大助は、珠子と共にお世話になった健太郎と節子に駅迄送られて来てお別れの挨拶していると、少し離れたキャサリンの後ろに隠れている美代子を見つけ、彼女の傍に行き
「美代ちゃん。とっても楽しい夏休みを過ごさせてくれ、僕、忘れられない思い出が沢山できて有難う」
「盆踊りのスナップ写真が出来たら送ってくださいね」
と言葉をかけたところ、キャサリンが
「この子は朝から機嫌が悪く、お爺さんさんから、お友達を見送るとゆうのに朝から何をメソメソしているんだ意気地なしが。と、小言を言われていたんですょ」
と彼女に代わって返事をしたが、彼女は母親の背中に顔を当てて涙ぐんでいた。
これを見ていた姉の珠子が、あたりをはばからずに強い調子で
「大ちゃん、美代子さんは寂しいのよ。 お礼を言って慰めてあげなさい」
と言ってくれたので、大助はこんなこと初めてなので少し躊躇したあと、姉と理恵子さん達に見らていることも気にせず、彼女の傍らにゆき咄嗟に彼女の手をとり
「なんで涙なんて流すんだい。そんなことでは、僕、帰りずらいよ」
「今度、冬休みにはスキーに来るから、そのときは回転が上手くなる様に教えてくれよな」
と、まだ、姉にも相談していないことを思いつきで言って慰めたところ、彼女はハンカチーフで涙を拭い、小さい声で
「キットョ ワタシ マッテイルカラネ」 「サビシイトキ デンワヲシタリ オテガミヲ ダシテモ イイデショウ」
と不安そうな表情でハンカチーフで口を押さえてボソボソと呟いて尋ねたので、彼は
「勿論いいさ。兎に角、元気を出して勉強を頑張り、来年は必ず東京の高校にくるんだよ。待っているから・・」
と語気を強めて返事をしたあと、振り向いて理恵子や珠子の顔をチラット覗いたら微笑んでいたので、その笑い顔を見て、彼女を慰めるために勝手に言ったことだけど、どうやら冬休みに美代子に約束を果たせるかなと思い安堵した。
キャサリンは美代子の態度が恥ずかしなり、彼女に対して「こんなに貴女のことを気遣ってくれるお友達は滅多にいないのよ。わかるでしょう」と話して諭していた。
大助も、美代子に懸命に話しているうちに、初めて経験する親しい女友達と別れる難しさで、心の中に訳の判らないモヤモヤとした風が吹き抜けて行く様な複雑な気持ちになった。
大助は夏休みを過ごして、中学校に通い始め、久し振りに顔を合わせた友達と、それぞれのひと夏の体験を話し合い、勉強と部活に元気良く臨んだ。
彼は、2学期に入ると柔軟でスピード感のある運動神経をかわれて、担任の教師や友人に誘われ部活を野球部から体操部に変更したこと。
それに窓際の席に変わり、学級委員の葉山和子と隣り合わせになったこと以外に変わりなく、部活の鉄棒や按摩などの練習に熱心に取り組んでいた。
和子はクラス全員が認めている学業成績が群を抜いているが、級友と接する態度にどこか冷たい感じを与えるところがあり、大助も彼女には一目おいて苦手意識もあり、これまでにあまり話し合ったことがない。
大助は、長身で細身の体形から、白の運動着が良く似合い、鉄棒ではメキメキと腕をあげ、たちまち部員達の人気者になり、自身も、それまでの野球部の補欠とは違った楽しさを覚えて、正選手になろうと興味を沸き立たせた。
最近、鉄棒で手を滑らせて着地に失敗して、右額に絆創膏を張ってはいたが、体操の面白さに取り付かれていたので、仲間から、とりわけ女子部員から冷やかされても、特別に気にもとめなかった。
唯、授業中に教室から見える屋外体操中の組の中に、何気なく女生徒を見つけたとき、夏休みを共に過ごした美代子のことがフイと頭をよぎり、今頃、どんな授業を受けているのかなぁ~。と、想い出だし見とれて授業に集中できなかったことがあった。
そんなとき、隣の和子が鉛筆で腕をつっきメモ用紙に<何を考えているの?>と書いて彼の前にソット差出し、意味ありげに軽く笑っていた。
土曜日の夕方。 姉の珠子に言われて買い物に出かけて肉屋の前に差し掛かると、健ちゃんが大きい声で
「おぉ~ 大助!」 「お前、何時帰って来た」 「暫く見えないので、皆が、心配していたぞ」
「昭ちゃんなんか、お前、普段、勉強をしないで野球に夢中になっているので、珠子さんが遂に頭に来て、お前を何処かに拉致して監禁し、この暑いのに猛烈に勉強の特訓を受けて絞られているのかなぁ~」
と心配し
「できれば、俺が代わりに行ってやりたいよ」
「あいつも、美人で頭の良い姉を持っただけに可愛いそうだなぁ~。と、気を揉んでいたぞ!」
「昭ちゃんも、お前のデートのコーチが下手糞で、珠子さんに思う様に逢って話せないないので、落ち込んでいるよ」
と話しかけたので、彼はムキになって
「健ちゃん、誰がそんないい加減なことを言ったんだい?」
と聞くと、健ちゃんは
「ミツワ靴屋のタマコちゃんだよ」 「彼女も、お前には呆れてもう逢わないといっていたぞ。どうやら見事に振られたみたいだな」
と言うので、自分の思い込みと違ったのでフフッと笑いながら
「チエッ! タマコのヤツ出鱈目を言いやがって」「僕も、もう遊んであげないヤッ!」
と返事をして買い物を忘れて去ろうとすると、噂をすれば影とやらで、彼にとっては運悪くタマコちゃんが、お爺さんと買い物に通りかかり、彼を見つけると
「アラッ! 大ちゃん帰ってきたの」 「わたしを、放りだして何時まで遊んでいたのョ。もう遊んであげないわ」
「珠子姉さんに油を絞られていたんでしょう?。いい気味だゎ」
「その額の絆創膏は、そのとき、しごかれた記念なの?」
と言うので、彼は怒ってやろうと思ったが、お爺さんが怪しげな目つきで見ていたのでグッと我慢して
「お前、運動しないで美味しいものばかり食べていたから、また、少し太ったみたいだなぁ~」
「宿題はチャントしたのか、僕がいなくて困っただろう」
と、彼女の一番気にしていることを皮肉ぽく返事したら、少し耳の遠くなった頑固で気難しいお爺さんは、何か勘違いして
「大助君 タマコも君がいないと寂しがって、わしや婆さんに当り散らし、その度に嫁さんに叱られていたので遊びにおいで。ウ~ントご馳走してあげるから」
と言ったら、彼女は、お爺さんの足を軽く蹴り
「お爺ちゃん、チガウノ!」 「大ちゃんが遊んでばかりいるから、注意してョ」
と文句を言って、お爺さんの手を引いて行ってしまった。
大助も、健ちゃんの話に気をとられコロッケを買うのを忘れて、その場を去ろうとしたところ、健ちゃんが
「大助! タマちゃんに振られたくらいで、そんなに落ち込むな」
「俺が、お前や昭ちゃんにとって名案を考えついたので教えてあげるから・・」
と彼を店の奥につれて行き、健ちゃんは真面目な顔つきで、昭ちゃんが思いを寄せる珠子さんとデートする作戦を念入りに説明しはじめた。
健ちゃんが熱を入れて説明した内容は
昭ちゃんが、夏のボーナスを使って駅前の高級レストランに招待するから、お前は、珠子さんを<秋の町内運動会の野球に出る相談したい>と、理由をつけて連れて来い。 俺たちは先に行っているから。
レストラに入ったら何でも好きなものを飲み食いしても良いと昭ちゃんが言っているので、遠慮しないでご馳走になろうぜ。 そして、昭ちゃんと珠子さんが話し合い始めたら、昭ちゃんが俺にウインクして合図するので、俺とお前は退席するのさ。 どうだ、俺の考えはお前のコーチより上手いだろう。
と、いったデートの作戦だったが、大助は、姉に嘘を言うことにためらいを感じ、健ちゃの話の勢いに圧倒されながらも
「それは一寸無理だよ」「恐らく、野球なんてしないッ!と一言ではねつけられてしまうよ」
「一層、正直に話した方が良いと思うがなぁ~」
と返事をすると、健ちゃんは
「そ~うか 珠子さんもしっかりしているからなぁ~」「あとで、お前がえらいい目にあうかもしれんしなァ~」
「然し、俺も昭ちゃんに約束してしまったし、兎に角、お前に任せるから、連れてきてくれよ」
と頼まれ、なんか自信がないが仕方なく返事をして、腑に落ちない気分でコロッケを思い出して買うと思案しながら帰宅した。