、酒の勢いもあってか、また、社長の身内とゆう安心感からか、小声でボソボソと口説き話の様に、会社の沿革や入社条件を話していた。  

 江梨子は、これまでに母親から断片的ではあるが薄々聞かされていたことなので、時折、母親が父に対して不満を漏らしているのは、若い時のそんなエピソードも影響していたのかと内心思ったりもした。 
 実際、父親は無口で暇さえあれば、勤務先に関係する機械関係の本を読んでいる姿を見ていたので、父親もどこか寂しい影をやどしている人だなぁ~と、しばしば思ったりしたこともあった。
 専務の話を聞いて、一見平穏に見える夫婦であっても、それぞれに色々な想いがあり、難しいもんだなと考えると共に、自分達は叔父さんや両親の様な影を潜めた夫婦には絶対になりたくないと、小島君の横顔をチラッと見ながら心の中で誓った。

 小島君は、専務の話をお寿司を美味しそうに食べながら聞いていたが、腹が満ち足りると箸を置くや、まるで別世界のことと思う様に、テーブルに右手の肘を突いて顎を乗せて、週刊誌の記事を聞かされているかのように興味なさそうな顔をしていたが、左側に足を崩して出している江梨子の脹脛や足首あたりを、座布団のへりと思ってか或いは無意識にか撫でていたが、江梨子は専務の目が気になり、止めようとしない彼の手を軽く叩くと、彼は江梨子の顔を見てニヤッと笑い手を引き込めたが、退屈なのか、何時の間にかまた同じことをするので、江梨子も少しくすぐったいが手が膝にまで伸びる気配はなさそうなので、これも彼の悠長でお茶目な性格がもたらす、異性に対する本能的な一種の癖なのかなと思い好きな様にさせていた。 

 
  

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河のほとりで (6)

2024年10月03日 03時13分14秒 | Weblog

 入社面接試験の際、江梨子は母親の強い願望通り、近い将来に二人して実家に近い支社に転勤して、小島君との生活を実現しようとの思いから、社長が叔父であることを幸いに自然な思いで、自分としては最大の知恵と勇気を絞って周囲の役員等にお構いなしに、何時もの強い自己顕示性を発揮して少し誇大であるが、聞く者としてはそれなりに納得してもらえる答弁をしたところ、社長にしてみれば予期もしない答えが返って来て、試験会場が一瞬凍りついたような静寂な雰囲気に包また。

 社長も意外な答えにたじろぎ、キョトンした目で彼女を見つめて返答に窮して、とまどったが、そこは社会の底辺から叩き上げた持ち前の気骨の強さから、気を取り戻すと、やをら腕組みをといて立ち上がるり、眼光鋭く険しい顔で、江梨子に対し
  「今日は、採用の面接だよ」「親族会議とは違うんだ。場を弁えて話しをしなさい!」
と、一言注意したあと、これ以上彼女に田舎のことを喋らせては自分の恥を晒しかねないと警戒して、すぐに表情を和らげて、そこは可愛い姪でもあり、若いのに家督を継ぐとゆう堅固な考えや、自分の恋を実らせる現実的な方法を聞かされて、流石に母親である姉の強気な性格を受け継ぎ、生活感覚がよく似た逞しさがある。と、すっかり感心して次の質問についての言葉を失ってしまった。
 
 暫し沈黙の間をおいて、江梨子の答えに一人だけクスッと笑った明るい声が部屋の雰囲気を少し和らげた。
 声の主は、入り口で受付を担当していた社長秘書で、江梨子の目から見ても羨ましく思うほどスレンダーで、江梨子が憧れる都会のOLとして洗練された容姿の木村さんで、社長は江梨子に対する質問のやり場に困り
  「おいッ! 木村君 君はこの子の答弁をどう思うかね?」
  「役員達は、職責を忘れて、彼女の話に圧倒されてポカーンとしているが、社長として私情を挟む訳には行かないので、君の意見を参考までに聞かせてくれ給え」
  「今の若いもんは、皆、このように卒直に自分の考えを言うものかね?」
と、苦し紛れに声をかけたところ、木村さんは真面目な顔をして、細いながらも透き通った静かな声で
  「社長さん。 私は、御家族や先祖様との絆を大切に思う自分の考えを、この場で臆することなく堂々と述べられたことは、お歳に似合わない素晴らしい考えをお持ちの方だと、ひたすら感心して聞いておりましたわ」
  「私を含め、今時、こんなに御自分の意見を堂々と述べると言うことは、そう多くはおりませんわ」
と言って褒めてくれたが、江梨子にはその言葉がとても嬉しかった。 
 江梨子は、木村さんの一言でなんだか気が抜けたように急にしおらしくなって下をうつ向いてしまった。 
 彼女は、内心、控え室で見た人達の年令や服装等から自分は到底かなわないと自信を喪失し、それに役員達の質問や態度から、結果は不採用だと判断すると、自分としては不思議にも冷静な気持ちで、言うだけのことは言ったし、もう結果等どうでもいいわ。と、緊張感から開放され半ば開き直った気持ちになり、彼女らしく落ち着きをを取り戻し、やっぱり自分にあった生活が出来る田舎に帰ろうかなぁ~。と、少し弱気な思いが胸をかすめた。
 そうなった場合、小島君は果たして一緒に帰ってくれるかしら。と、チョッピリ不安な思いが心をよぎった。

 社長は、木村さんの返事を聞いたあと、周囲を見渡したのち、江梨子に対し
 「今、ここから当社の筆頭株主である母親に電話して、採用された旨話して安心させなさい」
と指示したので、江梨子も予想に反した社長の一言でホットして我に帰り、社長の前に進み、机上の電話をそっと取りあげて実家に電話を掛けた。
 社長は、髭をなでながら薄笑いを浮かべて、彼女の顔を上目で覗き込む様に見ていたが、電話に出た母親の種子が、彼女の採用決定の連絡に対し、採用のことはわかっているのか、そんなことにお構いなしに
  「ここに小島君の母親も心配して来ておられるが・・」
  「夕べは、小島君と一緒のベツトで休んだのかネ?」
と、思いもよらぬ返事をしたので、彼女は
  「うーん。。。。 お母さんったら、もう~嫌ネ。そんなこと、どうでもいいでしょう~!」
  「会社が手配しておいてくれた、ホテルの綺麗なお部屋で別々に休んだわ」
と答えるや、種子はガッカリした様な沈んだ声で
 「お前達は駄目なもんだねえ~。この意気地無しっ!もう情けなくなってしまったわ」
 「わたしの気持ちを少しでも理解しようとしないんだから・・」  
 「村の年寄りは、皆、孫をおぶって自慢話に花を咲かせているわ。もうこの歳になれば、名誉や財産なんてどうでもいいわ。わしも毎朝人の輪にはいって人並みにお喋りして過ごしたいんだよ」
と呟いていたが、そんな会話は社長には聞こえる筈もなく、彼女の態度から会話の雰囲気を察して、彼女から受話器を取り上げ
  「いやぁ~ お元気の様ですネ」 「今度は、私が姉さんに恩返しをする番になりましたネ」
  「江梨子も、暫く見ぬうちにすっかり大人になり、姉さんの若い時と同様に強情・・・イヤイヤ、意思が堅く、それに歳に似合わぬ淡い色気を漂わせ、それでいて口も達者・・イヤイヤ、自分の意見をきちんと話すので、感心致しましたわ」
  「姉さんの教育の賜物ですね」
  「今後は、私が責任を持って、姉さんの希望に沿うように育てますので、どうぞ御安心ください」
と、何度も言葉を言いなおしながら額の汗をぬぐい、受話器に向かい恭しく頭を垂れて言ったあと、続けて
  「会社は、全員が一丸となって頑張った結果、今期の業績も大変成績が良く。いずれ社員を伺わせ報告させますので、来月の株主総会には、遠路をわざわざおいでくださらなくても・・」
と姉を敬遠し、立ちあがって受話器にその都度頭を垂れていたが、終わるやホットした顔になり「これで俺の首も繋がったわ」と、ブツブツ呟いて、あとは専務に任せて部屋を出て行ってしまった。

 江梨子は面接室を出ると、急いで小島君の待っている階下のロビーに行くと、彼は長椅子に横たわり顔に新聞紙を乗せて眠っていた。 彼女はそんな彼の姿を見て、なぁ~んて呑気なんだろうとチョピリ悲しい思いに駆られたが、少し間をおいて落ち着くと、腹いせ紛れに彼の脂の滲んだ鼻先を思い切り強く摘んだところ、彼は驚いて起き上がり、疲れきった様な小声で「遅かったなぁ~」と呟いたので、彼女は新聞を取り上げて丸めると、彼の頭をポンと軽く叩き、小声で
  「なに言っているのよ~」「わたし、一生懸命に頑張って来たとゆうのに・・、しっかりしてよ~」
と、すねながら答えて二人とも採用が決定したことを教えると、彼は急に瞳を輝かせて
  「そぅ~か お前、頑張ったんだなぁ~」 「また、お前に借りを作ってしまったわぁ~」
と、如何にも嬉しそうに笑い、元気を取り戻して
 「急に腹が空いてきたよ」「取り敢えず、飯を食べに行こうよ」
と言いだして、二人で足取りも軽く腕を組んで廊下を歩きだしたら、後方から顔なじみになった阿部さんが大声で「小林さ~ん、小島さ~ん、一寸、待っててくださいよぅ~」と叫びながら駆け足で追いかけて来た。

 

 

  

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河のほとりで (5)

2024年09月30日 04時04分53秒 | Weblog

 江梨子と小島君は、不安な気持ちで臨んだ就職試験の前夜、思いもよらぬ会社の接待を受けたが、案内役の阿部さんの正直で優しい話振りに引きずりこまれて、それまで抱いていた不安と緊張感も薄れて気持ちが楽になり、また、夜景が眺められる豪華なレストランでの雰囲気にも次第に馴染んで思う存分夕食をすませた。

 部屋に戻った江梨子は、ワインの飲みすぎか
 「暑いわ~、着替えるから一寸の間、外を見ていてね」
と小島君に言って、彼が窓際で夜景を見ていると、彼女はクローゼットを開いて鏡を覗きながら、さっさと着替えをはじめたが、少し間を置いて、小島君が
 「もう いいかぁ~」
と言いながら振り向くと、彼女は
 「まぁ~だだよぅ~」
と言いながら着替え中であったが、彼はチョット振り向いた際、一瞬、見てはいけないものを見た驚きで、思わず
 「アッ!ゴメ~ン」
と言って謝りながら、慌てて手の掌を顔に当てたが指の隙間から、彼女のスカートを脱ぐ艶かしい姿態や、清潔感に満ちたシュミーズの裾から覗いて見える白い大腿部をチラッと見てしまった。 
 彼は、再度、興味と興奮が入り交ざった複雑な思いで外に目をやっていたら、彼女が「終わったわ」と言う声で振り向くと、急いで着替えを終わった彼女に対し恐る恐る、彼らしく素直な感想を素朴な表現で
 「江梨ッ お前のフトモモは、男を悩ます色気に満ちていて、以外に白いんだなぁ~」
 「初めてナマで見たが、脛に比べて適当に肥えていて、とてもセクシーでビツクリしたよ」
と声を弾ませて興奮気味に言いつつ、更に続けて、余計なことにも、思わず
 「その胸の大きさは、本物か? まさか偽物ではないんだろうな」
と、照れ隠しもあり一気に喋りだしたので、彼女は「このバカッ!」と言いつつ
 「いま、そんなことを言っている場合じゃないでしょう!」
と怒りだしたが、顔は恥かしそうに穏やかで、内心は好きでたまらない彼に、思わぬことから自身の体の隠れた部分を褒められて喜んでいる風でもあった。

 江梨子は、着替えが終わると、冷蔵庫からジュースを取り出して二人で飲みながら、明日の面接のことなどを相談し、小島君に
 「わたし達の人生の出発点なのだから、真剣にやってよ」
 「出発前のお母さんの話なんかに甘えないでよ」
 「この就職難のご時世だから、いくら親戚が経営する会社と言っても、田舎の平凡な高校卒で特技もない、わたし等が、そんなに簡単に就職出来るとは思はないわ」
 「だけど、ここまで来た以上、やるだけやってみようよ」
等と話かけて彼を励まし、彼が「判っているよぅ~」と、けだるそうに返事をして、隣に用意された自分の部屋に戻ろうと立ち上がった途端に、彼女は小島君が普段より一層愛おしくなり彼の胸に抱きつき熱いキスを交わして別れた。

 翌朝、時間通りに阿部さんが車で迎えに来てくれたので、昨晩の夕食の話などをしながら大森駅近くの会社に向かった。
 面接会場の前に用意された控え室に案内されると、すでに20名位の希望者が緊張した面持ちで腰掛けており、皆んな大学卒業生らしく自分達より年長者で、見渡したところ女性は3名しかおらず、それぞれが無言で冷え冷えとした部屋の雰囲気であった。
 案内係りは阿部さんで、一通り面接の要領を説明したあと、定刻の10時に始まり、一番最初に小島君が呼ばれ、彼は江梨子に右手を軽く上げてニコッとし、さして緊張した顔つきもせず何時も通りの表情で面接室に入って行った。  
 江梨子は、果たしてどんなことを聞かれているんだろうか。と、心配して待っていると、彼は5分位で面接室から出て控え室に顔を出すや、江梨子の方を見てニヤッと笑い廊下の隅の方に行ったので、彼女は追いかけて行き小声で「どうだった?」と聞くと、彼は小さい声で
 「家庭環境のことや、お前と一緒に来たことしか聞かれなかったよ」
と答えたあと、一層、声を細めて
 「それにな。社長らしき人が、君の指は細くて器用そうだな。そぉゆぅ指は機械の組み立てに適しており、それに女性を悦ばせる指だよ。と、訳のわかんないことを言って、ほかの役員達を笑わせていたよ」
と、右手の掌を彼女の胸の辺りに出して指を開いて、自分でも改めてシゲシゲと見ながら彼女にもホレッ見てみろよ。と、いわんばかりに指を屈折しながら、簡単に面接の模様を話したので、江梨子は拍子抜けして
 「ソレッテ ナニヨッ!そんなこと、どうでもいいのよ」
と不機嫌そうに言って、出された指をビシッと叩いて引っ込ませ、周囲に気配りしながら小声で
 「なんだか変ね?」「田舎者で、適当にからかわれて来たんじゃないの?」
と悲しそうな顔をしたが、小島君は気にしている風もなく
 「そんなことないさ。流石に一流会社は、受験者のいいところを観察しているよ」
 「俺、控え室は嫌なので、階下のロビーで少し勉強することがあるんで、そこで待っているからな」
 「お前 俺達の将来がかかっているので頑張れよ」
と言って足取り軽く歩いて行ってしまった。
 彼女は、そんな後ろ姿をみて、なんか頼りない風だが、その反面、物事に動じない楽天家なのかなぁ~。と、高校時代の陽気で、どこかひょうきんな性格で、級友に好かれた彼のことを思い浮かべた。

 江梨子は、何時まで待っても自分の番が回ってこないので痺れを切らして、阿部さんに聞いてみたら「順番は最後になっています」と教えられ、ムッとして「ねぇ 阿部さん何とか順番を早くしてくれませんか」と昨晩の雰囲気から甘えて頼むと、阿部さんはニヤッと笑って「承知しました。受付を担当している女性は秘書課勤務で社長に気にいられているので頼んでおきます」と言ってくれた。 
 江梨子は小島君のところに行くと、彼は長椅子に仰向けになってスポーツ新聞で競馬の記事を熱心に読んでいたが、彼女から順番を聞くと
 「遅い番だなぁ~」「結果は、大体想像できるよ」
 「まぁ~ 切角来たのだから、久し振りに逢う叔父さんだから社長と思わず、気楽に話をしてくればいいさ」
と、新聞から目を離さず人ごとの様に言ったあと、思いだしたかの様に
 「それよりも、今晩の宿どこにする。気楽に飯が食えるところがいいなぁ」
 「折角、東京に来たので、明日は中山競馬場に行って、万一不合格となったときに備えて軍資金を作るんだ・・」
と、入社のことは、そっちのけで半ば諦めた感じで話したので、彼女は彼の気楽な話に呆れつつも、或いはそうなるかもしれないと、昨晩の元気は消えて自信をなくしてしまった。

 そんなところに、阿部さんが慌てて飛んで来て「小林江梨子さん、呼ばれましたのですぐ来てください」と告げられたので、小島君が「レッツ ゴー」と声を発して、気合を込めて彼女の尻を思いっきり叩いたので、彼女が「イタイワネェ」と、彼の頭を軽く叩きかえして、急いで面接室に行った。

 面接室には、中央の大きい机を前に白い椅子カバーの掛けられた大きい回転椅子に、上半身が殆ど隠れて胸から上が漸く見える、髪は薄いが丸顔にチョビ髭をはやし黒縁眼鏡を掛けた、見慣れた顔の叔父の社長が、殊更に作った様な厳めしい顔つきで、まるで自分を睨めつけるかの様に座り、その左右に二人ずつ役員らしき人達が並んでいた。
 江梨子が丁寧に礼をして促されて部屋の中央に用意された椅子に座ると、社長は途端に鼻髭を撫でながら、緊張している江梨子の表情を見てとるや、彼女の心をときほごす様に気配りして、母親と家族のこと、それに最近の村の人達の様子などを、愛しい姪に話掛けるように静かな声で聞き、面接室の雰囲気を和らげてくれた。

 社長より年配の痩身で白髪混じりの専務らしき人が「この会社の何処に魅力を感じておりますか」と質問をはじめると、社長は「専務ッ!そんな形式的なことは、どうでもよいっ!」と一喝して質問を遮り、自ら先ほどの話に続けて、江梨子の母親の会社に対する感想等を優しく聞いたあと
  「君は、すでに売約済みとのことだが、お相手は田舎の人かね」
  「当社の筆頭株主である姉が許可する位だから、さぞやハンサムだろうね」
と聞いたので、彼女は咄嗟に母が自分達のことまで細かく連絡しているなと察し、この際、卒直に話しておこうと決心して
  「本日、一番最初に面接させて戴いた小島達夫君です。 父母も一緒になることを賛成して大喜びしております。勿論、小島君の両親も賛成しております」
  「なので、小島君が不採用なら、私も辞退して田舎には帰らず、何処かで二人で働いて一生を過ごす覚悟です」
  「父母や妹の友子、それに先祖の墓守り、山林や家屋敷の保存など一切を、叔父様・・・いや、社長様、どうぞ宜しくお願い致します」
と答えてお辞儀をすると、社長はまだ子供だと思っていたが、意外に大人で並々ならぬ決意を堂々と披瀝したので、驚いて益々体を机の下に沈めこみ、うめく様に
 「江戸の敵は長崎か。とんでない爆弾娘をよこしたもんだ」「それにしても、母親によく似たもんだ」
と、小声で独りごとの様にブツブツ呟いていた。

 受付入り口にいた秘書らしき、細身で面長の上品な女性がクスッと笑った以外、他の役員達は皆なが押し黙って、一瞬、部屋が凍りついたようにシーンとなり、正直に答えた江梨子も、頭の中がボゥ~として、面接試験であることをすっかり忘れて仕舞い、キョトンとした顔で呆然と役員達を見回していた。  

  


  

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河のほとりで (4)

2024年09月25日 03時20分33秒 | Weblog

 理恵子達同級生三人は、進学や就職のため連れ立って一緒に上京した。
 江梨子は東京駅で列車から降りた途端一瞬ドキッとし足がすくんた。
 広い ホームの人混みの中ほどで、マイクで自分の名前を連呼しながら、”歓迎”の大文字の下に”二人の名前”を並べて墨書した、紙のプラカードを高だかと掲げて目をキョロキョロして辺りを見回している社員を見つけ、予想もしていなかったことにビックリするやら恥ずかしやらで、理恵子や奈津子の手前顔を曇らせてしまった。
 江梨子は、列車から降りると内心怒りを覚え不機嫌な顔をして、迎えの若い社員と簡単な挨拶を交わしていたが、小島君は最初ひとごと思ってボヤットしていたが、そのうちに目をこらしてよく見ると間違いなく”達夫”と書かれているので、唖然として言葉も出なかった。
 彼女達は生活に慣れたら日にちを見計らって後日再開することを約束し、互いに「頑張ろうね」と明るい顔でエールを交換して別れた。

 小林江梨子と小島君は、一抹の不安を抱いて出迎えの社員に促されるままに、会社が手配した自動車に乗せられ蒲田駅近くのホテル前に到着して降りると、運転してきた若い社員の阿部さんが、広いロビーに彼女等を案内し、普段から大事な顧客を案内して慣れているのかカウンターで宿泊手続きをすますと戻ってきて、彼女に部屋の鍵を渡し
 「お部屋はボーイがご案内します。夕食の6時30分にお迎えにあがります」
と言って爽やかな笑顔を残して帰っていった。
 二人はボーイの案内で5階の部屋に行くや、部屋は隣どうしに2室用意されており、中に入ってみるや、TVは勿論、高級ベットに冷蔵庫等調度品が備えられた豪華な部屋に圧倒されてしまったが、ボーイが説明を終わって出てゆくや、彼等はお茶を飲みながら眺望の良い窓から景色を見ていたが、そのうちに彼女が
 「面接試験に来たわたし達をこんなに接待すなんて、この会社は一体どうなっているんだろうね。チョット不気味だわ」
と呟くと、小島君も不安な表情で
 「そうだよなぁ。江梨ッ 怒るなよ。僕の予想では明日は恐らく<ハイッ  ご苦労様でした。御両親様に宜しく>と慰められ、一言でお払いだな」
 「それにサァ~。アノプラカードを見て、俺達いくら親が認めている仲だといっても、果たして一緒になるかどうか確率的には極めて低いしなぁ」
とボソボソとした声で答えると、江梨子は少し肩をおとして元気なく頷いていたが、少し間をおいて気を取り直したのか沈んだ声で
 「そんなぁ ~ ”林”と”島”の一字違いじゃない。いずれ”島”になるんだから、そんなこと、どうでもいいわ」
と突き放したあと、予め考えていたかの様に、落ち着いて
 「でも、君が言う様になったら、わたし、社長に対してきっぱりと、<田舎者に対し、ご丁重なおもてなしをして頂きまして誠に有難う御座いました。母にも早速電話で御丁寧な接待をして頂きましたと報告したあと、入社は難しいようです>と、社長さんの前で電話を借りて言ってやるわ」
と、採用されない以上、社長が叔父でも、へりくだるのは嫌なので皮肉の一つでも言って、さっさと会社を出て、二人で大坂か名古屋にでも行って働きましょうよ。と、普段強気な彼女らしく小島君を励まし、うなだれている彼に対し、その次の行動について計画していることを力強く話すと共に、併せて抜け目なくあくまでも一緒になることを念を押していた。 
 彼女は、母親がどんなに心配しても、今更、田舎になんか帰る気がしないわ。と、語気鋭く言い出だし、それでも不安なのか冷蔵庫からビール瓶を出すとコップに注いで一気に飲むとベットに寝転んでしまった。

 約束の時間に阿部さんが現れ、階上のレストランに案内してくれたが、窓際の眺めの良い席に座らされると、阿部さんが注文のためか席をはずした隙に、小島君がまたもや江梨子の耳元で小声で
  「江梨ッ 洋食かな?」「俺 今晩くらい定食屋で思いっきりカツ丼を食べようと思っていたのにさぁ・・」
  「田舎者の俺なんて、洋食なんて食べ方もマナーも判らんし嫌だなぁ~」
  「もう、腹もペコペコだし、神経が クタクタ に疲れてしまったたよ」
と、言い出したので、江梨子も
  「わたしだって、洋食の作法なんて判んないわ」
と返事をしたあと、部屋での不安な話しの尾を引いているのか、都会の夜景を見ながら不機嫌そうな顔で捨て鉢気味に
  「いいのよ、こうなったら旅の恥は掻き捨て言うじゃない、そんなに心配することないわ」
  「見渡したところ、お客さん達の中で若いのは私達だけだし、若者らしくマナーを気にすることなく、食べたいものから、ドンドン自由に食べるのよ」
  「わたしも その様にするからさ。君もそうしてね。クヨクヨしてないで、しっかりしてよ」
と、ナプキンを胸に掛けて平気な顔をしていた。

 阿部さんが戻ってくると、まもなく料理が運ばれてきたが、阿部さんは座るとすぐに
  「いやぁ~ 僕までご馳走にあずかり申し訳ありません」
  「僕は、結婚して3年目ですが、こんな綺麗なレストランに一度はワイフを連れて来たいと日頃思っていますが・・」 
  「なにしろ給料が安いので、今晩はお陰様で夢みたいですわ!」
と、ニコニコ笑いながら愛想よく気さくに話だしたので、二人は阿部さんの一言で気が楽になり、三人が気侭に食事を始めると、江梨子もやっと笑みを浮かべて
  「そうなのですか、私達、こんな立派なお店に入ったことはないし・・」
  「阿部さんも大変なのですね」  「奥様もお勤めなのですか?」
と、ワインを遠慮なく飲んだせいか饒舌になり、三人は会社の話などに感心がなく、専ら都会の生活の話をしながら、珍しい料理に目を奪われて夢中になって食べながら愉快に会話がはずんだ。 
 江梨子はその間に、どうせ会社のおごりならと考えたのかボーイを手招きして呼び「お土産にするので、いま戴いているワインを一本、綺麗な包装紙に包んで袋に入れておいてください」と注文した。 
 食後、別れ際に感謝の意を込めて、それを阿部さんに渡すと彼は遠慮したが、江梨子の強い勧めで恭しく受け取り、江梨子が
  「奥様と二人で、お飲みになって下さい」
  「なんと言っても、妻は御主人様のさりげない思いやりが、一番嬉しいものなのですよ」
と、大人びいて気分よさそうに話すと、阿部さんも嬉しそうに「明日は9時にお迎えに上がります」と言い残して深々と頭下げ明るい笑顔を残して帰って行った。

 小島君は、江梨子の如才ない行動をみていて、部屋に戻るころになって、今日の出来事は全て彼女の母親の仕組んだことだ。と、やっと気ずき、それにしても、彼女も母親同様に勝気で機敏な態度に感心してしまった。
  

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河のほとりで (3)

2024年09月25日 03時19分01秒 | Weblog

 理恵子は、江梨子達と手を握りあって再会を約束して別れたあと、用心深く周囲に気配りして駅の正面口を出ると、毎年夏休みに家族揃って飯豊山の麓にある自宅に遊びに来ていて、すっかり顔馴染みになり気心の通じ合った城珠子と大助が出迎えに来ていたので少し不安な気持ちが和らいだ。
 彼等は、母親の節子と同郷の城孝子の子供達で、都会生活に不安を覚える理恵子にとって、今後いろいろとお世話になる下宿先の姉と弟である。

 明るく闊達な中学生の大助が、姉の制止を気にすることもなく理恵子に近よってきて愛想よく笑いながら
 「天気も良いし、宮城付近を散歩して行きましょうよ」
 「きっと、昨夜の雨に洗われて松の緑が綺麗だと思うので・・」
と、普段は何かと小言を言う姉の顔を横目でチラッと見ながら素早く理恵子の大きなバックを持ってやると、理恵子と珠子を誘って歩き出したが、何時のまにか理恵子の左手を握って手を振り、楽しそうに二重橋方面に向かった。

 理恵子は、乾いた舗道にコツコツと心地良く響く靴の音に都会にきたんだなぁ。と、田舎より1ヶ月くらい早い春たけなわの心地よい風と行き交う人々の群れに、都会の雰囲気を肌身に実感しながら、中学生のときの修学旅行以来、久し振りに二重橋を見て
 「大ちゃんの言う通り、緑が本当に鮮やかだわ」
 「田舎の方は、今頃、やっと、遅れて来た春が終わりかけたばかりで、松や杉の葉はこんなに鮮やかな緑色に輝いていないわ」
と呟いたら、大助が
  「理恵姉さんも、眩しいくらいに輝いているよ。 それに背も高くスタイルが良いので、こうして手を繋いで宮城前を揃って散歩できるなんて、まるで夢みたいだよ」
  「ホラッ!すれ違う人達が、次々に僕達の方を羨ましそうに振り向いて行くよ」
  「キット、僕達が背も高くスマートなので、素晴らしい恋人どうしのアベックだと思っているんだろうなぁ・・」
と、理恵子の顔をチラッと覗きこみ、片目を神経質にパチパチさせてウインクして話しだしたら、珠子が
  「大ちゃん、誰も振り向いていないわ」
と呟くと、彼はシマッタと思ったのか
  「今日の珠子様も、松の緑のせいか何時もよりず~と美しく見えるよ」
と、またもや、片目でウインクしたので、珠子は
 「松の緑とか修飾語は余計よ」「黙っていれば可愛いんだけれど・・」
と言って、理恵子と二人して声を上げて笑いだした。

 乾いた歩道に響く革靴の音が、雪国から来た理恵子には心地よく聞こえ、大助のユーモアに満ちた話が緊張気味の気分をやわらげてくれ明るい気分になった。 
 三人は日比谷公園を通り過ぎて道角のモダンな造りの喫茶店の前に差し掛かると、大助が珠子に
  「姉ちゃん! 僕たちで、理恵子さんの第一次歓迎会とゆうことで、アン蜜を食べてゆこうよ」「僕 喉が渇いちゃったし、いいでしょう」
と言って、珠子が返事をしないうちに、こじんまりしたお洒落な喫茶店にさっさと入り、窓際の景色の良く見える席を見つけて二人を手招きして呼び、ニヤット笑いながらアン蜜を注文してしまった。
 珠子は、理恵子に対し
 「今日の大ちゃんは、あなたに逢えて嬉しいらしく、いつもにもなくテンションが上がっているわ」
と、笑いながら弟の屈宅のない行動の素早さを説明していた。

 夕方の5時ころ、池上線の久ケ原駅近くの自宅に着くと、母親の城孝子が玄関先に出てきて零れそうな笑みを浮かべて出迎えてくれた。
 理恵子が下宿する城家は、駅からそれほど離れていない、閑静な住宅街にあり、少し古風だが低い生垣に囲われ、狭いながらも庭には、芝生がありキンモクセイやサルスベリの木が植えられている。 
 城孝子は40歳代半ばで、理恵子の母親である節子と同郷で、同じ高校に通い2年後輩だが、高校卒業後、節子を頼り上京して看護学校に通い、資格取得後は節子と同じ都立病院に看護師として勤めているが、3年前に夫を胃癌で亡くし、一人で珠子や大助を育てている気丈な人である。

 珠子は、高校2年生で、母親の孝子に似たのか背丈はあまり高くないが、色白で丸顔に笑ったときの笑窪が可愛く、温和な性格であるが、毎日母親に代わり家事をしているせいか芯は強い。 大助はおそらく亡くなった父親に似たのであろう、同級生の中でも細身だが背丈は高い方で、時々、夕食後の家族団らんの際に、珠子が冗談交じりに
 「大ちゃんと背丈が逆ならばよかったのに・・」
と、背の高い同性に憧れる愚痴をこぼすことがあるが、母親に背丈ばかり高くても、頭が悪くては良いお嫁さんになれないのよ。と、はぐらかされているが、勉強は一生懸命で成績も良く、大学への進学をめざしている。  それに反し、弟の大助は中学1年生だが、どうも勉強にはあまり熱が入らない様だが、運動神経は抜群で学校や町内の球技大会には積極的に参加している、明るく陽気な人懐こい性格で、町内の若者達からも好かれている。

 理恵子は、挨拶したあと自分にあてがわれた2階の部屋に案内されたが、事前に節子母さんが来ていて荷物などを整理しておいてくれたため、部屋は整然と整えられていた。
 隣の部屋は、珠子が利用することにしたので、二人で何でも工夫して自由に使う様にと、孝子から親切に説明された。 
 孝子は説明の合間に冗談めかして
 「近頃、妙に色気ずいてきた大助は、下の部屋に寝かすので・・」
と言って意味ありげに笑っていた。

 孝子小母さんの心尽くしの手料理で夕飯を済ませ、皆がくつろいでお茶を飲みながら、思い思いの雑談を交わしている途中で、大助は珠子と理恵子が隣合った二階の部屋を使用すると聞いて羨ましく思い、つまらなそうに
 「あぁ~ 今夜から、姉ちゃんに就寝中に腹を蹴飛ばされなくて助かるなぁ~」
と皮肉まじりに悪戯ぽく話した。
 以前、隣に寝ていた珠子が夜中に突然彼の腹に足を勢いよく乗せたので、彼はビックリして姉の足をそ~っと彼女の布団に手で押し戻したら、いきなり珠子が 
 「コラッ! H ナコトヲスルナッ!」
と怒り、拳骨で殴られたエピソードを話して、皆を笑わせていた。
 珠子は照れ隠しに
 「理恵子さん、彼は漫画の読み過ぎで混同しているのょ。わたしこそ、汗臭い大助と別の部屋になるので嬉しいゎ」
と、懸命に弁解していた。

 理恵子は、そんな二人を見ていて、話の真偽はともかく、姉弟がいることが羨ましく思えてならなかった。

 

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河のほとりで

2024年09月22日 04時09分04秒 | Weblog

 "光陰矢の如し"と言われているが、平穏な地方の生活では、山並みの彩りが季節の変化を知らせてくれる。 
 人々は静かに流れ行く時の中で、先達から受けずいた生活習慣に従い歳を重ねてゆく。 

 山上理恵子は、実母の秋子を癌で亡くし、実母が生前親しく交際し信頼していた山上健太郎・節子夫妻の養女となり育てられていた。 
 そんな理恵子は、3年間親しく交際していた同級生の原奈津子や小林江梨子と一緒に、泣き笑いの中にも数知れぬ思い出を残し、先輩の織田君に対し心に芽生えた蒼い恋心を胸に秘めて、高校生活を無事に卒業した。 
 開業医院の長女である奈津子は、親も認めている先輩で医学生の彼氏のあとを追って東京の大学へ進学するが、理恵子は両親の勧めで東京の美容専門学校へ、江梨子は親戚の経営する会社に就職へと、夫々に未来に希望を抱いて進むことになった。
 彼女等は示し合わせた様に、3人とも憧れていた東京に揃って上京することを喜んでいた。

 理恵子は、当初、義母である節子の職業である看護師になることを強く希望していたが、3年生に進級したころから何度となく、節子から
  「貴女は一人娘だし、お父さんの希望する様に、貴女の亡き母である秋子さんの経営していた美容院を継ぐためにも美容師に進んでもらいたいわ」
  「お父さんも、その考えがあったればこそ、今までお店の経営を裏面でお世話してきたのだし、いま勤めている美容師さん達も、それを望んで頑張っているのよ」
  「看護師も、白衣姿で外見は美しく見えるが、見た目以上に体力や精神的に厳しい職業で、将来、お店を継がなければならない貴女には、看護師になることは賛成できないわ」
と、事ある毎に説得され、その都度、彼女も亡き母の遺影を見ては、自分の進路を考えてきたが、卒業を控え、やはり節子母さんの考えに従うべきであると思う様になった。
 それにつけても、都会生活の憧れは強く、一度都会の雰囲気にふれてみたいと、父母に対し自分の考えを卒直に話した末に、地元から通学できる美容学校への進学を強く勧める母親の意見にやんわりと逆らい、渋々ながらも賛同してくれた健太郎の承諾を漸く得て、節子と同郷で彼女の高校や看護師の後輩で交際のある、都内に住む知人の家に下宿して通学することを条件に、東京の学校に行かせて貰うことになった。
 節子母さんの忠告は自らの経験を通して若い娘が都会に出れば、予期しない様々な誘惑の罠があることを心配してのことであると、彼女は充分に理解していた。

 理恵子にしてみれば、高校生のとき淡い恋心を抱いた織田君が、東京の大学に進学してからは、地元で乾物商店を母親一人で営む母親に、なるべく学資で迷惑をかけたくないと、休日はアルバイトに精を出しているため、正月とお盆にしか帰らないので、必然的に逢う機会が少なく、そのためか二人の間の感情も薄れて行く様な不安が常に脳裏をよぎり、そのことが心配で上京することに強く拘った。
 健太郎や節子は、理恵子の成長に伴い心の悩みを、普段の生活を通じて充分察しており、話し合いの都度、あくまでも自分の操は自分の将来の幸せのために自分で守ることを言い聞かせておいた。
 理恵子は、その様な話になると、きまって、母親から、時々、若き日のことを愚痴ともつかぬ話を何度も聞かされており、悲恋の苦しみを身にしみて判り、自分は母親の様に廻り道は絶対にしたくないと心に決めていた。

 理恵子は普段の会話を通じてそれとなく知った、父の健太郎が新任教師として地元の高校に赴任してとき、母親の節子の家に下宿していたことから、高校生であった節子は日常の生活を通じて、いつしか担任の健太郎に思慕の念を抱き淡い恋を覚えたが、やがて彼の転勤に伴い別離をを余儀なくされ、誰にも話せない苦い失恋の悲哀を味わい、思いを振り切るために意を決して地元を離れて上京した話を想いだし、そんなとき母親の顔を見ながら、真剣な目つきで瞳を輝かせて、自信満々に
  「お父さん達、わたしを心配してくださることは、本当に有り難く、また、凄く嬉しいことですが、わたし、例え織田君相手でも、そんなに軽率な行動は絶対にとりませんので、わたしを信じて欲しいわ」
と、自分が考えている人生の価値観を説明して、親子の間で堅く約束した。
 事実、時々風呂場の鏡で見る自分の体が外形的には大人の身体に映っていても、精神的には自分でもそんな肉体交渉をする勇気はないと考えていた。 勿論、時折目にする週刊誌などで、性に対する知識を知り、欲望と興味を引くことはあっても、自分にとっては未だ別世界の様に思え、父母に自信をもつて約束ができた。
 美容学校の入学許可通知を受け取ると、理恵子は早速電話で織田君に「近いうちに、わたしも上京することになったわ」と連絡すると、彼は「おぉ! そうか それは良かったなぁ~」と、一ヶ月振りに交わす電話に素直に喜んでくれた。
 

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美しき暦(50)

2024年09月20日 03時34分15秒 | Weblog

 
 理恵子は、朝食後、節子さんが丁寧に用意しておいてくれた制服で装い、前に書いて白い封筒に入れておいた織田君宛ての手紙と、奈津子さんと一緒に求めた、岡本孝子作詞作曲の”夢をあきらめなめないで”のCDを、紫色の小さい風呂敷に包んて学校に向かった。
 節子さんが見送りに出た玄関先で小さい風呂敷包みをチラツトとみて「理恵ちゃん、それなぁ~に」と聞いたが、笑い顔を作り説明することもしなかった。
 登校の道すがら、織田君と逢うのは、この日が最後になるかも知れないと思うと、寂しい気持ちにもなったが、好天のためか、それほど気落ちすることもなく登校できた。

 教室に入ると、皆が、進級と春休みを楽しみにして賑やかに、親しい友達とお喋りしていて騒々しいほどで、若い男女の熱気が満ち溢れていたが、理恵子達三人は、静かな廊下に出て式終了後の予定について話しあった。
 奈津子は、前からの約束でこれまでに何度も訪ねている彼氏の山田君の家に招かれているので。と、午後からの行動を三人でとれないことを申し訳なさそうに話しだすと、江梨子からも同様に、母親と小島君の家にお邪魔することになっている。と告げられ、理恵子は自分一人だけが特別な予定もなく取り残された様で、二人が羨ましい気にもなった。
 おそらく、織田君も上京準備のために忙しいと思うのでデートすることを遠慮し、母と高校生時代の想い出話しを話あって過ごそうと思った。

 式が終了すると、織田君が式場の後部席にいる理恵子のところに来て、周囲を気兼ねして小声で
 「お前、昼から友達と逢う約束でもあるのか?」
と聞いたので、彼女はつまらなそうに
 「奈津ちゃんと江梨子は、それぞれに約束があるみたいだが、わたしは何にもないので家に帰るわ」
と答えると、彼は
 「よし、わかった」「僕も部活の連中と30分位話しをしたら、そのあと公園に行き弁当を食べよう」
 「校門の前で待っててくれ」
と、一方的に告げて同級生の方に行ってしまった。
 理恵子は、弁当など用意してこなかったが、思いかけなく誘われて空腹など忘れて、約束した時間を見計らって校門のところに行くと、奈津ちゃんと出会い、彼女が「一人にしてごめんね」と言っているとき、丁度、織田君が色々詰め込んだとみえ大きなバックを背負って息を切らせて飛んできて
 「やぁ~待たせて、すまん、すまん」
と理恵子に言うや、そばに奈津子がいることに気付き愛想よく彼女に
 「奈津子 これからも理恵子と仲良くして頑張れよ。理恵は寂しがりやで我儘なところがあるので頼んだぞ」
と声をかけ、奈津子も
 「織田君、卒業と大学合格おめでとう」「東京に行っても理恵ちゃんを忘れないでね」
 「これから、山田君のところに行くの」
と、少しはにかんで笑いながら返事をして去って行った。

 二人だけになると、織田君は「天気も暑いくらいで気持ち良いし、公園に行こう」と校舎裏の小高い公園に向かって歩き出したので、理恵子もなにも話かけることなく彼の後ろに黙って付いて坂道を登って行った。
 途中、小川の岩陰になっているところに、フキノトウが三っばかり黄色い花を開いていたので彼女は
 「ねぇ~ 一寸、待っていてぇ」
と織田君に声をかけて、グミや猫柳の枝をかき分けて小川の淵に降りて行き、摘みとったフキノトウの花びらを一枚ずつ剥がして水に浮かべて流しながら、あぁ~、皆も、このように思い思いに別かれて流れて行くんだなぁ~。と、春とゆう明るい季節の裏側の寂しさを思い巡らしていたところ、織田君が「なにしてんだい」と声を掛けたので、彼女は甘えるような声で
 「ねぇ~ その蕾のついた猫柳の小枝を二本位とってぇ」
と催促して、とってもらうと手を引かれて道にあがり、公園に辿りついた。

 椅子に腰掛けながら、織田君が海苔巻きの握り飯を一個理恵子に渡すと、二人して遠景を眺めながら食べ、ペット入りのお茶を二人で交互に飲んだが、二人の間に不潔感は全く感ぜず自然に飲み合いしたことが、理恵子にとって、土手を上がるとき握られた手の感触とあわせ、このなにげないことが凄く嬉しく思えた。
 そのあと、暫く話し合うこともなく彼は景色を名残惜しそうに眺めていたが、理恵子が小さい声で
 「これ、東京に行ったら見てね」
と言って風呂敷包みを恥ずかしそうに渡すと、織田君は
 「なんだい? 何か重要なものか? まぁ~ いいや、その通りにするよ」「有難う~」
と言いながら頭を下げて、さも恭しく受け取るとバックに仕舞ったが、理恵子が猫柳の蕾を見つめながら
 「この花が、わたしの部屋で咲く頃には、織田君も東京の人になっているんだわねぇ~」
と独り言の様に呟くと、彼は
 「そんなセンチなことを言うなよ」「夏休みには、また、逢えるので、そんなに感傷的になるなよ」
 「こんな晴天でも、夕方からは珍しく雪が降るとゆう予報だぜ」
と言って、理恵子を抱き寄せてキスをしてくれたが、理恵子は嬉しさと悲しさとで我慢しきれなくなって涙が頬に零れ落ちるのをこらえきれなかった。

理恵子は帰宅後、廊下のソフアに身を沈めて、これまでの想い出を巡らせながら、沈んだ気持ちで庭先を見ていたら、織田君の言う通り、細い名残り雪が庭の松の木の間をチラチラと風に舞っていた。                

(完) 続編「河のほとりで」 



 

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蒼い影(49)

2024年09月16日 11時52分30秒 | Weblog

 関東からは、花便りが聞こえて来るとゆうのに、雪国では3月末になっても雨や曇りの日が多く天候は冴えない。
 理恵子も、天候に合わせたかの様に心が落ち着かず、なにをしても気が晴れないまま修了式前の日々を送っていた。
 
 そんなある日。 昼食後のお喋りしているとき、奈津子さんから
 「ねぇ~ 明日の土曜日に、久し振りに新潟に遊びに行かない。なんだか、気分がパァッと晴れないので、気分転換にさぁ~」
と声を掛けられたので、理恵子は直ぐに同調し
 「わたしも、そうなのよ。色々買いたい物もあるし、デパートでお食事もしたいしさぁ」
と賛成した。
 理恵子は奈津子の顔を見て、きっと幾ら気が強いと言っても、やはり自分と同じ様に彼氏と離れることで彼女なりに先行きなどで悩んでいるんだなぁ。と、表情から察した。

 翌日の朝、理恵子は母親の節子さんに
 「奈津子さんと新潟の街に遊びに行きたいので、お小遣いを少しいただけません?。少しはあるけど、足りないの」
と話をしたら、節子さんから「何か買い物でもするの」と言われたので
 「う~ん 下着なんかも・・」
と言いかけたら、節子さんは
 「アラッ 貴女の下着類は、普段着や運動着などと一緒に、わたしなりに普段気配りして充分揃えてあるわ」
 「何か、気に入らないもでもあるの?」
と言われ返事に窮していたら、新聞を読んでいた父親の健太郎が
 「母さん 一年間の成績も良かったし、たまに奈津子さんと一緒に息抜きに行くのもいいんじやぁない。奈津子さんと一緒なら心配いらないよ」
と言いつつ財布から札を取り出して
 「ホラッ これで思う存分遊んできなさい。帰りが余り遅くならない様に注意してね」
と言って機嫌良く一万円札を2枚渡してくれた。

 翌日も雨模様であったが、約束の時間に駅で待ち合わせて急行に乗り新潟に向かった。
 新潟まで、約一時間かかる列車の中で、奈津子さんは、先日、江梨子から直接聞いたと言って

 江梨子は来年高校卒業後、小島君と二人で彼女の親戚の人が経営する東京の会社に就職するんだって。 
 彼女達、この前、川辺でデートしたとき二人で約束して、彼女の家に行き例の調子で母親に小島君を改めて紹介すると同時に、自分達の希望を聞き入れてくれなければ、二人で家出をすると大袈裟に言ったら、母親は吃驚してしまったが、気を取り直して
 「なんとか、希望をかなえる様にするから、今後、決して家出なんて物騒なこと言わないでおくれ。頭がおかしくなりそうだよ」
 「それに、小島君は三男だし、この家にお婿さんに来て家を継いでもらえるように、小島君の家にお邪魔して頭を下げてお願いしてみるが、お前のお嫁さんとなると、こりゃ、就職問題より大変だわ」
と宥められたらしいが。と、幾ら現実的な江梨子でも自分の生活の為にはやるもんだなぁ~。と、感心してしまったわ。
 小島君は、彼らしくおとなしく話を聞いていたらしいが・・・

と話したあと、奈津子は、それにしても、わたし達完全に追いぬかれてしまったはね。と、急速に燃えあがった二人の行動の素早さに苦笑いしあった。

 新潟駅につくと、二人は街の中央にあるDパート内を見てあるいたあと、食堂でコーヒーを飲みながら、奈津子が
 「ねぇ~ 理恵ちゃん、織田君に何かプレゼントするの?」
と聞いたので、理恵子は
  「そうねぇ~ 毎日考えているんだけど、迷ってしまうわ」「奈津ちゃんは、どうするの?」
と逆に聞き返したところ、自分同様に迷っていると答えたが、丁度、そのとき、店のBGで夏の甲子園の高校野球のとき演奏された”夢をあきらめないで”とゆう軽快な曲が流されていて、奈津子は
 「わたし、この歌詞が大好きで、いまのわたし達にピッタリだわ」「織田君も、野球をしていたし、いいんじゃない・・」
と言いだし、理恵子も地区予選の応援のとき吹奏楽で演奏して覚えていたので
 「そうねぇ~ メロデーは好きだが歌詞が、いまのわたしには、一寸、自分の心を余りにも正直に表現していて、織田君に心の隅まで覗かれる様で恥ずかしいわ」
と、このCD贈ることにためらった。 それとゆうのも歌詞の中に

 ♪ いつかは 皆 旅立つ  それぞれの道をあるいていく
     あなたの夢を あきらめないで  熱く生きる瞳がすきだわ・・
とか
 ♪ 切なく残る痛みは  繰り返すたびに 薄れていく
     あなたが選ぶ全てのものを  遠くにいて信じている

と、岡本孝子の作詞が、理恵子の心には、寂しく映るのが気になった。
 奈津子は、そんな理恵子の心境を痛いほど理解できたが、自分とて同じ心境だが、いつかこのCDを聞いてくれれば必ずや自分を思いだしてくれるであろうと思いつめて、渋る理恵子を強く促して、音楽ショップに入って行った。
 
  
 

 

 

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