Kanaheiのデンマーク生活

糖尿病の勉強をしたくてきたデンマークでの紆余曲折な生活を日記として残しています。

イタリア結婚ツアー4~自由行動~

2008年11月17日 | 結婚関係
 ポリニャーノ4日目。

 朝、テラスにてベイビーティモをあやすカロラの声で起床。ゲストを放っといていつまでも寝ているわけにはいかず下へ降りていくと、ちょうど「ちょっと散歩にいってくる!」とクラウスがランニングの格好でさわやかに出て行くところ。
 彼はもともととってもアクティブな人ですが、この日は朝っぱらから近所をぐるりとランニングし、さらに海でもひと泳ぎしてきたそうです。カロラも朝から元気だし、まったくもって私&ヨナスと対極のさわやかアクティブ夫婦。

 母と兄の清ちゃんも時差ぼけなのか、早くから起きてリゾット米のごはんを炊き、サラダ、目玉焼き、アンチョビ(イタリア滞在中に母が気に入ったおかず?)で朝食をとっています。パン食でも何でも食べれる人達ですが、さすがに朝ごはんにはご飯が恋しくなるようで、無理矢理がんばって日本風朝食をイタリア食材で作っておりました。

 みんなもぼちぼち起きてきて、朝食をそれぞれ食べた後は希望者で食材などの買い出しを兼ねてのポリニャーノ散策。
 サマーハウスでの共有の食材、ものは、みんなから20ユーロを集め、そこから朝食のパンやらヨーグルト、トイレットペーパーなどを買うことに。ランチや夕食で食べたいものをみんなそれぞれ買い込み、途中でジェラートを食べたりしつつ、なんだかわかんないうちにバラバラとみんな散り散りに。さすがデンマーク人達。まとまりなし。

 そういえばこの買い物の途中、旧市街で結婚式へ向かう花嫁側の団体に遭遇。あら、と思って立ち止まってみていると、その横にはそれを撮影しているイタリアのTV局。じーっとその撮影なんかをみていると、そのリポーターみたいな女性が突然、「観光客ですか?ポリニャーノについてどう思うか、インタビューをちょっと撮らせてもらってもいいかしら?」と。
 いやー、観光客でありつつ、実は明日ここで我々も結婚するんですよーと言うと、「えー!じゃあぜひ!」と打ち合わせもほとんどないうちにカメラが回りだし…。Kanahei、ここ1、2年ほどインタビューをやたら受けまくりです。
 打ち合わせなし、ボロボロの英語でおどおどしつつ、なぜポリニャーノ?!という質問などに答えつつ(いやーきれいだし、魚がおいしいし…)、仕舞にはその番組名をそれぞれの言葉(デン語と日本語)で言えと。たしかgood luck、Have a nice dag、みたいな意味だったのですが、惠子さんと「そんなの、日本語でないよねえ…」「ごきげんよう、とかでいいんじゃん?」と、カメラに向かって「ご、ごきげんよう!」と微笑む私。あの映像を誰も日本人が観ていなかったことを祈ります…。
 
 その後サマーハウスに戻ると、昼からワインを開けているトーマスとビャーク。それぞれショッピングで買って来たフルーツだのワインだので、テラスでヒュゲ。みんなでプーリア風フォッカチャ(生トマトとオレガノ入り)、スイカなどをみんなで食べた後、私はヴァレリオ青年のガイドで、美容院へ打ち合わせに。

 イタリアへ来る直前までウェディングヘアカタログとかネットで検索しまくり、「あーもうどうしてこう、長い髪でなきゃできないような、しかもスーパーファンシーなヘアスタイルばっかなの?!」とキーッとなりながら、「もうこれでいいわい!」と適当に選んだ髪型をプリントアウトして持ってきたのですが、美容師さんは「まあ、ちょっと短いけどどうにかなるでしょ」と、あっさり承諾。
 一応、イメージがわきやすいようにとドレスも持っていったのですが、それをみて美容師さん「なにか髪飾りはあるのか?」と。え!そんなの用意している暇なかったよ!すると、「あーあー、オッケー」とよくわからない返答。ヴァレリオは「彼女はポリニャーノで評判のとても上手な人だから、大丈夫!」とさわやか笑顔ですが、見知らぬ土地(の、ど田舎)、皆無のイタリア語、しかも一生に一度の結婚式。どうなることか…。

 どうでもいいんですが、生理前はどかんとホルモンバランスが崩れる私。ゲストを一気に迎えて、尚かつ結婚式前日。様々な心労がたまって午後はダウン。未だにそれを後悔ですが、私が寝ている間に他の人達は海へ遊びに行ったようで、後から聞いた話と写真によると、本当に楽しかったそうで。

 崖の上に立つ町ポリニャーノでは、毎年「崖から飛び込み大会」が開催され、ちょっとした飛び込みの名所(って明るい意味で)。私も一人ではちょっと勇気がありませんが、誰か一緒にだったらぜひ一度思い出に10mくらいのところから飛び込んでみたかった…。
 アクティブなクラウス、飛び込み好きのラスムス、男だったら飛び込むぜ、なトーマスがそれぞれチャレンジしたそうで、うらやまし~~~!寝てる場合じゃなかったぜ!

 さて、この日は夜、希望者で外食に行こうと思っていたのですが、思ったほど参加者が募らず、結局ヨナス、トーマス、ビャーク、で女子は私だけになってしまったので、彼ら男だけで行ってもらうことに。コペンでのポルターアーヴェンが出来なかった分、親友同士楽しんで来いと。

 家に残って自炊組はそれぞれ色んな食材を買い込んできており、キッチン争奪戦をくり広げつつ、それぞれ色々作っていました。日本女子組はデン人が「地獄の生き物」と恐れる(?)タコでマリネを作り、魚を焼き、リゾットを作り、ポリニャーノシーフードを堪能。そしてちょうど夕食の出来上がりと共に、仕事で遅れてきた美子嬢到着!これでゲスト全員集合です。

 ようやくごはんをモリモリと食べ始めると、すでに食べ終えていたマリアさん達が、「Kentorp Kirkegaard家から冨田家へ」とプレゼントを持ってきたので、こうしちゃおれん、と、こちらも母が日本から持ってきた彼らへのプレゼントを渡すことに。

 ヨナス父からのプレゼントは画家でもある彼自身が描いた絵、ヨナス母からは北欧らしいデザインのネックレス、その他にもロイヤルコペンハーゲンの置物だったり色々。うちの母からはなぜか「う、右翼?」な天皇家の菊の文様入りグッズ(シンプルでいい、と好評…)、「祭」と書かれたハチマキ、風呂敷(スカーフに応用されたけど…)、日本人形など。
 母はヨナス家族から贈り物なんてまったく期待していなかった分、感激してウルウルとしており、熱い抱擁まで交わし、両家とってもいい交流になりました。(あれ、でもヨナスどこ?みたいな)

 その後軽く翌日の打ち合わせをした後、それぞれ部屋に戻ったのですが、私は惠子さんが「大切な日の前に」とくれた、なんとSK-llのパック(!)でこの生理前の荒れあれ肌リペアのため、お風呂へ。
 しかし、この日のヨナスの気遣わなぶり、自分の楽しいことのみで、他の細々した仕事、準備はすべて私ということにかなり腹が立っており、しかも私は生理前のスーパーエモーショナルな精神状態。疲労は既にピーク。重要な明日を控えて緊張もあり、男同士さんざん飲み歩いて楽しんで帰ってきたヨナスに対し、風呂場でブチ切れ!だーだー泣きつつ「この役立たず!」と責め立て、酔っぱらってるヨナスも反論、事態は留まるところを知らず、泥沼へ。

 すると惠子さんがバスルームの外で、「kanaheiちゃん、本当~に申し訳ないんだけど、下で寝るね…」と。やばい!この口論で起こしてしまった!ヨナス!すぐに彼らのところいって謝ってきて!もう私達も寝るから、大丈夫だからって!早くいけ!」と、ヨナスを差し向かせて、私達の口論も強制終了に。

 しかし後から聞いたのですが、実は彼らに私達の口論はまったく聞こえておらず、ただ、私の兄こと清ちゃんと同じ部屋のロフトで寝ていた惠子さんとラスムスは、清ちゃんの公害とも言える壮絶ないびきに耐えられず(清ちゃんは鼻が悪い)、平安を求めて階下のソファーへ避難したのですが、そこへヨナスが来て恐ろしく不機嫌な様子で「もう済んだから。上で寝ろ」と。
 せっかく安眠できるかと思いきや、「え、済んだって(いびき?)…。大丈夫だよ、ここで寝れるから…」と言うも、ヨナスが「いいから上で寝ろ!kanaheiちゃんが怒る!」と言い張るため、「きっとなん十万もする高いソファーだから、ここで寝てヨダレとか垂らしたら困るんだよ…」と仕方なく部屋へ。
 しかしやっぱり変わらずの大いびきに、惠子さんとラスムスは、「耐えられない…、でもヨナス怖いし…」と、結局私達が寝静まったころを待って、再び階下へ避難し、私達が起きだしてくる前、明け方にまた部屋へ戻ったのだとか。

 誤解が生んだこととはいえ、本当に二人には申し訳ないことをしました…笑。今となっては爆笑ものの良い思い出です、よね!?
 ちなみに清ちゃんには翌日から3階の簡易キッチン横で寝てもらい、みんなしっかり安眠できたのでした。



イタリア結婚ツアー3~ゲスト到着!~

2008年10月20日 | 結婚関係
 8月27日水曜日。午前中はまたまたポリニャーノ市庁舎へ。今度はいよいよ式を取り仕切ってくれるリノ、そして前日にお説教をくらったカウフマンと式の段取りなどについてミーティング。
 またもや迎えに来てくれたヴァレリオ青年の車で向かい、市庁舎でリノとほぼ2ヶ月ぶりくらいで再会。
 リノ、一応市長さんという噂なんですが、この日の格好がまぶしいほど真っ赤なポロシャツ(もちろん襟立)、オフホワイトのスリムパンツ、グッチのモノグラムローファーにグッチのポシェット、裕次郎風サングラス。かっこえー!!デン人がこれ着てたら間違いなくゲイかなんかだけど、イタリア人のリノだと妙に似合います。

 そんなリノとカウフマンの部屋で事務的な質問にいくつか答えていったのですが、法的なことへの質問にヴァレリオの英語、限界!「えーと…、もし、離婚、どうする?だから、えーと、離婚は、えーと…」と、一生懸命説明を試みているのですが、何度も「離婚」という言葉が。ちょちょちょっと、これから結婚するんですが(縁起悪い)?!カソリック教国のイタリア、もしや離婚とか認められないけど、いいのかとかそういう質問?!まさか!
 そのうちリノとカウフマンの片言ドイツ語(リノは3ヶ月ほどドイツにいた)まで飛び出したのですが、理解不能。なんなの離婚てー!
 結局「よし!ラースに電話しよう!」ということで、またしてもラース呼び出し。本当にもう、ラースとペニーラがいなかったらこの結婚式、どうにもならなかった…。
 ラースの通訳によると、「夫婦になることで財産を完全に共有するか、結婚前のように各自のものとしていくか」という質問だったようで…。はーもう、ドキドキしたよ、ヴァレリオ…。

 その後、式を市庁舎のどの部屋を使ってやるかを決め(一つは議会をやる部屋だったので、もう一つの市長の部屋でやることに)、市庁舎での段取りは終わり。本番は明後日。

 サマーハウスに戻り、夕方以降のゲストの到着に備えて各部屋に寝具やタオルなどを置いたり、もろもろと片付けをし、夕飯の買い出し、夕飯作りへ。
 カロラ&クラウスは生後2ヶ月のティモがいるので、前日からローマに泊り、ポリニャーノまでは電車で。ヨナスの家族はローマからレンタカー、ヨナスの親友ビャーク&トーマスと惠子さん&ラスムスはローマから一緒にレンタカーでやってきます。ていうかみんないつ頃到着するんだろう、と何度も電話したのですが誰もつながらず、やきもきハラハラしつつ待ち続ける午後。
 結局誰の電話もつながらないまま、とりあえずお腹空かせて来るであろうみんなのために夕飯を作りつつ待っていると、突然ピンポーン!なんと全てのゲストがそれぞれ15分ほどの差でそれぞれ到着。
 電車で来たカロラ達は、電車で仲良くなったポリニャーノの若者に「タクシーでサマーハウスまで行きたいんだけど…」と聞くと、「タクシー?ポリニャーノにはタクシーなんてないんじゃないかな…いいよ、赤ちゃんもいるんだし、僕たちの車で送っていってあげる!」と親切に乗せてもらったのだとか。
 マリアさん達は、離婚した両親も一緒にコペンの空港から10時間近く一緒に旅を続けてきたため、もうぐったり(日本人の私としては離婚した両親が一緒に行動するなんて、それ自体ちょっと信じられませんが)。おまけにポリニャーノの車1台ギリギリの細~い路地でさらに憔悴。ご苦労様です…。
 ビャークの運転でやってきた惠子さん&ラスムスグループは、腰痛持ちのビャークが一刻も早く到着したいがために「恐ろしいスピードだった…」と、スリル満点の旅路だったようで。
 とにかく一気に人が増えたサマーハウス、それはもうわいわいと急に活気で満ち満ちてきました。みんなそれぞれ本当に長い道のり、よく来てくれました。とっても疲れていたはずだろうけど、きっとこのすごいサマーハウスと海の眺めで癒されたのでは?

 そんなわけで、みんな無事についたことを祝してテラスでめぐちゃんが腕をふるってくれた食事を囲んで乾杯!みんなでおいしいごはんを食べて(いや、本当においしかった)、おいしいお酒を飲んで、初対面でも言語が違ってもそれぞれ楽しくおしゃべりしたりして、本当に素敵な「はじまり晩餐」でした。



イタリア結婚ツアー2~お役所対決の巻き~

2008年10月08日 | 結婚関係
 8月26日。波の音で起床。だって窓の向こうは海ですもの。なんてところ。

 さて、起きたはいいけど何も食べ物がありません。てことで町へ買い物へ。スーパー(というか万屋?)と八百屋でトイレットペーパーやら果物やらを色々買い込んでも、デンマークより安い安い。


お食事はもちろんテラスで海を眺めつつ。

 その後、市役所のボスであり、結婚式を執り行ってくれるリノに、結婚式の打ち合わせのため電話。すると「I COME 5MIN」と超シンプルな返事がメールで届き、しばらくするとピンポーンと誰かが来ました。
 ドアを開けると、くるくるパーマの若い男の子が「ハーイ。リノのアシスタントです」と英語で登場。彼の名はヴァレリオ。人懐こいかわいらしいキャラで、きっとデンマークに来たら「かわいいぼうやね」と、がつがつのデン女性(30代以上独身)の餌食になること間違いなし。
 そんなかわいらしい彼、こんなやっかいな外人カップルの結婚式のアシストなんか頼まれたがために、この先数々の困難が・・・。

 私たちは「とりあえず書類は揃ったことだし、あとはリノと結婚式の段取りだけだね」なーんて悠長に、そして手ぶらでヴァレリオの車に乗り込み、リノがいると思われる市庁舎へ。しかしヴァレリオ、「リノ?彼は今日バーリの別のオフィスだよ。だから僕が来たんだよ」と。え?じゃあ我々何するの・・・?

 何もわからないままポリニャーノの市庁舎へ連れて行かれ、「ここがボスの部屋。ちょっと待ってて」と言われるがまま待つこと数分。通されたのはカウフマンさんという女性の部屋。このカウフマンというおばさん、見るからに怖い。しかも前の人と何か揉めてたのか、ピリピリオーラを放ってます。
 まずヴァレリオが何やらイタリア語で説明すると、カウフマン「じゃあ書類を」と。しかし手ぶらの我々。ヴァレリオも「手ぶらなの?!」とびっくり。ごめん・・・だって何も知らされてないし・・・。
 これはカウフマンの怒りに触れたようで、イタリア語でばりばり怒られるヴァレリオ。いや、悪いのは彼じゃなくて~。ていうか怖いぜ!カウフマン!何も言えず、呆然と怒られているヴァレリオを見つめる我々。「い、今すぐ家に帰って書類持ってきますから・・・」と3人でそそくさと怒りのカウフマン部屋を脱出。

 車に戻りつつ「ごめん、ヴァレリオ、まさかここで何か手続きがあるとは知らなかったんだよ・・・」と謝ると、「いやーいいんだよ!あの人いつもヒステリーだから!」と、さわやか笑顔ですが、明らかにカウフマンの強烈ジャブでダメージ大。

 サマーハウスへ書類を取りに戻り、またすぐに市庁舎へ。びくびくとひれ伏す勢いでカウフマンに書類を渡すと、無言でチェックを始めました。これってなんなの?リノにはすでにチェックをしてもらってオッケーもらってるんだけど・・・。カウフマンは何者?リノのボス?
 チェックをしつつ「こっち(私の)はオッケー。・・・男の方のは?なにこれ!コピーじゃないの!どういうこと!?」と再びカウフマン沸騰。第2ラウンド、ファイト!カーーン!(ゴングの音)
 でもヨナスの分はすでに在イタリアデンマーク大使館から、ペニーラがサマーハウスにいた7月に直接送ってあり、彼女からリノに渡され、チェック済みのはず。なので「原本はリノが持ってるはずですが!」と説明するも、なぜか話は混乱。コピーではなく原本を!と怒るカウフマンと、原本はリノが持ってるんだってば!と、両者にはさまれてますます混乱のヴァレリオ青年(気の毒)。

 らちがあかないのでそれぞれ電話を取り出し、我々はペニーラに、ヴァレリオはリノへ電話。すると「原本はリノに渡してチェックしてもらったわよ。で、オッケーだっていうから、サマーハウスの冷蔵庫の上に置いてあるけど」と、ものすごく大事な情報を我々に伝えていなかったペニーラ。彼女らしい・・・。原本がそんなところにあるなんて知らないよ・・・。結局リノの方とも話がついたようで、ヨナスの書類もしぶしぶオッケー(どうしても原本をチェックしたかったらしい。どうやらこのカウフマン、名前からもわかるようにドイツ人が入っているようで・・・だからこの几帳面さ?)。

 その後ぐったりのヴァレリオに連れられ、市庁舎そばの郵便局へ行き、収入印紙のようなものを購入(デンマークの書類に貼る方が私の倍以上高かった。なぜ?)。
 さて、これで終わりか!と思いきや、「じゃー午後はプーリアの県庁があるバーリまで行くから!14時に迎えに行くよ!今度は絶っ対書類を忘れないでね(真顔)」とヴァレリオ。まだあるの?!しかも県庁!?

 お昼ごはんを食べた後、またしても午前中の疲れを忘れたようなさわやかさでヴァレリオ登場。彼の運転でバーリへ向かって海沿いの道をかっ飛ばします。
 バーリまでは1時間弱で着き、そのまま県庁へ。どうでもいいのですが、車を止めた県庁そばになんと「初代」という寿司屋発見。南イタリアのど田舎で(まあバーリはプーリアの州都ですが)!しかもこの海産王国の寿司、ネタに期待できそう。


バーリ県庁前。県庁前の大きなシアターが「重要な建物」とヴァレリオ。

 さて寿司屋に後ろ髪引かれつつも、ヴァレリオに連れられ、またしても説明一切なし、何が起こるのかさっぱりの状態で県庁のとあるオフィスへ。
 しばらく待たされて通された部屋には、また!おばさん職員(大ボス?)!しかもこの人もまた不機嫌!カウフマンで経験済みの我々は恐る恐る書類を提出すると・・・また怒りだしたー!イタリア語で全然わかんないけど、老眼鏡をふりふり怒ってます!今度はなにー?!

 なんとなくわかった状況として、外国人がイタリアで結婚するにあたり、婚姻具備証明を在イタリアの自国大使館に作成してもらうのですが、大使館はそれを結婚式を行う市町村の県庁にFAXでコピーを送らなければならないそうで。
 なぜって?そこはあなた、ペーパーワーク大好きのお国イッターリア。日本やデンマークのように書類を市庁舎に提出してはい、終わり、なんて問屋が、もとい、役所が許さないのです。なので県庁は大使館から直接送られてきたFAXと、申請者が持参した原本、そして県庁に保存されている「各国の国印表」を用いて「偽装はないか~?」とじっくりまじまじチェック。ていうか、なんのための原本・・・?


県庁内。みんなボスキャラ対決(は私達だけ?)を前にピリピリムードで順番を待つ。

 で、なにをおばちゃんはそんなに怒っていたかというと、在イタリアデンマーク大使館がこのFAXを送り忘れていたため。でたー!デンマーク!やっぱり仕事のつめが甘いぜ(イタリアだし尚か)!

 「もー勘弁してよ~」な様子のヴァレリオ、「おととい来やがれ!」とおばちゃんにアッパーをくらい、よろよろとリノに電話。いや、リノに電話してもあまり意味がないような気が・・・。「もう!リノ!どうしたらいいのさ!」と訴えています。
 横で「デンマーク大使館に電話して今すぐ送ってもらえばいいんじゃないの?とりあえず電話番号さえわかれば・・・」と、ヴァレリオに言うも、「ちょっと待って、リノがどこかに電話してどうしたらいいか聞くって」と。いやいやいや!ヨナスがデンマーク大使館に話せば済むことだから!午前と午後のおばちゃんたちからの攻撃が効いているヴァレリオ、思考能力低下で、こちらの説明を飲み込むのに時間がかかります。
 ようやくリノも「オッケー、じゃあデンマーク大使館に電話するよー」とわかったようなわかってないような、とにかく彼が話をつけることに。いや、だから電話番号さえくれればそんなリノの手を煩わせずに済むのに・・・。

 そんな感じでしばらく電話でごたごたした後、ヴァレリオの電話にデンマーク大使館から電話が。「ごめんごめーん。今からじゃー送っとくからー」と気さく度100%の返答。そして待つこと数分、再びおばちゃんボスの部屋へ。しかし隣の部屋のファックスを見に行ったおばちゃんは「来てないじゃん!!」とばかりにまたしてもメガネふりふり。
 外へ出て(建物内は電波なしのため)再びデン大使館に電話すると、「えー送ったってばー。しょうがないなーじゃーもう一回送るから」と。しかしやっぱりファックスは送られてこず、返り討ち覚悟で恐る恐る「あのー・・・こちらのファックスが悪いんじゃないっすかねー?」とボスキャラおばちゃんに上申(ヴァレリオに言わせて)。
 「このわたくし(のファックスに)いちゃもん付けようっての?!」と、火に油のボスにくじけそうなヴァレリオを、崖から突き落とす気分で「別のファックス番号聞いて来い!」と背中を押し、違うオフィスのファックス番号をゲットすると脱兎のごとく外へダッシュ!

 かわいそうな生贄ヴァレリオ。聞くと「ポリニャーノで結婚した外国人カップル?いないいない。え?もう一組来たらどうするかって?いやー、もう次はないよ!絶対やだ!あはは!」と今回の打撃をさわやかに語ります。気の毒だったので「じゃあ今回のお礼に、もし君が結婚するときは私たちが助けるよ!」と言うと、「じゃー1回目(の結婚)はデンマークでー、2回目は日本ってことで!」と明るく笑って話すヴァレリオ。若いっていいな・・・。

 さて、そんなわけで無事、他のオフィスのファックスに書類が届き、バーリ県庁お墨付きの婚姻具備証明が2通揃い、ヴァレリオは「リノー!僕はやったよ!」と報告。翌日再びポリニャーノの市庁舎で、今度こそ結婚式の段取りを決めるそうです。はーやれやれ。すごい一日だった・・・。
 でも後で知ったのですが、あのバーリ県庁のオフィス、実は週で開いている日が決まっていて、しかも営業時間は午後2時間半のみ。あの日を逃したら結婚はできなかったかもという・・・。だから急いでたの、リノ?でももうちょっと事前に情報がないとこちらも心構えってものがさー。まあ無事済んだからよかったけど。

 その日の夜はヴァレリオおすすめのレストランで食事。おいしいシーフードリゾットとパスタを堪能し、その後は7月私が下見に来たときにみつけたワインバーでめぐちゃん、ヨナス、私の3人で乾杯。
 このとき飲んだ微発泡の白ワイン(スプマンテではない)が、とーーーってもおいしくて、結婚式当日のサマーハウスでのレセプションに出すことに。あーおいしかった。お土産に買ってくればよかった・・・。


夜の旧市街ヴィットリオ・エマヌエーレ広場。昼の閑散とした様子とは180度違う表情。さすが夜遊び好きの人たちの町!


この下のバーでモヒートをいただきました。

 そんなわけでポリニャーノ2日目どたばたと終了。3日目、いよいよゲストがデンマークから到着します!

イタリアン結婚ツアー1~ローマそしてポリニャーノ入り~

2008年10月01日 | 結婚関係
 8月25日。いよいよイタリアツアースタート。

 コペンハーゲンの空港でめぐちゃんとも無事合流し、搭乗へ。しかしのっけからセキュリティーチェックで母の腰巻が「なんだこれは!」とひっかかり、さらにありえない金額の日本円をその腰巻の中に忍ばせていたため、母&私(通訳として)未踏の取調室へ・・・。
 取調室ではとても優しい女性の係員2人(デンマークであんなに優しく親切な人初めて見たかも)が念入りに母の腰巻およびボディーをチェック。「これはだいたいデンマーククローナでいくらぐらい?」と1万円札をチェックされ、ぎりぎり制限内の金額だったため無事釈放。
 何を隠そう母、このお金を平気でカバン(ファスナー1つ)に入れて、超無防備に人ごみを歩いていたわけで。ここで見つかってくれて本当によかった・・・。とりあえずそんな大金を持って歩けないので、私の銀行にひとまず入れ、後の買い物などすべては私が払っていくことに。
 そんな出だしだったこともあり、サマーハウスで何かとお世話になるお隣さんマリアや結婚式をとりなってくれるリノへのお土産をマッハで買って搭乗ゲートへ。

 さて、2時間のフライトの後、無事ローマへ着いたわけですが、私には「婚姻具備証明証を在イタリア日本大使館で即日発行してもらう」という重要ミッションが。
 あらかじめネットで場所など調べてはおいたものの、距離感がいまいちつかめず、午後の開館時間となっていたため、テルミニ駅からタクシーで行くことに。

 しかしここでわたくし、大変なへまを。タクシー乗り場にいた運転手に行き先を告げ、「だいたいいくら?」と聞くと、「20ユーロ!」と。んんん?高くないか?そんなもんなの?いや、でも高いだろう、でも時間ないし、この運転手たちみんなたまっておしゃべりしてたから、仲間に違いない。じゃあ他に聞いても同じ?ていうかもう暑いし、料金交渉とかめんどい!
 と、えーいと乗ってしまったわけですが、日本大使館、妙に近かった。たぶん徒歩でも10分くらい。タクシーの初乗りがいくらか知らないけど、やっぱり高い気がする。とはいえ無事に到着したので良しとして、大使館へ。

 どこの大使館でもそうでしょうが、でも在デンマーク日本大使館で慣れていたので、イタリアのは中に入るまでの手続きが大変でした。
 まず書類に名前やパスポートナンバーを記入して、受付で鍵をもらってロッカーに荷物を入れます。そしてなにやら日焼けマシーンのような巨大なカプセルに入れられ、ボディーチェック。私はここでことごとくダメだしされ(3回もビー!っと鳴らされ、やり直し)、装飾品をすべて取る羽目に。

 やっとの思いで領事館へたどり着き、無事書類を申請。その場でちょっと待てばもらえるかな、というひそかな期待をあっさり断ち切り、係りの人は「じゃあ2時間後にまた来てください」と・・・。

 ボディーチェックで何度もお世話になった警備員に、「また来るよ(笑)!あ、ちなみにここからテルミニ駅までってタクシーいくらぐらい?実は20ユーロ払っちゃったんだけど・・・」と言うと、「に、20?!お気の毒に・・・。だって駅なんてそこの建物越えたらすぐ向こうじゃないか・・・」と苦笑い。やっぱね。ま、まあこれも経験ってことで!20ユーロで済んでよかったさ!(泣)

 さて、私が申請に行っている間、母やヨナスたちはピザ屋でランチ。私も合流して腹ごしらえ。ローマは蒸し暑いのでビールがうまいっす。
 その後、時間までちょっと観光しようか、と大きな教会(名前忘れた)と、テルミニ駅前の巨大な遺跡博物館(は休館日だった)を外から眺めたりしているうちにもう時間。再び私だけ大使館へ。(今度は徒歩で!)


ローマはちら見観光。

 そしてようやくここで婚姻具備証明証、イタリア語でヌラオスタをゲット!!よかった!一時は「いざとなったら見せかけの結婚式をリノがなんとかやってくれるから・・・(by ペニーラ)」と、本当にそうなるかと心配でしたが、これでイタリアで無事結婚できます。
 その後リノとの打ち合わせどおり、大使館のそばからリノのオフィスへファックスで証明証を送り、その場でチェック(もし間違いがあった場合とかローマにいればすぐ直せるので)。リノからも「オッケー!これで問題なし!」と連絡をもらい、すべて終了!やれやれ、これでポリニャーノに旅立てます!

 みんなで駅に戻り、預けておいた荷物とレンタカーの鍵をピックアップ。当初借りる予定だったアウディのワゴンがなかったということで、どんなのかなーと指定された駐車場へ見に行くと・・・なにこれ??しょ、商用車?!よく電気工事師とかが資材載せて運転してるけど・・・ありえないほど醜悪なルノーのワゴンです。ショック!
 でももっとショックだったのは、素敵な車を運転できるのを楽しみにしていたヨナス。テンション急降下・・・。あまりにふてくされているので、めぐちゃんから「もういいじゃんヨナス!あきらめなさい!」と喝が(笑)。
 ともあれ、運転が荒い?ことで有名なイタリア、しかも都会なローマのど真ん中から、ポリニャーノへ向けて出発です!


運転手よなっさん。車はダサいが運転は余裕だぜ。


風まかせな親子。

 今回、本当にありがたいことに、ペニーラから彼らのカーナビも借りることができたため、大都会ローマからも楽々高速へ。高速にさえ入ってしまえば、あとはとてもシンプルな道程なので、一路南を目指して快調にかっ飛ばします。

 途中2度休憩をとり、日もとっぷり暮れて真っ暗な田舎道を、車内の蚊と格闘しつつ(休憩でドアを開けていたら入ってきた)、ひたすら南へ。
 そしてローマを出発してほぼ5時間、ついに道路標識にPugliaの文字が!ひゃっほー!とわくわくしつつ、再び進むこと1時間弱、来ました、Polignano a mare!!ポリニャーノに入ってからは、狭くて一方通行地獄な町の小路を、私の勘で進み、無事サマーハウスに到着。

 ああー、来ましたよー。またしてもこの素晴らしい家。この景色。ヨナスも大感激。とりあえず、無事に書類をゲットできたこと、そして無事に到着できたということで、屋上テラスにてめぐちゃん、ヨナス、私で乾杯。もう、それはそれは気分最高です。唯一つ、なぜかサマーハウスのシャワーのお湯が出ないということを除いては・・・。
 その日は結局、ビールを飲みつつ、離れていた間の出来事なんかをめぐちゃんと話してヒュゲリに過ごし、1時くらいにベッドに入ったのでした。

 はー、今思い出しつつこれを書いていて、また何度でもあの楽しかった日々のスタートに戻りたい気持ちでいっぱいです・・・。

Kanahei母のデンマーク生活3

2008年09月23日 | 結婚関係
  8月24日。母と兄のデンマーク滞在3日目。前日の雨風が嘘のように快晴です。

 この日は午前中私の職場である、Bispebjerg hospitalへ。Bispebjerg hospitalは築100年ほどの歴史ある建物で、よく手入れされた美しい庭園に囲まれたとってもヒュゲリな病院です。
 日本にはないこのレトロできれいな病院を、ぜひ母に見せたくて、そして「一応ちゃんとナースとして働いてるのよ...」ということを証明するために、ずっと母を連れてこようと決めていました。

 まあ病院を見ての母の感想は「病院だね」という、きわめてシンプルなものでしたが、さらに職場である病棟がこの日は激!忙しい日だったようで、誰もせんべいを土産にやってきた私とその家族に目を向ける余裕もなく、すごすごと退散。あー、学生担当ナースである、ハーフ日本人のAnnaに会わせたかったなあ(普段職場では日本語でしゃべらないので、しゃべってみたかった)。

 病院をさっくり見て回った後は、バスに乗ってセンターへ移動。コンゲンスニュートウにて「デンマークで一番おいしいもの」とヨナスの勧めにのってホットドックを食べ、その後カナルツアーへ。
 本当は歩いてアメリエンボーだとか人魚姫だとか回ったほうが母の血糖にもいいのでしょうが、前夜、前々夜と寝不足(結婚ツアーの準備のつめやウェディングワルツの練習)だったため、のんびり船旅とさせていただくことに。
 海から運河からコペンハーゲンの色んな名所建物を見つつ、でもやっぱり人魚姫で一番反応していた母。やっぱり王道とはいえ人魚姫像の前で写真でもとってあげればよかったなあ、と今後悔...。きっと親戚とかに見せたかったんだろうな。

 1時間ほどのツアーの後、今度は王子フレデリック&王女メアリーの結婚式が行われたドムキアケへ行き、ここでギブアップのへたれヨナスを先に帰して、母、兄、私はボタニスクヘーヴ(植物園)へ。
 ここで母は植物に囲まれとてもリラックスし、天気もいいしビールまで飲んで、すっかり高血糖のショックから立ち直ったようでした。

 さて、短かったコペンハーゲン滞在も終わり、いよいよ25日からは、ボンジョールノ!な結婚式ツアーの始まりです。

Kanahei母のデンマーク生活2

2008年09月17日 | 結婚関係
 8月23日。デンマークらしく雨と風の日。案の定早起きしてしまった母が、朝ごはんを作ろうとキッチンでごそごそしています。慣れないガス台や湯沸しポット、小さな母には高すぎるキッチンの台と格闘しつつ、「まったくなんにも野菜がないんだから」と、さっそくお説教をしつつ、ごはんにお味噌汁、サラダ、いり卵などを作ってくれました。あー、母がいるしあわせ。
 居間では自閉症の兄清ちゃんが、これまた慣れないデンマークのTVと格闘中。日本のTVのようにチャンネルが1~12で収まらないので、ヨナスのリモコン操作をものすごく凝視しています。ちなみに、言葉がわからないしつまらないだろうな、と思ったデンマークアニメも、とりあえずアニメならなんでもいいのか、飽きずにずーっと観てました。

 朝食後、みんなでコペンハーゲン観光です。雨なのでインドアなものがいいだろうと、とりあえずローゼンボー離宮へ。お城の中を見学しつつ、母は「へー、デンマーク人っていい生活してんのねー」と。いや、母!ここ王様のお城ですから!!普通のデン人の家じゃないんすよ!!と、相変わらずの母の天然(?)っぷりに汗。
 その後もよそ見をして歩いて衛兵さんに体当たりはするし、なかなか目が離せない母です。

 ローゼンボーの次はショッピングということで、まずは歩くのにあまり適してない靴を履いてきた母のために、eccoへ。いつも安い靴しか買っていない母に、やわらかい子羊皮の、足に良い靴を買ってあげました。その後、いつもお世話になっている母の親友に、彼女が好きなロイヤルコペンハーゲンでティーポットのお土産を購入。 
 そしておなかも空いたしと、デンマーク伝統料理、オープンサンドのレストランへ。日本人には受けの悪い黒パンとその具たち。母もどうかなーと思ったのですが、「おいしいおいしい」と全て食べていました。特にお気に入りはレバーパテとシル(ニシンの酢漬け)。1枚食べればけっこうおなかいっぱいになるオープンサンドも、パン好きの母はなんだかんだで4枚ほど食べ、さらにあまった具も完食。
 そんな母、実は飛行機でもらったラクリスも気に入ったようで、普通においしそうに食べていました。娘よりもデンマークの食生活に順応しちゃってます。

 本当はお決まり観光スポットである、アメリエンボー宮殿や人魚姫なんかも見に行こうかと思ったのですが、あまりにもどしゃぶりで断念。スーパーマーケットへ行ってあとはのんびりすることに。

 しかしこのスーパーマーケットが母にとってはローゼンボーよりもずっと楽しかったようです。私も海外旅行での楽しみは、ローカルなスーパーで見慣れない食材をあれこれ見たり、その土地のおいしいものを買うことなのですが、母もそうなようで、しかも食に関わる仕事をして40年余の母、生き生きしていました。
 残念ながら翌々日から2週間家を空けるため、食材をあまり買うことができませんでしたが、母はここで職場および近所の人たちに30個もクッキーを買っておりました...。いくらみんなに海外へ行くことを言いふらしてしまったからって、30個...。イタリアでもさらに20個くらいなんだかんだと買っていたので、一体お土産にいくら使ったんだか。

 この日の晩御飯は、ヨナスが唯一得意なデンマーク伝統料理、フレスケスタイを作ることに。オーブンで焼けるのを待っている間、糖尿病の母の食前血糖を計ってみると、とんでもない値が!昼間のオープンサンド食べすぎのせいで、すごいことになってしまいました。
 ここまでデンマーク滞在を楽しんでいた母も、一気に落ち込み、「大丈夫だよ、時差と旅の疲れのストレスもあって少し高めなのもあるし、黒パンは血糖保持しやすい食品だから。超速攻型インシュリンをいつもより少し多めに打てばいいから」と励ますのですが、どどーんと自己嫌悪の母は、雨の中「歩いてカロリー消費してくる」と言って聞きません。
 発症してからかなりタイトに運動と食事療法を続け、主治医も認める「がんばり屋で優等生の糖尿病患者」である母。これはもう止めても無駄なので、「じゃあ私も一緒に歩くよ」と、母、清ちゃん、私でレインコートを着てウォーキングへ。

 いつも一人でつつましいものを食べて、血糖が上がるからと色んな好きなものをがまんして、週に5回もプールに通ってる母。せっかく海外に来て、久々に一人ではない、みんなとの楽しい食事で、おいしいものを我慢する、罪悪感を抱くなんてかわいそうです。
 ここはいっちょ、デンマークで学んだ、食べたらその分打つ「許す糖尿病治療」で、私が徹底管理していくことに。日本に戻ったらどうせ普段の厳しい生活に戻るんですから。私がいる間くらい、たっぷりおいしいものを食べさせてあげたい。

 ウォーキングをしてやや気が済んだのか、少し落ち着いた母ですが、結局黒パンの食べすぎによる胸焼けで少ししか食べれなかったものの、フレスケスタイも喜んで食べていました。

 そんなわけで、母のデンマーク滞在2日目も終了。3日目は私の職場訪問です!

*コペンハーゲンでの写真は、どあほうのヨナスのミスですべて消えてしまいました...。あーもうショック!

Kanahei母のデンマーク生活1

2008年09月17日 | 結婚関係
8月22日午後、そろそろ母の飛行機が到着するころだなーと、ネットで到着予定時間をチェックすると、画面には「LANDED」の文字が。え?!着いてる?!

 旅行会社からもらった旅程表では、16時35分着とあったのに、ネットの予定時刻には16時15分着(変更あったらなんで教えてくれないの?!)。ていうか今15時45分ですが?!早まりすぎです。超あせってシャワー浴びたばかりのぬれた髪で家を出て、空港へ。

 空港へ着くと到着出口にはすでに荷物の排出も終わって、まだのんびりしている日本人観光客がちらほら。
 まだ中にいるのか、すでに出てきているのか、おろおろしつつ待っていると、とーおく(しかも出口とは逆のホーム行きエレベーター)の方から「かなえっっーーー!!!!」という絶叫が。よみがえる記憶。小さい時からいつも街中とか人ごみ関係なく大声で叫ぶ母の声...。恐る恐る振り向くと、カートにこれでもかと荷物を積んだ、まるで移民のような母と兄の姿が...。
 「!@#$%^*――――!!」ともはや日本語ではない奇声を発しながら近づいてきて、「もーあんた心配したじゃないのー!待ってるって言ったのにー!お母さんもうどうしようかとおもったわよー!!!」とかなりの興奮状態です。あまりに声がでかいので、「...今回は来て下さってありがとうございました。お帰りはあちらで...」と誘導しそうになるほど。

 母によると、飛行機が着いた後、無事に入国審査もパスし、荷物をピックアップするところまで来たものの、「友達にもらったばかりのスーツケースだったから」と、流れてくる荷物の中、自分の荷物の色を忘れてしまい、「ない、ない!」とまずはそこで大騒ぎ。どこぞの窓口の人に日本語で必死に説明を試み、なんとなく状況を察したその人が、親切にも母のスーツケースを見つけ出してくれたのだとか。(実はそのレーンにずっと流れてた)
 さらに!出口を出ても私の姿が見えず、心配した母はトイレに行きたくなり、「トイレ行きたい!でもここを離れたら香苗とすれ違いになるかもしれない」と悩み、しばらく葛藤したものの生理的欲求には勝てず、トイレを目指すも「ていうかトイレどこ?!」と新たな問題へ。めいいっぱいのボディランゲージで「ト・イ・レ!どこ?!」とそこらへんにいる人に聞きまくり、連れて行かれた先が実は男子トイレだったにもかかわらず、ダッシュで駆け込んだそうで...。人間、緊急事態にはなんでもできるもんですが、うちの母の場合やりすぎです。だいたい「こうやったの!」と見せてくれた「トイレ」のボディーランゲージがすごかった...。

 ともあれ無事に合流し、ノアブロのアパートへ。1週間の滞在で、途中結婚式があるとはいえ、ものすごい量だった母の荷物。開けてみると、まずスーツケース1、5個にまるまる日本食材(たしかに「うどんが欲しい」とは言ったけど、20袋も持ってきた!)、もう一つのスーツケースの半分にはヨナス家族へのお土産がこんもり。自分たちの洋服やら旅の荷物は手荷物に詰め込んで持って来たそうです。自分よりも子供や誰かのためを先に考えるのがとても母らしいです。

 荷解きを終え、お茶を飲みつつのんびりしていると、デン帰省中のスコットランドのあやちゃんが「おばちゃんいらっしゃーい!」とビール持参で登場。私の友達が大好きな母は、長旅の後にも関わらず、すっかり気分上場であやちゃんとの晩酌を楽しんだのでした。

コメントのお返事です!

2008年09月17日 | 結婚関係
 ヨナスのPCで入力しているのですが、なぜかコメント投稿ができず...。なので以下はいただいたコメントへのお返事です。



しんた父さま*
デンマークではなかなかお付き合いできず、すみませんでした。でも久々に父と飲めて楽しかったですよ!
今度はまた日本でがつんと飲みましょう!

satomiちゃん*
今は日本なんだっけ?ホイスコーレは終わったの?長いようで早かったねえ。
次またデンマーク来るとき会えたらいいね!

ふーみんちゃん*
いやー大変だったよw!まじで!
でも色々いい思い出になりました。
10月まで日本なのね!秋のおいしい味覚、存分に楽しんできてね!帰ってきたら忘年会しましょう!

Nanaちゃん*
いやー天気は最高だったよー。暑いは暑いけど7月のような死にそうな暑さでなかったんでよかったっす。
また海の写真などアップしていくのでお楽しみに!

さわさわさん*
ふふふ、ヨナスは一応田舎のインテリなので...。田舎のインテリ&酒飲んだたら「もうなんだっていいじゃん」な私。二人仲良くがんばりますよー!

りんごちゃん*
その節は大変お世話になりまして...。その後臭いはハイター消毒にてだいぶよくなりましたです。もう災難だったわ...。

ゆきこさん*
写真は残念ながらほとんどラスムスのカメラに入ってるんですよねー。私たちのにはシチリアのしか...。
ラスムスが今画像修正中なので、それもらったらどんどんアップしていきます!

hanaちゃん*
もう盛りだくさんすぎてイタリア日記書き終わるのがクリスマスとかになりそう?!記憶が薄れないうちにがんばって書くよ!

kathyさん*
お久しぶりです!お祝いの言葉ありがとうございますー!
いやー2世ですかー。どんな顔の子になるんでしょうねー。ヨナス似でひげが生えてたりしたらヤダな...

rama.ちゃま*
2月!!ちょうど私が日本にいるときでないの!やったー!あなたの結婚式もとーっても楽しみよ!

ふゆさん*
最後までどたばたで式を楽しむ余裕半分だった私といい差がでているコメントですな...。
でもあれから彼はずーっとラブラブモードですよー。幸せなやつめ!

理江ちゃま*
ちょっとちょっとー!ご無沙汰じゃないのー!
また新屋家に行くから祝杯あげようぜー!
やせたって、反対だわよw
結婚式の写真はどれも生理前でむくむくでーす!泣

Gさん*
いやー確かに夢のような式でしたわよ。あともう2日くらいみんなでのんびりしたかったなー。
南イタリア、特にプーリアはほんとおすすめです。

えいこさん*
結婚式って同棲が長い二人にはけじめの意味でもやっておくといい、と聞いたけど、どうなんでしょうね?とにかく大変だったけど面白かったのでよかったですよー。

きのこさん*
お久しぶり!
神社もいいよねー!白無垢とか着てみたかったなー。日本で写真だけ撮りたいけど、ヨナスはぜーったい袴とかはきたくないらしい...ちっ。

Meguちゃん*
日本にかえってどうよー!?
挙式にはなるべくお金をかけないようにとしてきたけど、お金なくてもけっこうどうにかなるものね!と思ったよw
2月日本に帰ったら遊んでね!

NVさん*
ドレス、着る1ヶ月前くらいに「もう少しウェストを締めようか」と詰められてしまい、体型維持できなかったらどうしよう...と思ったけど、セーフでしたw
裾を切ってワンピースとして着れるんだけど、なんかもったいないような...ていうか子供生んだりしたらぜったい着れなくなるだろうなー。
写真、今しばらくお待ちをー!

JUNKOちゃん*
デザイナーのカミラさんが、なぜか私を見たときに「黄緑!」と思ったんだって。デパートの化粧品コーナーとかでも妙に黄緑をすすめられるので、人からはそういうイメージなの?と不思議な感じ。

のんさん*
お久しぶりでーす!大人ーって感じですか...32歳の年齢に見合う大人っぷりを見せてほしいですけど...まだ家ではゲーム三昧、野菜が嫌いなヨナス君です。
1月か2月に3ヶ月ほど日本に帰ります!そのときはぜひ遊びに行かせてくださいね!

結婚してきました!

2008年09月09日 | 結婚関係
 さまざまな問題もあったりしましたが、8月29日、無事ポリニャーノアマーレで結婚してきました!

 いやー、母が来てから式まで実に怒涛の1週間で、しかもその後さらに壮絶なシチリアハネムーンもあったもので、ブログのネタも写真も満載なんですが、私のPCがついに危篤状態となり(涙)、ヨナスのPCから更新などしていくことになります。なるべく早く詳細を更新していこうと思っているので、今しばらくお待ちを!

 とりあえず無事結婚、そして帰還のご報告でした。


市庁舎から出てきたところでライスシャワー


サマーハウスに戻ってシャンパンで乾杯。