日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (40)

2025年02月26日 04時19分38秒 | Weblog

 昭二の瞼の痙攣は、相変わらず眼瞼がパチクリと続いていた。なんとも奇怪な表情である。
 豪胆な健太も、昭ちゃんの一生を左右する重大な場面で、彼の眼瞼が連続してピクピクする異様な様子を見ているうちに、彼が気の毒になり、このまま痙攣が続いたらどうしようと流石に心配になってしまった。
 大助は、彼等のそんな騒ぎにも無感心に刺身定食を旨そうに食べていたが、珠子が余り心配するので横目で顔をチラット覗いたら幾分青ざめていたので、姉を連れ出す約束は果たしたが、このまま知らぬ振りをしているのもどうかと思い、昭ちゃんに対し
  「僕、前に本で読んだことがあるが、逆立ちして血流を良くすれば治ると書いてあったが・・」
  「ハタシテ ドウカナア~」
と、確信なんて全くないが、咄嗟の思いつきで喋ったところ、健ちゃんも
  「そうかも知れんなぁ~」
と自信なさそうに呟いて同調したので、大助の助言だけに珠子も怪訝な顔をしていたが、昭ちゃんは、この際、何でもしてやろうと考え、必死の形相で、いきなり立ち上がると上着を脱ぎネクタイをはずし靴を脱ぐと、壁に向かい逆立ちをはじめた。
 
 昭二は、運動神経が抜群に優れているだけに、両足を揃え背骨がまっすぐピーンと反り返り、見事な釣り合いを保っていた。 しかも、息が長く乱れず、まるで逆さに生まれた人間の様にその姿勢は微動だにしなかった。 
 奇妙な光景を見た食堂の中の客達が、彼の見事な逆立ちを余興と勘違いしたのか拍手をまじえて微笑を浮かべ、昭ちゃんの逆立ちを眺めていたが、健ちゃんはその素晴らしい筋肉の躍動を見て安心したのか、調子に乗り
  「昭ちゃん、うまいぞ!」 「そのままテーブルの廻りを歩け!」「治るかも知れんぞ」
と気合を入れると、彼を見ていたピアノの演奏者も調子に乗って軽快なマーチを演奏し、昭ちゃんは顔面を紅潮させながら演奏のリズムに合わせて、自分達のテーブルの周囲を一周して席に戻り、荒い息をつきながら椅子に腰を降ろした。 
 昭ちゃんの痙攣は、一向に治まる気配はなかったが、彼の逆立ちが芸人のアトラクションと思ったのか、外人の御婦人がウエイターに千円紙幣を3枚チップとして渡し、昭ちゃんに届けたほどだった。
 
 昭二はウエイターが持ってきた紙幣を見て「バカニスンナ!」と怒り、床に投げ捨てると、健ちゃんが
  「オイッ! そんなに短気をおこすな。落ち着け」
と言って紙幣を拾い上げると、彼は
  「健ちゃん!お前が約束通りサインを守らないからだ」「お前のコーチも当てにならないんだなぁ~」
とボヤクと、健ちゃんは
  「まだ、折角の食事が終わらないうちに、早くサインをだすからだよ」
と苦し紛れの返事をしていたが、これを聞いた珠子が呑気に構えていた大助に
 「大ちゃん、なんか変な空気ネ」「昭ちゃんの、あのウインクのサインはなんなの?」
 「一体、本当はどうゆうことだったの?」
と、少し睨めつける様に話したので、大助は
 「知らん、シラン!、僕に聞いても判らんよ」
と、努めて平静を装って答えたが、内心ではとんだハプニングがおこって困ったことになってしまったと思い、二人の掛け合い漫才みたいな出来事にチョッピリ不安がよぎり、後で真相がばれて、そのとばっちりで、珠子に叱られなければよいがと心が動揺した。
 
 珠子は、大助の今日の案内に不信感を抱き、少し険しい顔つきで、健ちゃんに対し
 「健ちゃん。わたし、折角の御招待ですが、一寸、あなた方の態度はおかしいゎ」
 「昭二さんの、あのウインクの意味はなんですの?」
と聞いたので、健ちゃんは平常心を失い
  「いや~ あれは、僕と大ちゃんに消えてなくなれとゆう、事前に打ち合わせておいたサインですが・・」
と、バカ正直に裏話をしどろもどろに答え、更に
  「あいつ、自殺しなければ良いが・・」
と付け足すと、彼女は
 「あなた達、テーブルの下で盛んに足を動かして蹴りあっていたでしょう」
と追求するので、彼は
  「そんなところまで判っていたのですか」
  「僕と大助が、なかなか退席しないので、昭ちゃんは業を煮やして、とうとう筋肉痙攣を起こしてしまったんですよ」
と、大助にしてみれば案外たやすく白状してしまう健ちゃんに呆れてしまったが、彼女が
 「やっぱり、あなた達には、友情が不足しているみたいだゎ」
と告げて溜め息をもらした。 昭ちゃんは
 「済みません、気分を悪くしないで下さい」
と頭を何度も下げて謝っていた。
 珠子は、おぼろげながらも、彼らの心意を理解して
 「私達、時々、お店で顔を合わせることですので、これからも仲良くしてゆきましょうョ」
と言ってニコット笑った。
 これを機に、その場が再び和やかな雰囲気になったので、二人よりも大助はホット安心して
 「健ちゃん、帰ろう~」と言って促すと、健ちゃんも、今が潮時と思い素直に「そうだなぁ~」と力なく返事をして、大助と二人して食堂を出た。
 危うく昭ちゃんに焼き鳥にされるのを免れた、入り口の鸚鵡が羽を広げて元気良く「コンニチハ・・オハヨウ・・」と鳴いていた。

 ホテルの食堂を出ると、健ちゃんが
 「いやぁ~、また、お前に借りを作ってしまったなぁ~」 「それにしても、珠子さんは、頭が良すぎるわ」
 「お前も、毎日、あの調子でやられては大変だなぁ~」
と、大助に同情しながら、彼の行きつけの駅前の居酒屋風の食堂の前に差し掛かると、健ちゃんは
 「大助!今度は俺が奢るよ」「娘の奈緒と遠慮なく喋ればいいさ・・」
と言って、店の暖簾を威勢よく払いのけて入り、カウンターに二人してならんだ。
 彼らの姿を見つけるやママさんが
 「アラ~ッ いらっしゃい。健ちゃん、昼間から少しアルコールが入っているみたいだわネ」
と愛想よく迎えてくれたが、大助の額の絆創膏を見て
 「アラ アラ いい男が台無しネ」
と話し始めたところに、大助と同級生の娘の奈緒が暖簾の隙間から顔を覗かせて、母親に
 「大助君は体操の選手よ」「クラスの人気者で、わたしなんか近くにも寄せてもらえなのョ」
と、大袈裟に話すと、母親のママさんも
 「フ~ン 奈緒ッ、お前と大助は赤ちゃんの時から、大助君の父親に一緒に抱かれて、まるで双子の様に育ったとゆうのに、中学生にもなると、そんなもんかねェ~」
と呆れたように言って二人の顔を見ていた。

 

 

 
 

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河のほとりで (39)

2025年02月26日 04時17分45秒 | Weblog

 人の動きがけだるく感じる、日曜日の昼頃。 残暑の暑い陽ざしの照映える舗道を、健太と昭二の二人は駅前のホテルに向かって歩いていた。
 健太は、白の半袖シャツに黒色のズボンを履いてサンダル履きのラフな格好をしていたが、昭二は、めったに着たことがないグレーの薄手の背広に涼しげな水玉模様のネクタイを締めて革靴を履き、健太と並んで愉快そうにお喋りしながら歩んでいた。
 健太は歩きながら昭二に対し得意満面な顔をして大助からの電話連絡で、やっとの思いで姉貴の珠子を誘い出すことに成功し、午後1時頃ホテルに行くとの返事を貰ったことを教えたので、昭二は普段にもまして朗らかであった。

 二人は、ホテルの5階にある広い食堂の窓際に席を見つけて周囲を見渡したが、客の入りが半分位で、少し離れた席には外国人の女性3人が賑やかにお喋りして食事を楽しんでいた。 フロアーの隅では黒のドレスで身を装った若い女性が、食欲をそそる様な柔らかい曲をピアノ演奏しており、昭二が憧れの珠子に語りかけるのには、落ち着いた雰囲気が店内に漂っていた。
 健ちゃんは、椅子に座るや先輩らしく真面目な顔で昭ちゃんに対し
 「お前は、肝っ玉の小さいところがあるので、今のうちに少しワインを飲んて気持ちを大きくしておけ」
 「俺は、ビールをご馳走になるから」
と言って早速注文をし、運ばれて来るや二人は勢い良く呑み始めた。
 健ちゃんは、呑みながらも昭ちゃんに、自分が経験した女性に対する口説き方を懸命にアドバイスしていた。

 二人がアルコールで気分が乗ってきたころ、約束通りの時間に、大助が浮かぬ顔をして珠子を連れてやって来た。
 健ちゃんと昭二の二人は、大助の浮かぬ顔を見て、珠子を誘いだすために口説くのに相当苦労したんだろうな。と、少し可哀想におもった。 
 珠子は休日のため、薄水色のワンピース姿で胸に桃色のリボンつけていたが、背丈は人並みだが痩身で面長の肌が白いところが、体形的に如何にも大助と姉弟であることが一見して判り、高校生3年生にしては大人びいた落ち着いた雰囲気を漂わせており、彼女を見た健太と昭二を爽やかな気分にさせた。
 昭ちゃんは、彼女の希望でカルピスとサンドウイッチを、健ちゃんと大助には、約束通り特上の刺身定食を注文したが、ウエートレスが定食を運んでくると健ちゃんは、昭ちゃんを一層勇気ずけるためにオンザロックとビールを追加注文して、皆が、町内レクリエーションに催すソフトボールの話などをまじえ、あれこれと話が弾んで食事を楽しんだ。

 昭ちゃんは、オンザロックが効いてきたのか、何時になく冗舌になり、珠子さんに対し
  「健ちゃんは、体が大きいため運動神経が鈍く、それに店の営業の仕方も僕が、時々、教えてやっているんです」
と言い出し、聞いている健ちゃんは<オイオイ 少し話が行き過ぎでないか、大事なときに脱線しやがって・・>と思ったが、事前にコーチしたのは自分だし、オンザロックを余計に飲ませすぎたかなと思い反論するのを我慢していた。

 そのうちに、昭ちゃんが事前の約束とおり健ちゃんにウインクしてみせたが、彼は、この楽しい雰囲気から家には帰りたくなく、それに、虫の居所が変わったのか良く考えてみると、珠子さんを昭ちゃんに一人占めにされるのも癪に障り、昭ちゃんのウインクを無視して刺身を肴に飲み続けていたところ、昭ちゃんは業を煮やして今度は、テーブルの下で健太の足を蹴飛ばしてきたので、彼も昭ちゃんの足首を踏みつけてやったら、昭ちゃんは、続けざまにウインクを連発して、怒りを押し殺して睨み返して来た。

 二人が攻防を繰り返しているときに、突然、昭ちゃんが「アッ!」と呟いて掌で右目を抑えたので、ビックリした珠子さんが
 「どうしたんですの?」「目に飲み物でも入ったの・・・?」
と、心配そうに昭ちゃんの顔を覗きこんで尋ねた。 
 昭ちゃんは、うろたえながらも
 「いいえ、ここんとこの筋肉が痙攣を起こして、動きが止まらなくなったんです」
と瞼に手を当てて答えると、健ちゃんが「どれどれ」と言って立ち上がり、彼の手をどけさせてみると、右の瞼が、ヒクヒクとウインクを繰り返しており、健ちゃんも怪訝に思い
 「昭ちゃん無理するからだよ」「水で冷やしてみたら・・」
と言うと、珠子さんが大急ぎでカウンターから冷えたお絞りを借りてきて、彼の目に当てて冷やした。
 そんな優しい仕草も、健ちゃんに嫉妬の気持ちを駆り立たせた。
 運悪く、丁度その時、反対側の席に中年の派手な着物を着た3人連れの女性客が座り、その中の一人が、昭ちゃんのウインクに気ずき、自分にしてくれていると勘違いしてニヤット笑ってウインクを返してきたので、昭ちゃんは「チェッ!」と舌打ちして椅子をくるっと回して入り口の方に向いてしまった。
 すると今度は、昭ちゃんと健ちゃんの声に刺激されたのか、鳥篭のオームが「コンニチハ・・ ドウシマシタ・・」と、とぼけた口調で喋りだした。 
 彼は、いまいましげに籠の中の鳥を睨みつけ
 「コノヤロウ 焼き鳥にして食ってしまうぞ!」
と思わず叫んでしまった。
 大助は、最初のうちは自分の役目は終わったと食事に余念がなかったが、昭ちゃんの異変に食事の箸を休めて様子を見ていたが、頭の中では苦労してデートの機会を作ってやったのに、これではだいなしだわ。と、彼等の調子に乗った態度を忌々しく思い、あとで自分達の計画がバレテ姉貴が機嫌を壊さねばよいがと、自分にとばっちりが来ることを恐れ心配になってしまった。

 健ちゃんは、珠子さんに対し落ち着いた声で
 「若しかしたら、昭ちゃんはビタミン不足かも知れませんね」
と知ったか振りを装い説明して、昭ちゃんに
 「オイッ! 八百屋だからっていって 普段、野菜や果物ばかり食って入るんじゃないのか」
 「俺の店の肉をもっとたべるんだなッ!」
と、からかい気味に話すと、珠子さんが昭二をかばう様に
 「そんなことないと思いますゎ」「健ちゃんの友情が不足してるんでないかしら」
と皮肉を言うと、健ちゃんは慌て気味に
 「ソッ、そんなことないですよ。ま、まだ食事が終わった訳でもないし、突然奇妙な病気を起こすなんて、友情の不足は、コイツの方ですよ」
と釈明に努め大助を見つめて救いを求めた。大助は箸を置くこともなく無関心に
 「ドウヤラ マタ シクジッタミタイダナ」
と呟いて、食べることに余念がなかった。
 珠子は、突然のハプニングに言葉を失い少し間をおいて
 「貴方達お二人は仲が良すぎて、男性の友情って素晴らしく、わたしには本当に難しい問題ですネ」
と思いつきの返事をして、ナプキンで口元を拭ってクスクスと笑った。
 健ちゃんは、珠子に返す言葉も無く、大助の応援も期待出来そうに無いので、昭ちゃんの運の無さに呆れて渋い顔で刺身定食をヤケグイしていた。
 
 
 

 
  

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