平方録

漆の実のみのる国

漆の実のみのる国には正午過ぎに到着した。

青空がのぞいていて日が差している。ならば駅近辺で昼飯をと思ったが、駅前ロータリーは道路にこそ雪はないが、道路以外には1メートル前後の雪があってビックリ。もちろん人が歩けるスペースは確保されているが、とても寒く感じて、荷物もあるしタクシーでホテルに直行する。
雪道を慎重に慎重に10分近く歩いて上杉神社に詣でる。

米沢城跡にある神社で、去年の7月以来の再訪である。雪に埋もれている社も静まり返っていて、なかなか良い。鷹山公の銅像の周りだけ綺麗に雪がどかされ、雪の屏風に取り囲まれて立っている。

上杉神社の隣が上杉博物館のある「伝国の杜」という瀟洒な建物。すっかり冷え切ってしまい、温かいものを探したが観光地によくあるような店でラーメンをすすり、ようやく人心地がつく。地元のばあちゃん2人が、東京に行ったが大いに迷ってテーヘンダッタべ、と方言丸出しの大きな声でしゃべっていた。

博物館では資料室に案内された。
「上杉侯家士分限簿」なるものがあり、目指す名前を探したが、越後の時代にも会津の時代にも見つからなかった。ただし、親戚筋に当たっているはずの「上泉」は与板衆のNo4の序列に存在し、1500石を与えられていた、と記録されている。
与板衆とは直江兼続の家臣団らしい。
「上泉源五郎組」は95人、その石高1万8430石とあり、そのほかに八騎衆と五騎衆があって、それぞれ1120石、1000石とあるが、どういう仕組みになっていたのかは分からない。

目指す名前が見つからなかったので、今日は市立図書館で調べてみることにする。
駅からホテルまで乗ったタクシーの運転手が「お仕事ですか」と聞くものだから「調べたいことがあってきた」と答えたら、「小説でも書かれるんですか」と聞かれた。そんなつもりは毛頭ありません。単なる興味!

博物館からとぼとぼ雪の中を歩いて帰る道すがら「鳥毘庵」という、らしからぬ名前の焼き鳥屋を発見。ネットで調べたら地元では人気らしいので18:00の開店に合わせてのぞいてみた。
見かけない闖入者とあって、オヤジから手伝いのおばちゃんから質問攻めにあう。人定尋問ってやつである。
「鎌倉から来て、目的はカクカクである」と話すと態度は一変し、オヤジに至っては「私は馬車道のY眼鏡院の店員を45年していて、20年前に故郷に戻ってきてこの店を始めたんですよ」と驚きである。
「鎌倉は休みの度に行きましたよ。天園のハイキングコースも良いですねぇ」「馬車道の泉平なんてまだありますか」などなど。世間は狭い。

サッカーアジア杯のヨルダン戦にもチャンネルを回してもらい、香川のファインゴールもしっかり見定めて、すっかりくつろいでしまった。
焼き鳥は横浜あたりの3倍位の大きさで、もう少し小さい方がいろいろ食べて楽しめるのだが、オヤジが面倒臭いらしい。でも味は良かった。酢をかけて食べてみろと言うおばちゃんの指図通りにしてみたら、ナルホド!であった。所変われば…である。
普通焼き鳥屋に酢は置いてあったっけ。
コップ酒を5杯飲んで止めにしておいた。



雪の中に静まり返る上杉神社


歩くスペースは確保されているが雪の壁
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